「伸びる子供」を育てる“日常的な工夫”とは? スポーツ教育の第一人者、原晋監督×鈴木威バディ理事長の育成方針
スポーツを教育の軸とし、姉妹園を合わせて東京・神奈川で8園を運営するバディスポーツ幼児園。サッカー日本代表の田中碧、2018年ボストンマラソンで優勝した川内優輝、芸能界で輝きを放つ土屋太鳳さんらさまざまな世界で活躍する多くのOB・OGを輩出している。約40年前に同園を立ち上げた鈴木威理事長は、スポーツを通じて子どもの可能性と才能を伸ばす教育方法を実践している。今年3月に刊行された『スポーツでかなえる最高の教育』(鈴木威著/徳間書店刊)内で実現した“箱根駅伝6度優勝”青山学院大学陸上競技部の原晋監督との特別対談の抜粋を通して探る、子どもの潜在能力を引き出す方法とは?
(インタビュー・構成=篠幸彦、企画・構成=中林良輔[REAL SPORTS編集部]、撮影=松山勇樹)※写真は左からバディスポーツ幼児園の鈴木威理事長、青山学院大学陸上競技部の原晋監督
既成概念にとらわれないバディという教育施設
──今回は、青山学院大学教授で、箱根駅伝現役最多優勝監督の原晋監督にお越しいただき、(バディスポーツ幼児園理事長の鈴木威さんと)大学と幼稚園という違う世代の指導者のトップランナーであるお二人に、子どもの教育について伺いたいと思います。まずは、2021年1月に原監督がバディの社外取締役に就任されました。どういった経緯、思いがあって実現されたのでしょうか。
鈴木:以前から青山学院での原晋監督のご活躍を拝見していて、非常に感銘を受けていました。それで青山学院に伺って原監督とお話をさせていただいたら、バディの理念と共通することばかりでした。私も学生時代に陸上部で駅伝を走っていたこともあり、原監督にぜひいろいろとアドバイスをいただきたいと思い依頼しました。
原:鈴木理事長からお話をいただくまで、私は幼稚園とは国から認可を受け、行政主体で取り組むものだと思っていました。それが認可外でこれだけの幼稚園を経営されていると聞いて、率直に面白い取り組みだと感じました。
鈴木:今日は世田谷園にお越しいただき、体育館で子どもたちが体操に取り組む姿や、屋上でサッカーをするところも見ていただきましたが、有明の園はここの4倍はあり、ボルダリングやテニス、卓球が行えるフロアもあります。
原:素晴らしいですね。私は既成概念にとらわれるのが嫌なタイプなので、鈴木理事長のこのべースの部分に共感しました。そして、ただの幼稚園経営ではなく、スポーツを通して教育していくという理事長のお考えに、非常に賛同し、社外取締役のお話をお受けしました。
鈴木:先日も、バディのスポーツフェスタに来ていただいて、箱根駅伝の優勝にも貢献した主将の飯田貴之くん(現・富士通)が子どもたちと一緒に走ってくれました。子どもたちは大喜びで、「俺、絶対に箱根駅伝走るから!」とはしゃいでいました。一流の選手を見て、子どもたちが「自分もできるんじゃないか」と思う。これが非常に大事なんですよ。
原:最近は、過保護で安全ばかりを優先した教育が主流になっています。もちろん、安全を担保することは大事です。でも、バディのようにチャレンジという切り口のなかでの安全でなければ、子どもの成長につながっていきません。その点で、鈴木理事長と私の思い、発想は一致していると感じています。いつの時代も既成概念にとらわれていては、新しいものは生まれません。鈴木理事長の何にもとらわれない発想と行動力、それによって40年でこれだけの教育施設をつくられた。これはまねしようにもできるものではありません。素晴らしいことだと思います。
主体性がありながらしつけがされている
──原監督は、実際にバディの指導現場をご覧になってどのように感じましたか?
原:まずは、なにより子どもたちが明るいところが印象的でした。それから指導者が上から目線で子どもたちを支配しているのではなく、やる気を引き出すような、いわゆるサーバント(支援)型の指導が自然なかたちでできているところが素晴らしいと感じました。
鈴木:子どもたちが自分たちで考えて、自分たちで行動していくことは、バディで大切にしていることです。
原:だからといって、子どもたちがそこらへんを自由に走りまわっているのかといったらそうじゃない。きちっと抑えるべきところは抑えています。先生に「整列」と言われたらパッと動いて、姿勢を正して整列ができているのが印象的でした。普通の家庭ではなかなかできないことを、しっかりと教育なさっていると思いました。そのうえで、バディの子どもたちはみんなが主体的に動いているんです。
鈴木:主体的に行動しながら、「どうやったらできるのか」と考えるクセをつけてあげる。そのためにちょっと難しい課題を与えて、成功体験を積ませてあげること。その意味で、バディが最初に取り組ませるのがスキーなんです。
原:幼稚園児でもうスキーですか。
鈴木:スキーは2歳や3歳の子どもでもできるようになるんです。みんな大変な思いをしてスキーを覚えて帰ってくるわけです。その経験があると、できないことがあったときに「スキーを思い出してごらん。最初からできた? できなかったけど、頑張ったらできるようになったよね」、そう言うと子どもたちはみんな頑張れるんですよ。
原:スキーを通して、滑り方だけではなく、何に対してもできる理屈を教えているんですね。本当に素晴らしい教育だと思います。
成功体験の繰り返しが主体性を生む
──主体性は、原監督も指導するうえで大切にされているところだと思います。青山学院で大学生を相手に指導する際は、どんな工夫をされているんですか?
原:園児と比べてやることが高度になっているだけで、大学生が相手でもメカニズムは変わりません。たとえば、箱根駅伝で勝つためには、10000メートルを28分台で走れるかが一つの目安になります。5年前に「28分台を10人そろえるぞ!」と言ったら、選手たちはみんなキョトンとしていました。一昨年までその様子は変わりませんでした。それが今年、チームの23人が28分台で走りました。
鈴木:それは偶然ではなく、指導者が「やればできる」と根気強く導いてきたからでしょうね。
原:おっしゃるとおり。最初は「30分を切ろう」から始まり、それが29分30秒になり、29分になり、少しずつ成功を積み重ねていきました。その成功体験の繰り返しが、いつの間にか28分台に届かせるんです。
鈴木:バディと原理はまったく同じです。その成功体験を通して、どうすればできるようになるかを学び、主体的に行動できるようになっていくわけですね。
原:それに加えて、思考力をつけることも非常に大事ですね。私はよく3つの視点で考えさせるようにしています。学生と同じ寮で生活しているので、普段の生活のなかで好きなテレビ番組とか、陸上以外の好きなスポーツとか、さまざまなことを話題にします。そのときに、「それのどこに魅力があるのか、3つ教えてよ」と聞くわけです。1つは誰でも考えられます。5つ、7つになってくると論点がズレてくる。でも、3つならちょっと頭を使って考えれば出てくるんです。その3つのなかの1つを、もう3つ掘り下げ、さらに、そのなかから1つを掘り下げていく。これだけで9つの思考がつながっていきます。こうした会話を日常的に繰り返していくだけで、考える力やボキャブラリーがどんどん広がっていくんです。それが考える習慣につながり、自ら学び、行動するというところへつながっていくわけです。
鈴木:日常的に考えさせる工夫は本当に大事ですね。私はよくサッカーで子どもたちに3対3をやらせるんです。いつもやらせるものだから、子どもたちは「なんでいつも3対3ばかりやらせるの」と言うんですね。それで私はこう返します。「どんなアイデアをもってやっているかを見ているんだよ」と。パスでいくのか、ドリブルでいくのか、全部見ているんです。サッカーは一度グラウンドに入ったら、全部とっさの判断なわけです。マラソンだって、「ここでスパートをかけるべきか」「ここはまだ我慢するべきか」など、とっさの判断ですよね。こうした決断力、行動力は、べースに思考力がなければできないことです。だから、原監督のように、日常的に思考力を上げるための会話というのはとても大切だと思います。
箱根駅伝優勝に導く成功のメカニズム
──先ほど成功体験の話がありましたが、原監督は選手に与える目標設定についてはどうお考えですか?
原:私がつねづね言っているのは、半歩先の手が届きそうな目標を掲げて、成功体験を植えつけるということです。それもたまたまできた成功体験ではなく、より具体的なやり方を自らつくって実践し、成功すること。成功を勝ち取るためには、どういうメカニズムでチャレンジするか。そういう思考をつくってあげることが大切なんですね。
鈴木:私がお話しした、ちょっと難しい課題を与えるという考え方も、まさにそういうことですね。
原:達成可能な目標という点が大切ですね。できない目標はただの妄想です。人間は順応する生き物ですから、できるようになったらそれが当たり前になっていく。それを繰り返していくことで、できる基準がどんどん上がっていく。その結果が、われわれでいうところの箱根駅伝の優勝につながっていくわけです。
──具体的なやり方はある程度、選手に考えさせているのでしょうか?
原:大分類での目標は、チームの目標として掲げます。それを受けて自分でどうするか。与えるキーワードは同じでも、選手個々の能力は違いますから、やり方がそれぞれ違ってもいいと思います。でも、青山学院も当初は1+2で答えは1つしかありませんでした。そこからチームが成熟していくにつれ、半自律のX+Y=8の考え方でいろいろな組み合わせを試しながら答えをつくっていけるようになりました。そしていまは、次なるステージにいくために自律してX+Y=Z。何もないところをつくり上げようという文化を育てているところです。自分で目標を掲げて、自分でやり方を見つけて、自分で実行して、新しいものをつくっていけるようになる。
鈴木:まさにバディが教えていることの理想形ですね。ちょっと難しいことを積み重ねていけば、最終的には青山学院のようなレベルまで到達できるということです。バディのスキーも、はじめはみんなが滑れるようになることを目標にやっていました。でも、いまでは全員でスラロームの大会をやるくらいまでレベルが上がっています。 原監督がおっしゃるように、ちょっと難しいことを与え続けて、できたら認めてあげる。それを繰り返し、水準を上げていく。それが大人になったときに大きな結果につながっていくのだと思います。
原:やはり、成功体験はなによりも大きいものだと思います。昔はよく「失敗は成功のもと」と言いました。それを否定はしません。でも私は、成功体験に勝る自信はないと思います。自信がつけば楽しいし、何をやるにしても楽しいほうがいいじゃないですか。
自分で組み立てる思考がないと伸びていかない
──お二人は、伸びる選手にはどんな共通点があると思いますか?
鈴木:伸びる子どもは幼稚園の段階でもわかります。それはあいさつをちゃんとできる子です。あいさつは誰にでもできることですよね。それをちゃんとできるというのは、習慣が身についている証拠です。習慣が身についている子は、絶対に練習を休みません。親がどこかに出かけると言っても、「今日は練習の日だから行かない。練習が終わったらいいよ」と言います。それは勉強にもいえることで、勉強をやる時間、塾に行く日、そこは絶対にサボらず、休まずやれる子なんです。やるべきことをきちっとやれる子は当然、伸びていきますね。
原:鈴木理事長のおっしゃっていることと共通していると思いますが、「いま何が大切なのか」、それがわかる子は強くなります。たとえば、陸上で365日24時間走ることは不可能です。練習をするときもあれば、ゆっくりするときもあります。そのなかで、「絶対に今日はこの練習を外しちゃいけない」「このタイミングは走り込む時期だから、人よりも多く走る」。そういう「何が大切なのか」という分別ができる選手は伸びていくと思います。
鈴木:たとえば、サッカーにはシーズンの時期と、鍛錬の時期がありますよね。この鍛錬の時期にやることをきちっとやっていないと、私は怖くて使えません。陸上であれば、「ここは距離を踏むところの練習」「ここはスピードをつけるところの練習」。とくに、駅伝は故障か何かで距離を踏むところの練習をやってこなかったら、怖くて使えないと思いますね。
原:おっしゃるとおりですね。最近の子はそこをデータで示して、サイエンスとして話をしなければ腑(ふ)に落ちないんです。逆に、指導者がデータを取って「このタイミングで走った子の何%が箱根駅伝で走れているんだよ」「その基準は何百キロメートルだよ」など、その基準値をオープン化させることによって、選手も自発的に走るようになるんです。絶対に外せない時期、ここは多少手を抜いてもいい時期というのを指導者も教えていかなければいけないし、選手もどの期間が大切な時期なのかを認識していかなければいけません。それをちゃんと認識できるかは、指導者が日頃から考える力をつけさせているかどうかにかかっています。指導者が一から十まで指示をして、それを聞いてやっているようでは、選手はいつまでたっても自分で組み立てることができず、その結果、なかなか伸びていかないということになります。
鈴木:どんな競技にもいえることですが、指導者や親から言われないと何もできないようでは、大人になってから自分では何もできない人間になってしまいます。指導者が一から十まで指示するのは旧態依然な指導ですね。
原:陸上も、指導者が何から何まで指示をする練習が根強かった競技です。そこを私は自主性を重んじて、選手のマインドを開かせるマネジメントスタイルへと変えていきました。箱根駅伝で優勝してから、よその指導者もそのスタイルをまねするようになりました。しかし、本質をわかっているかどうかは別の話です。われわれは人間教育、道徳観というべースとなる教育をおろそかにしていません。
鈴木:そこを理解せず、好き勝手にやらせる指導者は非常に多いですね。
原:バディの指導現場を見てもよくわかります。子どもたちが楽しそうにやりながら、きちっと整列ができる。ちゃんとしつけができたうえで明るさがある。自主性といいながら、好き勝手やらせているだけでは指導者はいらないんです。先ほど体育館で子どもたちが跳び箱をとんでいるところを拝見しました。そのなかの女の子がうまくとべずに何回もとんでいたんです。そこで先生は「もう一回やれ」とは言わないんです。「もう一回チャレンジする?」と聞くんですよ。それを聞いて女の子は、「もう一回頑張る!」とまたとんでいるわけです。強制されてやるのではなく、子ども自身がチャレンジ精神をもってやっている。この関係性は素晴らしいと思いました。
指導者が天性に気づき、導く
──伸びる選手の共通点についてお聞きしました。そのなかで、指導者のスタンスの大切さもお話しいただきました。今度は選手の才能を伸ばすという意味で、大事なことはなんだと思いますか?
原:人間には強みと弱みがあると思うんです。私はどちらかというと、強みを伸ばしていくタイプです。その子の強みをどう引き上げていくかという教育をしたいと思っています。では、弱みをまったく無視するのかといったら、そういうわけではありません。べースの部分の改善は施していきます。ただ、比率として強みを伸ばしていく。そういう視点で学生と向き合っています。
鈴木:やはり教育は、その子の天性を伸ばしてあげることだと思います。好きなことが天性であれば、それに越したことはありません。でも、そうではないのなら、好きなことは趣味でやらせながら、天性の能力を見いだし、伸ばしてあげるのが教育者だと思います。
原:やはり指導者がプロの目で見れば、素質はすぐにわかります。たとえ最初は好きではなかったとしても、きっかけがあって実績が出てくれば、選手は好きになっていくものなんです。だってヒーローになれるんですから。以前、東洋大学出身で、現役時代はコニカミノルタで走り、現在は東洋大学附属牛久高等学校陸上競技部監督の山本浩之くんという選手がいました。彼は高校3年生までサッカー部だったんです。それである陸上大会に出場して、5000メートルを走ったら良い記録を出して、東洋大学にスカウトされていったんです。たとえ実績がなくても、大学によってはそういう潜在能力を買ってくれるところもあるんですよね。サッカーをやっていて、最初は陸上に興味がなかったとしても、スポーツをやっているのだから走ることが嫌いなわけではないと思うんです。だから、そこでチャンスを与えていくんですよ。
鈴木:そういう本人が気づいていない天性に指導者が気づいて、導いてあげることは大事なことだと思います。
(本記事は徳間書店刊の書籍『スポーツでかなえる最高の教育』より一部転載)
<了>
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