新潟レディースが広げた“女子サッカーの裾野”。年100回の地域活動、川澄奈穂美が呼び込んだ「応援の機運」
WEリーグ参入から5シーズン目。アルビレックス新潟レディースは、観客数、スポンサー、競技人口という複数の指標で、確かな変化を示し始めている。その背景にあるのは、短期的な勝敗や話題性ではなく、「地域に出続けること」「応援される存在になること」を軸にした、地道かつ堅実な設計だった。年間100回に及ぶ地域活動、橋川和晃監督のもとで築かれたチームの方向性、そして川澄奈穂美の加入によって生まれた“応援の機運”。それらは偶然ではなく、積み重ねの上に重なった必然だった。新潟はどのようにして“女子の裾野”を広げ、限られた予算の中で競争力と採算の両立を図ってきたのか。クラブの代表を務める山本英明氏に、その設計図を語ってもらった。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=WEリーグ)
地域に出続ける“プロの役割”
――WEリーグ5シーズン目を迎え、観客数も増えています。2025/26 SOMPO WEリーグ第14節の三菱重工浦和レッズレディース戦では、アウェーにも多くのサポーターが詰めかけました。変化の転機になった出来事はありましたか。
山本:大きく分けて二段階あったと思います。一段階目は、地域とのコミュニケーションを深めることでした。WEリーグに参入し、日本最高峰のプロリーグのクラブになったからこそ、認知を高め、地域の方々に目を向けてもらう必要がありました。アマチュア時代は、選手たちも朝から夕方まで働き、夜に練習して週末に試合という生活でしたが、プロになったことで、心身のケア時間を確保しながらも普及や地域交流などのホームタウン活動に時間を割くことができるようになった。そこでプロ化1年目から、「ファンづくり・スポーツ文化づくりのために、とにかく地域に出ていくことをクラブのポリシーにしていきたい」と選手たちに伝え、協力してもらいました。
――具体的には、どのような地域活動を行ってきたのでしょうか。
山本:学校訪問でのキャリア教育やサッカー教室、企業訪問やメディア出演、女の子&女性向けのサッカースクールや地域イベントへの参加などを、年間100回、延べ10,000人の方々と交流しようと目標を定めて行っています。Jリーグでは、普及コーチやスクールコーチを含めて100回ぐらい活動するクラブもあると思いますが、うちはすべての活動にプロの選手が参加しています。それはおそらく日本一だと誇れる部分ですし、その重要性や必要性を理解して一緒に活動してくれている選手やスタッフには本当に感謝しています。
正直、すぐに観客やファン・サポーター、競技人口や女子サッカーの文化を一緒に築いていただく理解者・支援者が増えるわけではありません。ただ、「続けていれば、いつか必ず花開く」という確信はありましたし、これからも歩みを止めないで邁進していきたいですね。
橋川監督の道標と「三つの声」がチームを変えた
――二段階目とは、どのタイミングだったのでしょうか。
山本:2023-24シーズンの川澄奈穂美選手の加入です。同時に橋川和晃監督の就任が重なったことも大きかったです。低迷が続いていた中で、橋川監督が「ここまでやれば、ここに届く」という明確な道標を丁寧に示してくれた。そこに川澄選手が加わり、チーム全体が「もっと成長できる」と前向きになっていきました。上尾野辺めぐみ選手や川村優理選手といった既存の主軸に、川澄選手、杉田亜未選手といった経験豊富な選手が加わった。そのインパクトが、これまで積み重ねてきた地域との関係と重なり、「女子サッカーも面白いよ」「一度観にいってみよう!」と観客増につながったのだと思います。
いずれ皇后杯やカップ戦、リーグ戦でタイトルを取れた時には、積み重ねてきたものが一気に花開くと思っています。地域活動で触れ合った子どもたちが「いつかアルビレックス新潟レディースに入りたい」と思ってサッカーに勤しんでくれたり、サポーターとして応援してくれたりするかもしれない。あるいは将来、企業側に回って女子サッカーを支えてくれるきっかけになるかもしれません。時間はかかりますが、そんなことが日常になるように、女子サッカーでスポーツ文化をつくっていくには、これしかないと思っています。


――川澄選手のどんなところに影響力の大きさを感じますか?
山本:彼女は「三つの声」を持っています。一つ目は、チームを盛り立て鼓舞する声。二つ目は、経験に裏打ちされた的確な指示やアドバイスの声。そして三つ目が、挨拶です。必ず相手の目を見て、誰に対しても丁寧に挨拶をするんです。そういった姿勢が周囲に自信を与え、上尾野辺選手や川村選手といったベテラン選手も、それぞれの持ち味を発揮して積極的にチームをまとめるようになりました。さら川澄選手の発信力や周囲への影響力も手伝って、メディアにも多く取り上げられるようになり、“プロとして”チーム全体もこれまで以上にサッカーに向き合う姿勢が良くなっていきました。結果として、技術面でもメンタル面でも好循環が生まれ、サッカー自体が面白くなっていきました。その変化が、これまで女子の試合を見ていなかった男子サポーターにも少しずつ伝わり、2023-24シーズンのWEリーグカップ決勝進出の際など、多くの方に応援してもらえることにつながったのだと思います。
――WEリーグで直近の2シーズンは4位、そして今季も前半戦終了時点で5位です。限られた予算の中で、ビッグクラブとどう戦っていこうと考えていますか?
山本:地域、サポーター、クラブの総合力で勝負したいですね。新潟には、長年紡がれてきたサッカー文化があります。規模は小さくても、選手との距離が近く、家族のように一緒に戦ってくれるサポーターがいる、これはどこにも負けない強みです。クラブのスタッフも含めて、「この環境で成長したい」という思いが共有されています。WEリーグ参入後、おかげさまで予算規模は約3倍になりましたが、人件費や活動費も大幅に増えました。それでも人件費や環境投資はまだ足りません。理想は、今の3〜4倍の10~15億円規模。専用の天然芝グラウンドや、十分な降雪対策ができる環境を整えたいと思っています。降雪の影響で冬季は県外でトレーニングせざるを得ず、長期キャンプを組めたら良いのですが、優先して投資したい項目が他にもあるため、そこまで多額の予算を積めず、キャンプの期間が短くなってしまうんです。降雪対策の予算を、雪に困らないクラブのように、そのままチーム強化に使えたらともどかしさを感じることもありますが、営業活動で頑張ってカバーしていきたいです。
競技人口を増やし、やめさせないために
――WEリーグ発足後、競技人口の変化は感じていますか。
山本:明るい話題として、クラブの下部組織(アカデミー)のセレクションを受ける女の子の数は、2022年から25年にかけて倍増しています。理由は二つあって、一つは新潟で長年にわたり築かれてきたサッカー文化の中で、サッカーが好きな大人や子どもやその家族まで、サッカーに「見る・触れる・支える」機会が増えたこと。もう一つは、プロリーグ(WEリーグ)の存在そのものです。選手たちの活躍を目にする環境や女の子たちがサッカーをする機会が増えて、「トップリーグのチームの下部組織に入りたい」という理由で参加してくれる子が増えました。
――女子選手は小学校高学年から中学生にかけて競技人口が大きく減少することが、長年の課題とされてきました。WEリーグが始まったことで、どのような変化が見られますか?
山本:中学生年代の受け皿問題はまだまだ大きな課題です。新潟県内では、小学生の女子競技人口が約300人いるのに対し、中学生になると約70人まで減ってしまう。つまり、4分の3以上が競技から離れてしまい、残るのは2割強です。一方で男子は、小学生約4500人が約3500人と中学生年代でも約8割が競技を継続しています。この差は非常に大きいと感じています。
継続率を少しでも高めるために何ができるか、クラブとしても秘策を練っているところです。すぐに結果が出るものではありませんが、女の子たちが「大好きなサッカーをやめなくて済む」「大人になっても好きでいてもらえる」環境をどうつくるかは、JFAやWEリーグとも連携し、これから本腰を入れて取り組んでいきたいテーマです。
――育成年代では、前十字靭帯損傷の予防や月経管理など、女子特有の課題にも取り組まれていると聞いています。トップチームではコンディショニングやケガ予防の面で、どのような対策を行っていますか?
山本:育成年代については、アプリを活用して選手一人ひとりのコンディション把握や体組成計にて体脂肪や筋肉量から身体の成長のチェックを欠かさず、アカデミー専任のメディカルトレーナーとフィジカルコーチが細やかな対応をしています。そこにトップチームのアシスタントコーチ兼フィジカルコーチのモク・ソンジョンコーチが中心となりフィジカル・フィットネスプログラムを構築して運用するなど、かなり緻密に取り組んでいます。
トップチームについては、これからさらに強化していくべきと考えています。現状では、2名のトレーナーを中心に、選手やスタッフとの日々のコミュニケーションを重視し、体調や疲労度合いを細かく共有しています。GPSのパフォーマンスデータなどを活用して疲労を数値化し、負荷が高い選手や疲労が溜まっている選手については、トレーニング内容を調整したり、別メニューにしたりすることでケガの予防に努めています。
また、練習後には食事提供を行い、トレーニング終了後30〜60分以内に栄養を摂取できる環境を整えています。アマチュアチームから移籍してきた選手からは、「コンディションが安定して、波が少なくなった」という声も聞いています。練習直後の栄養摂取に加えてモクコーチがフィジカルとフィットネスの両面を丁寧に見てくれていることもあり、前十字靭帯のケガはクラブとしては比較的少ないほうだと思っていますが、ゼロを目指すためには、今後も継続的な投資が必要だと考えています。
秋春制が突きつける雪国クラブの現実
――Jリーグに先駆けて、秋春制を4シーズン経験してきました。雪国のクラブとして、実務面での苦労や得られた知見はありますか。
山本:Jリーグでは、秋春制に向けて降雪地域に対する施設整備の補助金が交付されますが、WEリーグにはまだそこまでの予算的余裕がありません。現時点では、降雪地域のクラブにとっての指標となるような取り組みが十分に整っていないのが実情です。ですが、降雪によらず天候や災害等で影響を受けるクラブに対しては公平公正な競争環境が担保されるよう、リーグには引き続き働きかけていきます。
――練習拠点である新潟聖籠スポーツセンターアルビレッジでは、冬場に雪で練習できない期間もあります。練習環境の確保という点では、どのような点が最も難しくなりますか。
山本:一番大きいのはコストです。2023年からは沖縄でのキャンプを行うようになり、その活動費は1500万円まで増えました。環境としては非常に恵まれた中でトレーニングができていますが、予算の制約もあり、滞在できるのは長くても2週間が限界です。普段ならその後は新潟に戻り、雪の中で練習を行うことになります。今シーズンはウインターブレイクが短縮され、リーグ再開時期が例年より約2週間早まったことで、雪の影響を受ける期間も長くなりました。再開直後はアウェイ戦が続き、その間も県外に滞在せざるを得ないため、そこもコストアップの要因になります。
――そうした状況を踏まえると、新潟としても今後さらに予算を充実させていきたい部分でもありますね。
山本:はい。選手の身体的負担を軽減するための移動手段や、エキップメントマネージャーの配置など、理想と現実のギャップを少しずつ埋めていきたいと考えています。目標があるからこそ、いくらでもやるべきことは出てきます。そのためにも、まずは普及や競技人口の拡大に取り組み、地域との連携を深めながらファン・サポーター、理解者や支援者を増やしていくことが重要です。裾野を広げることが、結果的にクラブの体力やリーグ全体の成長につながっていくと思っています。
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<了>
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[PROFILE]
山本英明(やまもと・ひであき)
1973年5月17日ブラジル生まれ、神奈川県出身。株式会社新潟レディースフットボールクラブ代表取締役社長、公益社団法人日本女子プロサッカーリーグ(WEリーグ)理事。横浜市立大学商学部卒業後、ニチメン株式会社(現・双日)に入社。三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)国際事業本部を経て、2004年に株式会社アルビレックス新潟へ入社。営業部長、取締役を歴任し、クラブの事業・営業部門を統括した。2019年、女子部門の分社化に伴い株式会社アルビレックス新潟レディースを創設し、代表取締役社長に就任。L・リーグ、なでしこリーグ、WEリーグと女子サッカーの変遷を現場で経験してきた。2023年には事業創造大学院大学でMBAを取得。2024年9月からはWEリーグ理事としてリーグ運営にも携わり、日本女子サッカーの発展と持続可能なリーグ構造の構築に取り組んでいる。
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