
ドイツで心配される遠藤航のコンディション 専門家らが提起する過密日程の心身のリスクとは
毎週末のようにビッグマッチが繰り広げられる現代のプロスポーツ界にとって、過密日程は避けられない問題であり、その代償はさまざまな形で選手たちの体をむしばんでいる。果たしてこの問題に対してスポーツ界はどのように対応し、選手たちはどう向き合うべきなのか?
(文=中野吉之伴、写真=Getty Images)
選手自身は「大丈夫」という言葉を口にするが…
現代のプロサッカー選手は大変だ。過密日程は当たり前。その過密具合は一昔前と比べられないほどのぎゅうぎゅう状態。年間リーグ戦とカップ戦だけでもなかなかの日数だが、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)やUEFAヨーロッパリーグ(EL)といった国際大会を勝ち進んでいるクラブだと年間試合数が50試合近くにもなる。加えて代表主力クラスの選手となると、代表ウィークでさらに試合を重ねていく。UEFA EUROやFIFAワールドカップ、昨年のようにオリンピックがあったりすると、選手の年間試合数は70試合を越え、本当に休むこともできないまま試合をし続けることになる。
CLやELでのアウェー戦でも苦難をともなうものだが、代表戦では地球の反対側まで飛び、時差や気候の大幅な変化の影響も受ける。そうした過酷な環境で試合に出続けると、体だけではなく心や頭へのダメージも相当なものになる。当然選手はさまざまな対処を取っているが、トップアスリートとはいえ超人ではない。結果として一生を棒に振るようなケガにつながるという事態にもなりかねないことを慎重に考えなければならない。
例えばバルセロナのペドリやライプツィヒのダニ・オルモは、昨年6月から7月にかけて開催されたEUROにスペイン代表メンバーとして参戦したあと、そのまま東京で7月から8月にかけて行われたオリンピックでもプレー。EUROでは準決勝まで、そしてオリンピックでは決勝まで戦うという激務だったにもかかわらず、ほぼ休みなしで所属クラブへと戻りシーズンインを迎えた結果、2人とも大きなケガを負い、前半戦のほとんどを棒に振っている。
選手自身は「大丈夫」という言葉を口にするだろうし、本当に大丈夫だと思っている。大きな大会に出たいと熱望する気持ちもわかる。とはいえその言葉をうのみにするのは危険であり、本来、それを見分けるために専門職のスタッフがクラブにいるはずなのだ。
ペドリやダニ・オルモと似た例でいえば、日本代表MF遠藤航も挙げられる。幸運にも現時点でまだ大きな負傷に苦しむような事態には陥っていないが、昨季のブンデスリーガが終わったあとにA代表戦、そして東京五輪とフル稼働。夏休みもほかの選手に比べれば相当短いままシュツットガルトに合流すると、今季も24節終了時点でリーグ戦全試合にスタメン出場し、ほぼすべての試合でフル出場している。
自己管理能力に優れた選手ではあるが、あまりの過密日程にいくつかのドイツメディアで遠藤のコンディションを心配する声が挙がっており、元ドイツ代表で日本でのプレー&指導歴のあるギド・ブッフバルトも、「不安を感じることがあるんだ。そして壊れてしまわないでくれと願う。日本人はどれだけ疲れていても、自分から『疲れている』とは言わないから。(シュツットガルト監督のペッレグリーノ・)マタラッツォは経験豊富な監督なので遠藤のためにトレーニングにおける負荷を非常に良く調整しているとは思うが……」とコメントを残している。
十分に休養が取れないプロスポーツ界で起きる問題
アスリートの日々のコンディションづくりには確かなメカニズムがある。
負荷(練習や試合に取り組む)→ 疲労(パフォーマンスの低下)→ 休養(コンディションの回復)→ 超回復(パフォーマンスの向上)→ 負荷
大ざっぱにいってこうしたサイクルが必要だ。練習や試合などで体に負荷がかかり、疲れたところで十分な休養を取ることでコンディションが回復し、負荷をかける前よりも全体的な能力が向上していく。これがスポーツ生理学の基本中の基本。
昨今のプロサッカー界では健康状態のチェックは非常に重要視されているし、体に関する数値は過密日程であってもなくても、自身のパフォーマンスを発揮できる状態かどうかを定期的に調べられてはいる。
ただ前述したように現在のプロスポーツ界では休養が十分に取れないまま、つまりコンディションが回復し切る前、そしてパフォーマンスレベルが向上する前に新しい負荷をかけてしまうケースが少なくない。
そうした環境下でさらに代表戦による長時間の時差を越えての移動という負荷が加わってくる。長時間の飛行機移動による疲労やストレスに加えて、時差による影響も大きな問題だ。具体的に時差による影響とは、通常とは違う時間帯に起きたり寝たりしなければならないことで生じるストレスが心身のリズムを乱し、全体的なパフォーマンスの低下、頭痛や違和感、神経過敏になったり、集中力の欠如など認知・心理的な問題が起きてしまうという。飛び越える時差が大きくなればなるほど対処は難しくなる。
クリスティアーノ・ロナウドは1日に数回寝ている?
選手にとっては、過密日程の影響を可能な限りコントロールするための準備が必要不可欠となる。トップレベルのクラブだと移動による体への負担を少しでも減らすために例えばチャーター機を準備したりもする。それこそ世界のトップスターはみんな過密日程を戦うことを念頭に置いた習慣を日頃から取り入れている。
その一つが睡眠法の研究だ。
例えばドイツサッカー連盟(DFB)では代表選手に対してさまざまなテクノロジーを利用して、最適な睡眠の仕方について数値を取りながら分析しているという。とくにコロナ禍では通常時以上に選手にストレスがかかっている状態でもあるので、身体的、そしてメンタル的な休養がより意味深いものになってきているのだ。DFBではこうした研究で培った経験やアイデアをブンデスリーガクラブにもそのまま情報展開し、全体で共有できるようにしている。
選手個人では、例えばクリスティアーノ・ロナウドは自身の回復力を高めるために、さまざまな睡眠法を試していることで有名だ。1日に1〜3時間ずつ何回かに分けて眠ることで、高いコンディションを維持しているという。サッカー界だけではなく元F1ドライバーのニコ・ロズベルグやNBAの元バスケットボール選手ダーク・ノヴィツキーも最適な睡眠というテーマに集中的に取り組んで、時差を越えて何度も長時間移動をする現実と向き合っていた。
とはいえ、選手個人の努力だけでなんとかなる問題でもない。どれだけ休もうと思っても、次の試合が数日後にくるサイクルが変わらなければコンディション維持さえも難しい。以前ザルツブルクのチームスタッフが、代表戦での移動を繰り返す南野拓実が回復しきれないほどの疲労を抱えていたことを明かしてくれたことがある。
現ドイツ代表監督ハンシィ・フリックは、バイエルン監督時代にこのような苦言を呈していた。
「選手は厳しい状況でも対応できなければならないという主張ばかりがなされてきたが、いつか耐えられなくなってしまう。だからこそ選手には十分な休息が与えられるようになることが重要だ」
普段のトレーニングにおける負荷の最適化は本当に繊細で、重要なのだ。フィジオセラピストのダニエル・シュレーサーは「トレーニングをやりすぎてしまうと、とくにメンタル的な疲労と集中力の欠如に結びついてしまうことが多いんです。そうなるとフィジカル的にも力を発揮できません」と指摘する。
「トレーニングで刺激を与えることはとても重要ですが、休息をうまく取り入れてメンタル的な新鮮さを持てるようにしなければ意味がありません」
上記のようなトレーニング方法を取り入れ、シュレーサーはロズベルグを担当して、2016年のF1ワールドチャンピオン獲得に貢献している。
内田篤人の心に響いた、オズワルド・オリヴェイラ監督の言葉
フィジカルにコンディションがあるように、メンタルにもコンディションがある。
頭の疲れに対しても、フィジカルの疲れと同等に休養をしっかりとることが欠かせない。とくにCLやワールドカップ予選といった一つの勝敗が大きな意味を持つ試合だと、メンタルにかかる負担は桁違いに大きくなるのだ。そして体の疲れ以上に、メンタルの疲れはパフォーマンスレベルを大きく下げる要因になってしまう。
人は「全力で走れ!」と言われたからといって、全力を出せるわけではない。人間の体は、頭は、心は、100パーセントの力を出すために相応の準備が必要なのだ。
遠藤にしてもスヴェン・ミスリンタートSDが「遠藤はたとえベストパフォーマンスを出せない日であったとしても、ブンデスリーガにおける平均以上のパフォーマンスを出せる選手だ」と褒めていたことがあったが、いみじくもこれはピッチに立てる状態であるということと、自分のベストパフォーマンスが出せるというのは一緒ではないことを如実に表している。
チームドクターとして20年間ドイツ代表に帯同しているティム・マイアー医師は、「サッカーの試合後にフィジカル状態が完全回復されるまでに、毎回最低でも3日間は絶対に必要だ」と主張する。だが3日間の完全休養に加えて、次の試合に向けてのコンディション、戦術的準備を整えるというのは現代のプロサッカー界におけるスケジュールでは到底無理な話だ。
マイアー医師は続ける。「大変な事態にならないように、選手には自分の体の声を聞く感覚が必要だ。そして体のどこかに違和感はないだろうかという感覚を常に持ち、それを繊細化させていくことが重要なんだ」。
そういえばかつて、マイアー医師と似たような話をしていた選手がいた。内田篤人だ。シャルケ時代にこんなことを話していたことがある。
「評価を上げるために一生懸命に頑張るのも大事だけど、キッカー紙の採点が0.5上がることよりも、常に次の試合のことも考えておかないといけない。どれだけ長く、大事なときに力が出せるのかが重要。ケガをしないように抑えられるときは抑えるというのもある。オズワルド(・オリヴェイラ元鹿島アントラーズ監督)だったかな? 若い頃に当時の監督に一度だけ言われた言葉が印象に残っていて……『おまえは次の試合のことを考えてやっているのか?』って」
選手にとってはどの試合も大切だし、すべての試合に出たい気持ちは理解できる。休むことでポジションを失う怖さもあるかもしれない。何もかもを懸けてピッチに立ちたいという試合だってあるだろう。でも時には体の声に耳を傾けて休むことも必要だ。それはきっと勇敢で、賢明な決断なのだ。
また選手自身だけでなく、スポーツ界には、組織や業界の垣根を越えて、選手の勤続疲労に対する問題と向き合い、ケガのリスクを少しでも避けられるような枠組みづくりが求められる。
<了>
なぜマウスガードを着用するサッカー選手が増えているのか? 遠藤航の飛躍に専門家の見解
PK研究の権威が語る、奥深き世界「ゴール上隅に飛んだPKのストップ率は0%。だが…」
長谷部誠はなぜドイツ人記者に冗談を挟むのか? 高い評価を受ける人柄と世界基準の取り組み
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
「敗者から勝者に言えることは何もない」ラグビー稲垣啓太が“何もなかった”10日間経て挑んだ頂点を懸けた戦い
2025.05.30Career -
「リーダー不在だった」との厳しい言葉も。廣瀬俊朗と宮本慎也が語るキャプテンの重圧と苦悩“自分色でいい”
2025.05.30Career -
「プロでも赤字は100万単位」ウインドサーフィン“稼げない”現実を変える、22歳の若きプロの挑戦
2025.05.29Career -
田中碧は来季プレミアリーグで輝ける? 現地記者が語る、英2部王者リーズ「最後のピース」への絶大な信頼と僅かな課題
2025.05.28Career -
風を読み、海を制す。プロウインドサーファー・金上颯大が語る競技の魅力「70代を超えても楽しめる」
2025.05.26Career -
最高時速103キロ“海上のF1”。ウインドサーフィン・金上颯大の鎌倉で始まった日々「その“音”を聞くためにやっている」
2025.05.23Career -
最強中国ペアから大金星! 混合ダブルスでメダル確定の吉村真晴・大藤沙月ペア。ベテランが示した卓球の魅力と奥深さ
2025.05.23Opinion -
当時のPL学園野球部はケンカの強いヤツがキャプテン!? 宮本慎也、廣瀬俊朗が語るチームリーダー論
2025.05.23Opinion -
コツは「缶を潰して、鉄板アチッ」稀代の陸上コーチ横田真人が伝える“速く走る方法”と“走る楽しさ”
2025.05.23Training -
「長いようで短かった」700日の強化期間。3度の大ケガ乗り越えたメイン平。“復帰”ではなく“進化”の証明
2025.05.23Career -
「最後の最後で這い上がれるのが自分の強み」鎌田大地が批判、降格危機を乗り越え手にした戴冠
2025.05.19Opinion -
「ヨハン・クライフ賞」候補! なでしこジャパン最年少DF古賀塔子“世界基準”への進化
2025.05.19Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
コツは「缶を潰して、鉄板アチッ」稀代の陸上コーチ横田真人が伝える“速く走る方法”と“走る楽しさ”
2025.05.23Training -
「週4でお酒を飲んでます」ボディメイクのプロ・鳥巣愛佳が明かす“我慢しない”減量メソッド
2025.04.21Training -
減量中も1日2500キロカロリー!? ボディメイクトレーナー・鳥巣愛佳が実践する“食べて痩せる”ダイエット法
2025.04.18Training -
痩せるために有酸素運動は非効率? 元競技エアロビック日本代表・鳥巣愛佳が語る逆転の体づくり
2025.04.16Training -
躍進する東京ヴェルディユース「5年計画」と「プロになる条件」。11年ぶりプレミア復帰の背景
2025.04.04Training -
育成年代で飛び級したら神童というわけではない。ドイツサッカー界の専門家が語る「飛び級のメリットとデメリット」
2025.04.04Training -
専門家が語る「サッカーZ世代の育成方法」。育成の雄フライブルクが実践する若い世代への独自のアプローチ
2025.04.02Training -
海外で活躍する日本代表選手の食事事情。堂安律が専任シェフを雇う理由。長谷部誠が心掛けた「バランス力」とは?
2025.03.31Training -
「ドイツ最高峰の育成クラブ」が評価され続ける3つの理由。フライブルクの時代に即した取り組みの成果
2025.03.28Training -
Jクラブ最注目・筑波大を進化させる中西メソッドとは? 言語化、自動化、再現性…日本サッカーを強くするキーワード
2025.03.03Training -
久保建英の“ドライブ”を進化させた中西哲生のメソッド。FWからGKまで「全選手がうまくなれる」究極の論理の正体
2025.03.03Training -
三笘薫、プレースタイル変化させ手にした2つの武器。「結果を出すことで日本人の価値も上がる」
2025.02.21Training