ドミニカ共和国の意外な野球の育成環境。多くのメジャーリーガーを輩出する背景と理由
いまなお旧態依然とした体制のままだというイメージも根強い日本野球界の育成環境にも少しずつ変化が起こっている。そんな中、育成年代にリーグ戦を定着させ、さらなる変化を起こそうと精力的に活動している人物が阪長友仁氏だ。2015年に阪長氏が創設したリーグ戦「Liga Agresiva(リーガ・アグレシーバ)」は、現在、全国各地で160校以上が参加している。そこで本稿では阪長氏の著書『育成思考 ―野球がもっと好きになる環境づくりと指導マインド―』の抜粋を通して、数多くのメジャーリーガーを輩出するドミニカ共和国の地で阪長氏自らが体感した育成環境と指導法を参考に、日本の野球育成年代に求められている環境づくりについて考える。今回は、ドミニカの育成環境のリアルについて。
(文=阪長友仁、写真=ロイター/アフロ)
“絶対に欠けてはいけない”メジャーリーガーに不可欠なもの
ドミニカ共和国では少年たちの大多数が野球をして遊び、将来メジャーリーガーになることに憧れています。子どもの頃から好きだった野球でうまくなり、夢の舞台に立てるようになるためには、どんなことが重要になるでしょうか。
私自身、アントニオ・バウティスタにこう言われたことがあります。バウティスタは、ドミニカのロサンゼルス・ドジャースのアカデミーで20年以上のコーチ歴を誇り、ドミニカ出身選手として初めて3000安打を記録したエイドリアン・ベルトレや2013年WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)優勝メンバーであるカルロス・サンタナら数々のメジャーリーガーを育ててきた人物です。
「MLBで活躍していこうと思ったら、体力、技術、スピード、メンタルなど、いろんなことが必要だ。でも、“絶対にこれだけは欠けてはいけない”というものがある」
野球で理想とされるのは5ツールプレーヤーで、打撃のミート力と長打力、走力、守備力、送球力を備えた選手のことです。二刀流の大谷翔平選手は投手力もあるので“6ツールプレーヤー”と言えるかもしれませんが、実際に5つの能力をすべて備えた選手は極めて稀です。
例えば走力は普通でも、長打力やミート力に優れた選手もいます。長打力はないものの、ミート力と走力の高い選手が活躍しているケースもある。まずは野手としての活躍を目指す中南米諸国では、走力が低い、ミート力や長打力が足りない、守備の能力が今ひとつとなれば野手をあきらめ、投手として生き残りをかけて転向するケースも多いです。捕手から投手に転向したケンリー・ジャンセンや、ショートからピッチャーになってメジャーリーグで13年間プレーしたペドロ・ストロップなどがいます。
では、どんなに優れた能力を備えていたとしても、メジャーリーガーとして活躍するために〝絶対にこれだけは欠けてはいけない〟ものとはなんでしょうか。私が答えに窮していると、バウティスタは言いました。
「その選手自身が野球という競技を心の底から好きか、どうかだ」 高いレベルに行けば行くほど、選手は壁にぶち当たるものです。そのとき、なんとか乗り越えようと頑張る原動力になるのが、「自分は野球が好きだ」という気持ちです。好きだからこそ、努力を続けてできるようになり、もっとうまくなりたいとやり続けるのです。「グリット(GRIT=やり抜く力)」と言い換えられるでしょうか。
パワフルでダイナミックなドミニカの野球の源泉
ドミニカでは選手たちに「自分は野球が好きだ」という思いを身につけてもらうために、特に小学生年代のすごし方が重要とされています。小さい頃に「野球は楽しい。また明日もプレーしたい」と思ってもらうことが、のちに中学生、高校生、プロの選手になったときに活きてくると考えられているからです。
ドミニカの子どもたちは道端や空き地でペットボトルのキャップなどを使った野球遊びを始め、6歳くらいになると町や村のチームに所属します。「リーガ」と言われるカテゴリーで、日本の学童野球のようなものです。少額の月謝を払い、指導者に見てもらいます(チームによっては無料)。
日本との違いで言えば、使用するボールは硬式。活動は週に3、4回で、学校が休みの土曜と、平日は学校が終わった午後2時頃に集まって3時間程度活動します。ノックなど指導者に決められた練習メニューを行うのではなく、試合形式を繰り返します。バットを思い切り振り、バッティングを中心に野球の楽しさを覚えていきます。守備ではメジャーリーガーが見せるような逆シングル、ベアハンドキャッチ(素手での捕球)、ジャンピングスローにも見よう見まねで果敢にチャレンジします。
ドミニカでは日本のように県大会や全国大会はなく、近くのチーム同士、もしくは自チーム内で試合を行います。勝敗を争うというより、一緒に試合を行う仲間を求めるという意味合いでしょうか。もちろん、その中で勝利を目指してプレーしますが、指導者がバントや盗塁、ヒットエンドランなど細かいサインを出すことはありません。子どもたちはとにかく思い切ってプレーする。そうした姿勢が、パワフルでダイナミックなドミニカの野球を形づくっていくのだと思います。
指導者たちが選手の故障の可能性を何より避ける理由
12歳頃までリーガで野球を楽しんだ後、13歳頃になると「プログラム」というカテゴリーに進みます。プログラムで野球を継続する選手は3~4割というイメージです。
ドミニカを含むカリブ海諸国(プエルトリコを除く)の選手たちは16歳と半年からMLB球団と契約することができます。ドミニカでそれ以前の年齢の選手は基本的に地元のプログラムに所属し、練習や試合を通じてトライアウトに向けて準備をしていきます。
16歳のときには契約できず、17、18歳でプロになる選手も少なくありません。
プログラムでは家から通う場合もあれば、寮に住むケースもあります。プログラムの指導者の中には元プロ選手もいて、総じて選手を育成することを本職としています。しかし、選手たちに月謝は発生しないケースが大半です。選手がMLB球団と契約合意した場合、契約金の数十%が指導者に渡るという仕組みです(平均で30%程度)。言い換えるとプログラムの指導者たちは選手をMLB球団と契約させなければ自分たちの報酬もないため、故障させては元も子もないのです。
練習は月曜から金曜まで、朝8時半か9時頃に始めて11時半から12時に終わるのが一般的です。選手たちは昼食を食べ、午後から学校に行きます。ドミニカの学校は午前または午後の半日授業が基本で(校舎の数が足りていないようで、午前と午後に分けて生徒を入れ替え)、地域にもよりますが野球をしている少年たちは午後の授業を選択しているケースが多いようです。ただし、反対のケース(午前が授業で午後から練習)もあります。
土曜は半日で練習をするか、練習試合を行います。日曜はオフ。指導者も週1回はしっかり休みをとり、家族と一緒にすごします。
ドミニカの練習方法について日本の指導者からよく質問されますが、まったく変わったメニューを行っているわけではありません。ウォーミングアップ、キャッチボールを30分くらい行い、次は守備練習を15~20分。チームの内野手が
10人という場合、ショートとサードに5人ずつ分かれて、マウンドの横辺りからコーチが緩いゴロを手で転がすか、緩いノックを打っていきます。選手から見て身体の正面、右側、左側のゴロを捕り、最後に前に出るゴロを1本捕球して終わりです。これを効率よくやるので、短時間でも結構な本数を練習することができます。
意外なドミニカの育成環境。「大切なのは、良い状態のまま…」
「それだけ?」という声が聞こえてきそうですが、それだけです。連係プレーやシートノックは行いません。MLB球団がこの年代の選手たちに求めるのは、そうした細かいプレーをできることではなく、捕球、肩の強さなど、守備の基盤になるものだからです。逆に言えば、細かいプレー(送りバントやヒットエンドラン、守備では中継プレーやバント処理、投内連携など)はプロになった後に身につけていけばいいということです。
だからプログラムの各チームでは、個人の能力を高めることに主眼を置いて練習、試合を行っていきます。球審から「プレーボール」の声がかかればもちろん勝利を目指しますが、選手の成長が第一で、勝敗は最優先事項ではないのです。
守備練習が終わったら、次は打撃練習です。日本では数箇所に打撃ケージを置いて取り組むのが主流ですが、ドミニカでは1箇所のみです。プログラムからアカデミーまで、すべてこのやり方です。マウンドの少し手前からコーチがテンポよく投げて、打者が順番に打っていきます。
こうした練習をドミニカでは「BP(バッティング・プラクティス)」と言います。日本でも使われ出した用語ですが、いわゆる「フリーバッティング」とは考え方が少し異なります。フリーバッティングはその名のとおり「自由に打つこと」になりますが、ドミニカでは低くて強いライナーをセンターから逆方向中心に打つ練習を繰り返します。
打撃練習で打つ本数にも、日本とドミニカでは違いがあります。日本のアマチュア野球では時間で区切って一度に多くの数を打つ場合が多い一方、ドミニカでは本数で区切り、多くても1回の打席で7本程度です。1日のBPで一人が打つ本数は通常30本程度。多い場合でも50本くらいまでです。
「疲れてくると悪い癖が出てきて、その打ち方を続けていると悪い癖が体に染み付いてしまい、将来的なパフォーマンスを落としてしまう。大切なのは、良い状態のまま打撃練習を終えることだ」
バウティスタはそう説明してくれました。選手たちは限られた時間や本数の中で集中して取り組み、打撃を改善させていく。コーチたちは選手の成長をじっくり見守りながら、長期的な視点で伸ばしていく。短期的な価値観にとらわれず、一度に多くのことをさせないのがポイントだと思います。
また、中学生年代のプログラムから将来を見据え、打撃練習や試合でも木製バットを使用して行うケースがほとんどです。
ドミニカから多くのメジャーリーガーが誕生している背景
これまでの説明を整理すると、ドミニカ共和国の仕組みは次のようになります。
①スポーツである以上、試合では勝利を目指す。だが小学生や中学生、高校生など各世代での勝利が最優先されるわけではない。選手、指導者ともに「将来活躍できるか」という観点で評価される
②年代ごとに「今はどういったことに取り組むべきで、どのようなことはまだ必要ないか」という認識が全体に行き届いている。例えば、投内連携のように細かい連係プレーは中学生、高校生年代ではまだ必要なく、メジャーリーグに昇格する際に身についていれば問題がないことをどの年代の指導者も認識している
③試合はリーグ戦で行われるので、選手たちに思い切った投球や打撃、守備、走塁を促しやすい。負けたら終わりのトーナメント戦の場合、勝たなければ次がないのでバントや進塁打など“細かいプレー”を求められがちになる。ドミニカではリーグ戦で試合が行われるため、選手はミスを恐れるのではなく思い切ってチャレンジしやすい。指導者は目先の勝利より、選手の育成を最優先する
こういった背景(育成の仕組みと指導方法)から、結果的にドミニカから多くのメジャーリーガーが誕生していると考えられます。
ただし、私が着目しているのは結果としてのメジャーリーガー輩出数ではありません。日本にはこれまで野球が発展してきた独自の背景がありますし、現在のシステムをすべて変えることが現実的ではないことも認識しています。
一方、全体のシステムをすぐに変えることができなかったとしても、当事者たちの創意工夫でできることがあります。指導現場に立つ各自がコーチとしてのあり方を見つめ直し、果たすべき役割を肝に銘じて活動することです。
その上で、選手の将来によりフォーカスした仕組みづくりを行っていく。これが日本球界を現在以上に成長させるために必要なことだと思います。
(本記事は東洋館出版社刊の書籍『育成思考 ―野球がもっと好きになる環境づくりと指導マインド―』から一部転載)
【連載第2回はこちら】「全力疾走は誰にでもできる」「人前で注意するのは3回目」日本野球界の変革目指す阪長友仁の育成哲学
【連載第3回はこちら】なぜ指導者は大声で怒鳴りつけてしまうのか? 野球の育成年代に求められる「観察力」と「忍耐力」
【連載第4回はこちら】なぜ球数制限だけが導入されたのか? 日本の野球育成年代に求められる2つの課題
<了>
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[PROFILE]
阪長友仁(さかなが・ともひと)
1981年生まれ、大阪府交野市出身。一般社団法人Japan Baseball Innovation 代表理事。新潟明訓高校3年生時に夏の甲子園大会に出場。立教大学野球部で主将を務めた後、大手旅行会社に2年間勤務。野球の面白さを世界の人々に伝えたいとの思いから退職し、海外へ。スリランカとタイで代表チームのコーチを務め、ガーナでは代表監督として北京五輪アフリカ予選を戦った。その後、青年海外協力隊としてコロンビアで野球指導。JICA企画調査員としてグアテマラに駐在した際に、同じ中米カリブ地域に位置する野球強豪国のドミニカ共和国の育成システムと指導に出会う。大阪の硬式少年野球チーム「堺ビッグボーイズ」の指導に携わりつつ、同チーム出身の筒香嘉智選手(当時横浜ベイスターズ)のドミニカ共和国ウィンターリーグ出場をサポート。さらには、2015年に大阪府内の6つの高校と高校野球のリーグ戦「リーガ・アグレシーバ」の取り組みを始め、現在では全国で160校以上に広がっている。2023年には一般社団法人Japan Baseball Innovationを設立し、野球界に新たな価値を創造する活動をさらに進めていく。
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