「自分がいると次が育たない」ラグビー日本代表戦士たちの引退の哲学。次世代のために退くという決断
「僕が発言すると、それが正解になってしまう」「年寄りがい過ぎても、チームが循環しない」……。トップアスリートの引退は、衰えやケガが理由とは限らない。ラグビー日本代表として戦ってきたベテランたちが、引退を選んだ背景には、「自身の影響力」と「組織の循環」を見つめた思慮深い判断があった。それは、スポーツ界に限らず、あらゆる組織に通じる“引き際の哲学”でもある。
(文=向風見也、写真=FAR EAST PRESS/アフロ)
「まだ戦えるのに」ベテラン2人が選んだ“今”というタイミング
時代は流れる。
ラグビー日本代表は2026年2月2日、同年の活動に向けた候補選手リストを発表。2027年のワールドカップオーストラリア大会へ歩みの速度を上げる。
一方、最後に決勝トーナメントに進んだ2019年の日本大会のメンバーが相次ぎ次のステージを見据えている。
年明け早々に話題を集めたのは、東京サントリーサンゴリアスの2人の引退発表だ。34歳の中村亮土、33歳の流大が、現在行われている国内リーグワンのシーズン終了時にスパイクを脱ぐと決めた。
センターとしてしぶといタックルと巧みなパスさばきで光った中村は、チーム主催の会見で「ここにいる皆さんのたくさんの記事、報道でラグビーをしている中村亮土を築けたと思っています。ありがとうございました」と切り出し、「このタイミングで、新しい挑戦をしたいと思いました」と述べた。ここでの「新しい挑戦」については、追って伝えるとのことだ。
ライフプランを立てる流れで、ピリオドを打つタイミングを決めた。
「ケガによって引退を決めたわけではなくて、今季も体調よくできています。プレシーズンが始まって少ししたくらいで、決断できた。(次にすることは)コーチではないです。僕の人生で成し遂げたい目標があって、そこに向けた学び、人間としての成長ができるように……」
スクラムハーフとして個性の強い隊列をコントロールした流も、「自分の人生は自分の決断で前に進めたい」と話した。
今後の進路については、「皆さんが想像していることだと思います」。コーチングの道に進むかもしれない。
「2023年のワールドカップ(フランス大会)が終わってから、『あと2シーズンくらいで……』と思っていまして。本当は去年(昨季)で……とも考えましたが、GMの田中澄憲さんに『いまが一番いいプレーをできているんだからあと1季』と言っていただいて。いろいろと考えたんですけど、新しい夢に向かってスタートするためにもいまがいいタイミングかなと」
後輩が見た“本物のリーダーシップ”
サンゴリアスの後輩たちは、有名な先輩たちのジャッジを尊重しながら寂しさものぞかせた。28歳の現代表プロップで今年度に移籍してきたばかりの竹内柊平は、もともと流、中村のリーダーシップに現場で触れるのを楽しみにしていた。
見たかったものを実際に目の当たりにした所感を、このように述べた。
「言葉がけ一つ一つがシャープ。だらだらしゃべらない。ただ、しゃべる時は徹底的にしゃべる。厳しいことも言います。でも、それは嫌いだから言っているのではなくて、チームが勝つためにどうしたらいいかを的確に言ってくれています。僕も(試合中に)怒られたことがありますが、その後に(冷静な)レビュー、ケアもありました。若い選手へも気遣っている。(力を示しているのは)オンフィールドだけじゃないんだな、やっぱり。そう思いました。厳しく言うのは難しい。人間同士ですし。でも、(2人には)言える強さがあった。経験や、このチームへの愛から出ているものだと思います」
きっと、両者とも最後の最後まで周りに影響を与える存在なのだろう。興味深かったのは、流が「自分の人生は自分の決断で」の裏側には、そうした「自分の影響力」の大きさもあったという点だ。
「自分が正解になってしまう」影響力の自覚と葛藤
入団2年目の2016年度から4シーズン(最後は中断)主将を務めた自身の立ち位置について、こんな自覚症状を述べた。
「僕もサンゴリアスに長くいて、いい意味でも悪い意味でも自分の影響力があるとわかっています。僕がチームで発言すると、それを正解としてしまう空気感が何シーズンか続いていて、それが理由でリーダーから外してくださいと言ったこともあります。サンゴリアスは、これからも続いていかないといけない。強くあり続けないといけない。本気でこのチームを強くしたい、引っ張っていきたいという選手はいると思うんですけど、その彼らが実際にリーダーシップを取る機会を作っていきたい。そう思ったのも、引退を決めた理由の一つです」
一般企業ならまだ若手とされる年齢ながら、集団における自己客観視の力が一定以上のレベルにあったのが伝わる。
20代から30代のビジネスパーソンの多くは、自分の上司がそうであればよいのにと感心するのではないか。
いまの時代に共感されやすそうなこの引き際の決断について、やはり日本大会組の堀江翔太は「すごいですね。ここまでプレッシャーを抱えながらきたと思うので、最後は悔いなくやってほしいですね」と頷く。
4度のワールドカップに出て個人でも海外挑戦を経験した40歳は、2024年の6月までにプレーヤーをやめている。
堀江もかねて「やっぱり、いい姿のままで終わりたいという考えが何となくあって」と語ってきた。信頼するトレーナーのメソッドを伝え広める活動がしたいという気持ちも強まった。
「年寄りがい過ぎても、チームが循環しない」
かくして、堀江は自身の選手生活に惜しまれつつも幕を引いた。
「もちろん、ボロボロになるまで長くやるというのも一つの考えですけど」
さらに実は、流と同じようなことも考えたという。
「年寄りがい過ぎても、チームが循環しない。それも考えました」
では、自らがその「年寄り」になる可能性に気づけるか、気づけないのか、もしくは気づこうとすることができるかの個人差について話題を広げると、「えーっと……。僕が、そう、思っていたほうなので」と微笑む。もしかすると、若かった頃に同僚だった歴代の先輩方の一部を念頭に置いていたのだろうか。
「いやぁ、そういう(極端に組織を停滞させる)先輩はいなかったですけど、もしもおったらうっとうしいなと。(自身が)『はよやめろよ』と思われたくない!」
言葉を選びながら、ゴールテープを切るまでの心象風景を明かした。
「ラグビーができなくてただただ名前だけでいる選手にはなりたくなくて、30~40歳くらいになっても高いパフォーマンスでプレーしたかった。だから(現役時代は必死に)トレーニングをした。そういう、感じですね」
現在は、古巣の埼玉パナソニックワイルドナイツでコーチを務める。主将も務めたクラブからの切なるオファーに応じた。
「代表やリーグワンの試合で感じる緊張って、けっこう精神的に削られるものがある。やめる時は『それがなくなると思うと、気が楽やなぁ』と。いまは違うプレッシャーがある。僕が教えたことを(選手が)グラウンドで表現できなかったら、僕自身の教え方、鍛え方が足りなかったと思っちゃうので。毎試合、毎試合、何がよくて何がダメだったのかをわかって伝えられるように(担当の)スクラムを見ています」
好きで始めたスポーツを極め、好きで始めたスポーツで生活できるようになり、かつ、好きで始めたスポーツのキャリアを自由意思で終わらせる。その選択の裏には、各人の思慮深さがにじんでいた。
<了>
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