
吉田知那美の「名言」は、勝敗・人生・運命をも変える。特筆すべき言葉力の源泉[カーリング]
ロコ・ソラーレのサード、吉田知那美は2大会連続のメダルを目指し熱戦を繰り広げている。平昌五輪では日本カーリング史上初めての銅メダルを獲得し、苦しみながらも北京への切符をつかんだ。順風満帆にもみえるカーリング人生を切り開いてきたのは、彼女の「名言」の数々だったのかもしれない。勝敗、人生、運命をも変える言葉力の源泉を探る――。
(文=竹田聡一郎、写真=Getty Images)
「運命を変えよう」。北京五輪出場へ絶体絶命の状況で口にした言葉
吉田知那美は雄弁だ。
「あいつのコメント力というか、言語化能力はすごいよ」と小野寺亮二コーチが称賛していたことがある。
「(取材の文字を)起こしてまんま記事に使えることが多い」と複数のカーリング記者が異口同音に言っていた。
寡黙であったり、口下手であったり、多弁でも本心を言わなかったりするケースもあるが、総じて記者にとって難しい取材対象者を「記者泣かせ」と呼ぶ。吉田知那美はそれとは無縁だ。
あるいはその対義語があれば「吉田知那美」なのかもしれない、というのは大げさだが、彼女の発言がそのまま見出しや特集タイトルになったことは一度や二度ではないだろう。最近だと、昨年9月の日本代表決定戦の「運命を変えよう」がキャッチーで聞いた人の心をつかんだ。言霊(ことだま)というのも非科学的なのだが、2連敗の後の3連勝という結果からも、果たして盤面をひっくり返す名状し難い何かが宿ったのかもしれない。
「運と縁と勘で生きてるんです」。聞いた人の耳に残る言葉の数々
そんな彼女の名言は他にいくつもある。
例えば、2014年北海道銀行の一員としてソチ五輪に向かう時だ。
「私はカーリングホールに育てられた。だからプレーすることでカーリングに恩返しができれば最高にうれしい」
その後、ロコ・ソラーレに加入し、結果的には彼女だけがソチと平昌、2大会連続のオリンピック出場となったことについて、「私からカーリングをとったらポンコツだから」と自虐的に笑った後、それでも受け入れてくれたチーム、前所属の北海道銀行、平昌行きを応援してくれた方々への感謝を厚く口にして、自身の反省について韻(いん)を踏んだセリフでまとめた。
「私、運と縁と勘で生きてるんです」
平昌五輪で日本カーリング史上初のメダルを獲得し、地元の常呂町に戻った際の「この町、何もないよね」から始まるスピーチは多くの人が知るところだろう。
ただ、その一方で氷上以外の言動に、フィーバーといっていいくらい注目が集まり過ぎた。戸惑いを感じていたのも事実だ。このオフに吉田知那美は米カリフォルニア・サンタモニカに1カ月あまりの短期留学を敢行しているが、その後の去就が案じられてもいた。2018年の夏のそんな折、帰国してアイスに乗った第一声が以下だ。
「正直なところ、しばらく氷の上はいいや、と思ってたんです。でもオフを挟んでアイスに乗ったらすごい楽しかった。そんな自分に安心した」
「自分たちで自分たちを肯定する」。ライバルであり友人から学んだ哲学
決意を新たにし、次の4年に向き合っていったが、その過程で、最大のライバルであり、最高の友人でもあるスウェーデン代表のスキップ、アンナ・ハッセルボリについてこう語っていた。
「スポーツ選手の多くは勝敗や数字で、時には人格さえも評価されてしまう。それでもアンナたちは自分たちで自分たちを肯定できる。それはやってきたことに対する自信だし強さだと思います。そういう選手に私はなりたい」
人に刺激を与える、あるいは何かを動かす言葉のチョイスにも長けている。
カーリング教室のような機会でジュニアの選手からの「どうしたらカーリングがうまくなるか」という質問にはこう答えた。
「練習に向かうとき、しているとき、何のためにやっているか忘れないようにすること」
流行語大賞に「そだねー」が選出された時はちゃめっ気たっぷりにスポンサーにも配慮したコメントを出した。
「JALに乗って北海道に、オホーツクは常呂町のカーリングホールに遊びに来てください。本場の『そだねー』をお伝えします」
英語は堪能で読書家。好きな作家は浅田次郎。漫画も読む。好きな作品は『宇宙兄弟』、『バガボンド』、『ゴールデンカムイ』と青年誌系が多い。実用書、新書も読み、感銘を受けた書『安心して絶望できる人生』を座右の銘に掲げ、一時は自身のテーマに「斟酌(しんしゃく)」があった。
北京五輪の舞台「氷立方」は、2008年夏季五輪で“あの名言”が飛び出た場所
機転とユーモア、その広い守備範囲こそが、彼女がカーリング界最多の16万人を超えるフォロワーを持つインフルエンサーたらしめている部分だろう。今大会でもアイスコンディションとアイスメイクについて自身のアカウントで詳細かつ分かりやすく解説するサービス精神を見せた。
そして何といっても今回の舞台は北京国家水泳センターである。2008年の夏季オリンピックの際に建設され、そのビジュアルから「ウォーターキューブ」「水立方」の愛称で親しまれた。日本人にとっても競泳で北島康介さんが100mと200m平泳ぎでアテネ五輪からの2冠2連覇を達成した縁起の良い場所だ。名言「何も言えねえ」を覚えている人も多いだろう。
あれから14年、同会場は「アイスキューブ」「氷立方」に生まれ変わり、世界のカーラーをもてなしている。
北島さんは“何も言えなかった”が、今回のオリンピックが幕を閉じる際、吉田知那美は何を言うのか。できれば喜びに満ちた名言を。日本中の願いだ。
<了>
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
Jリーグ秋春制移行で「育成年代」はどう変わる? 影山雅永が語る現場のリアル、思い描く“日本サッカーの最適解”
2025.07.30Opinion -
将来の経済状況「不安」が過半数。Jリーグ、WEリーグ選手の声を可視化し、データが導くFIFPROの変革シナリオ
2025.07.25Business -
久保建英も被害にあった「アジア系差別」。未払い、沈黙を選ぶ選手…FIFPROが描く変革の道筋
2025.07.24Business -
アジア初の女性事務総長が誕生。FIFPRO・辻翔子が語る、サッカー界の制度改革最前線
2025.07.23Business -
“1万人動員”のB3クラブ、TUBCの挑戦。地域とつながる、新時代バスケ経営論
2025.07.22Business -
塩越柚歩、衝撃移籍の舞台裏。なでしこ「10番」託された“覚悟”と挑戦の2カ月
2025.07.22Career -
即席なでしこジャパンの選手層強化に収穫はあったのか? E-1選手権で見せた「勇敢なテスト」
2025.07.18Opinion -
なぜ湘南ベルマーレは失速したのか? 開幕5戦無敗から残留争いへ。“らしさ”取り戻す鍵は「日常」にある
2025.07.18Opinion -
ダブルス復活の早田ひな・伊藤美誠ペア。卓球“2人の女王”が見せた手応えと現在地
2025.07.16Career -
ラグビー伝統国撃破のエディー・ジャパン、再始動の現在地。“成功体験”がもたらす「化学反応」の兆し
2025.07.16Opinion -
「誰もが同じ成長曲線を描けるわけじゃない」U-21欧州選手権が示す“仕上げの育成”期の真実とは?
2025.07.14Training -
なぜイングランドU-23は頂点に立てたのか? U-21欧州選手権に見る現代サッカーの「潮流」と「現在地」
2025.07.14Training
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
塩越柚歩、衝撃移籍の舞台裏。なでしこ「10番」託された“覚悟”と挑戦の2カ月
2025.07.22Career -
ダブルス復活の早田ひな・伊藤美誠ペア。卓球“2人の女王”が見せた手応えと現在地
2025.07.16Career -
長友佑都はなぜベンチ外でも必要とされるのか? 「ピッチの外には何も落ちていない」森保ジャパン支える38歳の現在地
2025.06.28Career -
「ピークを30歳に」三浦成美が“なでしこ激戦区”で示した強み。アメリカで磨いた武器と現在地
2025.06.16Career -
町野修斗「起用されない時期」経験も、ブンデスリーガ二桁得点。キール分析官が語る“忍者”躍動の裏側
2025.06.16Career -
ラグビーにおけるキャプテンの重要な役割。廣瀬俊朗が語る日本代表回顧、2人の名主将が振り返る苦悩と後悔
2025.06.13Career -
「欧州行き=正解」じゃない。慶應・中町公祐監督が語る“育てる覚悟”。大学サッカーが担う価値
2025.06.06Career -
「夢はRIZIN出場」総合格闘技界で最小最軽量のプロファイター・ちびさいKYOKAが描く未来
2025.06.04Career -
146センチ・45キロの最小プロファイター“ちびさいKYOKA”。運動経験ゼロの少女が切り拓いた総合格闘家の道
2025.06.02Career -
「敗者から勝者に言えることは何もない」ラグビー稲垣啓太が“何もなかった”10日間経て挑んだ頂点を懸けた戦い
2025.05.30Career -
「リーダー不在だった」との厳しい言葉も。廣瀬俊朗と宮本慎也が語るキャプテンの重圧と苦悩“自分色でいい”
2025.05.30Career -
「プロでも赤字は100万単位」ウインドサーフィン“稼げない”現実を変える、22歳の若きプロの挑戦
2025.05.29Career