
医学部受験と並行しながら優勝+MVP。福岡堅樹“まるで漫画”の快挙の裏に、貫き続けた勝者の3箇条
ラグビートップリーグ最後のシーズンは、パナソニック ワイルドナイツの5度目の優勝で幕を閉じた。その中でひときわ輝きを見せたのが、福岡堅樹だ。今季限りでの現役引退を表明していた男は、かねてからの夢をかなえるため、現役生活と並行しながら大学受験の準備をしてきた。4月からは大学生活も続けてきた。決して、競技だけに集中できる環境に身を置いていたわけではない。それでも、チームの優勝に貢献し、自身初のMVPを受賞することができた理由は何だったのだろうか? その半生を振り返れば、“勝者になるための3箇条”が浮かび上がってくる――。
(文=藤江直人、写真=Getty Images)
トップリーグ最後の決勝で“有終”のトライ。まるで漫画の主人公のようなストーリー
誰よりもまばゆい輝きを放つラグビー選手との二刀流から、今春入学したばかりの大学生だけの肩書になった朝。福岡堅樹は安堵(あんど)感と一抹の寂しさで目を覚ました。
「かなりハードな試合だったので、朝起きると痛みがたくさんありました。でも、もう急いで治す必要もないんだなという実感が、少しずつ自分の中で出てきました」
追いすがるサントリーサンゴリアスを31-26で振り切ったパナソニック ワイルドナイツが、前身の三洋電機時代を含めて、4シーズンぶり(※)5度目のトップリーグ制覇を果たした23日のプレーオフトーナメント決勝。日本選手権決勝を兼ねたシーズン最後の大一番は、日本代表としても記憶と記録に残る大活躍を演じてきた快足ウイングにとって現役ラストマッチだった。(※2020シーズンは開催中止となったためカウント対象外)
惜しまれながらジャージーを脱ぎ、順天堂大学医学部の1年生として、もう一つの夢だった医師になる道を歩み始める28歳は、パナソニックが13-0でリードして迎えた前半30分に左タッチライン際を駆け抜け、2人のタックルをかわしながらコーナーポスト際のインゴールへダイブ。有終の美を飾るトライをもぎ取った。
そして、ノーサイドを告げるホイッスルとともに、筑波大学時代を含めたラグビー人生で初めてとなる「日本一」を獲得した。
自身初のMVP受賞に「後悔が残らないように……」
文字通りの大団円に、日本代表で共に戦った神戸製鋼コベルコスティーラーズのFB山中亮平は、福岡をねぎらうツイートにこんな言葉を添えている。
「ジャンプかなんかの主人公なんかな?」
山中のいう「ジャンプ」とは人気週刊漫画雑誌を指していたが、一夜明けるとさらに劇的なエピローグが待っていた。激闘の証しである痛みとともに目覚めたその夜に、オンラインで開催されたトップリーグ年間表彰式。3シーズン連続3度目のベストフィフティーンに選出されただけでなく、最高の栄誉となるMVPに初めて輝いたからだ。
「残された試合がいくつ、といったことは一切考えずに、自分ができる最高のパフォーマンスをファンの皆さんに届けたい、自分自身も後悔が残らないように全力を尽くしたいという思いで、目の前の一試合一試合に全てを集中させてきました」
爽やかな笑顔を浮かべながらMVP受賞の喜びを語った福岡は、リーグ戦にプレーオフトーナメントを合わせた今シーズンの10試合で14トライをマーク。国内最強のフィニッシャーのまま、優勝を置き土産に引退する最高のドラマを完結させた。
考え得るシナリオの中で、ファンを含めたラグビーに関わる全ての人々を感動させる、究極のシナリオが具現化されたのはなぜなのか。福岡が残してきた数々の言葉をあらためて探っていくと、“勝者になるための3箇条”に行き着く。
“勝者の3箇条”其の1:終わりが決まっているから頑張れる
まずは年間表彰式でも言及した「終わりが決まっているから頑張れる」となる。
ラグビーを極める道と医師になる夢の両方を追い求めてきた福岡は、日本開催の2019年ラグビーワールドカップで15人制代表に、2020年の東京五輪で7人制代表に、続く2020-21シーズンでラグビーそのものに別れを告げる競技人生の青写真を描いてきた。
しかし、新型コロナウイルスの影響を受けて、東京五輪が1年延期される予期せぬ事態の中で、パナソニックでの最後のシーズン、7人制日本代表、そして受験勉強の3つは並行できないと判断。昨年6月の段階で東京五輪への挑戦断念を表明した。
意外にも「僕はあまり集中力が長く持たないタイプ」と自己分析する福岡は、あらかじめ決めていた2020-21シーズンでの現役引退をこう振り返っている。
「ラグビーを引退する年を決めていたことが、今シーズンに限らず、やはり自分が成長をずっと続けてこられた要因というか秘訣(ひけつ)の一つだと思っています。とにかく短期集中で、目の前にあることを一個一個やる。そして、それを積み重ねていく。その意味では、終わりが決まっているから頑張れる、というのはすごく当てはまると思います」
迎えたラストシーズン。秩父宮ラグビー場で行われたリコーブラックラムズとの開幕戦に55-14で快勝し、福岡もインターセプトから30mの独走トライを決めた2月20日に吉報が届いた。順天堂大学医学部に合格したことが、福岡自身のTwitterを介して報告された。
想像以上にきつかった医学部受験との両立、試行錯誤の日々
ただ福岡は、パナソニックが60-12で快勝した2月28日の日野レッドドルフィンズとの第2節を、今シーズン唯一欠場している。当時のコンディションをこう振り返っている。
「受験の準備をしてきた中で練習に参加できる数もかなり減っていて、週に1回出られるかどうかという期間もありました。身体を試合へ持っていくという意味では、すごく難しい調整ではありました。受験が終わって落ち着いた中で純粋に練習へ出られる回数が増えて、少しずつ、少しずつ身体が本調子に戻ってきた感じですね」
シーズンが佳境を迎え、リーグ戦からトーナメントに突入した4月には大学での講義が加わる。本郷・お茶の水キャンパスで午前中に講義を終え、群馬県太田市にあるパナソニックの練習拠点へ車で駆けつけ、チームに合流する日も珍しくなかった。
「限られた時間の中でいかにけがをせず、どのようにして身体をつくるのか、という点に関しては本当にいろいろと試行錯誤をしてきました。チームのトレーナーやフィジカルコーチの方に何度も相談して、練習メニューなども少しずつ調整してもらいました。特に午前中の講義を終えてから午後の練習に参加するときは、身体のスピードをいきなり上げてしまうと、固まっていた身体を痛めてしまうこともあったので、その部分に関してはちょっとずつ調整をしながら、しっかりと練習時間を確保できるときにスピードトレーニングなりへしっかりと持っていくことができるようにしました」
“勝者の3箇条”其の2:周囲も胸を打たれるほどの感謝の思い
トップリーグでプレーしながら、大学受験、そして現役大学生の二刀流に挑む日々の積み重ねは、そのまま“勝者になるための3箇条”の2つ目へ昇華していく。それは福岡が何度も繰り返してきた「感謝」の二文字に凝縮されている。
「チームメート、そしてパナソニック ワイルドナイツが、僕の次に向けた挑戦を快く受け入れてくれて、応援してくれたことに心から感謝しています。言葉では言い表せないぐらい最高のチームでプレーできたことを、僕自身、本当に誇りに思っています」
感謝の思いは、プレーオフトーナメントの準決勝を除いて、上限が設けられながらも有観客試合を実現させた日本ラグビー協会や関係者へ、熱い戦いを繰り広げたサントリーをはじめとする対戦チーム、そして声援を送ってくれたファンにもささげられる。
「僕自身、応援していただいた観客の方々から、最後に惜しまれて引退できればいいなと思いながら頑張ってきました。去年からコロナの影響が続く中で、1試合を除いた全ての試合で、観客の方々を入れられたことに関しては本当に感謝しています」
“勝者の3箇条”其の3:挫折を挫折のままで終わらせない
祖父が内科の開業医、父が歯科医という家庭で生まれ育った福岡は、ラグビーを始めた幼少時から医師に憧れてきた。福岡高2年の夏に膝に大けがを負い、手術を執刀した医師から復帰へ向けて心身両面で受けた感銘が、憧れを明確な目標へ変えた。
しかし、2年続けて筑波大学医学群を受験するもサクラは咲かず、1浪時の後期試験で同大学の情報学群に入学。体育会でラグビーを続け、2016年春の卒業後にはパナソニックへ加入し、世界レベルのスピードを武器に日の丸も背負う存在になった。
「まず大学受験で医学部に受かっていたら、今の自分はいない。その意味では医学部に落ちたときに、ラグビーを継続した自分の判断を誇りに思っています。いろいろと挫折は経験していますけど、挫折を挫折のままで終わらせないというか、挫折を少しでも次の成功のもとにできるようにすぐ気持ちを切り替えて、常に前向きな姿勢でやってきました」
花園の舞台にも立った高校時代から1浪を経て筑波大でもラグビーを継続させた、自身の競技人生を振り返った。その過程で言及した「挫折を挫折のままで終わらせない」が、図らずも実践してきた“勝者になるための3箇条”の3つ目となる。
物心がついたときからポジティブな性格で、何かに対して思い悩んだ経験がほとんどないと笑う福岡は、挫折に直面したときの心構えをこう振り返った。
「例えばけがで日本代表の合宿を辞退したときも、“最悪のけがではないから大丈夫だ”という感じで、常に次を心掛けてきました。起きてしまったこと、もう変えられないことはたくさんある。それらに固執するのではなくて、じゃあ今置かれた状況で自分に何ができるのか、という点にしっかりフォーカスすることが挫折を次の成功につなげる、そのときの判断をよかったと思えるものに変えられる一つの要素なのかなと思っています」
コロナ禍で人々が忘れがちな“成功の原則”
決勝から5日後の28日にパナソニックが発表した、今シーズンの退団選手5人の中に福岡も含まれていた。リリースにはサントリー戦後に残した言葉とほぼ同じニュアンスの、愛してやまないラグビーへの惜別の思いがつづられていた。
「ワイルドナイツで過ごした年月は、これからの人生の宝物になりました」
福岡が実践した「終わりが決まっているから頑張れる」は、短期的な目標を立てて集中力を研ぎ澄ます日常生活の姿勢に応用できる。「感謝の思い」が謙虚で、健気で、愚直な立ち居振る舞いを介してひしひしと伝わってくるからこそ、胸を打たれた周囲も気が付けば背中を押してくれている。そして、10代から貫いてきた「挫折を挫折のままで終わらせない」は、そのままポジティブな思考回路に置き換えられる。
依然としてコロナ禍が続く世の中でどうしても忘れがちな、前を向いて、胸を張っていくための“3箇条”を日本社会への置き土産にして、福岡は患者の人生に向き合い、心に寄り添える医師になる道を歩んでいく。
<了>
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