
中国卓球を凌駕する平野美宇の存在。高速卓球の申し子が見せる、前後左右の縦横無尽な速攻
今年2月に開催されたWWTスターコンテダーゴアでのベスト4進出後も、平野美宇の好調ぶりが止まらない。続くシンガポールスマッシュでは世卓球大国・中国のトップ選手、王芸迪に完勝。一時期鳴りを潜めていた、通称「ハリケーン」と呼ばれる前陣速攻スタイルは、復調を超えて、さらに進化しているように見える。女子卓球の象徴でもある“高速卓球”をさらに高いレベルに昇華させながら極めていく平野の戦いぶりを追った。
(文=本島修司、写真=Getty Images)
中国との打ち合いに、“体勢が間に合う”
3月7日に開幕したシンガポールスマッシュで、中国勢との連戦となった平野美宇。ラウンド16で張瑞に2-3で惜しくも敗れた平野美宇だが、ラウンド32で世界ランキング3位の王芸迪を撃破。卓球大国の中国をも凌駕し始めたその戦いぶりを目の当たりにして、世界中に衝撃が走った。
この日の王との対戦は、大方の予想通り、序盤から激しいラリーの打ち合いとなった。得点も、一進一退の攻防。その中でも王の圧力のある攻撃は圧倒的だった。
1ゲーム目、7-6から追いつかれる場面では、王の角度のあるフォアミートで、平野のバックの深いところへ打ち抜かれる。このあたりは、「男子化」が謳われる中国女子の強烈な一撃だ。こういったボールの後に、そのまま負けてしまうのが、中国以外の女子選手だった。しかし平野は、ここからバックミートの打ち合いで、競り勝ち始める。
7-7からは、バックへ“体の入り込み”のスピードが上がった。卓球では「体が間に合う」と表現することがあるが、中国との打ち合いに体勢がしっかり整って、間に合うようになっている。
こうした流れができると、王にもフォアの打ちミスが出てくる。10-9とマッチポイントを握ると、ここでもまたバックミートの打ち合いに。またしてもこれを制すると、1ゲーム目を取り切った。
完成の域を迎えつつある、緩急自在の「新・ハリケーン」
2ゲーム目では、バックミートを打ちそうな体勢から、遅くて回転のかかっているループ気味のバックドライブを使った。これで、王が、前のめりになる。3-2から4-2に突き放す場面で放ったこの技術が、さらに流れを平野に引き寄せる。
9-4からは、ループではない速いバックドライブ。ここでもループが来るのか、速いドライブが来るのかわからないようなフォームで打っている。
王をバックに動かした後は、ハリケーンの由来ともいえる、台から離れない立ち位置で、強烈なスピードで体を切り返しながらフォアハンドをたたき込んで、10-4。そのままこのゲームも取り切った。
バックミートの体勢に入ってから、世界でも屈指のスピードを誇る高速バックミートが来るのか、それともこの遅くて回転のかかっているバックループドライブが来るのか、王にとっては、常にそこを意識しながらの試合になっていく。世界有数のトップ選手であってもこの対応の連続は容易ではない。
中盤は、王も必死の抵抗を見せた。平野のバックでのレシーブ対策で、平野のフォア前にサーブを集めきた。
それでも、2-2までもつれ込んだこの試合は、終始バックを意識させる試合を展開してきた平野が、最後はジュースからフォアで回り込み強打を放って勝利した。
この回り込みで放った一撃も、バックでの攻撃を常に意識させてきたからこそ鮮やかに決まったものだろう。
バックループドライブの、深さと浅さ
この、王との試合。何がキーポイントとなったのか?
振り返ると、序盤にバックのループドライブが入るコースが抜群に良かった点が目につく。台の「浅い所」に落ちるように入る。
「左・右」だけではなく、「前・後」も使う。これは卓球競技の定石だ。しかし、ストップやツッツキでの前後ではなく、ループドライブ、それもバックのループドライブを浅く落とすようなボールを上手に使う選手は珍しい。
先にこれを見せたことにより、深い所に平野特有の高速バックミートが来ることを意識して待つ王は、前のめりになり、やや「手が伸びてしまっている状態」になるシーンが多く見られた。
普段、日本人が勝つ姿はなかなか想像できない世界ランキング3位の王を相手に、この芸当をやってのけることができるのは、平野美宇だけかもしれない。
男子化により、パワーが増していく中国の女子卓球。それに対し、パワーもしっかりと増しながら、「ピッチの速さ」という女子卓球の原点回帰を実践している平野美宇のスタイルは、「試合のやりにくさ」という点において、百戦錬磨で世界最強の中国選手も手を焼くはずだ。
日本国内ではダントツに強いという存在ではないかもしれないが、このストロングポイントをさらに磨いていくことで、今の平野美宇は、これから打倒中国の先頭に立つ存在になる可能性がありそうだ。
おそらく、今回の試合を見た中国は「日本の女子卓球選手はどの選手も油断出来ない」と思ったのではないか。
生まれ変わったハリケーンは、緩急自在の完璧な形として、完成の域を迎えつつあるように感じられる。
メンタル面の復活。高速卓球の申し子として…
精神面でも調子がいいのだろう。
ハードスケジュールのパリ五輪代表枠争いの中にあって、一時期は厳しいポジションになったかに見えたこともあった。そこを経ての“吹っ切れ”もあったのかもしれない。プレー中の表情一つを見ても、明らかに「元気な平野」が戻ってきた。
また、2022年の春、日本生命から木下グループへ移籍する際に、中・高時代の恩師である中澤鋭コーチと再タッグを組むことになった。このあたりも、心機一転、今のハツラツとしたプレーにつながっているのかもしれない。
いずれにしても、今の平野美宇は、2017年にブレイクした当初をはるかにしのぐ大きな可能性を見せている。
女子卓球の高速化はとどまるところを知らない。
中国では“男子化”も進むが、世界全体で見れば、女子の卓球はやはり「ピッチの速さの勝負」。そしてその速度は増すばかりだ。
幼少期から、平野美宇はそうした高速卓球の申し子といった存在だった。
そして、今も。女子卓球の高速化の中心には、いつでも平野美宇がいて、これからも世界中の選手たちを、最前線でリードしていく。
<了>
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