育成大国ドイツで競技人口が激減。サッカーゴールを4つに? 危機に向き合う抜本的な改革とは

Education
2022.04.20

老若男女あらゆる層がサッカーに興じ、サッカー競技人口が世界一の登録数を誇るドイツ。これはドイツサッカー界が常により良い環境を目指し、現状に満足せず、変革を繰り返してきた証でもある。さらに、2024年から育成年代の試合において、目指すゴールを2つに増やすという。本来のサッカーという競技から離れていってしまっているようにも感じられるこの試合形式のリフォーム。その狙いとは一体なんだろう?

(文=中野吉之伴、写真=Getty Images)

減り続ける、サッカー大国ドイツのプレーヤー人口

サッカーは世界中の人々を熱狂させるスポーツといわれている。そのなかでもドイツはサッカーの登録会員数世界一を誇る国であり、2021年の統計によると会員数は706万4052人。ものすごい数だ。

この数字は男女全年齢が対象であり、プロ選手はもちろん、週に1回地元の仲間とプレーすることを楽しみにしているアマチュアプレーヤーや、現在はプレーをしていないけれどクラブに会員としてお金を払い続けてサポートしている人たちも含まれている。クラブへの関わり方は人それぞれであり、サッカーを通じてそれぞれに合った楽しみ方があるというのは一つの幸せだ。

ただ、現在ドイツサッカー連盟(DFB)が危機感を大きく募らせていることがある。それは、O-40(40歳以上)〜O-60(60歳以上)といったシニア年代では変動が少ないのに対し、育成年代と成人チームでアクティブにサッカーをしている選手が毎年のように減り続けているという事実だ。

DFBの資料によると、2016-17シーズンには成人男性86万8781人、成人女性8万4380人が実際にプレーしていたのに対して、2020-21シーズンでは成人男性は70万2561人、成人女性は6万9788人と大幅に減っている。

育成年代はどうか。2016-17シーズンに14歳までの男子が90万6542人、15〜18歳だと27万5541人プレーしていたが、2020-21シーズンでは14歳までが73万5822人、15〜18歳が21万5221人。女子でも2016-17シーズンに16歳までで11万8595人いたプレーヤーが、2020-21シーズンには7万8083人にまでに減っている。

この2年間でいえばコロナ禍の影響もあり、積極的にこうしたクラブでの活動に参加しようとする人が減っているという社会的背景もある。だが、この現象自体はコロナ前から起こっているもので、サッカー大国ドイツでもサッカーの競技人口は減ってきているというのが現実なのだ。

一日中自宅で過ごす子どもたちが増えているという現実

なぜ、サッカーをする人が減ってきているのか?

一昔前と比べて、子どもたちの日常風景は大きく変化を遂げた。外遊びが当たり前だった時代と違い、いまでは遊べる場所自体が減ってきている。共働きの家庭が増えたことで、夕方まで全日制学校に通う子どもも増加傾向だ。加えて、子ども一人一人がスマホを手にする時代。自宅で手軽に楽しめるツールが手元にあることで、外でスポーツに興じることなく、一日中自宅で過ごす子どもたちが増えている。

「スマホで動画を見ていたら安全だし、おとなしいから助かる」と考える親だって少なくはない。そのため、そもそも「公園で友達と遊ぶ」「スポーツをする」「自転車で遠出する」という機会が少なくなってきている。そうやって家の外で誰かとコミュニケーションを取ることがほとんどない子どもたちは、そもそも外でどのように遊べばいいのかさえわからなくなっている現実がある。

そうした社会的環境の変化に対応すべく、DFBをはじめ、ドイツのさまざまなスポーツクラブは幼稚園や小学校と提携して、仲間と一緒に体を動かすこと、共通のルールの下でスポーツをすることの楽しさに触れ合ってもらおうというアクションを積極的に起こしている。スポーツに取り組むきっかけづくりとして、近年これらの活動はそれなりの成果を収めている。

本来、子どもたちのサッカーの“当たり前”とは? 

では、それですべて問題解決かというとそんなことはない。

DFBが向き合うべきもう一つの大きな課題は、サッカーを好きで始めたはずの子どもが、大きくなるにつれてサッカーから離れる傾向が強いという問題点だ。正直これまでは、やめてしまう子がいても「向き不向きがある。ある程度はやむなし。それでもサッカーをやっている人はたくさんいるからね」という空気感があった。でもそんなことを言っていられる状態ではもはやないのだ。

長年、世界各国で育成機関のアドバイザーを歴任し、これまでドイツ国内でも選手育成に対してさまざまな提言を行ってきたホルスト・ヴァインは次のように話している。

「子どもたちの成長における最初の大事なカギは、14歳までの試合形式の最適化だ。試合で要求されるものとそれぞれの年代における子どもたちの精神・身体能力がかみ合っていなければならない」

ドイツでは、中学生(13歳以上)から11人制、小学校高学年(10歳〜12歳)は9人制、小学校中学年(8歳〜10歳)は7人制となっているところが全国的に見るとまだまだ多い。小学校低学年・幼稚園(8歳以下)は5人制が推奨されているが、実際に導入している地域はまだまだ限られていた。

その結果、試合のメンバーに入れない、ベンチに座っている時間が長い、出てもポジション固定でやることが限られてしまう、監督が外から怒鳴るというような悪条件ばかりが生まれてしまった。それでも「これが当たり前」だと思い込む指導者も多かった。

このような状況に危機感を抱き、いち早く小人数制の試合形式や勝ち負けにとらわれすぎない大会形式を導入したり、年代別特徴に応じたトレーニング環境やコーチングのやり方を模索している指導者や地域もたくさんある。この前ふと通りがかったグラウンドでは、小学生の低学年の練習が行われており、そこでは約30人の子どもたちに対して5人のコーチがそれぞれ少人数のグループを取りまとめて、ゲーム形式中心に伸び伸びとトレーニングをしていた。子どもたちはみんなキラキラした目で楽しそうにボールを追いかけていた。これが本来当たり前の風景であるはず。だが、世界中多くの育成現場でこの“当たり前”が失われてしまっている。

だからドイツでも原点に返る必要があったのだ。

育成年代の試合形式を抜本的に変えるプロジェクト

一握りの早熟な子どもだけがサッカーを楽しむ権利があるなんておかしい。

サッカーの試合に出るために、超えなければいけないハードルなんていらない。サッカーが好きで、やる気いっぱいで練習に参加している子どもたちみんなが自分もヒーローになりたいと思っている。誰にでもできないこと、苦手なことがある。でも、それを試す場さえ与えられなかったら、気持ちがしぼむのが当たり前なのだ。

どうすれば、サッカーが大好きな子どもたちが、その時点での上手下手に左右されず、フェアに楽しくプレーできるより良い機会をつくり上げることができるだろうか。

その答えの一つとして、DFBは育成年代の試合形式を抜本的に変えるというプロジェクトをスタートさせた。2年間のパイロットプロジェクト期間を経て、2024年からU-11までの試合形式をリフォームすると発表している。

幼稚園年代(6歳以下)では、ミニゴールを4つ設置しての2対2と3対3を併用(各チーム2つのゴールを目指す)。小学校低学年(6〜8歳)では、ミニゴール4つでの3対3と5対5、そしてジュニアゴール2つでGKをつけての5対5を併用。小学校中学年(8歳〜10歳)では、ジュニアゴールでGKをつけての5対5から7対7が基本的な形式となる。

またこれらの試合形式だけで厳密に縛るわけではない。例えば小学校中学年の場合、大人ピッチ半面の4分の3くらいの広さで7対7の試合を行い、空いたスペースを使って3対3や2対2の試合を同時に行う。選手は時間によってローテーションして、それぞれでゲームができる。

アイデアの根幹は、「どうすればただベンチに座っているだけの選手をなくすことができるか」「どうすれば子どもたちが自主的に自らチャレンジして、いろいろな経験ができるようにできるか」、そして「どうすれば生涯にわたってサッカーを楽しめる人を増やすことができるか」。

いま育成年代でプレーしている選手の親たちは…

「一つのボールとたくさんの友達。それが子どもたちにとってのサッカーだ。そして子どもたちのサッカーではみんながあらゆることを体験できることが大切なんだ。たくさんボールに触ることができて、1対1でボールを奪い合って、ドリブルにチャレンジして、パスを狙って、思いっきりシュートを打って。子どもたちにサッカーをさらに好きになる可能性を与えてやってくれ」

これはフライブルク監督クリスティアン・シュトライヒの言葉だ。胸に響く。

日本と同様、ドイツにおいても現代は少子化ということもあり、子ども一人一人に対してとても大切に向き合おうとする親が増えてきているという。マインツの育成アカデミー育成指導者チーフのヤン・ジーベルトは次の点を指摘していた。

「いま育成年代でプレーしている選手の親たちは、子どもたちの世話をすることが子どもたちのためになると信じている人が多い。でも子どもが成長していくためには、自分で取り組んで、ミスをして、そこから学ぶことがすごく大切なんだ」

ジーベルトの言うとおり、先回りをしてしまう大人が社会的にあふれてきている。家でも、学校でも、スポーツクラブでも。どこに行っても、答えを与えてくれる大人がそこにいる。結果として、子どもたちが自らの判断で何かを試せる環境がない。

このアプローチはたぶん永遠に終わらない。でも…

DFBがスタートする育成年代の試合形式リフォームは、一つのきっかけになるかもしれない。ただ導入するだけですべてが好転するということもない。前述のジーベルトは次のように語る。

「こうして一石を投じることで考えるきっかけをもたらすことができるのはいいことだ。そして今回の変革がどういう経過と結果をもたらすのかを、一つ一つ丁寧に評価していくことが大切だろう。やろうとしていることは正しい。そこへ自分たちは順応していくことが求められる。気をつけなければならないのは、例えばマインツとフランクフルトは違うんだ。フランクフルトとフライブルクも違う。新しいコンセプトをそれぞれの地域性に合わせた形にしていくことが必要だろう」

例えば私が暮らすフライブルクでは、もう10年くらい前から幼稚園や小学校低学年(8歳以下)は5対5で試合が行われている。ミニゴール4つで3対3でプレーする《フニーニョ》もすでに導入されている。おそらくフライブルク地域にとって、今回のリフォームはそれほど大きな問題にはならないだろう。ジーベルトもそこに同意する。

「そうやって実際に取り組んでみることで、どのような変化が生まれたか評価をすることができる。それがあって初めて判断することができ、次のステップに進むことができるんだ。今回のDFBによるアイデアの裏側にある意図はよくわかっている。でもそれをどのように実践するかが重要なんだ。試合形式やシステムそのものが問題のすべてではない。そこも忘れてはダメだ。育成年代の選手に対する自分たち大人の関わり方も常に考え続けなければならない」

私がA級ライセンス講習会を受講したときの指導教官ベルント・シュトゥーバーはいつもこんなふうに話していた。

「グラスルーツの指導者に対するアプローチはたぶん永遠に終わらない。やってもやっても終わりはこないだろう。でも『だからやってもしょうがない』ではなく、『だから精力的にやり続けなければならないんだ』という姿勢が大切ではないか」

うまくいくこともうまくいかないこともある。それでも常に自分たちのあり方をアップデートし、チャレンジをし続けるドイツから学ぶものはたくさんあるのではないだろうか。いつまでも昔ながらの指導のまま時間が止まっていたら、僕らは未来へ進めない。

<了>

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