コツは「缶を潰して、鉄板アチッ」稀代の陸上コーチ横田真人が伝える“速く走る方法”と“走る楽しさ”

Training
2025.05.23

今年も春の運動会シーズンが訪れた。「速く走る方法」をユーチューブで検索する子どもたちが増える時期でもあるだろう。そんななか、ただ速く走れるようになるだけではなく「日本一カッコよくキレイに速く走れるかけっこ教室」がある。新谷仁美、卜部蘭らを育てたことで名高い横田真人コーチが代表を務める陸上クラブ「TWOLAPS ACADEMY」だ。「走るのが楽しいと思える人を、シンプルに増やしたい」と語る彼に、速く、楽しく走るコツを聞いた。

(文=守本和宏、写真提供=TWOLAPS ACADEMY)

非効率さに、人が育っていく本質がある

さらっと、すごいことが書いてあった。陸上クラブ「TWOLAPS ACADEMY(ツーラップス・アカデミー)」、伊原達哉コーチのInstagram投稿だ。

「コーチに就任してから約2年半経ちました~中略~動画の編集は素人でなかなか難しい作業でしたが、約5千本にもなるであろう編集量で慣れてきました」
2年半で5000本の動画?と思ったが、どうやらマジらしい。さらにアカデミー全体だと、動画の数は約1万本にのぼるという。

中長距離(800m~マラソン)専門の陸上競技クラブ「TWOLAPS TC(ツーラップス・トラッククラブ)」。新谷仁美、卜部蘭などオリンピック選手を育成し、各実業団に日本代表クラスの選手を複数送り出すチームは、2021年に幼児・小学生を対象とした「TWOLAPS KIDS」を創設。その後「JUNIOR(中高校生)」、その上に「育成選手」カテゴリーを追加。2024年から「TWOLAPS ACADEMY」の名称で、下部組織を運営している。今では在籍者も約240名まで増えた。

“GAMECHANGER(ゲームチェンジャー)”をスローガンとするツーラップス代表の横田真人コーチは、陸上界の常識をあれこれ変えてきた人物だ。自身は現役時代800mの選手として日本人選手として44年ぶりのオリンピック出場を果たし、人生をゆだねられるコーチを求め渡米。並行して米国公認会計士の資格を取得し、2016年の引退後はコーチ&経営の道へ。「陸上競技に金銭的な価値を持たせて持続させる」をテーマに、格闘イベント「ブレイキングダウン」のオマージュで陸上大会参加者を紹介したり、ちょうちんを選手名入りで売ったり、「僕たちは異物(笑)」と言うほどオリジナルな道を進んでいる。

そんな彼が代表を務めツーラップスのキッズ陸上スクールだ。当然、指導方針はトップ選手育成とまったく違うが、守るべき理念は共通している。それは、「選手・子ども、一人ひとりきちんと向きあう」こと。

「うちのコーチは毎回全生徒の動画を撮って、『ここをこう直しましょう』みたいなのを送るんですよ。やれと言ったわけじゃなく、自分たちで考えて『そうしたい』ってなった。それは根底にあるフィロソフィーみたいなもの。普通に考えたら、めっちゃ非効率ですよね。『それやったら地獄やで』って思いつつ、やってくれてる。それは、ツーラップスの選手育成も同じ。効率的にやるなら、みんなに同じメニューをやらせてふるい落としていけば、もっとラクかもしれない。でも、それぞれにメニューを出して、スケジュールも変える。その非効率さがコーチングであったり、人が育っていく本質だと思っているので、その意味ではキッズもトップ選手も一緒だと思ってます」

その1万本の動画、一つひとつに意味と情熱がある。それこそ、ツーラップスが生む価値なのだと感じたのだ。

人は“体の操作を仕方”を、習っていない

当然、一流選手への指導と子どもへの教え方は全然違う。

「ツーラップスとして、幼少期には幼少期に必要なトレーニングとコーチングがあると考えています。キッズスクールは、それを伝えていく場として始めたのもある」と横田コーチは語る。

その“幼少期に必要なトレーニング”とは、どんなことか。

「小学生なので、きちんと自分の体を操作する、扱えるようにする、が基本コンセプトですね。『走り方』とかじゃなく、いろんな動きを通して『走る能力』や自分の体の操作性を上げていく。それが狙いです」

確かにHPには、「日本一カッコよくキレイに速く走れるかけっこ教室」がコンセプトと書かれている。そのためにラダーもミニハードルもやるし、道具を使う中でも操作性が違うものを含めて、いろいろな動きを試す。 それは、意外にもみんなが習っていない“体の動かし方”の勉強だ。

「走るって、地面に片足がついている時もあるけど、両足が離れる瞬間もある。つまり、両方とも足がついてない、空中動作になるんです。体が地面についていない中で自分の体を操作するのって、結構難しい動作なんですよ。でも、それを人は習っていない。フォームを直したり、ラダーなど使ったコーディネーショントレーニングを通して、自分の体を操作する能力を培っていく。そんなことを大事にしていますね」

速く走るコツ。それは「空き缶グシャッ+鉄板アチッ」

実際に、世は運動会シーズン。稀代の陸上コーチ、横田真人に速く走るコツとは何か、聞いた。

「僕らがよく言うのは、ドタドタ走っちゃう子がいるじゃないですか。それは大げさに表現すると、例えば地面があるとして、足の裏をベタっとついて、グッと押して蹴っている。でも、走る動作は、基本的に地面を蹴って走るわけじゃない。歩く時は地面を押して蹴るけど、走る時は地面に力を加えて、その返ってきた反力、地面からの力で走るんです」

「それが、いわゆる“反発をもらう”ですね。例えば、ボールが地面に叩きつけられて跳ねる。それと基本的に一緒。地面に強い力を伝えて、パーンって跳ね返る。この時にボールは、自分から力を伝えにいかない。地面に決まった速度でぶつかりに行って、ただ跳ねるだけ。地面に接地した瞬間に、止まって力を入れるわけじゃない」

「ボールにはあたり前ですけど、人はそう思ってません。地面に接地した段階で蹴っても、もう遅い。そんなことを意識させていますね」

「だから、よく子どもに教えるんです。地面が“熱い鉄板”だと思って走ろうって。それプラス、空き缶を上からグシャッと潰す感覚を持つ。そうすると、『ドタドタドタ』が『タッタッタ』になるんです」

よく言う「足の遅い子ども」がいるが、実はそうじゃない。つまり、「速く走る方法を知らない」だけなのだ。

「そうしたら、今度は反発をより多くもらうためにどうしたらいいのか。体がすごく倒れていたら正しく反発ってもらえるかな。体幹が横にブレていたら、力ってどう返ってくるだろう。何パーセント返るかな。じゃあ、良い姿勢で立つのは大事だよね。ちょっと後ろか、前か。こういう感じならいけそうだね、って教えています。これはトップ選手も一緒。教え方とか伝え方は違いますけど、考え方は一緒です」

走ることを楽しむ子どもを増やしたい

多くの子どもたちを指導するツーラップス・アカデミー。その根底にあるのはグラスルーツ(草の根)から陸上競技を楽しむ人々を増やしたい、という理念だ。

「そんなガチガチにはさせないし、走ることを楽しんでくれる子を増やしたい。そんな思いはやっぱりありますね」

横田コーチが目指すのは、大人も子どもも、年齢に関係なく陸上を楽しめる世界である。

「なんか、大人になったら走るのってイヤになるじゃないですか。でも、子どもの時はみんな走るのが好きなのに、あるタイミングから好きじゃなくなったりする。そういう子を減らしたい。走るのが楽しいと思える人を、シンプルに増やしたいのはありますね」

「大人だって楽しく走るためには、シンプルで超イージーな目標を立てればいい。人って目標を達成したり、決めたことをきちんとできたら気持ちいい。30分できたら、次は40分。それができたら50分と、ジャンプアップしていく。でも、最初から60分走るのはつらいし、時間確保も大変。だからイヤになる」

「でも、1日3kmでもいいんですよ。それで走っていると、いいことがたくさんある。よく寝れるでしょ。肩こりもしない。現代人が抱える大抵の悩みは、走ることで解決できる。30分動かないと有酸素運動にならないとか、謎の理論もありますけど、2 kmや1 kmでいい。ちょっと頑張って走ったら家にも早く着いて運動になって、帰ったらすぐシャワー浴びて時短になる。もう、悩み事すべて解決(笑)。そんな、ツーラップス健康法とかできたら面白いですよね」

あなたもこの原稿を読んだら、今日の帰り道、駅から50mでもいい。速く走る方法を、試してみるといいだろう。その結果を、例えば、週末に運動会を控える子どもに話してみるのも良さそうだ。そこから何か、違う世界が広がるかもしれない。その変化をこそ、横田コーチはじめツーラップスの人々は、きっと待ち望んでいる。

<了>

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