
「育成で稼ぎたいのか?」ビッグクラブが陥る子供を潰す悪因 育成の最先端フライブルクに学ぶ“成長の哲学”
昨季ブンデスリーガを6位で終える大躍進を遂げたフライブルク。ドイツ屈指の育成クラブとして長年高く評価され、その育成哲学、そしてそれをトップチーム強化につなげる手法はもはや熟成の域にある。「成長とは何か?」。育成アカデミーのスポーツ部長マルティン・シュバルツァー、そしてトップチーム監督を11年間務めるクリスティアン・シュトライヒの言葉に耳を傾け、その揺るぎなき成長の哲学をひも解く。
(文=中野吉之伴、写真=Getty Images)
ドイツサッカー界で起こった育成革命。フライブルクが受けた打撃
2000年代、ドイツサッカー界では育成革命が起こっていた。
FIFAワールドカップ、UEFAユーロで優勝候補の常連だったはずの代表チームが、ユーロ2000ではグループリーグで敗退。それ以上に、1990年代から少しずつ試合で決定的な仕事ができる優れた選手がなかなか育まれてこないという深刻な問題をなんとかしようと、ドイツサッカー連盟は動きに動いた。
366カ所の整理されたトレセン(ドイツでの名称はシュツットプンクト)、学校とクラブの密な連携、指導者育成の改革、そして各ブンデスリーガクラブには規定にのっとった育成アカデミーが設立された。
ドイツ全土のサッカー環境を根本的なところから改善することで、才能豊かな選手が取りこぼされることなくサポートを受けられる体制をつくり上げていく。さらに2007年、育成アカデミーの取り組みを外部から厳しく査定されるようにと、現在は日本のJリーグでも導入されているダブルパス社のアカデミー評価システムが各クラブの活動を詳細にチェック。修正箇所をあぶりだし、各クラブのスタンダードレベル向上を意識づけていった。
その結果、ブンデスリーガの育成アカデミーはどこも、育成に関する明確なノウハウが広がり、ドイツクラブにおける育成スタンダードレベルは大幅にアップ。ただ、どのクラブもこれを歓迎したわけではない。特にフライブルクはフォルカー・フィンケのもと育成クラブとしていち早く動き出し、自分たちでコツコツと築き上げてきたものがあるのに、それに近いものが“ドイツのために”という名目で各クラブに広められてしまったのだから。憤りを感じないわけではなかった。
経済的に大きな基盤があるわけではないフライブルクにとって育成は生命線。その育成が自分たちだけの専売特許ではなくなることは大きな打撃だ。それでも、フライブルクは沈まなかった。あれから15年がたったが、フライブルクの育成に関する評価はドイツトップレベルを走り続け、それどころかさらに熟成を深めている。その秘訣はどこにあるのだろうか。
「なぜ、どのように取り組むのか?」成長すべきは選手だけではない
2022年5月にフライブルクで行われた国際コーチ会議ではフライブルクの育成アカデミーのスポーツ部長マルティン・シュバルツァーが次のようにポイントを挙げていた。
「なぜ、どのように > なにを」
多くのクラブでは「なにを」ばかりに目を向けてしまう。やるべきことは調べればわかってくる。チェックを受けたら課題は浮かび上がってくる。しかし、そこはあくまでもスタートでしかない。
「なぜ、どのように取り組むのか?」
この概念を正しく理解できる人が現場だけではなく、上層部にも欠かせない。フライブルクでは前述のシュバルツァーが「指導者の指導者」の立場として、育成指導者に気づきを促す役割を担っている。
成長すべきは選手だけではない。指導者もだ。いや指導者こそがだ。
「どうすべきかを理解すること > 何をすべきかを知ること」
「自分で説明すること > ただすること」
シュバルツァーは強調する。
「成長とは何か? 毛糸玉を乱暴に引っ張り出したかのように、さまざまな情報が頭の中でこんがらがっていたままでは力は発揮されない。引っかかってほどけなくなってしまうこともある。糸(意図)を整理して、やるべきことを明確にしていかなければならない」
例えばJクラブだけではなく、町クラブや少年団でも、ホームページにはチームコンセプトや哲学が紹介されていたりする。それを誰がどこまでどのように理解しているだろう? 本当に指導者は同じ方向を向いて進んでいるのだろうか?
フライブルクでは「33のプレー原則」が整理されており、それぞれの原則ごとにウォーミングアップ、メイントレーニング1、メイントレーニング2、ゲーム形式のトレーニングが共有されている。そこにはオーガナイズからコーチングポイント、コミュニケーションの注意点などが明記されており、育成指導者はそれをベースにトレーニングを構築し、進行していく。そしてシュバルツァーは定期的に各年代のトレーニングや試合をつぶさに観察しながら、フィードバックをぶつけ、新しい刺激やきっかけをもたらす。
子どもたちをつぶす悪因「あいつのほうが…」
選手へのアプローチはどうだろう。どれだけ将来有望とされる選手でも、サッカーセンスだけでプロ入りが約束されるのだろうか? シュバルツァーは「ノー」と明言する。
「階段をじっくり上っていくことが大切だ。選手はそれぞれの段階で確かな安定感を身につけてから次の段階へ行くように導いている。やるべきことはたくさんあるのだ。無理に一段飛ばしにする必要はないと考えている。保護者も代理人も理解して一緒に歩むことが重要になる。知るのではなく理解する。例えば資質的にはU-19でプレーできるU-17選手がいたとする。そういう選手について『なぜU-19でやらせてもらえないんだ?』ではなく、具体的にいま取り組むべき点を明確に把握し、トレーニングや試合で改善すべき箇所、さらに発展させるべき箇所を理解し、U-17でのプレーに集中して望むことが、長期的な視点で見たときに成長につながると理解し合うことが大切なんだ」
育成年代にもお金を出そうとするクラブが欧州には多い。ビッグクラブの名前をバックに選手や両親に迫るクラブはドイツにもある。
国際コーチ会議では「選手や両親、代理人が他クラブとの条件を盾に交渉してきたらどうしますか?」という質問があったが、シュバルツァーは鋭く答えてみせた。
「それはわれわれにとって間違った選手だ。育成で稼ぎたいのか? それならうちではない。われわれは選手を成長へと導く育成クラブだ。そのためにできることを提示し、ともに歩く。将来へ向けて成長したいのか、今お金が欲しいのか。それは明確に分けて考える必要がある」
フライブルクでは育成選手との契約条件は一律だという。何十万、何百万円なんて契約はない。みんな普通の中学生、高校生が家でもらえるおこづかい程度の額。どれだけ将来性を高く評価されている選手でも、今はまだそこまでではない選手でも同じ条件だ。シュバルツァーは付け加える。
「そうした情報はすぐに伝搬する。『あいつのほうが俺より金をもらっている』なんてことが頭の中をうごめかせる。若手選手にそんなことを考えさせるようなことをするなんて考えられない。子どもたちをつぶす悪因でしかない」
会場からは大きな拍手が起こっていた。
クリスティアン・シュトライヒ監督の存在
フライブルクは選手が育まれる環境を何より大切にしている。それはトップチームにおいてもそうだ。11年間フライブルクで監督を続けているクリスティアン・シュトライヒの存在は大きい。抱えている選手すべてに対して、それぞれがどのように取り組めば成長できるのか常に向き合う。みんながみんな十分な出場機会を得られるわけではない。どれだけ練習でアピールしても、週末にはスタジアムから観戦することだってある。でも「それがプロの世界だ」という言葉だけで済ませてしまったら、選手の心はどうなる?
フライブルクでは出場機会の少ない選手でも確かに成長していることを示せるようにさまざまなアプローチをしている。映像分析や数多くのデータを見ながら選手とコーチ陣が現在位置を把握し、次のステップに必要なことを明確にすることで、選手も納得したうえでトレーニングに向き合うことができる。
そうした点で、U-23チームが3部リーグに所属しているという価値は非常に重要だ。現在ブンデスリーガのセカンドチームが3部でプレーしているのはフライブルク以外ドルトムントだけ。U-23がれっきとしたプロリーグでしのぎを削ることができる経験は間違いなくプラスに働く。
世界的な潮流を見ると、将来有望な選手をかなり早い段階で獲得し、レンタル移籍を繰り返させて成長を待つというやり方をするビッククラブも少なくない。そのチャンスを生かしてブレイクスルーを果たした選手だって確かに存在する。だがシュトライヒはその点に言及する。
「ポジティブな例は取り上げるが、うまくいかなかった他の選手たちのことはジャーナリストは報じない。表舞台から消えてしまった選手はどこへ行ってしまったのか。うちでは選手を保持するようにしている。他のクラブでは思うような結果が出せなかった場合は早くて1、2年、長くても3年もしたらクラブを去ることが多いが、フライブルクは平均すると4年以上プレーしている選手が多い。(2017年にレアル・マドリード・カスティージャから加入した)フィリップ・ラインハートはそうした中で成長した。移籍当初は多少ひ弱なところがあったが、今や押しも押されもせぬ中心選手だ。私は心にモヤモヤを抱えているなら、ダイレクトに話をしようと思っている。レンタル移籍が合う選手もいる。正直に話をすることが大事だ。確信を持ってアドバイスを伝え、選手自身を納得させることが大切だ。ケガや不調といった難しい状況でも長期的に成長を見守らければならないのだ」
育成クラブとしての価値を高め続けているブンデスリーガの強豪
フライブルクは育成アカデミー出身のスタッフがトップチームに多いのも特徴だ。シュトライヒのほかアシスタントコーチやフィットネスコーチなどほとんどがかつては育成アカデミーで活動。信頼できるスタッフが結び付きあい、育成アカデミーとトップチームが同じ哲学、コンセプトで進んでいるのだ。シュトライヒはこう話す。
「指導者にとっていつも新しいインプットが必要なのは間違いない。ただ継続的に新しい指導者がくるのは危険だ。例えばアシスタントコーチのラルス・フォスラーがプロコーチ指導者ライセンスに参加することができたが、そこで学んださまざまな情報をもたらしてくれる。100%信頼している人からの情報ほど大切なことはない。育成からもインプットをもらう。トップでプレーする多くの選手は長くここにいる。みんなが同じイメージの中で暮らして、サッカーができている。信頼できる人物を失うのは、一番の損失だ」
「なぜ、どのようにやるのか」という命題に対して、明確なビジョンとコンセプトでクラブ全体が動いている。10年前だったら好成績を上げた翌シーズンは主力選手が他クラブにどんどん引き抜かれるのが日常だったが、今やフライブルクでプレーを望む選手が急増。今季もドイツ代表DFニコ・シュロッターベックがドルトムントに移籍した以外、主力は全員残留し、元イタリア代表MFビンツェンツォ・グリフォは契約延長にサイン。新たに日本代表MF堂安律も獲得。経営基盤も大きくなり、いまやドイツの片田舎にある小さなブンデスクラブではない。だがそれでも謙虚さを忘れずに、等身大の自分たちでいようという姿勢は崩さない。
フィンケとともに1部昇格を果たした時から約30年。フライブルクはブレることなく育成クラブとしての価値を高め続けている。
<了>
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