髙橋大輔、挑戦の人生を歩み続ける“本質的な理由”。9年ぶり世界選手権で魅せた情景
満足のいく結果でなかったことは、本人たちの表情を見れば分かる。だがそれでも会場を埋めた観客は魅了され、惜しみない拍手を送った。思えば、そのキャリアは挑戦の連続だった。9年ぶりの世界選手権で魅せた姿は、これまでのスケート人生の結晶のようだった。なぜ髙橋大輔は、どんな時にも挑戦し続けるのか? その答えは、たった一つだ――。
(文=沢田聡子、写真=Getty Images)
髙橋大輔が歩んだ挑戦の人生――その生き様を振り返る
髙橋大輔は、常に挑戦し続けてきたフィギュアスケーターだ。
言うまでもなく、シングルスケーターとしての髙橋は、現在人気と実力を兼ね備える日本男子の先駆者である。2010年バンクーバー五輪で3位に入り、日本男子初となるオリンピックのメダルを獲得した。しかし、その前に選手生命を脅かす大けがを経験している。
2008年10月、トリプルアクセルの練習中に右膝を負傷。「右膝前十字靭帯(じんたい)および半月板損傷」と診断され、1シーズンを棒に振ることになった。激しい痛みを伴う長いリハビリを経て2009年4月に氷上での練習を再開した髙橋は、その年末に行われた全日本選手権で優勝、バンクーバー五輪代表に選出されている。
エヴァン・ライサチェク(アメリカ)がプログラムに4回転を組み込まずに男子シングルの金メダルを獲得したバンクーバー五輪では、いわゆる“4回転論争”が起こった。勝つために4回転を回避する安全策もあったが、髙橋はフリー『道』で果敢に4回転に挑み、転倒。自分の理想の演技をするため、4回転の回避はあり得なかったと語っている。3位となり表彰台に上った髙橋は、その後に行われた世界選手権で日本男子として初めての金メダルを獲得し、また歴史をつくった。
2014年ソチ五輪にも出場した髙橋だが、2013年11月に再び右膝を負傷している。翌年2月のソチ五輪には手当てをしながらなんとか出場したものの、3月にさいたまスーパーアリーナで開催された世界選手権出場は断念。4月の休養宣言を経て、10月に会見を開き、現役引退を発表した。
天性の踊る才能を持ち、“表現”を追求し続けてきた
その後ダンスショー『LOVE ON THE FLOOR』や、歌舞伎とフィギュアスケートが融合したアイスショー『氷艶』に出演するなど多方面で活躍していた髙橋だが、メディアの立場から2017年全日本選手権を取材したことで、再び競技への思いがよみがえった。2018年7月1日、4年間のブランクを経て競技に復帰することを発表した会見では、右膝のけがを考慮して欠場した2014年世界選手権への心残りがあると明かしている。
「ソチ五輪が終わって世界選手権にけがで出場することができず、そのことから自分自身の中で、さっぱりとした気持ちで次に向かえていなかったのかな」
復帰して2季目となる2019-20シーズン、髙橋は彼にしか滑れないショートプログラムに取り組んでいる。ビヨンセのミュージックビデオも担当した振付師、シェリル・ムラカミによる『The Phoenix』だ。けがで2度キャリアを中断している彼の人生に重ねてムラカミが選んだ、不死鳥を意味するタイトルのロックナンバーに乗り、髙橋が激しく踊る。床の上でもハードな振り付けを氷上で見せるこのプログラムは、天性の踊る才能を持ち、自分の滑りを追求するため復帰した髙橋にしかできないものだった。髙橋がムラカミを知ったのは2007年、当時師事していたニコライ・モロゾフ振り付けによる伝説のプログラム『白鳥の湖/ヒップホップバージョン』を習得するために受講したダンスクラスだったという経緯も、フィギュアスケートの革命児としての宿命を感じさせる。『The Phoenix』は、シングルスケーターとしての髙橋が滑る最後のショートにふさわしい、挑戦的なプログラムだった。
『Soran Bushi & Koto』は、髙橋のスケート人生の結晶
そして、そのシーズンの本格的な開幕前である2019年9月26日、髙橋は世界中が驚く発表をしている。その翌シーズンから、村元哉中と組んでアイスダンスに転向することを明らかにしたのだ。フィギュアスケーターのキャリアの可能性を広げる意味も持つ、髙橋の新たなチャレンジだった。
2022年北京五輪出場を目標に掲げた村元&髙橋は、目覚ましいスピードで成長していく。結成して2季目となる2021-22シーズン、惜しくも北京五輪代表からは漏れたものの、四大陸選手権で日本歴代最高位となる2位、世界選手権16位という成績を残したのだ。
私見だが、アイスダンサーとしての髙橋がもたらした最大のインパクトは、今季のリズムダンス『Soran Bushi & Koto』だろう。モダンにアレンジされたソーラン節に乗って力強く滑り、後半ではヒップホップの動きを見せるこのプログラムは、村元&髙橋にしか滑れないものだ。『白鳥の湖/ヒップホップバージョン』で世界を魅了し、氷を離れた時期にダンスのエッセンスを吸収、復帰後は革新的な『The Phoenix』を滑った髙橋が、アイスダンスでまたもチャレンジングなプログラムを生み出した。
日本女性ならではの美しさを滑りで表せる村元と共に『Soran Bushi & Koto』で表現するのは、「派手さだけじゃない日本の良さ」だと髙橋は言う。「奥ゆかしさも若干含めつつ、派手な部分も取り入れつつ」と説明するその味わいは、そのまま髙橋本人の魅力だともいえる。『Soran Bushi & Koto』は、天性のダンサーでありながら常に内省的な部分ものぞかせる髙橋が、アイスダンサーとして積んだ地道な研さんも含め、自らのキャリアを結晶させたプログラムだ。そしてその魅力は、この世界選手権で世界中に発信された。
周囲からは“挑戦”に見える人生も、髙橋本人にとっては…
村元&髙橋は、昨年末の全日本選手権を戦い終えたタイミングで囲み取材を行っている。大きな目標だった北京五輪出場を逃した直後にもかかわらず、髙橋の言葉には現役スケーターとして戦う喜びがあふれていた。
「試合が、やっぱり楽しいですね。良くても悪くても、やってきたことが出せる場所があるのはこんなにも楽しいことなんだなっていうことも、久々に感じています」
さらに髙橋はアイスダンスの魅力について語り、「エッジワークといったところが、深くてですね」と熱弁を振るっている。
「『こんなにも滑るんだ』とか『こんなにもディープにカーブできるんだ』とか、自分は結構できている方だと思っていた部分で『まだまだ全然お子ちゃまだったな』ぐらい……スケーティングの一つのステップ、一つのターンだけでも『アイスダンスって、こんな世界で滑っているんだな』というのを、技術的な面ですごく感じていて。『すごく面白いな』と思いますし、2人で滑って何も考えずに動けて一体感があった時の気持ち良さっていうのは、やっぱりなかなかシングルでは体感できないところで」
目を輝かせて語る髙橋からは、本当に滑ることが好きであることがひしひしと伝わってきた。シングルスケーターとしての輝かしいキャリアを持つ髙橋が、30代に入ってからアイスダンサーとしてのスタートを切ったことは、周囲からは思い切った挑戦に見える。だが髙橋本人にしてみれば、それはもともと好きだったアイスダンスに競技者として取り組めるチャンスを逃したくないという素直な気持ちに従った結果にすぎないのかもしれない。
8年前の心残り――来季も挑戦する姿を見せ続けてほしい
今季最後の試合となる世界選手権を終えた村元&髙橋は、現役続行については明言していない。だが来季も試合に出続けることを選び、もし代表に選ばれれば、髙橋の心残りとなっている2014年世界選手権と同じ会場、さいたまスーパーアリーナで行われる世界選手権に出場することができる。髙橋自身も、昨年末の全日本選手権後に行った囲み取材で、そのことについて口にしている。
「僕自身シングルの時、最後の(ソチ)オリンピックの後の世界選手権がさいたまだったんですけど、足のことがあって出場することができなくて。ちょっと悔いの残る思い出もありますので、そういったことも踏まえ、考えていきたいと思います」
4回転、けがからの復帰、革新的なプログラム、アイスダンサーとしての再出発。髙橋大輔の挑戦は、全てフィギュアスケートが大好きだという純粋な思いが原動力になっているのだろう。髙橋にしかできない挑戦を来季も見せ続けてくれることを、願ってやまない。
<了>
髙橋大輔が語る、「昔からずっと変わっていない」一番大切にしていることとは?
日本のアイスダンスは飛躍すると確信した。髙橋大輔の覚悟、小松原/コレトの誇り、そして…
髙橋大輔は、アイスダンスで新たな物語を魅せてくれるはずだ。天性の踊る才能と表現力
クリス・リードは、日本の誇りだった。日本の美を世界に魅せた、忘れ難き思い出の日々
なぜ浅田真央はあれほど愛されたのか? 険しい「2つの目標」に貫き続けた気高き信念
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
横浜F・マリノスをACL決勝に導いた“楽しむ”姿勢。変化を生み出したキューウェル監督の「選手目線」
2024.05.10Opinion -
築地市場跡地の再開発、専門家はどう見た? 総事業費9000億円。「マルチスタジアム」で問われるスポーツの価値
2024.05.08Technology -
競技人口1億人、プロリーグも活性化。アームレスリング世界女王・竹中絢音が語る競技発展のヒント
2024.05.07Opinion -
世界最強アームレスラー・ 竹中絢音の強さのルーツとは?「休み時間にはいつも腕相撲」「部活の時間はずっと鉄棒で懸垂」
2024.05.02Training -
Wリーグ決勝残り5分44秒、内尾聡菜が見せた優勝へのスティール。スタメン辞退の過去も町田瑠唯から「必要なんだよ」
2024.05.02Career -
卓球・最強中国に勝つための“新機軸”。世界が注目する新星・張本美和が見せた「確率の高いパターンの選択」
2024.05.01Opinion -
世界一の剛腕女王・竹中絢音が語るアームレスリングの魅力。「目で喧嘩を売っていると思います、常に(笑)」
2024.04.30Career -
沖縄、金沢、広島…魅力的なスタジアム・アリーナが続々完成。新展開に専門家も目を見張る「民間活力導入」とは?
2024.04.26Technology -
なぜ横浜F・マリノスは「10人でも強い」のか? ACL決勝進出を手繰り寄せた、豊富な経験値と一体感
2024.04.26Opinion -
ラグビー姫野和樹が味わう苦境「各々違う方向へ努力してもチームは機能しない」。リーグワン4強の共通点とは?
2024.04.26Opinion -
バレー・髙橋藍が挑む世界最高峰での偉業。日本代表指揮官も最大級評価する、トップレベルでの経験と急成長
2024.04.25Career -
子供の野球チーム選びに「正解」はあるのか? メジャーリーガーの少年時代に見る“最適の環境”とは
2024.04.24Opinion
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
Wリーグ決勝残り5分44秒、内尾聡菜が見せた優勝へのスティール。スタメン辞退の過去も町田瑠唯から「必要なんだよ」
2024.05.02Career -
世界一の剛腕女王・竹中絢音が語るアームレスリングの魅力。「目で喧嘩を売っていると思います、常に(笑)」
2024.04.30Career -
バレー・髙橋藍が挑む世界最高峰での偉業。日本代表指揮官も最大級評価する、トップレベルでの経験と急成長
2024.04.25Career -
子育て中に始めてラグビー歴20年。「50代、60代も参加し続けられるように」グラスルーツの“エンジョイラグビー”とは?
2024.04.23Career -
ハンドボール、母、仕事。3足のわらじを履く高木エレナが伝えたい“続ける”ために大切なこと
2024.04.16Career -
遠藤航がリヴァプールで不可欠な存在になるまで。恩師が導いた2つのターニングポイントと原点
2024.04.11Career -
福田師王、高卒即ドイツ挑戦の現在地。「相手に触られないポジションで頭を使って攻略できたら」
2024.04.03Career -
なぜ欧州サッカーの舞台で日本人主将が求められるのか? 酒井高徳、長谷部誠、遠藤航が体現する新時代のリーダー像
2024.03.12Career -
大学卒業後に女子選手の競技者数が激減。Wリーグ・吉田亜沙美が2度の引退で気づいたこと「今しかできないことを大切に」
2024.03.08Career -
2度の引退を経て再び代表へ。Wリーグ・吉田亜沙美が伝えたい「続けること」の意味「体が壊れるまで現役で競技を」
2024.03.08Career -
リーグ最年長40歳・長谷部誠はいまなお健在。今季初先発で痛感する「自分が出場した試合でチームが勝つこと」の重要性
2024.03.05Career -
歴代GK最多666試合出場。南雄太が振り返るサッカー人生「29歳と30歳の2年間が一番上達できた」
2024.03.05Career