卓球・石川佳純が見せる完成形。技術面での閃きと引き出しの多さを生み出す「余裕」
石川佳純が、競技人生の集大成に挑んでいる。そう感じさせるのが、パリ五輪の代表争いを含むここ一連の彼女の戦いぶりだ。4月17日から開催された、WTTチャンピオンズマカオ。石川の1回戦の相手は、ドイツのニーナ・ミッテルハム。逆転の勝利で制することになるこの試合は、ベテランの域に差しかかった石川佳純の「技術の引き出しの多さ」が目に付く一戦となった。そしてその引き出しの多さは、試合の中盤、そして後半へと進むにつれて、どんどん増していく―――。なぜ、彼女は、そういった試合展開を作れるのか?
(文=本島修司、写真=Getty Images)
試合を「作る」ということ。「手繰り寄せる」雰囲気
WTTチャンピオンズマカオ・女子シングルス。強豪ドイツの主力選手として、欧州では抜群の知名度と実力を持つニーナ・ミッテルハムと1回戦で対戦した石川佳純。
この試合は、1ゲーム目から、左右に振られて大苦戦という出だしとなった。特にミッテルハムのバックハンドが石川のフォア側を打ち抜くシーンが目に付く。スピードがありすぎてついていけないというよりは、入ってくるボールの角度が良すぎて合わないというイメージ。そのまま6-11で取られてしまう。
2ゲーム目に入ると、その「角度」に石川がうまく合わせ始める。1ゲーム目では取り切れなかったボールに手が届くようになっている。この対応力で序盤からリードを奪うことができた。そうすると、おのずと“流れ”も向いてくる。中でも目を引いたのは、4-2から5-2へと、突き放す場面。ネットインの連発となったこのラリーでも、バックミートでの安定感が冴え渡り、勝負強さを見せた。思わず、ミッテルハムの表情がゆがんだのも印象的なシーンだ。このゲームを取り、追いつく。
3ゲーム目に入ると、今度はミッテルハムがストップの技術を駆使してくる。定石通りの前後へのゆさぶり。これに苦戦した石川はこのゲームを落としてしまう。前後だけではなく、前後左右、徹底的に“動かされた”印象が残った。
こうして見ていくと、序盤は劣勢だった試合すらも、いつの間にか、どちらに転ぶかわからない状況にまで持ち込むことができている。相手にうまく合わせたり、相手をこちらに合わせさせたり―――。技術の多さを見せながら、なんとか試合に勝つ手がかりを「手繰り寄せる」という雰囲気が、今の石川佳純には、ある。
中盤、後半の作り方。これまで見せたことがない技も
4ゲーム目は、ミッテルハムがまた1ゲーム目のような「角度」で攻撃を仕掛けてきた。バックハンドで、石川のフォアを突くボールをまたしても、駆使してきた。ミッテルハムもまた、引き出しを多く持っている。
しかし、石川はこの試合の中でこれに「慣れる」ことができていたのだろう。8-6の場面では、かなり厳しいフォアへの揺さぶりを、体が流れながらもカウンター気味にたたき込んだ。場内が沸く1球だった。9-6とし、そのまま勢いに乗ってこのセットを取り切った。
5ゲーム目では、石川からの仕掛けが目立った。1-2から、いきなり放った「上からたたきつけるようなフォアのツッツキ」は、今までの石川が使ったシーンがあまりなかったように思う。少なくともこの試合では初めて見せる技術だ。これにはミッテルハムもかなり戸惑う様子がうかがえた。
最終ゲームに入り、競り合いの中で、これを思いつく「深さ」。そして、思いついたら実行できる「勝負度胸」。中盤から、後半に向けて、どんどん増えていく「引き出し」。これらは、間違いなく、これまで膨大な経験を積み、たくさんの試合で修羅場を潜り抜けてきたらこそ出せる技だと感じる。
そうかと思えば、3―2からは、前陣に張り付いての打点の速い攻撃を見せる。一本一本、あまりにも変化するプレースタイルに、さすがのミッテルハムも打つ手がなくなっているように感じた。
ひらめきと、アイデア。それを現実に遂行する力。
言葉にすると簡単だが、「経験値」とはこれほどまでに大きなものかと、改めて思わされるようなシーンだった。
ミッテルハムとの試合は、そのまま、フォア前ストップ、バックミート連打とすべてにおいて石川が圧倒。最終ゲームを11-6で勝ち切り、この試合に勝利した。
経験値で後半に強くなった試合
一つ、思い出す試合がある。
かつて、リオデジャネイロ五輪の団体戦で日本のレジェンド水谷隼が、中国のサウスポーの名手である許昕を相手に大逆転勝利を収めた時の試合だ。中陣からのドライブ引き合いでは世界的のトップにいる水谷が、打倒中国を掲げ、その対策として前陣に立ち位置を変えて、下がらない卓球を展開した。幼少期から慣れ親しんだ立ち位置ではないプレーには戸惑いもあったはずだ。
しかし、中国のトップ選手と試合を重ね、前陣で捌く卓球を、世界の舞台で何度も何度も繰り返してきた水谷隼は、この許昕戦で集大成の一つといえる試合ぶりを見せた。
先に1ゲーム目と2ゲーム目を取ったこの試合、すぐに3ゲーム目と4ゲーム目を取られた。そして最終ゲームも7-10と、負けが目前にまで迫っていた。一度、逆転してきた中国人の選手を相手に、水谷はここから試合をひっくり返したのだ。
なんとか前陣でこらえて打ち合う水谷。それを左右に振って、少しでも下げさせながら試合を作る許昕は、本当にすごい選手だと、観戦していた誰もが諦めかけた。しかし、水谷は、ここで何か使ってない手はないかと、模索していたのだろう。
8-10で2点差にすると、そこから許昕の「ミドルを打ち抜く」ドライブを放った。驚いた許昕の体勢が大きく崩れた一本だった。この一本で一気に「流れ」は水谷に向くことになる。
そして、一瞬、コースを読めなくなった許昕に対して、今度はバックミートで、これをまたミドルに集めて、10-10に追いついてしまった。ジュースに入ると、救い上げるようなループドライブを、またミドルに落として11-10に。そのまま、完全に気持ちの面で劣勢に立った許昕のレシーブミスを誘い、歴史的な大逆転勝利を決めた。
あの場面からミドルに切り替える判断。それを実行できる強さ。この試合こそ、経験値が生んだ引き出しの多さがいかんなく発揮された試合の代表例だろう。
卓球選手の「完成形」とは何か?
前述のWTTチャンピオンズマカオ。2回戦では東京五輪の金メダリストである中国の陳夢に完敗となった石川。選手としてのピークは過ぎているのではないかとの声もある。だが、戦略の立て方や、卓球の試合という時間においてあまりにもたくさんの出来事を経験してきたハートの強さから引き出されるひらめきを感じる技術は、多様性があり、種類も増しているように感じる。
卓球選手の「完成形」とは何か?
それは、気持ちの面での「余裕」なのかもしれない。余裕は、技術面での引き出しの多さを生む。良い意味での余裕は、凡ミスを減らすことにもつながる。今の石川佳純は、そういった領域に差し掛かっているように見える。
中盤から後半にかけて、「やること」と「できること」が増えていく今の彼女は、さらに大物の選手を相手に、番狂わせを起こす可能性を秘めているのかもしれない。まだ、何か大きな“仕事”をやってくれそうな雰囲気がある。
さらなるバージョンアップが難しくなれば、技術の使い方を変える、技術を使うタイミングを変える。そんな、スポーツ選手の集大成のあり方を、今だからこそ石川佳純が、多くのスポーツファンに見せてくれている。
<了>
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