野球少年の母親を苦しめる“お茶当番”はPTAと同じ?「負担強制の廃止」では解決しない
お茶当番――。昨今、少年野球界でこの制度が問題視されている。いわゆる「お茶出し」に加えてコーチ・選手の世話やお昼ご飯の手配など多岐にわたり、多くの保護者が多大な負担を強いられていることから、「廃止すべき」という声も多く上がっている。野球人口が急速に減少している原因の一つともいわれるこの問題は、昨年メジャーリーガーの筒香嘉智が提言したことで一般にも広く知れ渡るようになった。
だが「廃止すれば解決する」とは単純にいえない複雑な事情もある。野球界が抱える根本的な問題を象徴する「お茶当番」について考えたい。
(文=花田雪、写真=Getty Images)
野球少年の母親たちの悲痛な叫び。「お茶当番」の憂鬱
新型コロナウイルス感染拡大における緊急事態宣言が解除され、1カ月以上が経過した。
東京ではここにきて再び感染者数が増加するなど「第2波」の影響も懸念されてはいるが、スポーツ界ではプロ野球、Jリーグがそれぞれ無観客とはいえ開幕までこぎつけ、日常が戻りつつある。
プロスポーツだけでなく、全国の小中学校も授業を再開。それに伴い、各スポーツクラブも徐々に活動を再開している。
そんな中、私のTwitterのタイムラインには、こんなツイートが散見されるようになった。
「学校再開はうれしいけど、子どもの少年野球も練習が始まって憂鬱(ゆううつ)」
「息子の少年野球、あの日々がまた始まると思うと気分が落ちる」
本来は喜ばしいはずの「日常への回帰」について、少年野球チームに所属している保護者からは悲鳴にも似た嘆きが噴出しているのだ。
その嘆きの理由の一つに近年、少年野球が抱える大きな問題――「お茶当番制」がある。
お茶当番とは、少年野球チームに所属する選手の保護者が当番制で練習に参加し、文字通り選手や指導者の「お茶出し」や身の回りの世話をする制度のことを指す。
試しにTwitterの検索欄に「少年野球 お茶当番」と打ち込んでみてほしい。そこには保護者、特に母親による大量の悲鳴、嘆きがあふれている。
筒香嘉智も問題視。「保護者の負担」は無視できないレベルに
近年、少年野球における保護者の負担は大きな問題となっており、それが野球人口の減少に少なからず影響していると考えられている。選手が不足しているチームの多くはお茶当番制を廃止するなどして「保護者の負担軽減」に乗り出しているのも事実だ。
昨年の1月25日には筒香嘉智(当時横浜DeNAベイスターズ、現タンパベイ・レイズ)が日本外国人特派員協会で記者会見を行い、子どもたちを取り巻く野球環境の改善への提言を行ったが、そこでも「母親の負担」「お茶当番制度」に言及する場面があった。「お茶当番問題」はすでに現場レベルだけでなく、トッププロも問題視している事柄なのだ。
筒香は会見内で少年野球の母親が置かれている現状について、以下のように語っている。
「例えば夏休みの間、母親がずっと練習を見に行かなければならない。指導者と子どものために100人分のお昼ご飯を作らなければならないということも知っている」
もちろん私自身、筒香の会見も含めて、これまでも少年野球におけるお茶当番制度が問題視されていることは把握していた。しかし、外から話を聞くだけでは、実情がいまいちつかみきれずにいたのも事実だ。そこで、親しい人間に話を聞いたり、Twitterを使って、「お茶当番」の実態を少しでも知ることができないか、リサーチを行ってみた。
実際に経験した母親たちの声は?
例えば数年前まで息子がリトルシニアでプレーしていたある母親は、「思い出したくもない」というほどお茶当番制に対して拒否反応があった。
当番日は早朝から車を出し、自分の息子だけでなく、近くに住む子どもたちの送迎も行う。グラウンドに着けば子どもたちはもちろん、指導者へのお茶出しからケアまで、とにかくこなさなければいけない仕事量が圧倒的に多かった。夏場は炎天下、冬場は寒空の下、途中で抜けることも許されず、ただひたすらに指導者と子どもたちの世話を行う。
「当番の日は本当に憂鬱になった」という言葉が印象的だった。
Twitterで「お茶当番」に関するアンケートも行ったが、ここでも多くの反響を頂いた。当番経験のある保護者を対象に、お茶当番の何が一番つらかったのか答えてもらったのだが、その集計結果が以下の通りだ。
===============================
【Twitterによるアンケート結果】
Q.お茶当番、何が一番つらい?
・お茶出しなどの役割そのもの 20.2%
・人間関係 45.2%
・時間を取られること 21.4%
・その他 13.1%
(総票数 84票)
===============================
Twitter上ではアンケート以外にもコメントを多くもらったが、その一部を抜粋して紹介したい。
「お茶当番だけでなく役員仕事、車出し、コーチの強要、えこひいきなどすべてがつらくてチームをやめました。チームを移籍して、仕事量は変わりませんが、人間関係が良好なので続けられています」
「ボランティアや感謝という言葉を使って、お母さんたちの行動をコントロールしようとしている」
「コーヒーを入れるために、一日中待機しなければいけない。救護も母親だけに任せるのもどうかと思う」
「熱の入れ方の違う家庭とのやり取り、人間関係が煩わしいです」
「ボスママと組むとこちらが率先してやらなければという雰囲気もあり、学年に応じて親にも上下関係がある」
不要論が巻き起こるPTAと似た構造的問題
少年野球のお茶当番はもともと、保護者たちの好意によって発生したいわゆる「ボランティア」だ。ほぼ無償で子どもたちの指導を行ってくれている監督、コーチへの感謝の気持ちから行われていたはずのものがいつしか義務化され、母親たちを縛り付けることになった。
業務内容もどんどん過剰になっていき、例えばコーヒー一つとっても「あのコーチはブラック、あのコーチはミルク、砂糖付き」など、はたから見れば「やり過ぎ」と思うような「サービス」が当たり前になり、強制されるようになっていった。
この状況は、同じく子どもたちの学校生活において問題意識が高まっている「PTA」にも通ずるところがある。
PTAも元をたどれば学校運営を円滑に進めて子どもたちへの教育の質を保つため、生徒の保護者や学区の住民が学校を支援するために結成された組織。それがいつしか、業務内容が多岐にわたり、負担が増大。今では「不要論」も多く、学校によっては廃止しているところも増えてきている。
お茶当番、PTAに共通しているのは、「本来は任意、ボランティアであったはずのものが、いつしか義務となり、強要されるものになってしまった」点だろう。
そもそもが「女性にお茶出しをさせる」という考え方そのものがあまりにも前時代的だ。今年2月には埼玉県議会が議員への「お茶出し」のためだけに女性職員を雇っていたことが問題となり、お茶出しそのものが廃止。以降、地方自治体では同様の「お茶出し」を取りやめるケースが増えている。
単純に廃止するだけでは、負担の横流しか質の低下を招く
少年野球でも冒頭に記したように多くのチームが「お茶当番廃止」の流れへと傾いているが、今後考えられるのが廃止したことによって起こる弊害だ。
冒頭から記しているように、「お茶当番」に代表される保護者の仕事は、なにも「お茶出し」だけではない。
例えば遠征時の子どもたちの送迎や手配などは、各自でやれば済むレベルのお茶出しとは違い、必ず誰かがやらなければいけない。
保護者への負担軽減ばかりを考えて制度を廃止した場合、これらの業務を一体誰がやるのか――。
チームの指導者?
……もちろん不可能ではないが、それはあまりにも乱暴な解決法ではないだろうか。
保護者同様、少年野球の指導者も実質的にボランティアで活動しているチームが多い。そういった背景もあり、実は少年野球の世界では保護者の負担だけでなく「指導者不足」も深刻な問題となっているのだ。
子どもたちを指導できる監督、コーチになり手がおらず、結果として入団した選手の父親がコーチに勧誘されるという現象が起き、これがまた「保護者の負担」という不満へとつながる。まさに、バッドスパイラルだ。
先ほど「お茶当番問題と通ずるところがある」と書いたPTAでも、似たような問題が起きつつある。PTAを廃止した学校では確かに保護者の負担が減ってはいるが、結果として学校活動に支障が生まれ、それが教育の質を低下させているという声もある。
学校も少年野球も、子どもたちの教育、成長へとつなげる場と考えたとき、やはり指導者(教職員)、保護者同士の協力や負担は避けては通れない。
保護者の負担ゼロを標榜したところで、必ずどこかにそのしわ寄せがいく。
少年野球では「お茶出し」や「指導者のケア」といった各自で解決できる問題と、「子どもたちの移動」や「練習・試合の準備・手配」といった確実に誰かがやらなければいけない問題が同列で語られてしまっている現状がある。
チームも保護者も、まずは何が必要で、何が不要か、いま一度立ち止まって考える必要があるのかもしれない。
根本的な問題は「野球が子どものためになる」と言えない現状
さらに踏み込んだことをいえば、「少年野球そのもの」に魅力がなくなっていることも、保護者から多くの不満が出る理由だろう。
Twitterで届いたコメントの中には「きちんと指導してくださるならコーヒー何杯でも快く入れます」という意見もあった。
お茶当番問題を語ると、一定数ではあるが「子どものためなんだから親にある程度負担がかかるのは仕方ない」という意見が出る。
もちろん、これは正論だ。
子を持つ親であれば、そう考えるのは当然だといえるだろう。問題は、少年野球が子どもの「ため」になっていると感じられる親が圧倒的に減っていることと、「ある程度の負担」が度を超えてしまっていることにある。
一昔前までは、子どもにスポーツをやらせるのは当たり前という風潮があった。「健全な肉体には、健全な心が宿る」といううたい文句のもと、スポーツが子どもたちの成長にとって不可欠なものと信じられてきたのだ。
しかし昨今、野球界ではそんな大前提を覆すようなネガティブな話題が頻出している。指導者によるパワハラ、子どもたちの健康阻害、前時代的でいつまでもアップデートされない指導法……。
果たしてこれで、「少年野球が子どもたちのためになる」といえるだろうか。
ほとんどの親は、本当に子どもの「ため」になると思えれば、金銭、時間、労力、あらゆる負担をいとわない。
「少年野球におけるお茶当番問題」は、チームと保護者、さらには親同士の人間関係といった「狭い」話だけでなく、実は野球界が抱える大きな問題を象徴する事象だ。
現場レベルでしか進んでいない取り組み。抜本的な対策を
野球人口の減少は、人口減少よりも速いペースで加速を続けている。
少年野球は、日本の野球界を支える「土台」だ。今ここで手を打たなければ、手遅れになりかねない。「お茶当番制」に代表される旧態依然とした意識、制度は一度ぶち壊して、スクラップアンドビルドでやり直すくらいのことも、必要かもしれない。
その上で、保護者の協力がどうしても必要なことが何かをあらためて精査すればいい。
選手や指導者の飲み物の手配は各自で行うことは当然だが、練習の準備も子どもたちで行うことができる。土日の練習への送迎も、基本的には子どもたちだけで行くことに問題はないはずだし、どうしても心配だという家庭は各自で送り迎えをすればよい。
その一方で、遠方での試合時の移動や練習の連絡などは、当然ながら保護者の協力を得る必要がある。
しっかりとした理論理屈があり、その上で必要なことについてしっかりと協力を打診すれば、「嫌だ」という親はほとんどいないはずだ。
もちろん、これらの問題がすぐに解決されるとは思えない。「少年野球」に根付いたネガティブなイメージを払拭(ふっしょく)するには、それなりの時間がかかるだろう。
だからこそ、野球界はこの問題にもっと正面から向き合い、それこそトップダウンで改善の道を探らなければいけない。
筒香が会見で野球界の危機を発信してから1年半が経過したが、正直にいって「現場レベル」でしか物事は進んでいない。
例えばNPB(日本野球機構)やプロ野球選手会などが率先して、少年野球における保護者との向き合い方、子どもたちへの指導方法なども含めたガイドラインを作成することはできないだろうか。
トップの組織、トップの選手がしっかりと「少年野球を見ている」と伝えることだけでも、保護者が感じているネガティブなイメージも少しは緩和されるはずだ。
少しずつ、一歩ずつで構わない。
子どもたちだけでなく、一人でも多くの保護者が「野球は素晴らしい」「子どもに野球をやらせたい」と感じてもらえるような、そんな野球界を再び目指してほしい。
<了>
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