天才・宇佐美貴史が帰ってきた。海外挑戦の挫折から甦る「最高傑作」の異能さと、覚悟
“天才”は苦しみの中にいた。ガンバ大阪ユース史上「最高傑作」と称され、将来を嘱望されてきた宇佐美貴史の異能ぶりは、2度目の欧州挑戦を境に失われてしまったかのように思われた。だが、帰ってきた。忘れかけていた感覚が、ギラギラした貪欲さが、天才・宇佐美貴史が、ついに帰ってきた――。
(文=藤江直人、写真=Getty Images)
荒々しさと巧さが絶妙なバランスで同居する、宇佐美貴史の異能さ
シュートを放つモーションは決して大きくはない。しかし、コンパクトに振られる左右の両足の、特に支点となるひざからつま先までの部分は、急加速されながらボールへのインパクトを迎える。そして、放たれる一撃は強烈な弾道を描き、相手チームのゴールネットに突き刺さる。
ゴールに至るまでの青写真を瞬時に描き、迷うことなくピッチ上で具現化させる。まだ10代だったデビュー直後に何度も演じては見ている側に無限の可能性を感じさせてくれた、二律背反するはずの荒々しさと巧さとを絶妙のバランスで同居させた異能のストライカー、宇佐美貴史が帰ってきた。
「自分が思い描いている弾道と、実際に飛んでいくボールのスピードとがリンクしてきている、という感覚がありました。やっぱり足をどんどん振って、シュートを打っていかないといけない。ゴールまでの距離に関係なく足を振れるところが自分の強みであると考えたときに、迷わず振れたという意味ではいい感じになってきているのかな、と思っています」
自身のパフォーマンスに納得する言葉を残したのは右足で追加点を、左足ではダメ押し弾を豪快に決めてガンバ大阪の快勝に貢献した、11月3日の湘南ベルマーレとの明治安田生命J1リーグ第30節後だった。
前半アディショナルタイムに生まれた一撃は39歳のレジェンド、MF遠藤保仁とのあうんのコンビネーションから生まれた。左斜め前方にいた遠藤へ速いパスを入れた宇佐美が、間髪入れずにスプリントを開始。そして、3人もの相手選手に囲まれた遠藤が、巧みにボールをキープした直後だった。
「あの場面でシュートを選択する選手もいるだろうし、もちろんそれでもいいと思いますけど、ヤットさん(遠藤)がシンプルに返してくれたことで、僕がシュートまでもっていくことができた。本当にありがたかったと思っています」
相手を引きつけた遠藤が、左側からペナルティーエリア内へ侵入してきた宇佐美へ絶妙のパスを通す。スライディングで止めにきたDF坂圭祐をファーストタッチで右へかわし、キャプテンのDF大野和成が飛び込んでくる直前に右足を一閃。強烈な一撃がゴールの右角を正確無比に射抜いた。
リードを2点に広げて前半を終える、時間帯的にも最高のゴールは宇佐美の体内で最高のリズムを奏でさせた。後半、50分。ベルマーレの横パスをDF藤春廣輝がカット。前方へ送られたクリア気味の縦パスの落下地点へ走り込んだ宇佐美とDF山根視来のうち、ピッチに足を取られた後者が転倒する。
宇佐美のファウルだとして、何人かのベルマーレの選手は足を止めかけた。しかし、主審の笛は鳴り響かない。ボールを収めた宇佐美は左サイドを縦へ疾走。中央へ走り込んでいるFWアデミウソンの姿を視認しながら、左側からペナルティーエリアへ侵入した直後だった。
「すでに1点取っている、ということと相まってですけど、迷いはなかったですね。ギリギリまで中のアデ(アデミウソン)へクロスを送るイメージを抱いていたんですけど、結果として自分でしっかりとシュートまでいけて、ゴールになった。自分の良さの一つが出たと思っています」
アデミウソンのマークに大野が戻ってきた状況も把握した上で、自分で打つと決めたのだろう。縦へ一つ運び、坂が飛び込んでくる直前に左足を振り抜いた。対角線を切り裂き、反対側のサイドネットへ突き刺さった一撃にベルマーレの守護神、秋元陽太もなす術がなかった。
1度目のドイツ挑戦を機に変化したプレースタイル
迷わずにシュートを選択するプレースタイルに、ベストヤングプレーヤー賞に輝いた、18歳の宇佐美を思い出さずにはいられなかった。日本人選手では最多となる年間83本ものシュートを放っている当時の宇佐美は、ゴール数が7にとどまっていたことに納得がいかない表情を浮かべていた。
「シュート数の割に得点が少ないんですよね。フィニッシュに対しては貪欲に取り組んできた1年でしたけど、ただ単に蹴っていた場面もあったかもしれないし、もっと落ち着いていれば倍の得点数になったんじゃないかとも思っている。そこは自分の課題ですね」
翌2011年夏にバイエルン・ミュンヘンへ期限付き移籍。出場機会を得られないなかで、翌年にはホッフェンハイムへ新天地を求め、2013年夏にクラブ史上初のJ2を戦っていたガンバへ復帰した。ガンバとともにJ1へ復帰した2014シーズン。宇佐美のプレースタイルに、大きな変化が生じていた。
ルーキーイヤーのようにシュートを乱れ打つことはない。それでも、ゴールへの飢餓感が薄れているわけでもない。シュートの精度が驚異的に高まっていたらからこそ、分母となるシュート数は減っても、分子となるゴール数はルーキーイヤーよりもむしろ増加していた。
2014シーズンの宇佐美は68本のシュートを放ち、10ゴールをマークしている。脳裏に刻まれていたのはバイエルン時代に一挙手一投足を間近で見たチームメイトで、FIFAワールドカップ・ブラジル大会を制したドイツ代表の心臓を担っていた、トニ・クロース(現レアル・マドリード)の勇姿だった。
「彼から教わったものはものすごく多い。例えば一発で決めるミドルシュート。普通の選手だったら決められないところを一発で決めて、チームを楽にするシュートの精度の高さは当時から本当にずば抜けていた。僕自身もそういうプレーを増やしていかなければいけないと、彼を見ていて思いました」
ロシアW杯、西野朗監督が期待するプレーとの乖離
話を2019シーズンに戻せば、2ゴールを決めたベルマーレ戦で放ったシュート数は2本だけだった。つまり、確率は100%だったことになる。荒々しさと巧さの両方を感じた理由がここにある。しかし、再びドイツへ挑戦した2016年夏を境に、宇佐美は再び袋小路に入り込んでしまう。
ガンバ時代の恩師、西野朗監督のもとでロシア・ワールドカップへ挑む日本代表に選出された昨夏。アウクスブルク、そして期限付き移籍したブンデスリーガ2部のフォルトゥナ・デュッセルドルフで、より確実なプレーを追い求めてきたからか。宇佐美のプレーからは怖さが消えかかっていた。
「練習でアピールしていくしかない立場ですし、いろいろな選手とコンビネーションを合わせながらプレーできる器用さが、自分にはあると思っているので」
ロシア大会の開幕を前にこんな言葉を残していた宇佐美だが、西野監督からかけられていた期待をあらためて振り返れば、残念ながら考え方が乖離していたことが伝わってくる。
「彼の魅力はフィニッシャーとして、シュートのバリエーションを数多く持っているところ。相手ゴールに近いところでのプレーが彼の特長。意外性や創造力に富んだプレーを期待したい」
宇佐美に求められたのは器用さよりも、荒削りだった10代のころの怖さに巧さを融合させた2014シーズンの後半から2015シーズンにかけた姿だったはずだ。果たして、宇佐美が争っていた左MFで主軸を担ったのは、大舞台で2ゴールをあげた乾貴士(現エイバル)だった。
1部へ復帰したデュッセルドルフへ再び期限付き移籍した昨シーズンも19試合に出場して1ゴールに終わる。
2度目のガンバ大阪復帰、再出発への覚悟
迎えた今年6月。アウクスブルクとの契約を2年間残しながら古巣ガンバから届いたオファーを選び、3年ぶりに復帰した宇佐美は自虐的な言葉のなかに、再出発への覚悟をのぞかせている。
「2度目の海外挑戦もダメだった、という気持ちがすがすがしいくらい自分のなかにある」
復帰戦となった7月20日の名古屋グランパス戦。後半アディショナルタイムに同点ゴールを決めた宇佐美だったが、その後は最近の日本の夏で顕著になった高温多湿ぶりと、試合から遠ざかっていたデュッセルドルフ時代のツケでもある、ゲーム体力やゲーム勘の欠如に苦しめられる。
リーグ戦では先発出場を続けるものの、ゴールからは遠ざかってしまう。決勝トーナメントに進出したYBCルヴァンカップでは、21歳以下の若手を一人以上先発させなければいけない独自のレギュレーションのもと、FC東京との準々決勝ではポジションを高卒3年目のMF高江麗央に譲っている。
「妥当だったかな、と思っていた。もちろん悔しさはあったけど、それは自分自身に対してのみの悔しさだったし、フラストレーションも自分自身に対してのみ抱いていたし、もちろん監督の判断を理解できると思ってしまった自分自身の現状へ対する悔しさも感じていました」
10月には左太ももの裏に違和感を覚え、長期ではないものの、戦列を離れた時期もあった。ただ、災い転じて福となすとばかりに、宇佐美はピッチの外で自らを見つめ直す時間に充てた。昨夏から指揮を執るクラブのレジェンド、宮本恒靖監督から要求されている意味を何度もかみしめた。
「監督からは『下がりすぎるな』とか、あるいは『一番足を振れるポイントに、点を取れるポイントにいてほしい』と言われていました。チームのなかでボールが回っていないと、どうしても中盤に下がりすぎて、チャンスメークの方にいってしまうことが多かったので」
器用であるがゆえに、チャンスメークにも加わることができる。器用貧乏気味な状態に陥った時期があるからこそ、宮本監督からもフィニッシュ能力の高さを前面に押し出すことを要求された。実は左太もも裏を痛める直前に、ハッとさせられる場面を自ら手繰り寄せた。
ホームのパナソニックスタジアム吹田に北海道コンサドーレ札幌を迎えた、10月4日のJ1リーグ第28節の61分だった。宇佐美自身からMF倉田秋、アデミウソンと細かいパスをつなぎ、アデミウソンが落としたボールを拾った宇佐美がペナルティーエリア内へ進入していった。
「シュートと言っても、一連の動作のなかでいろいろな要因がある。普通にやっても飛ばないときは飛ばないし、逆に飛ぶときにはバーンと当たってくれる。そのなかで札幌戦では、久々に『ドンッ』という強い当たりが出て、自分のなかではかなりのきっかけになったと思っている」
最終ラインの裏へ抜け出した直後に、コンサドーレの選手が詰めてくるのが見えたのだろう。相手よりも先にという思いから、まさに無意識のうちに右足を振り抜き、グランパス戦以来となるゴールを決めた。ネットを揺らした低く鋭い弾道とともに、忘れかけていた感覚を思い出した気がした。
残り4試合となった段階で、ガンバはまだJ1残留を決めていない。ベルマーレ戦でようやく王手をかける状況を手繰り寄せたいま、来シーズンへの期待感をもたせるシーズンの終わらせ方にしたいと宇佐美は意気込む。ただ、シュートの感覚を蘇らせても「自分は9番タイプじゃない」と言い切る。
「ゴール前でパスを待ち続けて、というタイプでもない。キックやドリブル、いろいろなアイデアといった選択肢をチームに落としながら、最後、仕留めるところにしっかりといられるようにしたい。そういうポジショニングができれば、しっかりとチャンスを決め切っていくことはできると思う」
追い求める理想像は怖さを前面に押し出した、攻撃のオールラウンダーとなるだろうか。まだ27歳。心技体のすべてで脂の乗った年齢にあると言っていい。シュートに対する自信をよみがえらせたいま、10代のころからガンバの最高傑作と呼ばれた元祖・天才が、ギラギラした貪欲さをも取り戻しつつある。
<了>
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