福岡堅樹に学ぶ「人生を左右する決断」で大事なこと。東京五輪断念に至った思考回路

Career
2020.06.20

人生は決断の連続だ。それはアスリートに限った話ではない。この世に生きる全ての人たちが、日々さまざま訪れる選択肢のなかから、自分で選び取っていかなくてはならない。時には人生の行方を左右するような大きな決断を迫られることもある。そんな時、何を基準にして決めればいいのだろうか?
東京五輪の出場を目指していた福岡堅樹が、ラグビー7人制日本代表からの引退を決断した。日本中を熱狂の渦に巻き込んだ昨年のラグビーワールドカップで獅子奮迅の活躍を見せた男はむしろ、自らの決断にすがすがしい表情を浮かべていた。いかにして福岡は人生を左右する決断を下したのか。その思考回路をひも解きたい。

(文=藤江直人、写真=Getty Images)

福岡が自らの口で語った、7人制日本代表からの引退の決断

進むべき道が目の前で二手に分かれている。どちらを選ぶべきなのか。例えばサッカーの長友佑都は、いまも恩師と慕う中学校時代のサッカー部顧問から贈られた「厳しい方を選べ」を実践し続け、無名の存在から日本代表の歴史に名前を刻むサイドバックへと上り詰めた。

同じくサッカーの本田圭佑は、自分が信じた道を歩み始める前にあえてビッグマウスを放ち、退路を断つことで生まれるプレッシャーを成長への糧に変えてきた。意外にも自らを「弱い人間なので」と位置づけ、後戻りができない状況が必要だったと本音を明かしたこともある。

さまざまなジャンルのアスリートたちがそれぞれの決断力を稼働させて、競技人生の岐路と対峙(たいじ)してきた。そして、わずか8カ月前に「フェラーリ」と形容されるスピードで日本中を熱狂させ、歴史を変えたヒーローの一人になった男も胸を張って、桜のジャージに別れを告げた。

昨秋に日本で開催されたラグビーワールドカップで4トライをマーク。日本代表の悲願だったベスト8進出に大きく貢献した快足ウイングの福岡堅樹が、来夏に延期された東京五輪に臨む7人制ラグビーの日本代表候補練習生から離脱することを決意。14日に急きょ行われたオンライン会見の冒頭で、すがすがしい表情を浮かべながら「ラグビー7人制日本代表からの引退を表明します」と宣言した。

福岡はワールドカップ後に、15人制の日本代表から引退する意向を日本ラグビー協会に告げている。そして、本来ならば今夏に開催される予定だった東京五輪で7人制代表からも引退し、その後に開幕する次回のトップリーグをもってラグビーそのものからも離れる青写真を描いていた。

3月に東京五輪の延期が決まった瞬間から決断していた

「この道に挑戦すると決めたときから、自分のなかではアスリートとしての、ラグビー選手としての引退のタイミングというものについてはずっと考えていました」

オンライン会見で自らのラグビー人生をこう振り返った福岡は9月に28歳になる。アスリートとして脂が乗り切っている時期に、ピラミッドの頂上に位置する代表チームから退き、自国で開催されるスポーツ界最大の祭典であるオリンピックへの挑戦も道半ばで断念することを決めた。

目の前で二手に分かれている道は、一つが延期された東京五輪に挑むことであり、もう一つが胸中に宿してきた初志を貫徹することになる。新型コロナウイルスの影響を受けて、東京五輪の延期が決まったのが3月24日。所属するパナソニックワイルドナイツや日本ラグビー協会との話し合いや調整もあって発表は遅れたが、延期が決まった瞬間に後者を選ぶことを決めていたと福岡は明かしている。

「7人制の合宿に参加しているときに、東京五輪が延期されるのではないか、とささやかれ始めました。その段階から『どうするべきか』と自分のなかでは考え始めていましたし、実際に延期が決まったときには、東京五輪への挑戦を辞退すると決めていました。自分の人生で大きな選択を下すときには、何を選択すれば一番後悔しないだろうか、ということを常に考えてきました。今回に関してもそれが一番大きく、この選択が一番すっきりしたといいますか、自分はこのような運命だったと受け入れられるものでした。なので、落胆といったものを感じることはありませんでした」

医学の道を志した福岡が歩んできたキャリア

福岡の思考回路を読み解く前に、異彩を放つキャリアを振り返っておく必要があるだろう。

祖父が内科の開業医、父が歯科医という家庭で生まれ育った福岡は、5歳でラグビーを始めた段階で医師という職業に憧憬の念を抱いていた。そして、福岡高2年の夏に膝に大けがを負い、手術を執刀した医師から復帰へ向けて心身両面で大きなサポートを受けた経験が、憧れを明確な目標へと変えた。

現役、一浪時と筑波大学医学群を受験するもサクラは咲かず、一浪時の後期試験で同大学の情報学群に入学した。関東大学ラグビー対抗戦Aグループを戦う体育会でラグビーも本格的に続け、2016年春の卒業後はトップリーグの強豪パナソニックで活躍。50mを5秒8で走破するスピードを武器に日の丸を背負う存在になっても、同時進行で勉強を積み重ねながら医師になる夢も追い掛け続けた。

愛してやまないラグビーのスケジュールを見れば、高校在学中にワールドカップ日本大会の、大学在学中には東京五輪の開催が決まった。楕円のボールを追い掛けながら人生の設計図を描くなかで段階的にラグビーに別れを告げ、完全燃焼を果たした上で医学の道へ本格的に進むことを決めた。

「東京五輪単体で決めたものではなく、日本で開催されるワールドカップとのセットで、自分のなかでずっと考えてきたものでした。なので、ここ(東京五輪)が一つ途切れたからといって、(引退の)タイミングを簡単に後ろへずらすことは自分としてはできませんでした。一度ずらしてしまうと何かやりたいことがどんどん出てきて、タイミングそのものを失う可能性も考えられるので」

臨機応変に人生の設計図を描き直すことなく、初志貫徹を実践した理由を福岡はこう語っている。福岡は同じく7人制ラグビーが実施された4年前のリオデジャネイロ五輪にも出場し、初戦でラグビー王国ニュージーランド代表に勝利しながら、最終的には4位で帰国の途に着いている。

7人制のラグビー代表が臨んだ国際大会では最高位だったが、まばゆいスポットライトの有無を含めて、メダルを手にしての凱旋とそうではない帰国との差を何度も痛感させられた。だからこそ、自国開催の東京五輪では必ずメダルを取ると、共に戦った仲間たちと誓い合っていた。

自分でコントロールできることと、できないこと

夢を具現化させるために、今年1月に開幕したトップリーグを2試合に出場しただけで離脱。7人制へ順応するための準備期間に充ててきたなかで、迷うことなく挑戦断念という決断を下した。潔さの原点は何なのか。福岡は「後悔」というキーワードを再び用いながら、こんな言葉を紡いでいる。

「決断を迫られるときに、基本的に自分ではコントロールできないことはどうしても存在します。それに対してあれこれと思い悩んでしまっても、自分ではどうすることもできません。ならば、それはすんなりと受け入れるしかない。その上で自分にコントロールできる範囲で、次に何を選べば一番後悔しない道を進めるだろうか、ということを前向きに考えていく。こうして選んだ道を最終的に進んでいったときに、本当によかったと後になって思える、と自分は常に考えてきました」

今回の決断に当てはめれば、自分でコントロールできないこととして新型コロナウイルスの世界的な蔓延と、国際オリンピック委員会(IOC)と日本政府との間で決められた東京五輪の延期がある。それらを受け入れた上で、東京五輪への挑戦を継続させるか否かの判断が自分にコントロールできることになる。

同じラグビーでも15人制と7人制とではまったく異なる競技となる。福岡が主戦場としてきたウイングでも、前者では相手に当たり負けしない身体の強さが、後者は走り回る仕事が求められる。7分ハーフの試合を1日にいくつも行うため、スピードだけでなくスタミナも増強しなければいけない。

ワールドカップの余熱が残り、空前の盛り上がりを見せていたトップリーグを途中で離脱したのも、15人制用に鍛え抜いてきた筋肉の鎧をある程度削ぎ落とし、スピードに特化する身体に改造する必要があったからだ。しかし、延期された東京五輪への出場を目指すのであれば、来年1月に開幕予定の次回トップリーグへ向けて肉体を増強し、東京五輪が近づくとともに再び軽量化を図らなければいけない。

同時進行で合宿や海外遠征にも参戦し、練習生から代表候補、そして東京五輪代表へとステータスを上げていかなければいけない。福岡が最も避けたかった「一度ずらしてしまうと何かやりたいことがどんどん出てきて――」という状況に陥る。

東京五輪の延期、代表からの引退を前向きに捉える

東京五輪への挑戦を応援してくれたファンやサポートしてくれたパナソニック関係者に謝罪しながら、福岡は会見でこんな言葉も紡いでいる。

「本来であれば7人制の合宿へ行っている時間を勉強に充てていくことで、よりスムーズにセカンドキャリアへ移行できるのではないか、と。いままで以上に勉強の方に比重を置きながら(パナソニックで)ラグビーとの両立ができると考えれば、タイミングとしてはむしろよかったと思っています」

医師になる道は決して簡単ではないと、過去に受験で失敗した福岡自身が誰よりも理解している。それでも祖父や父親に強要されることなく医師になる夢を定め、ラグビー選手としての道も極めると心に決めてきた福岡は、ラグビーを終えた後の自分自身の姿もおぼろげながら思い浮かべている。

「アスリートとしての経験を、アドバンテージとして生かせる分野でやっていきたい。自分はアスリートの気持ちもわかるので、けがを治すだけでなく、メンタル面にも寄り添える医師になれればとずっと思ってきました。いまはさまざまなところで医療従事者が活躍していて、大変な思いをされている話を僕自身も直接聞く機会がありました。どのような世の中になっても医療従事者が必要とされ続けるように、自分もそのような存在になっていきたい、という思いがさらに強くなりました」

コロナ禍でつらい思いをしている人たちに考えてほしいこと

福岡に夢の一つを断念させた新型コロナウイルスはいま、ラグビー界の将来を担う高校3年生にも大きな影を落としている。大会の中止や延期が相次ぎ、進路決定へ向けてアピールする場を失った状況のなかで、日本ラグビー協会の関係者が音頭を取る形で、選手たちのプレー動画をSNS上で拡散する取り組みの『#ラグビーを止めるな2020』が大きな広がりを見せている。

「ラグビーでしっかりと上を目指していきたい、と考えてきた若い選手たちはいま、ものすごくつらい思いをしているはずです」

切歯扼腕(やくわん)しているはずのホープたちの胸中をおもんぱかりながら、福岡は自らが歩んできた人生や、あるいは積み重ねてきた経験が色濃く反映されたエールを送ることも忘れなかった。

「僕としては自分の力ではどうしようもない、コントロールできないことに関しては仕方がないと受け入れて、そのなかでいまの自分に何ができるのかをしっかりと考えてほしい。動画を投稿するアピールも一つの手段だと思うし、それぞれが自分の考える道を貫いてもらえたら一番いい」

新型コロナウイルスという未曾有の事態を受け入れ、それでもラグビーが大好きだという思いに行き着いた上で、突き詰めるべき道を自分の意思というフィルターを介して見つけられるかどうか。他の競技だけでなく社会全体にも当てはまる完全燃焼へのプロセスを、おそらくはラグビーのラストステージに挑んでいく福岡は、爽やかな笑顔を浮かべながら実践していく。

<了>

なぜトンプソンルークはこれほど愛されたのか? 大野均・W杯3大会の盟友が語る、忘れ難き記憶 

田中史朗、キヤノン改革に懸ける決意。強豪から中堅へ、ベテランの生き様

なぜ早明戦は5万人を超えたのか?世界の名将ロビー・ディーンズが語る「日本ラグビーの進化」 

「もう一人の日本代表」久保修平レフリーが見た、W杯の裏側と日本ラグビーの課題 

ラグビーW杯、前代未聞のSNS戦略とは? 熱狂の裏側にあった女性CMOの存在

「伝説のキャプテン」廣瀬俊朗。ONE TEAMの礎を築いた「新時代のリーダー論」とは?

この記事をシェア

KEYWORD

#COLUMN

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事