 
            海外経験ゼロでドイツへ移住。ブンデスリーガの舞台で日本人ホペイロが求められる理由
海外に活躍の場を求める若手日本人アスリートの数は増え続けている。それと同じく、若くして海外のスポーツビジネスの現場に飛び込み、活躍する日本人ビジネスパーソンも多数いることをご存知だろうか。彼らが海外挑戦を通じて得た気付きやそのプロセスを伝え、後進を育てることは、日本のスポーツが海外から学び、より良いモデルを模索していくためにも欠かせない。ドイツサッカーの世界で信頼を勝ち取り、ステップアップを続ける神原氏に海外で働くことの苦悩や現場へのこだわりを聞いた。
(インタビュー・構成=五勝出拳一)
「海外に行きたいな」で終わるか、実際に行けるかどうかの違いは…
海外生活6年目を迎える神原氏だが、初めての海外渡航が6年前のドイツだった。当時は海外経験もなく、「サッカーを仕事にしたい」という一心で縁もゆかりもなかったドイツへの移住を決めた。その決心のプロセスを問うと、J3カマタマーレ讃岐で副務として働いていた時代に話が及んだ。
「J2クラブで副務として3年間働くうちに、J1のクラブで仕事がしたいなとは漠然と考えていました。だけど、もっとシンプルに大きなクラブで働くってどういうことだろうと思った時に『海外にもっと大きな規模のクラブがたくさんあるじゃん』って。J1のクラブで働く方法も模索しましたが、タイミングよく誰かが退職して求人が出ないとJ1クラブに入ることは難しい。いつ自分が望むクラブで働けるのかもわからない。じゃあ、自分は海外に行ってみようかなと。海外、面白そうだなと」
一見無謀にも見える海外挑戦だが、神原氏は入念に準備を重ねた。渡独の1年前に本屋に行き、ドイツ語の文法書を買う。主な情報収集源はインターネット。プランを綿密に立てることで、心理的にも一歩ずつドイツに近づいていった。
「少しずつ、着実に準備していったので、一歩を踏み出すのにめちゃめちゃ勇気が必要だったとかはないです。具体的にどこまで計画できるか。ドイツに行くまでが計画じゃなくて、ドイツに行ってから数年単位で、こうしようとかプランを立てて、プランAがダメならBで、とか。どこまで現実的に、具体的に考えられるか。『海外に行きたいな』で終わるか、実際に海外へ行けるかどうかの違いって、根拠はなくとも『なんか行けそうだな』っていう気持ちをどこまで自分の中で大きくできるかどうかの差だと思います。
仕事を得て、地に足着けて生活したいって思う人ほど、自分の中で生活できるイメージが沸かないとなかなか踏み出せない。もともと自己肯定感が高いタイプではないので、自分が納得できるまでめちゃくちゃ計画を立てました」

「いきなり100%でフル稼働すると嫌がられる」日本とドイツの価値観の違い
調べていくと、ドイツの場合、3カ月はビザなしでも滞在可能なことが分かった。その後、1年間は語学学校に行き、語学ビザで1年、さらにワーキングホリデーを使えばもう1年はいられるという。神原氏は2年間でドイツ語をマスターし、仕事を見つけることを最短ルートのプランAとした。もしそれがうまくいかなかった場合には、現地の大学院に通い、修士号を取得してから現地で仕事を探すプランBを立てた。
プランAを実行した神原氏は、2017年からFCカール・ツァイス・イェーナでホペイロとして働き始める。日本でホペイロというと、靴磨きなど用具係というイメージがあるが、ドイツではスパイクを管理することはほぼないという。
「仕事内容は練習着の洗濯、試合のロッカールームの準備など多岐に渡り、チームの用具全てを管理します。スパイクは選手個人の物だから、選手が自分で管理するのがドイツの考え方。結構、そこのすり合わせは大変でした。日本で働いていた時の感覚で、自分が正しいと思う業務を全てやると『やり過ぎだよ、そこまでやらなくていい』と注意される。
今思えば、当時は自分のエゴを突き通すだけの独りよがりになっていた。日本でホペイロの仕事を完璧にやっている人が、ドイツで働いたら結構面食らうとは思います。10割でやっていたことが6~7割しかできない。仕事に対する意識を、ドイツで求められている基準にすり合わせる作業は大変でした」
ドイツに渡って5年。考え方のギャップを埋める作業に取り組み続けてきた。
「信頼してもらうためには、地道にただコツコツやっていくしかないです。自分という人間をわかってもらうしかない。骨が折れるし、大変な作業ではあります。実力で評価されないと海外で仕事を得ることはできないけど、チームから100%を出し切って働くことは求められていないというもどかしさもありました。
100%できる仕事のうち、70%しか求められていないとすれば、残りの30%は一旦は割り切るしかない。そこからは、求められている70%を本当にちびちび増やしていくイメージです。
いきなり100%でフル稼働すると嫌がられるから、70%を71、72、73と少しずつ増やして、周りが気がつかないうちに100%に近づけていくという作業をやっています。自分のエゴではなく、チームの勝利に直結する動き方はなにかを考え、あちこちで壁にぶつかりながら動き続けてきた5年間でした」

「日本人選手と働きたい」という夢に向かって…
スポーツの仕事はホペイロや主務、副務に限らず、さまざまな職種がある。神原氏は大学時代、全日本大学サッカー連盟で学生幹事として広報部の仕事も担当している。なぜグラウンドに近い仕事にこだわるのか、その真意を聞いた。
「やっぱり、実際にグラウンドに立っているとそれだけサッカーから感じられる熱量は大きいなっていうのは思います。選手やスタッフ、サポーターのたくさんの熱量がピッチ上でぶつかり合って、ピリピリする感覚が好きです。だから、フロントの仕事にはあんまり興味がなくて。どちらかというと、現場にこだわって仕事をし続けたい」
現在、吉田麻也が所属するなど、日本人にも縁深いシャルケ04でいつか働きたいという思いがある。ただそれ以上に壮大な夢がある。
「ブンデスリーガ1部のチームに行って、チャンピオンズリーグに出場するチームで働くというのはドイツに来たときからの目標。あとは、いつか日本人選手と働きたいです。日本人選手がドイツで環境を整えるサポートや通訳もしたい」
日本で立てたプランAでは、30歳で1部のチームで働いている予定だった。今年30歳を迎えた神原氏は「やや計画からは遅れてしまいました(笑)」と話すが、2022年8月からは昨年まで宮市亮が所属していた2部のFCザンクト・パウリに移籍。

「少しずつ、着実に近づいてはいる。日本人選手と働きたいという目標は自分ではコントロールできませんが、上のカテゴリーのクラブに行けば行くほど、有力な日本人選手が移籍して来てくれる可能性も高くなる。チャンピオンズリーグに出場するクラブを目指す過程のどこかで、日本人選手と同じチームで働けたらうれしいですね。」
2017年に讃岐の地からチャンピオンズリーグを夢見て、まさに手作りで計画したプランAは、5年の時を経て輪郭を帯びはじめた。欧州のトップレベルでプレーする日本人選手が増えた今、そこを目指す日本人のスポーツビジネスパーソンも増えていくことだろう。神原氏がチャンピオンズリーグの舞台に立つ日を楽しみに、筆者も別ルートからその背中を追いかけたい。
<了>
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PROFILE
神原健太(かんばら・けんた)
香川県出身、1991年生まれ。筑波大学蹴球部時代は、選手としてプレーするかたわら関東学生連盟でも活躍。大学卒業後はFC岐阜に副務として入社。カマタマーレ讃岐を経て、2017年に単身ドイツに渡り、FCカール・ツァイス・イェーナでホペイロとして活動。2020年4月にSGデュナーム・ドレスデンへ移籍し、2022年8月からFCザンクトパウリに活躍の場を移す。
筆者PROFILE
五勝出 拳一(ごかつで・けんいち)
広義のスポーツ領域でクリエイティブとプロモーション事業を展開する株式会社SEIKADAIの代表。複数のスポーツチームや競技団体および、スポーツ近接領域の企業の情報発信・ブランディングを支援している。『アスリートと社会を紡ぐ』をミッションとしたNPO法人izm 代表理事も務める。2019年末に『アスリートのためのソーシャルメディア活用術』を出版。
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