伝説の元F1レーサー・現チームオーナー鈴木亜久里が語る、日本モータースポーツの現在地と未来
この度スポーツ庁とスクラムスタジオが手を組み、スポーツイノベーションを推進するプログラム「SPORTS INNOVATION STUDIO(スポーツイノベーションスタジオ)」が産声を上げた。コラボレーションパートナーの一般社団法人日本自動車連盟(JAF)は「モータースポーツの興奮をより近く」をテーマに、事業共創にチャレンジする企業・団体を広く募集している。本記事では、元F1ドライバーであり実業家の鈴木亜久里氏へのインタビューを通じてモータースポーツの可能性と課題について取り上げる。長きに渡り日本モータースポーツ界の最前線を走り続ける鈴木氏の言葉を通じて、テクノロジーと社会課題に適応しようと挑戦を続けるモータースポーツの現在地が見えてきた。
(インタビュー・構成=五勝出拳一)
元F1レーサー、現チームオーナー&実業家の鈴木亜久里の現在地
――鈴木亜久里さんの最近のご活動と、特にモータースポーツへの関わり方についてお聞かせいただけますでしょうか?
鈴木:50年前にゴーカートを始めたことをきっかけにモータースポーツに関わるようになりました。自動車の免許を取ってからは自動車のレースに参戦するようになって、日本国内のレースを経て28歳のときに初めてF1に参戦しています。その後はF1の世界で35歳まで活動し、40歳まで日本で現役を続けました。日本に戻ってきてからはオートバックスさんと一緒にARTA(AUTOBACS RACING TEAM AGURI)というプロジェクトを立ち上げました。
モータースポーツってやっぱりすごくお金のかかるスポーツなので、若いゴーカートをやっているドライバーたちをサポートして、優秀な成績の子たちが上のカテゴリーにいけるように応援しています。それと現在は日本最高峰のカテゴリーであるGTレースにチームとして参戦しています。

――元F1ドライバーでもあり、現在はチームのオーナーや実業家としての顔も持たれている亜久里さんの視点からは、日本のモータースポーツが持つポテンシャルはどのように見えているのでしょうか。
鈴木:車好きの人は世代や国籍問わず多いのですが、一方でレースと接点を持ってもらうのはなかなか難しいのが現状です。野球やサッカーをはじめ他のスポーツは、手軽で身近にプレーできる環境が家の近所にありますが、モータースポーツはサーキットへ行かなくちゃいけない。日本のサーキットは比較的地方に多くてアクセスは決してよくないのと、音の問題もあります。
とはいえ、潜在的にモータースポーツを好きな人はすごく多くて。僕がF1に参戦しているときはちょうど人気のあるタイミングで、たくさんのお客さんがサーキットに来てくれていました。今は、メディア含めてモータースポーツに接する機会が少ないんじゃないかなと思っています。
2019年にNetflixで『Formula 1: 栄光のグランプリ』が配信されたこともあり、ヨーロッパや北米では空前のF1ブームで人気があるのですが、それと比べると日本はまだまだ盛り上がりに欠ける印象です。その代わり、日本ではSUPER GTのカテゴリーがすごく人気ですね。SUPER GTはF1のようなレース特化の車ではなく、身近なモデルの車がレーシングカーとして出場するので、レースを見に来るお客さんも応援しやすいのだと思います。自分の好きなメーカーや車を応援している人もいれば、ドライバーを応援する人もいて、さまざまな角度から応援できる点が人気の理由じゃないかとは思っています。
――モータースポーツとの心理的距離・物理的距離をどのようにすれば近づけられるのかがポイントになるのかなと感じます。
鈴木:最近はレース観戦以外に、自家用車でサーキットを走行する愛好家もかなり増えていて、見るだけでなく「乗る楽しみ」を求めてモータースポーツに参加する人も多くなっています。一般の方が走行できるサーキット施設は近年増加傾向にありますね。

モータースポーツが抱える課題とビジネスチャンス
――時代とともにモータースポーツを取り囲む環境もかなり変わってきていると思うのですが、テクノロジーの進化や環境配慮の動きなどさまざまな変遷の中で、現在はどのようなところに拡張の機会があると思われますか。
鈴木:モータースポーツはガソリンを使って排気ガスを出すし、音もうるさいし、タイヤもすごい勢いで消費するようなイメージがあると思うのですが、カーボンニュートラルをはじめSDGsの取り組みはJAFの中でも注力していて、環境に優しいモータースポーツ作りは急務になっています。
僕らのチームがスポンサー営業をしていても、昔と比べてガソリンを使っているモータースポーツを応援していただきづらくなっている空気を感じます。ですが、サーキットでレーシングカーが排出する排気ガスよりもロジスティックなどで発生している排気ガスのほうが圧倒的に多い。実態とあわせて、その辺のイメージを改善していかなくちゃいけない部分はモータースポーツの大きな課題です。
モータースポーツの世界も自家用車と同様にハイブリッド化が進んで、水素燃料の自動車が出てきて、EVも出てきて……と、また新しいモータースポーツのフィールドが開けていくんじゃないかなとは思っていますし、そこにさまざまなビジネスチャンスもあるんじゃないかとは考えています。
――日本のモータースポーツ人気は時期によって上下動が大きいイメージを持っているのですが、亜久里さんはモータースポーツ人気を底上げしていくためにどのような工夫が必要だと思われますか?
鈴木:競技の人気向上も大きな課題で、やっぱりドライバーがスターになっていくことが一番だと僕は思っています。大谷翔平選手があれだけ活躍することによって、ニュースで毎日野球の話題が流れる。クローズアップされるようなドライバーが出てきてほしいし、運営側も含めてどんどんアピールしていかないと、今後モータースポーツは伸びていかない。
僕らが現役だった頃はすごく個性の強いドライバーが多かった。F1のドライバーだと、アイルトン・セナやアラン・プロストだとか。日本人ドライバーもキャラが立っている選手が多かったけれど、今の若い子たちを見ていると強烈な個性を持つ子は減ってきているんじゃないかという印象です。
「個性的になれ!」「キャラクター変えろ!」というわけにもいかないので、われわれがもっともっとドライバーをクローズアップしていく取り組みをしていかなければいけないのだろうと思います。

テクノロジーがもたらすモータースポーツの変革
――今回のスポーツイノベーションスタジオではスタートアップやテクノロジー企業とモータースポーツのコラボレーションを予定しているのですが、近年モータースポーツの業界もテクノロジーの進歩によってさまざまな変化が生じているのではないかと思います。具体的な事例や変化の兆しがあればぜひ教えてください。
鈴木:車の本体のテクノロジーの進化については、昔僕らが乗っていた不安定な3500CCのエンジンで600馬力でしたが、今F1を走っている車は1500CCで走っているんですよ。エンジンそのものが進化していることもあるし、モーターをはじめとしたパワーユニットもハイブリッドになってきていて、1500CCのエンジンが1000馬力が出るようになっている。当然、燃費もすごくよくなっている。そういうエンジニアリングの部分のテクノロジーの進化は目を見張るものがありますね。
それと、近年はシミュレーターがすごく発達していて、実際にコースでレーシングカーを走らせなくても、シミュレーターの中で車をセッティングしてプレーすると、実際に車を走らせるのと同じ走行データが出るようになっています。ゲーム感覚ですね。
レーシングドライバーじゃなくて、eスポーツのドライバーが現実のサーキットを走ってもかなり速く走るんですよ。バーチャルやゲームの領域は拡張性がまだまだ残されているので、新しくモータースポーツに興味を持っていただける企業さんが出てきてくれたらうれしいですよね。
もう究極的には、現実のレーシングカーはいらなくなっちゃうんじゃないかなと思っているんだけど(笑)。それは冗談だとしても、ドライバーが家にいながら世界選手権に参加できたり、そうなると観客もサーキットに行かずに家からバーチャル上で観戦するようになりますよね。サーキットで観戦する良さとバーチャルの良さはそれぞれ全然違うので、どっちが優れているというよりは、楽しみ方の幅が広がっていくと面白いなと思います。

――今年5月にARTAが新木場にオープンしたコンセプトストア「ARTA MECHANICS & INSPIRATIONS(エーアールティーエー メカニクス & インスピレーションズ)」では、モータースポーツのカッコよさをもっと身近に感じてもらいたいというメッセージが込められているとのことですが、亜久里さんがそのように考えられた背景を教えてください。
鈴木:やっぱりモータースポーツは大前提、カッコよくて憧れのスポーツでなくちゃいけない。その考えが僕らのベースにはあって、ARTAではアパレルだけでなくライフスタイルも提案していこうということで、コンセプトストアを作りました。試行錯誤しながら、一生懸命取り組んでいるのでぜひ足を運んでいただけたらうれしいです。

<了>
「フットサルとモータースポーツに、イノベーションを」スポーツ庁とスクラムスタジオが取り組むスポーツの拡張
■「SPORTS INNOVATION STUDIO オープンイノベーション」
スポーツ領域に限らない、最先端のテクノロジーやサービス・プロダクトと、スポーツ協会/団体が持つ課題やアセットを掛け合わせることで新たなビジネスを創出し、スポーツ産業の拡張を目指すプログラム。(2023年度の共創パートナーは一般社団法人日本フットサルトップリーグ(Fリーグ)と一般社団法人日本自動車連盟(JAF))
応募期間:2023年7月3日(月)~9月11日(月)23:59
▼詳細はこちら
https://sports-innovation-studio.com/
PROFILE
鈴木亜久里(すずき・あぐり)
1960年生まれ、東京都板橋区出身。元レーシングドライバー。現在は実業家、株式会社アルネックス代表取締役。1972年にカートレースデビューし、1978年、1981年に全日本カート選手権 A2クラスチャンピオンとなる。1979年に当時最年少となる18歳で全日本F3選手権に参戦し、1990年にF1日本グランプリ3位に輝き、日本人で初めてF1の表彰台に上った。1995年にF1を引退し、1997年にドライバー育成プロジェクト『ARTA Project』を発足。1998年ル・マン24時間耐久レース3位入賞。ARTA(オートバックス・レーシング・チーム・アグリ)の監督を経て、スーパーアグリF1チームの代表としてF1に参戦。現在は若手の発掘や育成に全力を注いでいる。
筆者PROFILE
五勝出拳一(ごかつで・けんいち)
広義のスポーツ領域でクリエイティブとプロモーション事業を展開する株式会社SEIKADAIの代表。複数のスポーツチームや競技団体および、スポーツ近接領域の企業の情報発信・ブランディングを支援している。『アスリートと社会を紡ぐ』をミッションとしたNPO法人izm 代表理事も務める。2019年末に『アスリートのためのソーシャルメディア活用術』を出版。
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
欧米ビッグクラブ組が牽引する、なでしこジャパン。アジアカップで問われる優勝への三つの条件
2026.03.04Opinion -
なぜ張本美和・早田ひなペアは噛み合ったのか? 化学反応起こした「今の2人だけが出せる答え」
2026.03.02Opinion -
日本人のフィジカルは本当に弱いのか? 異端のトレーナー・西本が語る世界との違いと“勝機”
2026.03.02Training -
風間八宏のひざを支え、サンフレッチェを変えたトレーナーとの出会い「身体のことは西本さんに聞けばいい」
2026.03.02Career -
野球界の腰を支える革新的技術がサッカーの常識を変える。インナー型サポーターで「適度な圧迫」の新発想
2026.03.02Technology -
なぜ老舗マスクメーカーはMLB選手に愛される“ベルト”を生み出せた? 選手の声から生まれた新機軸ギアの物語
2026.03.02Business -
「コンパニの12分」が示した、人種差別との向き合い方。ヴィニシウスへの差別問題が突きつけた本質
2026.03.02Opinion -
クロップの強度、スロットの構造。リバプール戦術転換が変えた遠藤航の現在地
2026.02.27Career -
“勉強するラガーマン”文武両道のリアル。日本で戦う外国人選手に学ぶ「競技と学業の両立」
2026.02.26Education -
三笘薫の数字が伸びない理由。ブライトン不振が変えた、勝てないチームで起きるプレーの変化
2026.02.25Opinion -
日本サッカーに「U-21リーグ」は必要なのか? 欧州の構造から考える19〜22歳の育成
2026.02.20Opinion -
フィジカルコーチからJリーガーへ。異色の経歴持つ23歳・岡﨑大志郎が証明する「夢の追い方」
2026.02.20Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
欧米ビッグクラブ組が牽引する、なでしこジャパン。アジアカップで問われる優勝への三つの条件
2026.03.04Opinion -
なぜ張本美和・早田ひなペアは噛み合ったのか? 化学反応起こした「今の2人だけが出せる答え」
2026.03.02Opinion -
「コンパニの12分」が示した、人種差別との向き合い方。ヴィニシウスへの差別問題が突きつけた本質
2026.03.02Opinion -
三笘薫の数字が伸びない理由。ブライトン不振が変えた、勝てないチームで起きるプレーの変化
2026.02.25Opinion -
日本サッカーに「U-21リーグ」は必要なのか? 欧州の構造から考える19〜22歳の育成
2026.02.20Opinion -
「W杯のことは考えていない」欧州で戦う日本代表選手が語る“本音”が示す成熟
2026.02.06Opinion -
森保ジャパンが描くワールドカップ優勝への設計図。4×100mリレーと女子チームパシュートに重ねる組織の戦略
2026.02.02Opinion -
「正直であること」を選んだ名門の一年。明治大ラグビー部、7年ぶりの日本一と29年ぶりの完遂
2026.01.13Opinion -
高校サッカー選手権4強校に共通する“選手層”の背景。Jクラブ内定選手がベンチに控える理由
2026.01.09Opinion -
“Jなし県”に打たれた終止符。レイラック滋賀を変えた「3年計画」、天国へ届けたJ参入の舞台裏
2026.01.09Opinion -
高校サッカー選手権、仙台育英の出場辞退は本当に妥当だったのか? 「構造的いじめ」を巡る判断と実相
2026.01.07Opinion -
アーセナル無敗優勝から21年。アルテタが学ぶべき、最高傑作「インヴィンシブルズ」の精神
2025.12.26Opinion
