なぜザルツブルクから特別な若手選手が世界へ羽ばたくのか? ハーランドとのプレー比較が可能な育成環境とは

Technology
2024.11.26

近年、サッカーの育成において欧州随一とされているオーストリア。なかでもレッドブル・ザルツブルクの育成アカデミーは最新鋭の施設が完備され、選手育成の名門バルセロナ、アヤックスと並ぶ世界的評価を得ている。では、バイエルンMFライマー、RBライプツィヒMFシュラーガーらをアカデミーで育て上げ、マンチェスター・シティFWハーランド、リバプールMFソボスライらを世界トップレベルへ羽ばたかせた環境とは、いったいどのようなものなのか?

(文=中野吉之伴、写真=アフロ)

なぜザルツブルクから優秀な若手選手が世界に羽ばたくのか?

レッドブルグループが注目を集めている。日本では大宮アルディージャが傘下に入り、またマインツ、ドルトムント、リバープールで監督を歴任し、数多くの記録だけではなく、記憶に残るサッカーを魅せてくれたユルゲン・クロップが2025年1月1日からレッドブルグループのグローバルサッカー部門責任者に就任する。

そんなレッドブルグループの一つであり、選手育成に定評があるレッドブル・ザルツブルクの育成アカデミーの取材のためオーストリアを訪れた。サディオ・マネ、ナビ・ケイタ、コンラート・ライマー、ダヨ・ウパメカノ、ザヴェル・シュラーガー、アーリング・ハーランド、ドミニク・ソボスライ、ベンヤミン・シェスコ、そして南野拓実と数多くの選手がこのクラブを足掛かりに世界的トップクラブへステップアップを果たしている。

世界的音楽家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが生まれ、ミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』の舞台として有名なザルツブルクは人口15万人と決して大きな町ではない。なぜここからそんなにも多くの選手が羽ばたいていくのか。

市内からトラムで15分、停留所を降りて緑豊かな地域を10分ほど歩くとアカデミーセンターが見えてくる。グラウンドではU-21が精力的なトレーニングに汗を流していた。インテンシティがとにかく高い。足を止めずに攻守に激しい競り合いが連続で行われている。激しいだけではない。時間的、空間的プレッシャーがかかる中でより最適な判断をするためのアプローチを指導者が徹底している。 トレーニング後に一人の日本人指導者が筆者のほうに駆け寄ってきてくれた。宮沢悠生。ザルツブルクでU-15、U-18コーチ・監督を歴任し、今季はU-21でコーチを務めている。「今日はいい練習ができました」と充実した笑顔を浮かべる宮沢の案内で、育成施設を一緒に見学させてもらった。

「ハイテクトレーニング場」など充実した施設を完備

敷地にはサッカーグラウンドが6面。加えて室内にもフルピッチサイズが取れるサッカーコートがある。その隣にはアイスホッケーコートが2面あり、アカデミーの子どもたちが自由に使える多目的室内場やフィットネスルームがある。どこも十分な広さがあり、屋内に5mの初速に加えて、10mごとにのスピードを計測するシステムも設置されている。1カ月に1回、アスレチックトレーニングの一環で数値を図っているという。

フィットネスルームではビデオですべての動作が確認され、プログラミングされている。選手はタブレットで取り組むべきメニューを選び、監督やコーチからのフィードバックもすぐに目にできる。選手のデータはそれぞれが保有するチップで登録され、すべてが管轄される。

それにしてもどこもかしこもキレイで充実した施設が並ぶ。さらに宮沢が「ここは面白いですよ」と言って通されたのは人工芝が引かれた小さなコート。直径10m小さな円形のピッチの周りに360度のモニターがあり、天井からハイスピードカメラがボールと選手を追跡・測定し、2階からはピッチでの動きが確認できる。パッと見は何かの実験室のように感じる。

ここは「SoccerBot360(サッカーボット360)」という最新の認知トレーニング施設だ。6つのプロジェクターからモニターにさまざまな映像が写し出され、選手個々に課題に応じたトレーニングを行う。例えばいくつかのミニゴールが映し出され、選手はボールを受けると瞬時に指定されたゴールにボールを決めなければならない。

選手の動きは高性能ハイスピードカメラで撮影され、分析されていく。選手がどれだけ素早く正確に鋭いパスを放っていたのか、どのくらいの頻度で苦手としている足でプレーしていたのか、どのくらいトラップからパスまでの流れをスムーズに行っていたのか。360度の視野の確保、予測、プレー判断・実行のあらゆるデータが収集される。

ハーランドや南野のプレーと比較が可能?

「選手はより素早く目と頭を働かせ、より早く情報を処理し、どのように視野を適切に確保するかをトレーニングしなければなりません」

ゲーム分析・イノベーションプロジェクト主任のアレクサンダー・シュマルホーファーがレッドブルのホームページでそんなコメントを残していた。こうしたトレーニングは選手が必要なテクニックを身につけているかの大事な指針にもなる。

宮沢はサッカーボット360の効果についてこのように語る。

「テクニックの数値化は難しいですが、認知すべきものが映し出されたところから、選手が状況を瞬時に把握して、どこから来るボールをどこでどのように受けてパスをするのかがここでは測られるということになるわけです。つまりボールを受ける前のポジショニングと体の向き、ボールをコントロールするスキル、スムーズにパスへと移行するスキルすべてを総じて一つのテクニックというところで解釈することができるわけです」

データはすべてストックされていく。そしてここにはかつてザルツブルクにいた選手のデータもすべてそろっている。ということは、だ。ハーランド、ソボスライ、そしてもちろん南野のものがそこにはある。

今の自分とそうしたトップレベルの選手との差を間近に感じることができるという点でも、選手にとって非常にありがたい物差しだといえるだろう。さらに実際のシーンを映像で再現してディスカッションできるようにまで進化しているという。こうして出てきたデータをピッチにおけるプレーと比較をすることで、相互性や適応性を考慮することにもつながる。宮沢は続ける。

「選手の中には感覚でプレーする選手がいて、彼らの感覚的な部分を戦術ボード上だけで解決、修正しようとするとうまくいかないこともあると思います」

練習頻度はどうだろう? ザルツブルクでは…

ザルツブルク育成アカデミーのトレーニングを観察すると、コートのサイズ感や人数バランス、最初の立ち位置、ボールの位置、ボールアウト時のルールなど、とにかく選手がムダな時間をなくして、選手のオンタイムプレー時間をどのように捻出するかにものすごく注力しているのが見てとれた。非常に丁寧にデザインされている。

見学したトレーニング最後のゲームでは「オンタイムプレー4分×2」というルールだった。ボールアウト時やGKがボールを持ってパスの出しどころを探している時間はカウントされない。実際にプレーしているオンタイムの時間でサッカーを考えている。ボールを拾いに行ったりする時間がないようにあらかじめ準備されているから、切り替えが早い。足も頭も心も止まらない。トレーニングはやったつもりになっては、身につくはずのものが身につかない。

練習頻度はどうだろう? ザルツブルクでは例えばU-14で週に4回、U-16以上で週に4回+午前に2コマのチームトレーニングが行われる。基本1回90分。毎回のように高いインテンシティでのトレーニングがプランされているので、それ以上のチームトレーニングは負荷にしかならないというのが根本にある考えだ。それに子どもたちはみんな学校もある。日常生活もあるのだ。それをないがしろにするわけにはいかない。サッカー漬けにしないことも大切なテーマだ。

個々の選手にあったアプローチを綿密に考えることはやはり欠かせない。チームトレーニングとは別に、個別トレーニングの時間をうまくとらなければならないのだから、コーチングスタッフによるスケジュールマネジメントが肝になるし、やりすぎにならないように、やらなすぎにならないように、その調整がとにかく大変だ。 「選手が一人の人間として成長し、パーソナリティを磨いていくためのサポートが必要だと思っています。そのあたりの配慮がオフィスの設計や空間の使い方に表れています」(宮沢)

次世代の有望選手が育まれる環境とは

アカデミーオフィスの建物は2階と3階部分が寮になっているが、監督・コーチは基本的に上の階には行かないという。四六時中指導者と顔を合わせるのは、育成選手にとって負担でストレスになるからだ。寮長と教育係が常勤し、サポートをしている。

プライベート空間の大切さをクラブとして大事にしているので、建物内では空間が大きくとられ、材質に木が多く使われ、無機質感を可能な限りなくし、自然を感じられる設計。観葉植物もたくさん置かれている。多目的室内場ではサッカーだけではなく、バスケットボールやほかのスポーツなど自由に遊ぶこともできる。

育成とは何もかも計算通りに結果をもたらせるものではない。どんな選手がどんな成長を遂げるのかには不特定多数の要素がある。小さいころに優れた才能を見せていたからといって、それが必ずしも輝ける未来を保証してくれたりはしない。どれだけ周りが必死になっても、本人に熱い向上心とブレない芯がなければどこかでその歩みはゆがむ。

だからこそ、指導者や周りのスタッフは彼らが人として、選手として確かな成長へ導くための環境づくりとして、サッカーにおける自己分析の仕方、日常生活との向き合い方、うまくいかないときのメンタルコントロールなどの意識の持ち方などを学べるようにすることが大切なのだろう。

この日、見学させてもらったザルツブルクのU-21トレーニングはとても熱く、ボディコンタクトのたびに激しい音が響いてくるほど。ミニゲームでは誰もが本気で勝ちを目指して戦い、勝ったチームはまるで大事な試合で勝利したかのように喜んでいた。トレーニング後の選手には充実感がみなぎっているのを肌で感じることができた。こうした日々の中で、次世代の選手がまた育まれてくるのだ。

<了>

海外での成功はそんなに甘くない。岡崎慎司がプロ目指す若者達に伝える処世術「トップレベルとの距離がわかってない」

9歳で“飛び級”バルサ下部組織へ。久保建英、中井卓大に続く「神童」西山芯太の人間的魅力とは

福田師王、高卒即ドイツ挑戦の現在地。「相手に触られないポジションで頭を使って攻略できたら」

欧州挑戦10年目、南野拓実は“30歳の壁”にどう挑む? 森保ジャパンで再び存在感高まる節目の決意

鎌田大地の新たな挑戦と現在地。クリスタル・パレスでは異質の存在「僕みたいな選手がいなかった」

この記事をシェア

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事