お台場・メガウェブ跡地“新アリーナ”が創る未来。トヨタが示す、スポーツと都市を繋ぐ「モビリティ」
東京・お台場エリアに次世代アリーナが誕生する。2025年秋の完成予定でトヨタがメガウェブ跡地に建設する「TOKYO A-ARENA PROJECT」だ。Bリーグ所属アルバルク東京のホームアリーナとして使用するほか、各種室内競技、パラスポーツ、eスポーツ等さまざまなスポーツの聖地を目指すという。自らも「Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島」の建築を手がけたスタジアム・アリーナの専門家・上林功氏が、このプロジェクトに大きな期待を寄せる理由とは?
(文=上林功、写真=Getty Images)
新アリーナ構想に見る、未来の都市とスポーツ環境の関係
2022年8月にトヨタが公表した「TOKYO A-ARENA PROJECT(Aアリーナ)」。お台場の同社施設であったMEGA WEB(メガウェブ)跡地に新しいアリーナ計画が公表されました。もともとの施設となるメガウェブはトヨタ車の最新モデル試乗や子どもたちの自動車体験、自動車のミュージアムなどを備えた豊富な体験・展示施設で、22年間の来場者累計が約1億2700万人にのぼるなど東京ベイエリア屈指のアミューズメント施設でした。
今回公表された新アリーナプロジェクトでは、同社のチームであるプロバスケットボール・Bリーグのアルバルク東京や数々のスポーツチーム、またパラスポーツ支援についても触れています。近年、国内各地で聞こえる新アリーナ構想では、地域プロクラブとの連携によるホームアリーナの整備を通じたスポーツ振興・地域振興がうたわれています。今回の新アリーナも同じように東京ベイエリアのスポーツの中心地として構想されていますが、よくよく計画を見るとそれだけではないようです。
キーワードは「モビリティ」と「オートノミー」。その考えをひも解くと、かつての同社施設メガウェブを継承する都市とモビリティをつなげる施設として「アリーナ」を上手く利用したこれまでになかったスポーツアリーナの姿が見えてきます。
今回は、メガウェブ跡地の新アリーナ構想を通じて、未来の都市とスポーツ環境の関係について考えてみたいと思います。
お台場に誕生するTOKYO A-ARENAプロジェクトとは
Aアリーナのテーマとして、「次世代のスポーツエクスペリエンス(体験)」、「未来型のモビリティサービス」、「持続型のライフスタイルデザイン」が掲げられていますが、その視点はいずれも都市的な切り口で語られています。アリーナ単体で完結せず、文化、インフラ、環境といった都市的広がりの核としてアリーナを位置づけているのが特徴です。
例えば、次世代のスポーツ体験として多種多様な大会誘致を掲げていますが、それだけにとどまらずアリーナ全体を壮大な実験場として使用する「スポーツテックスタジオ」としての使い方や、観戦者の感情が会場の演出に反映されるような「バイオメトリック・ビューイング」の提案など、これまでのスポーツ環境にはなかった創造的なアイデアが盛り込まれています。スポーツテック企業を巻き込みながらスポーツ環境を拡張する考えは、一部の大学の実験施設では行われてきましたが、スポーツアリーナとしては世界初といえるかもしれません。チームの取り組みとして行われることはありましたが、施設がリードすることで複数多競技全体に広げる仕組みはこれまでになかったものです。
未来型のモビリティサービスとして、シャトルバスとスポーツ会場の連携や、移動販売車がそのまま店舗になるような仕組み、モビリティが生むバリアフリーなどが挙げられていますが、サイト上には意外にも具体的な記載が少ないのが印象的です。「様々なアイデアを構想中!」との文言が、逆に真剣に検討しているがために現在公表できないのではないかとの期待を抱かせます。
持続型のライフスタイルデザインでは、動くスポーツ健康ステーションやモビリティを生かした地域内のフードロス軽減に向けた最適化、そして立地である青海を「青い海」にしていきたいとのスローガンから始まる環境保全に向けた取り組みなど、広域的な波及効果を念頭にしたさまざまな提案が挙げられています。
まさに世界企業としてのパーパス(存在意義)を体現したアリーナ構想となっており、将来の次の次を見据えた未来のアリーナ像を示してくれているのではないでしょうか。
現代都市を生み出したのはスポーツとモビリティ?
いわゆる東京のような大都市では高層の建物が建ち並び、多くのヒトとモノが集まっています。こうした現代の都市計画は産業革命によって起こった1800年代以降のヨーロッパやアメリカの都市開発にルーツがあり、そのなかでも大きな影響を与えた人物に建築家のル・コルビジェという人物がいます。建築の世界では世界三大巨匠の一人ともいわれる人物ですが、建物だけでなく都市計画についても多くの実績を残しています。そのなかでも特に有名なのが「輝ける都市」と呼ばれる都市計画です。
住宅の高層化によるオープンスペースの確保や、当時広がりつつあった車社会を意識した歩車道の区別など革新的な都市計画案ですが、この計画にスポーツが関わっていたことは意外と建築界でも取り上げられていません。海で遊泳中に亡くなってしまったくらいコルビジェ自身がスポーツ好きだったのですが、「輝ける都市」の説明のなかには「スポーツは日常でなくてはならず、ごく身近な場所でなされるべきだ」との指摘とともに、スポーツと共存する考えから「輝ける都市」を着想したことが書かれています。
高層化した住宅の間にできた空地に陸上トラックやプール、グラウンドなどを組み合わせたいわばスポーツ都市が、これまでにない全く新しい都市計画として示されたことは興味深いところです。この後、後世に出現したマンションや集合住宅といわれる都市の姿はもともとスポーツとともにある生活への夢がカタチになったものであったと同時に、今となっては当初の夢からスポーツが骨抜きにされて伝わっていることがわかります。
この「輝ける都市」にはもう一つ大きな特徴があります。高架道路との接続です。空地のスポーツ利用を考えると、車が地面を走り回っているのは危なくて仕方ありません。コルビジェは当時から車道を高架道路にして2階や3階部分で直接建物につながる計画を示しています。都市と建物が交通網で一体となるような計画でしたが、結局のところ現代に至り自動車は地面の大半を道路として専有し、やはりこちらも当初の「輝ける都市」のような未来は実現できませんでした。
これらの発想のヒントになったといわれる施設に、1923年操業のイタリア・トリノの自動車工場があります。フィアット・リンゴットの工場としてつくられたこの施設は建物全体が何層にもわたるスロープになっており、自動車はスロープを上りながら組み立てられ、最後には屋上の1周1.1キロの長さのテストコースに至る、まさに自動車のための建物でした。交通インフラと建物が融合する、そんな考えを持っていたことがわかります。
高層住宅のアイデアは、元をただせばスポーツのために高層化され、自動車車路との組み合わせのなかで整えられた建物から派生したといえるでしょう。こうした建築のルーツを見ながら改めてAアリーナについて考えてみると、いまや高層住宅が立ち並ぶ東京お台場の地に、改めてスポーツとモビリティを組み合わせたスポーツアリーナが誕生することは、まさに都市計画の原点回帰のように思えてなりません。
自律制御のスマートアリーナ。新たなスタジアム・アリーナの未来像とは
こうしたアリーナが誕生するもう一つの背景として、自動制御・自律制御によって人とモビリティが共存できる距離に近づいたことも挙げられます。現在、歩道と車道が分けられているのは接触事故を含めたリスクのためといえます。とっさにブレーキがかけられない、正確にハンドルを切れないなどヒューマンエラーによる事故は痛ましいものです。モビリティのイノベーションとして試行されている「自動運転車」は運転せずに楽をするために開発されたというより、こうした事故を避けるオートノミー(自律)制御を可能とさせるためにつくられたものです。
自律制御によって環境が拡張されることで利便性が一気に向上します。実はすでに身近な建物のなかにもこうした自律制御で運用されているモノがあります。「エレベーター」です。実用化したのは1853年のニューヨーク万博、当時は蒸気式でしたがのちに電気による自動制御が行われたことで当時シカゴを中心とした超高層建築の成立に貢献しました。最初期のエレベーターもまた古代ローマのコロッセオなどスタジアムに設置されたものでしたが、これが今や建物にはなくてはならない設備となったことにも縁を感じます。
自動車と建築の関係に詳しい名古屋大学准教授の堀田典裕氏は、立体駐車によって高層住宅と組み合わせた自動車をもって「自動車は建物に外在するエレベーター」と評しています。Aアリーナで構想されている大小さまざまなモビリティは、単なる移動手段としてだけでなく、ライフスタイルとして人と都市をつなぐ役割を見せてくれると考えます。モビリティは都市社会のなかで隔離されることなく生活の一部として組み込めることをAアリーナは示そうとしているといえるでしょう。
これまでに見たこともないアリーナであり、また自動車メーカーだからこそ実現できるアリーナ。モビリティの行きつく先として、移動の完全自由化、誰しもがアクセスできるアクセシビリティの究極形を見ることができるかもしれません。すべての人が集えるアリーナによって実現するユニバーサルスポーツの価値は、これまでのスポーツの在り方を数段飛ばしで引き上げるに違いありません。Aアリーナ構想の続報がとても楽しみでなりません。
<了>
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[PROFILE]
上林功(うえばやし・いさお)
1978年11月生まれ、兵庫県神戸市出身。追手門学院大学社会学部スポーツ文化コース 准教授、株式会社スポーツファシリティ研究所 代表。建築家の仙田満に師事し、主にスポーツ施設の設計・監理を担当。主な担当作品として「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」など。2014年に株式会社スポーツファシリティ研究所設立。主な実績として西武プリンスドーム(当時)観客席改修計画基本構想(2016)、横浜DeNAベイスターズファーム施設基本構想(2017)、ZOZOマリンスタジアム観客席改修計画基本設計など。「スポーツ消費者行動とスタジアム観客席の構造」など実践に活用できる研究と建築設計の両輪によるアプローチを行う。早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘研究員、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究所リサーチャー、日本政策投資銀行スマートベニュー研究会委員、スポーツ庁 スタジアム・アリーナ改革推進のための施設ガイドライン作成ワーキンググループメンバー、日本アイスホッケー連盟企画委員、一般社団法人超人スポーツ協会事務局次長。一般社団法人運動会協会理事、スポーツテック&ビジネスラボ コミティ委員など。
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