なぜ福岡は「バスケ王国」となったのか? 48年ぶりウインターカップ同県決勝を導いた所以
昨年末に行われた「SoftBank ウインターカップ2019 令和元年度 第72回全国高等学校バスケットボール選手権大会」の男子決勝戦は、福岡県勢同士の戦いとなり、福岡第一高校の優勝で幕を閉じた。
福岡に受け継がれる「バスケどころ」の土壌はいかにして生まれたのか?
(文=三上太)
「真の日本一を決める大会」で実現した同県対決
12月下旬に行われる高校バスケットボールの「ウインターカップ」は「真の日本一を決める大会」と言われている。夏のインターハイは、その年の最初の全国大会であり、4月に新入生が入ることでチーム編成も変わるため「全国レベルの新人戦」と言われ、秋に行われる国民体育大会は、各都道府県が選抜チームを結成し、かつ2019年度からはU16(16歳以下)の年齢制限も設けられたため、単独チームでの実力を図る大会にカウントされにくい。各校の実力が最も明確に表れるのがウインターカップというわけである。
2019年12月29日に行われた「SoftBank ウインターカップ2019 令和元年度 第72回全国高等学校バスケットボール選手権大会」の男子決勝戦は福岡第一高校(福岡)の2年連続4回目の優勝で幕を閉じた。福岡第一は夏のインターハイも制しており、「高校2冠」を達成したことになる。
しかも決勝戦の相手は福岡大学附属大濠高校(福岡)。ウインターカップの男子決勝戦で同じ都道府県のチームが対戦するのは、第1回大会(1971年)の明治大学附属中野高校vs東洋大学京北高校による「東京都対決」以来。女子を含めても史上3度目の同都道府県対決だった。
福岡県はさらに秋の国民体育大会でも優勝を果たしている。両校の16歳以下――主に1年生が中心だが、2年生でも、いわゆる早生まれの選手も出場ができる――で編成されたチームだった。つまり2019年の高校男子バスケット界は福岡県勢が席捲したといっても過言ではない。
「勝負事で負けてはいけない」という精神
そうした福岡県の高校男子の強さの源流をたどっていくと、忘れてはいけない名前がある。2018年3月に逝去された故・田中國明である。福岡大学附属大濠を半世紀に渡って率いた名将は、同校が2度目の出場となった第5回大会(1975年。当時は3月に行われていたため、「春の選抜大会」と呼ばれていた)で準優勝、第16回大会(1986年)には初優勝を果たしている。2010年に現在のコーチ(高校バスケットでは、いわゆる“監督”を“ヘッドコーチ”もしくは“コーチ”と呼ぶので、ここでは大会に倣って“コーチ”とする)である片峯聡太にその座を譲るまで、同校を全国の強豪校の一つに育て上げている。
「勝負事で負けてはいけない」という精神で選手およびチームを鍛え上げてきた田中・前コーチがいたからこそ、OBである片峯コーチがその精神を引き継ぎ、現代バスケットも取り入れていることで同校は今なお全国トップレベルに位置している。
その福岡大学附属大濠を倒そうと25年間チームを磨き上げてきたのが福岡第一の井手口孝コーチである。井手口コーチは昨年末のウインターカップが12回目の出場だが、昨年末の結果を含めて優勝が4回、準優勝が4回と、とてつもなく高い確率で「真の日本一」、もしくはそれに近い位置へチームを導いている。
優勝記者会見後に井手口コーチはこんなことを言っている。
「僕らは1年間、スタイルを決めてやっています。いや、25年間同じスタイルと言っていい。大濠はスタイルが変わります。それがいいかどうかはわかりません。高校生のバスケットなので、いろんなスタイルのバスケットができることは将来につながるかもしれません。ただ“チームを作る”という観点で言えば、ディフェンスはこう、オフェンスはこうといった芯があったほうがいいと思います。それがある限り、僕は(大濠に)負けないと思います。そこは片峯コーチにもっと頑張ってもらいたい。あえてそう言わせてもらいます。これからの日本の高校バスケット界を背負っていくのは彼らですから」
福岡第一と福岡大学附属大濠は2019年になって、1年生大会を含めて9度対戦している。お互いを知り尽くしたうえで、さらにコート上でしのぎを削り合い、本気で一つの勝利を競い合う。いや、奪い合うと言ったほうがいいかもしれない。そうやってお互いを極限まで高め合うことで、ウインターカップの決勝戦で同県同士の頂上決戦が実現したのである。
全国有数の“バスケどころ”たる所以
井手口コーチはこうも言っている。
「今日負けたら、僕は(福岡第一のコーチを)辞めるつもりでした。(2年前のウインターカップの)準決勝で大濠に負けたときもそう思っていました。それくらい大濠との対戦には強い思いがあるんです。苦しめられてきた時代がありますから。でも今は試合後に一緒に写真を撮ったり、お互いを称え合ったり、そういう美しい姿を見せられるようになりました。少なくとも福岡県はそこまで来ました。これを日本のバスケット界(のスタンダード)にしたいんです」
“ノーサイド”の精神である。ゲームが終われば、同じ高校生として、同じバスケット選手として融和する。そうした思いも育てながら、ゲームでは田中・前コーチが言い続けてきた「勝負事では負けてはいけない」という精神を、福岡県勢は脈々と受け継いでいるのである。
それはまた高校だけに留まらず、中学バスケットにも連なっている。日本代表の比江島慎(宇都宮ブレックス)や橋本竜馬(レバンガ北海道)らを育てた鶴我隆博コーチが現在率いる西福岡中学は全国有数の強豪校として名を馳せ、福岡第一にも、福岡大学附属大濠にもその卒業生は多く進学している。同じく全国区の強豪として知られる中村学園三陽中学も、彼らを倒そうとすることで腕を磨いてきた。
つまり中学、高校ともに県内でしのぎを削り合い、お互いを高め合うことのできる環境が崩れない限り、福岡県はこれからも全国有数の“バスケどころ”として高校バスケット界をリードしていく勢力の一つであり続けるはずだ。
<了>
「ネクスト八村」を探せ! 17歳・田中力の確かな将来性と次世代スター候補6傑とは
バスケ日本代表を躍進させた改革とは? 陰の功労者が描く“世界トップ”への道
部活動も「量から質」の時代へ “社会で生き抜く土台”を作る短時間練習の極意とは?
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
いじめを克服した三刀流サーファー・井上鷹「嫌だったけど、伝えて誰かの未来が開くなら」
2024.11.20Career -
2部降格、ケガでの出遅れ…それでも再び輝き始めた橋岡大樹。ルートン、日本代表で見せつける3−4−2−1への自信
2024.11.12Career -
J2最年長、GK本間幸司が水戸と歩んだ唯一無二のプロ人生。縁がなかったJ1への思い。伝え続けた歴史とクラブ愛
2024.11.08Career -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
海外での成功はそんなに甘くない。岡崎慎司がプロ目指す若者達に伝える処世術「トップレベルとの距離がわかってない」
2024.11.06Career -
なぜイングランド女子サッカーは観客が増えているのか? スタジアム、ファン、グルメ…フットボール熱の舞台裏
2024.11.05Business -
「レッズとブライトンが試合したらどっちが勝つ?とよく想像する」清家貴子が海外挑戦で驚いた最前線の環境と心の支え
2024.11.05Career -
WSL史上初のデビュー戦ハットトリック。清家貴子がブライトンで目指す即戦力「ゴールを取り続けたい」
2024.11.01Career -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
日本女子テニス界のエース候補、石井さやかと齋藤咲良が繰り広げた激闘。「目指すのは富士山ではなくエベレスト」
2024.10.28Career -
新生ラグビー日本代表、見せつけられた世界標準との差。「もう一度レベルアップするしかない」
2024.10.28Opinion
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
10代で結婚が唯一の幸せ? インド最貧州のサッカー少女ギタが、日本人指導者と出会い見る夢
2024.08.19Education -
レスリング女王・須﨑優衣「一番へのこだわり」と勝負強さの原点。家族とともに乗り越えた“最大の逆境”と五輪連覇への道
2024.08.06Education -
須﨑優衣、レスリング世界女王の強さを築いた家族との原体験。「子供達との時間を一番大事にした」父の記憶
2024.08.06Education -
サッカーを楽しむための公立中という選択肢。部活動はJ下部、街クラブに入れなかった子が行く場所なのか?
2024.07.16Education -
14歳から本場ヨーロッパを転戦。女性初のフォーミュラカーレーサー、野田Jujuの急成長を支えた家族の絆
2024.04.15Education -
モータースポーツ界の革命児、野田樹潤の才能を伸ばした子育てとは? 「教えたわけではなく“経験”させた」
2024.04.08Education -
スーパーフォーミュラに史上最年少・初の日本人女性レーサーが誕生。野田Jujuが初レースで残したインパクト
2024.04.01Education -
「全力疾走は誰にでもできる」「人前で注意するのは3回目」日本野球界の変革目指す阪長友仁の育成哲学
2024.03.22Education -
レスリング・パリ五輪選手輩出の育英大学はなぜ強い? 「勝手に底上げされて全体が伸びる」集団のつくり方
2024.03.04Education -
読書家ランナー・田中希実の思考力とケニア合宿で見つけた原点。父・健智さんが期待する「想像もつかない結末」
2024.02.08Education -
田中希実がトラック種目の先に見据えるマラソン出場。父と積み上げた逆算の発想「まだマラソンをやるのは早い」
2024.02.01Education -
女子陸上界のエース・田中希実を支えたランナー一家の絆。娘の才能を見守った父と歩んだ独自路線
2024.01.25Education