國學院久我山の躍進を支えるフィジカル論 プロ輩出のカギは定量的に括らない「個別性」

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2020.02.28

熱戦が繰り広げられた直近の第98回全国高校サッカー選手権大会にも出場した國學院久我山高校サッカー部。細かくパスをつなぐポゼッションに重きを置く強豪チームとして知られる久我山だが、彼らのベースに考え抜かれたフィジカルトレーニングが存在することをご存知だろうか? 9年前から久我山のコンディショニングコーチを任されている三栖英揮は、いかにして高校生年代のフィジカルトレーニングを確立させたのか?

(インタビュー・構成・撮影=木之下潤、写真=Getty Images)

久我山ではプログラムが機能する仕組みをつくった

――今年の高校サッカー選手権を最後に、監督を退任した清水恭孝さんとは11シーズンにわたり、仕事をご一緒したと伺いました。9年前に國學院久我山高校サッカー部でコンディショニングコーチを任されたとき、どんなイメージを描いていたのですか?

三栖:環境面でいうと特別なトレーニング施設もなく、練習グラウンドや練習時間の面でも制約がありました。そのような場合フィジカルトレーニングは朝練の時間に実施するような形も考えられますが、久我山は学校自体に朝練がありません。だから、午後の練習の2時間から2時間半の間に「どうフィジカルトレーニングを落とし込むか」が課題でした。

当時は、清水さんをサポートして2年ほど経っていましたが、今ほどお互いを理解していたわけではありませんでした。フィジカルトレーニングの導入で難しいのは、こちらが「絶対に必要だ」と考えるプログラムであっても、効果が出るのに時間がかかり、「あまり変わらないな」と感じさせたら、選手もコーチもそのフィジカルトレーニングプログラムにネガティブな印象を持ちます。そのバランスを測りつつ、まず監督とは「私が育成年代で必要だ」と考えていたそのプログラムを監督としっかり共有しました。そこから久我山高校サッカー部で日本の育成年代で取り組むべきフィジカルトレーニングのシステムづくりを始めました。

久我山高校サッカー部には、当時監督をされていた李(済華/リ・ジェファ)さんのスタイルも影響して、何本ダッシュや何km走り込むなど、昔ながらのフィジカルトレーニングはまったくなかったので、むしろそこにメリットがあったかなと思います。それまでも何校か部活のフィジカルトレーニング指導を請け負った経験がありますが、「昔から受け継がれたフィジカルトレーニングをやるんだ」みたいな学校が結構あったなか、久我山高校サッカー部にはそういう習慣がありませんでした。

――フィジカル面に関しては、白いキャンバス状態だったわけですね。

三栖:20年ほど前はどの高校もOBの発言や昔からの伝統を重んじる傾向にありましたから、久我山高校サッカー部は珍しい部類だったかもしれません。古くから伝わったフィジカルトレーニングも特にその効果を検証するようなことなく行われていました。それが当時の現実。その点では、久我山はとても仕事がしやすく、私を受け入れてくれました。

「個別性をどれくらい高められるか」がポイント

――選手のフィジカルレベルの評価はどうだったんですか?

三栖:私は、フィットネスと技術が独立したものだという考えは持っていません。体力テストだけを抜き出して「トップ選手が必ずオール5の成績を取っているか?」と聞かれるとそうではありません。トップアスリートはプレースタイル、自らの技術に適したフィットネスを身につけているものです。だからこそトップレベルに到達できるのだと思います。当時、久我山には(プレースタイルが)特徴的な選手も多くいました。チームカラーも個にフォーカスする傾向が強かったので、とてもやりやすさを感じました。

(9年前、)1年生には平野佑一(水戸ホーリーホック)、富樫佑太(FC岐阜)、現在ドイツの4部リーグでプレーする渡辺夏彦など、すごく可能性を感じる選手がいました。高校という発育発達の最終段階にある彼らのプレースタイルを伸ばしながら、将来の身体的な特徴をイメージしながらトレーニングに取り組んでいました。上の学年にも山内寛史(セレッソ大阪)、後藤雅明(湘南ベルマーレ)などがいたり、能力が高くサッカー選手として可能性を感じる選手が多くいたので楽しみに感じたのを覚えています。

――高校3年間では必要な身体能力を養わせる一方で、個々で足らない部分を補ったり特徴を伸ばしたりすることも大事です。

三栖:私の考えでは、後者の要素が強いですね。フィジカルトレーニングは「個別性をどれくらい高められるか」がポイントです。その目的は、選手がアスリートとしての可能性をより広く深くすることだと考えています。私たちトレーナーの評価は「●●のチームって走れるようになったよね」とかに定量的に括られた見方をされがちですが、私たちの取り組みはそこが目的ではないと思っています。スポーツ医科学の専門家として大切なのは「どれだけ選手に寄り添えるか?」だという信念を持って活動しています。

久我山高校サッカー部のサポートを始めた頃、私自身の中で日本人選手が育成年代で置かれている環境や、身体的な特徴を含めてフィジカルトレーニングの方向性がある程度見えてきたタイミングでした。持久力やスプリントタイムのようなフィットネスデータだけでなく、関節の可動性や筋肉の柔軟性なども総合的かつ客観的に評価できるように全体のフォーマットを作成し、それぞれの要素がアップデートされるようにトレーニングシステムを設計しました。

ストレッチプログラム一つとっても客観的な指標を設けています。その指標は私たちだけでなく、選手、コーチも理解しているので、その客観的な指標を用いて「ここの柔軟性が低いから、あのような動きになってしまう」「ここの可動性が改善されないと、あのトレーニングの効果が出にくい」というふうにコミュニケーションを取っていきます。

私の中でフィジカルトレーニングをチームに落とし込む一つの目的は、コミュニケーションを生むこと。

いくら専門性を高めても、私たちが「選手に伝えることの大切さ」を理解していなければ意味がありません。頭で理解する選手がいい選手ではないですし、体全体で感じることが得意な選手もいます。私たちはスポーツ医科学の専門家で、コーチや選手は素人です。それまでは伝えたいことがなかなか伝わらない課題を感じていました。だから、フィジカルトレーニングを通じてコミュニケーションギャップを埋めることが、私たち専門家が関わる大きな意味だと考えています。プログラムは共通言語のような役割で、選手やコーチはそれがあって初めて身体的な仕組みが自分のプレーにつながっていきます。個別化を図る上で共通言語を作ることが重要です。

目標は「プロ選手を育成する」

――頭の中では、フィジカルトレーニングを体系化、構造化したプログラムがイメージできたわけですね。

三栖:はい、イメージができていました。それを選手とコーチにどう伝えていくか、その過程で「どういう問題が出るのか」を検証していきました。目標としては「プロ選手を育成する」、もしくは「プロになれるレベルの選手をどれくらい育てられるか」。当時から彼らに言っていたのは、「ナショナルチームの選手やプロ選手に求めるモノを基準に接する」と。もちろん、そこを目指していない選手もいましたけど、そういう取り組みが「ジュニアアスリートに対してどのような影響があるのか」を確認する意味でもチームには同じ方針を伝えました。

先ほど名前を挙げた平野佑一、富樫佑太、渡辺夏彦の3選手は卒業後も関わりました。平野や渡辺は大学進学後も私の運営するトレーニング施設に通い続けてくれました。私が彼らと接するときに意識していたのは「トレーニングに対するリテラシーのようなものを身につける」こと。なので、私自身はトレーニングに特色を持たないように心がけ、必要なトレーニング、情報を提供し続けることにある意味徹していました。富樫は、私がFC琉球で2017、2018シーズンと2シーズンにわたってコンディショニングコーチをしていたので、プロの世界でもコンディショニングに取り組む機会がありました。彼はどちらかというと感覚的なタイプなので、シーズン中もトレーニングプログラムを用いてコミュニケーションを取り続けました。誰の、どのケースが正解でもなく、私としては個別化という意味でも3人の成長が一つの大きな成果だったのかなと感じています。

仕組みを理解すれば“選手自身が”不足に気づく

――システム化されたフィジカルトレーニングのプログラムを通じて、選手やコーチが三栖さんとコミュニケーションを取ることで身体的な構造や体づくりを覚える。このコミュニケーションの繰り返しが三栖さんにとってのフィジカルトレーニングのトータルデザインというわけですね。

三栖:その通りです。最終的なゴールは「私が何もしなくなることが理想」だとずっと思っていました。「いつ、何をやるかのプログラムは決まっている」から、みんな主体的に試合の前日は何を、前々日は何をやると理解して取り組むようになっていました。その毎日を繰り返しながら、個々が「あれ、今日はここが思ったより硬い」「ここ、力が入りにくいな」と意識するようになります。

ここまでくれば、トレーニング自体がコミュニケーションツールなので、それを見ながら「今日いつもよりここが硬いんですけど」「昨日のトレーニングの影響だから気にしなくて大丈夫」みたいな会話になるんです。最終的には、彼ら自身がプログラムを自分のものとして扱っていて、私はアドバイザー的な立ち位置で話をするような形になります。当然負荷の高い苦しいトレーニングプログラムもありますが、そのときは選手のモチベーションを高めるような声かけをします。

これがもう一つ高いゾーンのフィジカルトレーニングのあり方だと考えています。

選手を楽しませるためにいろんな手法を施すのも私たちの仕事の一つです。でも、私たちはそれ以上に「その先に得られるモノを考えてプログラムを提供するべき」です。時には面白くもないプログラムに取り組ませなくはならない場合があります。私の経験では、選手はフィジカルトレーニングを主とした目的にはしないので、成果を感じないとモチベーションは上がりません。

私はフィジカルトレーニングとは当たり前のように準備して、調子が良くても悪くても、勝っても負けても、ケガをしてもしてなくても取り組むモノだと考えています。選手のライフスタイルの一部にすることが大切です。だから、いろんなトレーニングのプログラムがシステムとして成果を出せるような形にならないと、僕はプログラム自体が機能しないと考えています。同じメニューをやっても、選手の特徴や環境によってもシステムを変えないと効果的にフィジカルトレーニングの運用はできないと思います。久我山では安定したシステムをつくることができたので、一定の成果が出たのかなと思っています。

――試合からどうフィジカルコンディションしていくかが決まっていて、プログラムが用意されている?

三栖:久我山高校サッカー部の選手には、ストレッチからストレングス(筋力)まで約100種目のプログラムに取り組ませています。それぞれの種目を覚えるのは時間がかかるので、「1年生はこれ」みたいに固定されているわけではありません。スタートして数年は手本になる選手がいなかったので、常に私が見本を見せなくてならないので大変でしたが、数年経ってサイクルができると先輩がトレーニングの手本を行うようになってくれました。

1年生は、3年生と同じストレッチをしてもそれぞれの項目で基準に満たない場合が多くあります。でも、これも一つのモチベーションになります。1年生は「やっぱりあれくらいはやれないとダメなんだ」と、選手として一目置いている先輩がいればなおさらです。このプログラムは「これが正しいフォームなんだ」と自分で気づき出すので、正しいトレーニングができるようになります。

私がこの年代で最も大事しているのは「フォーム」です。その理由は、彼らが成長期にある選手だからです。成長期とは医学的には骨端線(成長線)が残っている時期で、個人差がありますが、通常は男性で17~18歳くらいまでです。特に高校生年代は発育・発達の最終段階と考えられ、速筋線維の発達に伴い、体重に対する筋量が大きく増加する時期です。常に意識しているのは大人の体になる前の段階でどういう状態に持っていくか、どのようなバランス(姿勢)で成長させていくかという点です。

<了>

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PROFILE
三栖英揮(みす・ひでき)
1978年生まれ。Dr.ARMS with 箕山クリニック所属。株式会社M’s AT project代表取締役。日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー、日本トレーニンク指導者協会認定トレーニング指導者。現在、鹿児島ユナイテッドFC、國學院久我山高校サッカー部のコンディショニングコーチ、スフィーダ世田谷FCのコンディショニングアドバイザーを務める。過去には日本オリンピック委員会強化スタッフ(2005〜2012年)、 FC琉球のコンディショニングコーチ(2017〜2018年)なども歴任。学生からプロまで幅広い年代のサッカーチーム、またさまざまなスポーツのフィジカル指導を行う。自身も選手としてブラジルにサッカー留学の経験を持つ。

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