
三浦璃来&木原龍一が、結果よりも順位よりも大切にしてきたもの。世界選手権・銀、快挙の本当の理由
「メダルはうれしいけど、悔しさが残った」。世界選手権で日本ペア史上最高となる銀メダル。その快挙を成し遂げたにもかかわらず、彼女はそう口にした。振り返れば、日本人同士のペアで初めてのグランプリファイナル進出、北京五輪で史上最高の7位入賞、そして世界選手権の銀メダル。結成からわずか2年半で急激な進化を見せ、世界から熱い視線を注がれる2人には、結果よりも順位よりも大切にしてきたものがある――。
(文=沢田聡子)
メダル候補と目されて臨んだ世界選手権で銀。驚異的な進化の理由は――?
「正直、どの試合でも僕たちがやることは、毎試合毎試合ベストを尽くすこと。とにかく『過去の自分たちに勝つこと』をテーマにしていたので、特に関係ない……関係ないわけじゃないですけど、特に気にしてはいなかったです」
3位と好発進した世界選手権・ショートプログラム後のミックスゾーンで、北京五輪の上位5チームを欠く今大会の状況について感じることはあるかと問われた木原龍一は、そう答えている。最後の演技となるショート『ハレルヤ』は、スロートリプルルッツの着氷で三浦璃来が手を着くミスはあったものの、ゆったりとした旋律に2人の伸びやかな滑りが調和した美しいプログラムだった。
オリンピックシーズンの世界選手権は、オリンピックが終わってから約1カ月後に行われるため調整が難しく、参加を見合わせる選手が多くなる傾向がある。さらに今季の世界選手権はウクライナ侵攻によりロシアとベラルーシの選手が出場を認められなくなったことから、より選手が少ない大会になった。加えてロシアと並ぶペア大国である中国の選手も参加していないため、北京五輪7位の三浦・木原はメダル候補と目されてこの大会に臨んでいる。しかし、2人が浮足立つことはなかった。
「特にどの国が出場してくる、こないというのはあまり関係なかったですし、それによって練習に急に熱が入ったり、というのはなくて、逆にリラックスしていたかなと思います」(木原)
「正直特別なことには取り組んでいない」。2人が常に心掛けてきたこと
北京五輪のフィギュアスケートでは、ペアが最後に行われた。心身の調整の難しさについて問われた三浦は、「オリンピックから帰ってきた1~2週間ほど、やはり2人とも疲れが取れていなくて、それと同時にメンタルの方も少し落ちてはいた」としている。団体戦から2週間以上も選手村に滞在し、しかも最後まで気を抜くことができなかったオリンピックで消耗したことは想像に難くない。しかし、そこから次の大舞台へ備える段階で役に立ったのも、一歩ずつ前に進もうとする2人の姿勢だった。
「練習は昨日より今日、今日より明日というふうに、少しずつ良くなっていっていたので、メンタルも身体的にも少しずつ少しずつ良くなってきたかなという感じです」(三浦)
三浦&木原がショートで3位に入れた要因には、全チーム中で一番高かった演技構成点(35.15)がある。ジャッジからトップクラスのチームだと認められた証拠でもある高い演技構成点について、会見で海外メディアから質問があった。「少し驚いたが、演技を見て納得している」という質問者の言葉に、木原は「僕もそれは驚きました」と同意しつつ、口にしたのは常に持ち続けてきた“成長”への強い意志だった。
「正直特別なことには取り組んでいないのですが、とにかく常にポジティブに『前回の自分たちに勝てるように』ということを、常に2人で心掛けてやってきているので」
NHK杯で銅メダルも――三浦がキスアンドクライで流した涙の理由
2019年8月にペアを結成してから約1年半で迎えた昨季の世界選手権で10位に入り、その急成長ぶりに注目が集まった三浦&木原は、常に昨日の自分たちを超えることを目指して鍛錬を積んできた。
今季のグランプリシリーズでは初戦のスケートアメリカで2位に入り、2戦目のNHK杯は、その結果によってはグランプリファイナルの進出が近づくという状況で迎えていた。前日練習の際、ファイナルへの思いを聞かれた木原は「グランプリファイナルは今狙える位置にいるので、もちろん狙いたい場所ではありますけど」と前置きした上で、次のように語っている。
「まずは、前回の自分たちに勝つことを第一に考えていて。前回の自分たちをしっかり1点でも上回ることができたら、その場所は確実に近づいてくると思うので。まずはその場所を考え過ぎずに、自分たちのやることをしっかりやりたいかなと思っています」
その結果、三浦&木原はNHK杯でも3位に入り、最終的にファイナル進出を果たしている。新型コロナウイルスのオミクロン株による感染拡大のために中止になってしまったものの、ファイナル進出は日本人同士のペアとしては史上初になる。結果や他者に意識を向けるのではなく、自らに集中することで成し遂げた快挙だった。
またNHK杯で印象に残ったのは、フリーを滑り終えた三浦がキスアンドクライで見せていた涙だ。木原に「なんで泣いてるの? メダルだよ」と問い掛けられながらも三浦が泣き続けた理由は、前シーズンの世界選手権でも失敗したソロジャンプ、3回転サルコウの回転が抜け、2回転になってしまったからだ。
「自分自身世界選手権と同じ(要素で)ミスをしてしまって、『成長していないな』とちょっと思ってしまったので、それが涙の原因です」
三浦の視線が、ファイナルに近づく銅メダルという結果よりも、自身が“成長”できているかどうかに向いていたことを示す涙だった。
そのNHK杯で木原は、2人がいつも口にしているテーマについても語っている。
「『一つ一つ楽しもう』ということを、2人のテーマなんですけど……『まず楽しもう』ということをいつも試合前、必ず話していました」
2人が口にし続けた「楽しみたい」の言葉の本当の意味
その後に出場した北京五輪では日本代表として初の入賞という結果を出した三浦&木原は、その約1カ月後の世界選手権でも銀メダルを獲得し、日本代表として最高となる成績を残した。ショートで3位につけ、メダルが狙える位置で臨んだフリーではさすがに緊張がうかがわれ、ジャンプでいくつかのミスがあった。銀メダリストとして臨んだ会見で、三浦は「今日の結果として、あまり納得のいく演技ではなかった」と、フリーの内容には満足していないことを明らかにしている。「来シーズンに向けて、いい流れをつくれるように頑張っていきたい」という三浦の言葉には、すでに先を見ていることが感じられた。
ショート後の会見では、今季を通して2人が口にし続けていた「楽しみたい」という言葉についての質問がされていた。楽しむために必要なことを問われた木原は、2人がペアを組む前から積んできたキャリアについて振り返っている。
「僕たちはお互いになかなか成績を出せない期間があって、その時ものすごく苦労していて。その時に世界選手権やグランプリシリーズに出場させていただいていたんですけども、いつかはこうやってうまい人たちと同じグループで滑りたいなと。後ろのグループで滑りたいなというふうに思っていたので。うまい人と滑れることがとにかく今はうれしいです、僕は」
そう話す木原に、三浦も「私もです」と同調している。
目線を外に向けるのではなく、自分たちの成長に向け続けたからこそ…
ペア結成前には苦しい時期を過ごしていた2人だからこそ、世界のトップに近づく手応えを感じながら競技生活を送っている現在の幸せを感じることができるのだろう。また、だからこそ自分たちに集中し、“成長”を一番の目標として練習を積む毎日を送れるのではないだろうか。
世界選手権を戦い終えた三浦&木原は、日本でアイスショーに出演した後、5月ごろには練習拠点であるカナダに戻り、来シーズンのプログラムを作るという。木原の言葉には、すでに意欲があふれていた。
「また、コーチのブルーノ(・マルコット)やメーガン(・デュハメル)から新しい技を学んでいきたい。新しい技、見たことがないような技をチームでつくっていきたいなと思っています」
結成から約2年半、コロナ禍にも襲われる中で結果を残すまでの過程について、三浦は「言葉にできないつらさもたくさんあった」と吐露している。
「その中で、私たちだけでなくチームメートやコーチと共に見えない壁を乗り越えてきたので。本当にすごくつらかったのですが、チームみんなで乗り越えてきたのが、私たちの成長につながったのかなと思います」
成長することに喜びを感じ、過去の自分を超えることに集中して滑りを磨いてきた三浦&木原は、信頼する仲間に支えられ、さらなる高みを目指していく。
<了>
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