現役格闘家・青木真也のもう一つの顔“経営者”に迫る「大きなビジネスがしたいというより…」
1年3カ月ぶりとなるONE Championship本戦、1階級上のウェルター級でタイトル戦の経験もあるジェームズ・ナカシマを相手に、わずか162秒の一本勝ち。圧巻の強さを見せつけた。
格闘家としてその力が健在であることを誇示してみせた一方で、男にはもう一つの顔がある。株式会社青木ファミリー 代表取締役社長という肩書を持つ、経営者としての顔だ。なぜ青木真也は現役の格闘家でありながら、会社経営を始めたのだろうか?
(インタビュー=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、写真提供=ONE Championship)
「37歳という年齢で、先が無いなとなった時に…」
――青木選手は2019年10月、株式会社青木ファミリー(※)を設立しましたが、この背景にあったものは何だったのでしょうか?
(※青木選手のこれまでの経験を生かして、人間の感情を揺さぶるコンテンツの企画・制作を手掛ける。日本における格闘技・スポーツを文化として成長させ、格闘技・スポーツを文化として担える人材を育成することで、社会を活性化していくことを理念としている)
青木:37歳という年齢になって、割と先が無いなとなった時に――、僕がよく使う例えで、プロレスラー武藤敬司が(長年の膝の酷使から)ムーンサルトプレスを跳べなくなったんですが、「跳べなくなってからがプロレスは面白くなった」「プロレスラーとしての腕を見せられる」と。僕も同じようなことを思っていて、競技力が右肩上がりにならなくなった時に、今ある限られたものの中でいかに物事をつくっていけるかを考えると、やっぱり主義主張や思想、信念を打ち出すしかないんだよな、というところにたどり着いたんです。何百万人に見てほしいとか、メジャーになりたいとかはまったくなくて。
――今回のインタビューでも、「最近の格闘技界は数字やPVに追われて、消費スピードが速く、大量生産・大量消費のような世界になっているが、こういう時代だからこそ自分を使った物語、見る人が感情移入するようなものを見せたい」と話していました(※)が、そういうことをやりたくて会社を設立したんですか?(※詳細は次回掲載インタビューで)
青木:僕の場合は、ずっとそういう考えでやってきたので、じゃあ試合するとなったら、試合をどう捉えて、どう考えて、どういうコピーで、どういうプロモーションをやっていけば、どんな人たちに響いてどのくらい見てもらえるか、といったことがだいたい分かるようになってきました。ただ決して他の選手もみんな分かっているわけではない。であれば、そうしたことをやれるチームがあるといいなと思ってつくったのが今の会社です。
「何か大きなビジネスをしてやるぞという感じではない」
――すごいメンバーが集まったと思いました。
青木:選手である僕の他に、広告関連で三浦崇宏(The Breakthrough Company GO代表取締役 PR/クリエイティブディレクター)、放映関係でABEMAの北野雄司さん(格闘ch ゼネラルプロデューサー)、あとはさいたま杏クリニックの鬼澤信之院長の4人。この会社でマネジメント、広告、放映、メディカルを網羅しているので、もし選手に何か困ったことがあったとしても、とりあえず生き延びられるよねと思って。何か大きなビジネスをしてやるぞというよりも、よろずや感はありますけどね。自分がいいと思ってつくったものを一定の層にしっかり届けて、成り立たせていきたいなと。本来の芸事の姿に立ち戻っている感じです。
――このメンバーとこれまでのノウハウがあれば、マネジメントする選手ができた時に、その選手の物語も一緒につくって見せていくことができそうです。
青木:マネジメントっていかに高く売るかという商売になりがちだと思うんですけど、でも僕らの場合はそうじゃないから。みんなで何をつくろうか、どうすれば社会と握り合うことができるかを考えていくので、誰と一緒にやるかというのはなかなか難しいんですけど。ただ高い金額をもらってどこどこに出てきてくださいというよりも、“さてどういうブランドをつくろうか”、“どういう個人商店をやろうか”、みたいなところから始めるので、一口にマネジメントといってもまた全然違うと思いますが、そういったところが面白いなって思います。
「コロナ禍になって、“人間”が見えたのはすごく面白かった」
――会社を立ち上げて約半年後にコロナ禍が来たわけですが、経営に影響はありましたか?
青木:いや、それが実はあまりコロナ禍の影響はなかったんです。僕たちの会社はみんなその場その場で起こったことを楽しんじゃうんですよね。コロナ禍も実は僕は割と楽しんでいました。
――楽しんでいたというのは具体的にはどういうことですか?
青木:やっぱり“人間”が見えましたよね。仕事をしていく中で、“この人はこういうスタンスなんだ”とか。言い方は悪いかもしれないけど、“この人は結局会社員タイプなんだな”とか、“じゃあおまえは結局どうしたいと思ってるんだよ”みたいなことを感じたり。なので、“人間”が見えたのはすごく面白かったと思います。
――会社を設立したことで、青木選手は経営者になったということですよね?
青木:経営者になるんですよね、一応は(笑)。どうしても格闘技とか、スポーツ界って丼勘定のイメージがあるじゃないですか。でもそういうところもちゃんとやってますよ(笑)。フリーの時から自分でやっていたので、会社を設立したからといって自分自身の何が変わったというわけではないんですけど、マネジメントする選手にとっては楽になるんじゃないかなと思います。
――会社をつくったことで、格闘家としての青木選手にはどんな影響がありましたか?
青木:“左右されなくなった”、というのはすごくあると思います。会社って、僕とは別の、“僕以外”じゃないですか。例えば会社の収入が減ったとしても、実は僕個人にはあまり直接は関係ないという理屈にもなるので、自分の目の前にあることをコツコツやれるようになったというのは、確実に強みになっていますね。
青木真也が同調圧力に屈しない理由。「誹謗中傷がダメだと言うのは恥ずかしいこと」
青木真也が“怖くても戦い続ける”理由と、独特の引退哲学。「格闘技はサウナに近い」
<了>
引退してから大成功の元Jリーガーが挑む“使命”「クラブの倉庫に眠っていたお宝をお金に替える」
[アスリート収入ランキング]トップは驚愕の137億円! 日本人唯一のランクインは?
“負け組”元Jリーガーから年収1000万ビジネスマンに 「今だから言える」若者たちへ伝えたいこと
「一流ボクサーはワンとツーの間が見える」元世界王者・飯田覚士に訊く“見る力”の極意
小林祐希が複数の会社を経営する理由とは? 現役中のビジネスは「悪影響ない」
久保竜彦「独特の哲学」から見る第二の人生 塩づくりと農業、断食、娘のスマホ禁止
PROFILE
青木真也(あおき・しんや)
1983年5月9日生まれ、静岡県出身。小学生時代に柔道を始め、全日本ジュニア強化選手に選抜される。早稲田大学在学中に総合格闘技に転身。修斗、PRIDE、DREAM等のリングで活躍し、修斗世界ミドル級王座、DREAMライト級王座を獲得した。2012年からアジア最大の格闘技団体ONE Championshipに参戦、2度の世界ライト級王座を戴冠している。2014年からは総合格闘技と並行してプロレスにも参戦。日本格闘技界屈指の寝業師で、関節・締め技により数々の強敵からタップを奪ってきた。2019年に株式会社青木ファミリーを設立し、代表取締役社長に就任。格闘家の枠を超えた活動を行っている。
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
なぜ大谷翔平はDH専念でもMVP満票選出を果たせたのか? ハードヒット率、バレル率が示す「結果」と「クオリティ」
2024.11.22Opinion -
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
いじめを克服した三刀流サーファー・井上鷹「嫌だったけど、伝えて誰かの未来が開くなら」
2024.11.20Career -
2部降格、ケガでの出遅れ…それでも再び輝き始めた橋岡大樹。ルートン、日本代表で見せつける3−4−2−1への自信
2024.11.12Career -
J2最年長、GK本間幸司が水戸と歩んだ唯一無二のプロ人生。縁がなかったJ1への思い。伝え続けた歴史とクラブ愛
2024.11.08Career -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
海外での成功はそんなに甘くない。岡崎慎司がプロ目指す若者達に伝える処世術「トップレベルとの距離がわかってない」
2024.11.06Career -
なぜイングランド女子サッカーは観客が増えているのか? スタジアム、ファン、グルメ…フットボール熱の舞台裏
2024.11.05Business -
「レッズとブライトンが試合したらどっちが勝つ?とよく想像する」清家貴子が海外挑戦で驚いた最前線の環境と心の支え
2024.11.05Career -
WSL史上初のデビュー戦ハットトリック。清家貴子がブライトンで目指す即戦力「ゴールを取り続けたい」
2024.11.01Career -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
日本女子テニス界のエース候補、石井さやかと齋藤咲良が繰り広げた激闘。「目指すのは富士山ではなくエベレスト」
2024.10.28Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
いじめを克服した三刀流サーファー・井上鷹「嫌だったけど、伝えて誰かの未来が開くなら」
2024.11.20Career -
2部降格、ケガでの出遅れ…それでも再び輝き始めた橋岡大樹。ルートン、日本代表で見せつける3−4−2−1への自信
2024.11.12Career -
J2最年長、GK本間幸司が水戸と歩んだ唯一無二のプロ人生。縁がなかったJ1への思い。伝え続けた歴史とクラブ愛
2024.11.08Career -
海外での成功はそんなに甘くない。岡崎慎司がプロ目指す若者達に伝える処世術「トップレベルとの距離がわかってない」
2024.11.06Career -
「レッズとブライトンが試合したらどっちが勝つ?とよく想像する」清家貴子が海外挑戦で驚いた最前線の環境と心の支え
2024.11.05Career -
WSL史上初のデビュー戦ハットトリック。清家貴子がブライトンで目指す即戦力「ゴールを取り続けたい」
2024.11.01Career -
日本女子テニス界のエース候補、石井さやかと齋藤咲良が繰り広げた激闘。「目指すのは富士山ではなくエベレスト」
2024.10.28Career -
吐き気乗り越え「やっと任務遂行できた」パリ五輪。一日16時間の練習経て近代五種・佐藤大宗が磨いた万能性
2024.10.21Career -
112年の歴史を塗り替えた近代五種・佐藤大宗。競技人口50人の逆境から挑んだ初五輪「どの種目より達成感ある」
2024.10.18Career -
33歳で欧州初挑戦、谷口彰悟が覆すキャリアの常識「ステップアップを狙っている。これからもギラギラしていく」
2024.10.10Career -
「周りを笑顔にする」さくらジャパン・及川栞の笑顔と健康美の原点。キャリア最大の逆境乗り越えた“伝える”力
2024.10.08Career -
「ホッケー界が一歩前進できた」さくらジャパンがつかんだ12年ぶりの勝利。守備の要・及川栞がパリに刻んだ足跡
2024.10.07Career