なぜ指導者は大声で怒鳴りつけてしまうのか? 野球の育成年代に求められる「観察力」と「忍耐力」

Training
2024.03.29

いまなお旧態依然とした体制のままだというイメージも根強い日本野球界の育成環境にも少しずつ変化が起こっている。そんな中、育成年代にリーグ戦を定着させ、さらなる変化を起こそうと精力的に活動している人物が阪長友仁氏だ。2015年に阪長氏が創設したリーグ戦「Liga Agresiva(リーガ・アグレシーバ)」は、現在、全国各地で160校以上が参加している。そこで本稿では阪長氏の著書『育成思考 ―野球がもっと好きになる環境づくりと指導マインド―』の抜粋を通して、数多くのメジャーリーガーを輩出するドミニカ共和国の地で阪長氏自らが体感した育成環境と指導法を参考に、日本の野球育成年代に求められている環境づくりについて考える。今回は、指導者と選手の理想的な関係について。

(文=阪長友仁、写真提供=東洋館出版社)

指導者と選手、どっちが上?

「お前はなんでこんなプレーもできないんだよ!」

野球の指導現場で時折、指導者から耳にするセリフです。嘆くように言う人もいれば、怒鳴りつける指導者もいます。

でも、「なんでできないんだ?」と言う時点で、指導者が存在する意味はなくなってしまう。一緒にできるようにしていくのが指導者の役割だからです。そもそも指導者=「コーチ」の語源はギリシャ語にあり、「馬車」という意味です。英語で「Coach」と言うと、「バス」という意味もあります。

つまり、A地点からB地点に連れていくのがコーチの役割です。言い換えれば、指導者の仕事は選手が望む場所に送り届けること。野球で言えば、選手ができるように寄り添っていくことが求められるわけです。

ではなぜ、日本の指導者は大声で怒鳴りつけてしまうのでしょうか。

一つは、環境要因が大きいと思います。ほとんどの大会はトーナメント戦で行われるので1回も負けられません。勝つことが次の試合に進む条件であるため、指導者にも勝利へのプレッシャーが過剰にのしかかり、選手にすぐに結果を出すことを求めてしまいがちです。

もう一つは、選手とコーチの関係性です。大人のコーチに対し、育成年代の選手たちは学生です。年の差も20歳以上離れていることが大半だからでしょうか、コーチたちからしばしば聞かれる言葉があります。「選手に舐められてはいけない」というものです。

舐められるというのは、本来は自分の立場が上であるはずなのに、下の者から見下されるということです。チームを指揮する者にとって受け入れ難い状況かもしれませんが、そもそも「舐められてはいけない」という時点で、“指導者が上、選手が下”という関係性ができ上がっています。

できない選手がいるから指導者が存在している

日本では昔から選手とコーチの関係はそのように考えられてきましたが、両者が上下関係になるのは伝統的価値観とも関係があります。我が国では古くから年功序列が重視され、年長者は敬うべきだという考え方があるからです。もちろん、自分よりたくさんの経験を積まれてきた方を敬うのは大切です。でもスポーツにおいて、同じ人間である選手と指導者は対等であるべきだと思います。

両者の間にリスペクトは存在するべきですが、「選手に舐められてはいけない」となるのは違う。もしコーチがそのように振る舞うと、思考がネガティブな方向に行き、いろんなことを厳しい口調で言うようになるからです。そうして選手たちとの距離はどんどん離れてしまい、選手たちは「はい」「わかりました」しか言えなくなる。いわゆる“恐怖政治”に陥り、コミュニケーション不全になります。そうなるとコーチの指導がハラスメントのように行きすぎても、周囲が止められなくなります。現代の子どもたちの気質を考えても、そうしたチームがうまくいくはずがありません。

一方、指導者が選手たちをリスペクトし、対等な関係で付き合おうとしたら、「舐められる」ような間柄にはならないと思います。具体的なアプローチは後述しますが、指導者は「自分が上の立場だ」という考えや振る舞いをせず、選手たちの成長のために何ができるかを考える。「ここから成長していくために、どんな練習をしていこうか? こんなメニューをやれば課題克服につながると思うよ」と選手にとって必要な提案をしていければ、互いのリスペクトは深まっていくはずです。

もし「なんでできないんだ!」という感情が芽生えたときには、「できない選手がいるから自分がここに存在しているんだ」という意識を持つことが大切だと思います。

選手をリスペクトしよう。三振したくてする選手はいないのだから

コーチと選手の関係性で言うと、前者のほうが上になりがちなのはドミニカでも同じです。どの選手に多くの出場機会を与えるのか、プロなら誰の契約を延長してどの選手は打ち切るのかなど、いわゆる“人事権”を握っているのはGM(ゼネラルマネジャー)などフロントスタッフやコーチだからです。

指導者は選手の“その後”に影響を及ぼす存在だからこそ、よく言われるのが「選手をリスペクトしなさい」ということです。

言うまでもなく、三振したくてする選手はいませんし、ミスをしたくて犯す人もいません。人間なので誰しも、普段より弱気になっていたり、自信をなくしていたり、気分が乗らなかったりする日もあるはずです。

でも、誰しも根底には「活躍したい」という気持ちを持っている。みんな、いいプレーをしてチームの勝利に貢献したいと思っています。だからこそ、選手の根底にある気持ちをコーチはリスペクトしてあげるべきです。

具体的にはどうすればいいでしょうか。例えばドミニカでは、選手がいいプレーをしたときには顔と顔を向け合い、「今のは良かった」という意味を込めてコーチからグータッチを求める。ツーベースを打った選手は、ベンチに向かって右手を挙げて「よっしゃあ」という喜びを伝える。指導者は選手と同じ目線に立ち、「君がいいプレーをして、僕もうれしいよ」と全身で伝えていくのです。それに対し、選手も同様に喜びを示します。

逆にエラーをしてベンチに帰ってきた選手には、コーチが横から肩やお尻をポンとたたいて、「大丈夫だから、気にするな」とメッセージを送る。そうした積み重ねが選手とコーチの信頼関係につながっていき、選手は「次こそ頑張ろう」と前向きに取り組んでいけるようになります。

信頼関係を築くことができる「グータッチ」

日本でもプロ野球の場合、阪神タイガースの岡田彰布監督は活躍した選手をハイタッチで称えています。勝利した直後、どの球団でも監督、コーチが選手たちとハイタッチを交わして迎え入れています。

ところが学生野球の指導者には、「選手とグータッチすることなんてできない」と言う人がいます。学校で普段、「先生と生徒」という関係であるからか、または野球部の顧問が生徒指導主事を務めて厳しい指導を求められる立場にあることが多いからか、スポーツチームの「監督と選手」になっても対等な目線に立てないのです。

でも選手の立場からすれば、タイムリーヒットや好プレーでベンチに帰ってきたとき、監督がグータッチで迎えてくれたらうれしく感じるのではないでしょうか。指導者のちょっとした振る舞いで、選手たちに大きなモチベーションを与えられます。

選手がパフォーマンスを高めることや、成長していくこと、目の前の試合で勝つことを考えても、一緒に勝利を目指す仲間であったほうがいいと思います。

そうした関係になるためにも、ドミニカのコーチは選手と同じ目線に降りていきます。

そうすることで両者が対等になり、本音でコミュニケーションを図れ、信頼関係を築くことができるからです。

指導者に求められる観察力&忍耐力

選手と指導者が対等な関係になれば、当然コミュニケーションを図りやすくなります。

もちろん急に関係性をガラッと変えるのは難しいかもしれませんが、指導者は選手の成長に寄与していく必要があります。少しずつ関係を変えていったほうが、コーチングもやりやすくなるはずです。そこで問われるのが、どんなタイミングでどのようなアドバイスをしてあげられるか。

その肝になるのが、「観察力」と「忍耐力」です。

選手たちに対し、「怒ってはいけない」という話を先述しました。そのイメージが強すぎると、「黙って見ていればいいんですね」となるコーチもいます。

しかし、単に見ているだけでは十分ではありません。今日のパフォーマンスは、昨日からどう変化しているか。先週の試合ではうまくできていたのに、今日の練習で失敗ばかりしているのはなぜか。ジッと目を凝らし、その理由がどこにあるのかを観察していきます。

じっくり見守っていくことで、どこに原因があってうまくできないかがわかるようになっていくでしょう。その上で「こうしろ」と言うのではなく、選手から意見を求められたときに的確に伝えられたり、「こんなメニューもあるよ」と提案してあげられたりするのが文字どおり“コーチ”の役割だと思います。

日本の指導現場を見ていて感じるのが、選手側からコーチに質問する機会が少ないことです。

「ここをもっとうまくなりたいんですけど、どうすればいいですか?」

「どういう練習をすれば、この課題を克服できますか?」

選手からそうした問いかけが出るようになると、コーチはなんとか解決してあげたいと必死で考えます。そのとき、選手のことをじっくり観察しておかないと的確なアドバイスはできません。

さらに各自の性格を見極め、A選手には「この練習をすれば、君のスイングは良くなると思う」とストレートに伝える一方、B選手には「今はアッパースイングになりすぎているから、もう少し入射角を抑えたらどんな打球になると思う?」などと考えさせる話をしたほうがうまくいくことがあります。選手たちの性格や考え方を理解し、アドバイスの仕方を変えていくのもコーチの手腕です。

また、選手たちが自ら聞いてこられるような環境づくりや、コーチの振る舞いも大事になります。積極的に意見を言えない選手に対しては、野球ノートに書いてもらって紙ベースでやり取りする。今どきの選手なら、LINEを使ったほうがコミュニケーションをとりやすいかもしれません。

どのタイミングで、どんな伝え方をすれば、最も選手の胸に響くか。それらを見極める「観察力」と、選手にとって必要なタイミングまで待つ「忍耐力」はコーチにとって極めて重要な能力です。

ドジャース名コーチの絶妙な声かけ

私はグアテマラにJICAの企画調査員として駐在している頃、「これが優秀なコーチの能力だ」と目の当たりにした瞬間がありました。ロサンゼルス・ドジャースの協力を得て、ドミニカのドジャースのアカデミーで20年以上のコーチ歴を持つアントニオ・バウティスタを招聘し、同国を含めて中南米で野球がまだ盛んではないエルサルバドル、コスタリカ、エクアドル、ペルーの指導者に対する講習会を開催したときの話です。

バッティング練習ではバウティスタが打撃投手を務め、グアテマラの中学生世代をモデルに実技指導を行ってもらいました。すると、ある選手が後方にファウルを打ったのです。バッティング練習の前にティー打撃を行い、バウティスタは理想的な打ち方を伝えていました。当該選手はまさにその打ち方をして、いいスイングができていたのです。しかし、タイミングがほんの少しずれて、後方へのファウルになりました。

居合わせた指導者たちにとって、単なる打ち損じに見えたと思います。そのファウルに対し、何の反応もありませんでした。私が「惜しい!」と思った瞬間に、バウティスタはその選手に笑顔で大きな声をかけました。

「!Me gusta tu intento!」

直訳すると、「君の今のチャレンジを僕は気に入ったよ!」という意味です。つまり、「今、君が試みたスイングはすごく良かった!」とはっきり伝えたのです。

後方へのファウルなので、結果としてはいいものではありません。でも、その選手はドジャースのコーチからトライしたことを認めてもらい、「自分は正しい方向に向かっている」と理解することもできた。だから満面の笑みを浮かべ、次の投球に対して思い切りバットを振りました。左中間に痛烈なライナーが飛んでいったことを今でも鮮明に覚えています。

「コーチはこんなところも見てくれているんだ」

このように、指導者は結果だけでなく、内容まで見極めて声をかけることが求められます。ヒットを打てた、試合に勝てたというのは誰にでもわかる事象ですが、たとえ思うような結果が出なかったとしても、チャレンジに対する評価を伝える。その能力が極めて大切です。選手が何をしようとしているのかを把握し、そのプロセスを見ながら声をかけるためには先述した「観察力」も必要になってきます。

グアテマラで見たバウティスタの声かけは、指導者として多くのヒントが詰まっていました。単なるファウルでもコーチがしっかり見ていてくれれば、選手は「コーチはこんなところも見てくれているんだ」「ファウルになったけど、アプローチを評価してもらえた」「このコーチにもっといろいろ教わりたい」となる。あの選手の笑顔には、前向きな思いがあふれていたように感じました。

コーチが一定以上の指導力を備えていれば、選手からのリスペクトは必ず得られます。もし両者が対等な関係にあっても、コーチの技量や心配りが選手に伝わり、尊敬の眼差しを向けられるはずです。

一瞬の出来事でしたが、そう気づかせてもらいました。

(本記事は東洋館出版社刊の書籍『育成思考 ―野球がもっと好きになる環境づくりと指導マインド―』から一部転載)

【連載第1回はこちら】ドミニカ共和国の意外な野球の育成環境。多くのメジャーリーガーを輩出する背景と理由

【連載第2回はこちら】「全力疾走は誰にでもできる」「人前で注意するのは3回目」日本野球界の変革目指す阪長友仁の育成哲学

【連載第4回はこちら】なぜ球数制限だけが導入されたのか? 日本の野球育成年代に求められる2つの課題

<了>

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[PROFILE]
阪長友仁(さかなが・ともひと)
1981年生まれ、大阪府交野市出身。一般社団法人Japan Baseball Innovation 代表理事。新潟明訓高校3年生時に夏の甲子園大会に出場。立教大学野球部で主将を務めた後、大手旅行会社に2年間勤務。野球の面白さを世界の人々に伝えたいとの思いから退職し、海外へ。スリランカとタイで代表チームのコーチを務め、ガーナでは代表監督として北京五輪アフリカ予選を戦った。その後、青年海外協力隊としてコロンビアで野球指導。JICA企画調査員としてグアテマラに駐在した際に、同じ中米カリブ地域に位置する野球強豪国のドミニカ共和国の育成システムと指導に出会う。大阪の硬式少年野球チーム「堺ビッグボーイズ」の指導に携わりつつ、同チーム出身の筒香嘉智選手(当時横浜ベイスターズ)のドミニカ共和国ウィンターリーグ出場をサポート。さらには、2015年に大阪府内の6つの高校と高校野球のリーグ戦「リーガ・アグレシーバ」の取り組みを始め、現在では全国で160校以上に広がっている。2023年には一般社団法人Japan Baseball Innovationを設立し、野球界に新たな価値を創造する活動をさらに進めていく。

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