
専門家が語る「サッカーZ世代の育成方法」。育成の雄フライブルクが実践する若い世代への独自のアプローチ
時代の変化にあわせてサッカーの指導方法にも変化が求められる。なかでも1990年代半ばから2010年代前半に生まれたZ世代と呼ばれる若者たちは「なぜそれをするのか?」の理由を求める傾向が強いという。近年はアカデミー出身選手の活躍でドイツ・ブンデスリーガでも上位を目指す強豪クラブであり、かねてより育成に定評のあるSCフライブルクでは若い世代の選手たちとどのように向き合っているのだろうか。
(文=中野吉之伴、写真=ロイター/アフロ)
常に変化する若い世代へのアプローチ
「Z世代のトリセツ」に関する記事や書籍がにぎわっている。Z世代とは一般的に1996年以降に生まれ、現在20代半ばまでの若者を指す。米国のマーケティング用語から生まれ、世界共通の世代を表す言葉として広まっている。
世代ごとに特徴を整理して、その対策を考えようというのはいつの時代にもある。とはいえそれが“絶対の攻略法”となりうるのかどうか。サッカー先進国ドイツの現場では具体的にどのように世代ごとの違いと向き合っているのだろう? 育成力においてヨーロッパで非常に高い評価を受けるSCフライブルクで12年間育成ダイレクターとして育成アカデミーを支えているアンドレアス・シュタイエルトに話を伺った。
「ドイツにおける若い世代は、自分たちの行動の理由をもっと知りたいと思っていると感じます。『なぜそれをするのか』という背景を、10年前の子どもたちと比べて理解したい傾向がある。それこそ以前は監督が何かを言えばすぐ実行する子どもたちが多かったと思いますが、今の世代は理由を知ることなく動機を持つのが難しいようです。なのでこちらからのアプローチに関しても少しずつ変わってきているのは間違いないですね」
納得してから動き出そうとする世代的特徴がある一方で、社会的に指摘されている問題もある。日本やドイツだけではなく世界的に子どもたちが置かれている社会環境は変わり、子どもたちだけで遊んだり、何かを決めたりする機会が減ってきているのは周知の事実だ。シュタイエルトも「サッカー選手としても、その前に一人の人間としても、自分で決断する経験の大切さを学ぶ機会が重要」と指摘している。子どもたちは理由を知りしたがるけど、子どもたち自身が自分で決断する経験の創出が彼らの成長に大切という両側面があるのは興味深いところだ。
そんなこちらの疑問に対して「実はこうした世代的な特徴と子どもたちが取り組むべきことはつながっているんです」とシュタイエルトは笑顔で話す。 「つまり子どもたちが、自由な遊びをすることが彼らの向上・成長につながるんだと気づき理解することができたら、彼らは自由に遊ぶことが好きになる。サッカーでも生活の中でも、特定の状況で自分の行動を自分で決断することが重要なのだと理解したら、そこに高い自己モチベーションが生まれます」
権威的に厳しさを前面に出す昔からのタイプは…
これはとても大事な解釈ではないだろうか。子どもたちが「なぜ?」を知りたがるから答えや理由を説明するのではなく、「なぜ?」に対して自分で考えて、自分で決断して、自分でアプローチして、そこで生じることに向き合うのが自分の成長につながるという実感を積み重ねることで、普段からの「なぜ?」との向き合い方に変化が生まれてくる。
だがそれは社会的にも「自由に遊ぶ」「自分で決める」「自分で取り組む」ことの楽しさに気づける環境が少なくなっていることでもあると、シュタイエルトも警鐘を鳴らしている。
「学校における教師のアプローチも20年前と比べて変わってきています。グループ作業や自主学習がより重視され、より自分のペースで進められるようになってきてはいます。ただ日常的に自分で決断する機会がたくさんある子どももいれば、それを制限されている子どももいるわけです。学校もいろいろです。社会的にと一言に言っても異なる理由があるんです。それに子どもたちには子どもたちの世代があるように、親にも親の世代があります。子どもへの理解を示し、自分で意見を持ち、自らの判断が必要だという親はそちらへの取り組みを深めていきますし、逆に権威的に厳しさを前面に出す昔からのタイプはますます権威的になっているという両極端さを感じています」
親としてクラブとしてどのような環境を作るべきか
子どもの成長に最適な環境を考えるうえで、両親の存在はとても大きい。どれだけチームで子どもたちにその大切さを強調しても、家に帰って両親がまったく違うアプローチをしていたら難しい。それだけにクラブとして選手獲得を考えるときには家庭環境や両親の価値観を重要視するクラブも少なくない。フライブルクと同じく育成クラブとして有名なマインツ育成アカデミーで教育担当チーフであるヨナス・シュースターがこんな話をしてくれたことがあった。
「興味深い選手がいたときに個人的に知り合う機会を持つわけですが、両親も一緒に来てもらいます。学校やスタジアム、練習場や寮施設などを紹介しながら、両親についての詳細を知るためにたくさんの話をします。子どもや両親が示す反応をつぶさに観察しておきます。どの話の時にどんな反応をするのか。どんな質問をしてくるのか。ものすごいスピードがあって、技術レベルも相当に高い選手だったとしても、スタッフとのやり取りでこちらの目を見ない、何を聞いても『はい、はい』としか答えない選手だと獲得に動くのは難しいです。自分のことを自分でやれるように成熟しているとは言えない」
世代のギャップでいえば指導者はどうだろう? フライブルクの育成アカデミーには若い指導者もいれば、40〜50代の指導者も在籍している。異なる価値観で衝突が生じたりはしないのだろうか? シュタイエルトはこのように話す。
「指導者でも世代間の違いはあります。ただ常に年齢だけの問題ではありません。それぞれの性格やタイプにもよりますから。あと時代ごとに彼らが受けた指導者育成も違うわけです。つまり彼らの指導者としてのスタイルはその時々の指導者ライセンス講習会のあり方や正解としていたやり方とも関わりがあります。変化はそこで生まれます。
時代における変化といえば、若いころから指導者としての道を歩み始めるケースが増えています。25歳で既に7年のコーチ経験を持つ人も普通にいるのです。以前はこのようなことはあまり見られませんでした。クラブとして私たちが常に考えているのは、最適な指導者チームを作ろうということです。それぞれに異なる特徴と強みがあるのだから、それぞれ異なる分野の指導者同士の組み合わせを考えます。例えば元プロサッカー選手や4、5部と高いレベルのアマチュアでプレー歴を持つ指導者がいます。そして、若いうちから始めた指導者がいて、指導者ライセンスも上まできている指導者がいます。あるいはスポーツ科学や教育学を学んだ大学卒業歴を持つ指導者がいます。それぞれの指導者チームがさまざまなバックグラウンドを持っていることで、選手に対して異なるアプローチができ、選手がより良いサポートを受けられると信じています。
どのバックボーンを持った指導者が一番いいというのはないんです。すべての要素をうまく組み合わせることが、最終的に選手にとっても、指導者にとっても最も良い結果をもたらすと信じています」
SCフライブルクではU-12からU-23まで可能な限りすべての年代別チームでこうした組み合わせが持てるようにしているという。
「プレーヤーズファースト」とは、子どもの成長を中心に据えた考え方だ。時代や社会の変遷とともにそこに関わる人の持つ特徴も変わってくる。親が変わり、指導者が変わり、先生が変わってきている中で、クラブとしてどのようなアプローチをして、どのような環境を作るのかが求められている。世間のスピード感に取り残されることなく、先を見据えた一手を打てるのかどうか。それができなければ、子どもたちの将来に灯りをともすことはとても難しいという自覚を、われわれは持ち続けなければならないのだろう。表面をなぞっただけの「トリセツ」はいらない。
【連載前編】「ドイツ最高峰の育成クラブ」が評価され続ける3つの理由。フライブルクの時代に即した取り組みの成果
【連載後編】育成年代で飛び級したら神童というわけではない。ドイツサッカー界の専門家が語る「飛び級のメリットとデメリット」
<了>
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