板倉、三笘、田中碧…なぜフロンターレ下部組織から優秀な選手が育つのか?「転機は2012年」「セレクション加入は半数以下」
三好康児、板倉滉、脇坂泰斗、三笘薫、田中碧……。川崎フロンターレはこれまで多くのアカデミー出身選手をトップチームに送り込んできた。さらに彼らは皆、日本代表にまで上り詰めている。なぜこれほどまでに優秀な選手たちがアカデミーから育つのか? 今年2月に刊行された書籍『愛されて、勝つ 川崎フロンターレ「365日まちクラブ」の作り方』の抜粋を通して、川崎フロンターレ育成部長の山岸繁の声に耳を傾けると、試行錯誤を繰り返しながらアカデミーを強化してきたクラブの取り組みの根幹が見えてきた。
(文=原田大輔、写真=Getty Images)
三好、板倉、三笘、田中碧……アカデミー育ち、次々と
2022年にカタールの地で行われたワールドカップで、7回目の出場を果たした日本は、12月1日、決勝トーナメント進出を懸けてスペインと対戦した。0―1の劣勢で前半を終えた日本は、48分に堂安律がミドルシュートを決めて追いついた。
その3分後だった。
同点弾を決めた堂安のパスに、三笘薫が反応すると、ゴール前に走りこむ。のちに「三笘の1ミリ」と呼ばれるように、ボールはゴールラインを割ったかに見えたが、ギリギリのところで三笘が折り返すと、ゴール前に詰めたのが田中碧だった。田中のゴールでリードを奪った日本は2―1で勝利し、グループステージを2勝1敗で終え、1位で決勝トーナメント進出を決めた。1年前の2021年8月3日、U―24日本代表として戦った東京2020オリンピック準決勝では、スペインに敗れて苦杯を嘗めた二人は、カタールの地で結果を残し、悔しさを晴らしたのである。
その三笘も田中も、ジュニア世代から川崎フロンターレのアカデミーで育ち、トップチームを経て世界へと羽ばたいていった選手たちだ。カタールワールドカップでセンターバックを担った板倉滉や、ベルギーのロイヤル・アントワープFCに所属する三好康児も、2015年にU―18からトップチームに昇格した選手である。ほかにも代表的なところを挙げると、2018年には脇坂泰斗、2019年には宮代大聖、2020年には宮城天といった選手たちが、U―18からストレート、もしくは大学を経由して、トップチームに加入している。さらには2023年も、高井幸大、松長根悠仁、大関友翔の3選手がU―18から正式にトップチームへと昇格した。
2015年の三好と板倉を皮切りに、毎年のようにアカデミーはトップチームに選手を送りこんでいる。
ユース年代における最高峰のリーグとして知られる高円宮杯JFA U―18サッカープレミアリーグでは、昇格1年目にしてEASTで優勝した。2022年12月11日のファイナルでは、惜しくもサガン鳥栖U―18に敗れたが、近年のフロンターレ・アカデミーの成長は目覚ましいものがある。
アカデミーの転機は、2012年
2012年から強化部長として庄子春男の下でトップチームの強化に携わり、2016年から川崎フロンターレの育成部長を務める山岸繁は、アカデミーの転機は2012年にあったと話す。シーズン途中に風間八宏がトップチームの指揮官に就任したことを指していた。
「風間さんは、トップチームの練習が終わったあとに、アカデミーの監督やコーチを集めて指導してくれました。アカデミーのダイレクターを務めている望月達也も、当時はトップチームのコーチだったので、一緒に指導にあたってくれました。そこで風間さんが、トップチームだけでなく、育成年代からボールを〝止めて蹴る〞といった技術を徹底しなければならないと説いてくれました」
トップからアカデミーまで選手指導の指針が明確になったことで、細かい指導要項やトレーニングメニューを作らずとも、各カテゴリーで「止めて蹴る」を意識した練習が取り入れられるようになった。
「今では、どの年代のチームでも、ウォーミングアップは必ずボールを止めて蹴るという基本から始まります。私自身は、アカデミーに携わる指導者たちとの会議の場では、常に『幹がずれなければいい』と伝えています」
幹とは、「止めて蹴る」に代表されるテクニックのことを意味している。アカデミーとして年代に合わせて、試合で生かせる技術を磨いていくことを念頭に置いて指導していく。
ただし、枝葉となる細かいところは、各年代を担当する監督やコーチが、それぞれ考えて指導してほしいということだった。
「どの年代においても、まったくシステムが一緒で、どこから守備をして、どうやって攻撃する、というのがそろっていたらロボットみたいですからね。育成年代はプロとは異なり、学年や年齢によって著しく変化していく選手たちばかりです。チームの成績だけを追い求めるのではなく、〝育てる〞という部分も大事になってきます」
重要視するのは「ジュニアユース世代の選手獲得」
各年代に目を向けると、ジュニア世代にあたるU―12では、結果よりも育てることに重きを置いている。ジュニアユース世代であるU―15になると、その比重は半々くらいのイメージになる。ユース世代となるU―18は、最もプロに近いとあって、結果すなわち試合に勝利することも強く意識していく。
9歳から12歳までの時期は「ゴールデンエイジ」と呼ばれ、子どもの運動神経を育むには最適な時期と言われている。だが、年齢的にも、身体的にも、そして技術的にも12 歳から15歳までのジュニアユース世代も大きく伸びるのだと、山岸は話す。ユース世代は、身体的な成長もゆるやかになってくるため、個の成長だけでなく、戦術的な練習も取り入れ、よりトップチーム昇格を意識して選手を育てていくと、段階について説明してくれた。
山岸が育成部長になって、取り入れた試みの一つに、アカデミー専任のスカウトがある。
今では多くのJリーグクラブが同職を置いているが、特に山岸も重要視する「ジュニアユース世代の選手獲得」に、大きな効果を発揮している。川崎フロンターレでは、2018年からアカデミー専任のスカウトを担ってきたのが大田和直哉(※編注:2023年よりU―12監督)である。山岸がその意図を教えてくれた。
「私が育成部長に就いたときは、セレクションでしか選手を獲っていない状況でした。近隣のクラブとしてはFC東京や横浜F・マリノスがありますが、当時からアカデミー専任のスカウトがいて、川崎市内の優秀な選手たちもそちらに流れていってしまう傾向にありました。たとえば、小学4年生から6年生の3年間では、その選手を見る時期によって、選手のプレーは大きく変わります。選手を獲得するのに、年齢が早ければ早いほどいいというわけではありませんが、我々も優秀な才能をなるべく早く見つけ、声をかける必要がありました。
なにより、セレクションでしか選手を採用していないということは、裏を返せば、スカウトの目に引っかからなかった選手たちから選出することになる。神奈川県内には、ほかにも湘南ベルマーレ、横浜FC、Y.S.C.C.横浜、SC相模原、さらに東京には東京ヴェルディ、FC町田ゼルビアと、多くのJリーグクラブがありますからね」
横浜F・マリノスやFC東京が川崎市内の子どもたちもターゲットにしているように、川崎フロンターレもまた、川崎市内を中心に、東京や横浜にもスカウトの目を向けた。アカデミー専任のスカウトである大田和への依頼にも、試行錯誤してきたクラブの取り組みが見えてくる。山岸は言う。
「数年前に、その時点で求める技術には達していないけれども、スピードが持ち味の選手を数人、チームに加えたことがありました。小学生までは、技術が足りなくても、その時点での身体能力が高ければ、スイスイ抜いていける選手がいるように、それだけで突出できる子もいます。しかし、技術を追い求めているうちのアカデミーにそうした選手が入ると、練習をしていても、その子たちのところですべてが止まってしまって、全体の練習に影響を及ぼしてしまう状況が見受けられました。我々のチームが目指しているサッカーは、守ってスピードを生かしたカウンターを狙うものではないですし、そうした経験を踏まえて、やはり〝止めて蹴る〞といった技術に、再び目を向けるようになりました」
スカウトにより獲得が決まった選手が半数超え
ただし、川崎フロンターレはU―10、U―12とジュニア世代のチームを持ってはいるが、いわゆる「町クラブ」の選手をすぐに引き抜くようなことはしていない。
「ジュニア世代のセレクションにおいては、所属クラブの承諾書がなければ受けられない決まりを作っているように、スカウトに優秀な選手を発掘してもらったとしても、すぐにチームに引き入れるような手順は行っていません。ジュニアユース、すなわちU―15になるタイミングで加入してくれる選手を探しています」
そのために機能しているのが、エリートクラスである。アカデミースカウトである大田和が、可能性を感じた選手に声をかけ、所属クラブと本人の意思確認をしたのち、希望すればまずはエリートクラスで練習参加をしてもらう。普段の練習はもちろん、公式戦はあくまでも町クラブのメンバーとして出場してもらい、ジュニアユースに上がるタイミングで、川崎フロンターレのU―15に加入してもらう。
クラブが地域に根ざした活動をモットーとしているように、アカデミーも町クラブとの共存を図りながら、優秀な選手には川崎フロンターレのフィロソフィーやテクニックを早くから身につけてもらう。クラブにとっても、町クラブにとっても、選手の成長という視点で互いにメリットのある体制といえる。
近年の成果は顕著で、2023年度からU―15が2チームになることもあり、加入する選手は、スカウトにより獲得が決まった選手が半数を超えた。
また、アカデミー専任スカウトの業務は、ジュニア世代の視察だけではない。2023年にトップチームへと昇格した大関友翔は、ジュニアユースまでFC多摩でプレーしていた選手である。大田和が声をかけ、競合の末、中学を卒業するタイミングでU―18に加入した。アカデミー時代にスカウトした選手が、こうしてトップチームにたどり着いた事例を見てもわかるように、着実に成果は出ている。
(本記事は小学館クリエイティブ刊の書籍『愛されて、勝つ 川崎フロンターレ「365日まちクラブ」の作り方』より一部転載)
<了>
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[PROFILE]
山岸繁(やまぎし・しげる)
1962 年10月11日生まれ。新潟県出身。川崎フロンターレ育成部長。1981 年に富士通入社。1997年に川崎フロンターレ強化部へと出向し、2012 年に強化部長に就任。2016 年より現職。
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