常本佳吾が海外移籍1年目で示した“勝者の心構え”「タイトル獲得が使命と思ってスイスに来た」
欧州の地で常本佳吾が躍動している。スイス1部リーグ・セルヴェットFCへの移籍1年目でリーグ戦30試合に出場してリーグベストイレブンに選出。チームにとって23年ぶりとなるスイスカップ優勝にも貢献。欧州の舞台でも、UEFAヨーロッパリーグ、UEFAヨーロッパカンファレンスリーグに出場を果たしている。貴重な経験を積み、大きな成長曲線を描いた常本の移籍1年目の足跡をたどると、その心構え、取り組みに日本人選手が海外挑戦する際の大切なヒントが見えてきた。
(インタビュー・構成=中野吉之伴、写真=MB Media/アフロ)
「『俺はこのチームを優勝に導きたい』って言ったら…」
高校や大学を経てJリーグで活躍し、20代半ばで欧州リーグに挑戦する選手は多い。そのような選手が海外に渡る際、そこで試行錯誤を繰り返しながら少しずつ成長していくという姿がイメージされやすいかもしれない。だが、クラブサイドからすると自分たちに足らないものをもたらしてくれる存在として、大きな期待とともに補強に動くという図式もある。
明治大学を経て、Jリーグの鹿島アントラーズで3シーズン(特別指定選手の期間を含めると4シーズン)プレーし、今季からスイス1部リーグのセルヴェットFCに所属する常本佳吾。渡欧時に24歳だった若者は、チームに勝者のメンタリティをもたらす選手としての期待を背負って海を渡った。
「自分は鹿島からきて、常に勝ちを求められてるチームだったし、優勝しなきゃいけないチームだった。だからセルヴェットにきた当初も、『俺はこのチームを優勝に導きたい』って言ったら、ちょっと笑われたじゃないけど、そんな雰囲気になって……。クラブが25年間リーグ優勝してない中、今季優勝争いができているのは上々なのかなというふうには思いますけど……」
この言葉は4月中旬、バーゼルとのリーグ戦で初めてセルヴェットの取材に訪れたときのもの。上位争いに絡みながら勝ち星から見放されていた時期だったが、力む様子もなく、とても自然な雰囲気でそう口にしていたのがとても印象的だった。
セルヴェットはスイスにおいていわゆる“古豪”と呼ばれるクラブだ。歴史はすごい。スイスリーグ優勝17回、スイスカップ優勝7回を誇る。だが2000年代初頭、当時会長だったマルク・ロジェールが多額の負債を抱えながらも元フランス代表クリスティアン・カランブーら著名選手を高額オファーで獲得するなどの放漫経営を行い続けた結果、クラブ経営が危機的状況に追い込まれてしまった。2005年には経営状況が一気に悪化し、選手の給料未払い問題にまで発展。破産以外に道はなく、有力選手は補填のために売却され、チームは制裁措置として3部リーグからの再スタートを余儀なくされたのだ。
その後セルヴェットはガラッと経営方針を変え、若手選手中心のチーム作りを徹底するようになった。2019年に1部へ昇格すると1年目にいきなり4位。2年目には3位、そして昨シーズンは2位でフィニッシュするなど、再び脚光を浴びつつある。
リーグ30試合に出場。ベストイレブンにも選出
そんなセルヴェットに今季移籍した常本は、加入直後から右サイドバックのスタメンを確保すると、リーグ30試合に出場。選手投票で選ばれるリーグベストイレブンにも選出されている。
「悪いときは自分に目を向けるべきだし、よかったときは周りに感謝しなきゃいけないと常に考えています。みんながサポートしてくれるおかげで自分の長所だったり、自分のいいプレーができていた。ただ1年間通してのプレーでベストイレブンに選ばれ、他のチームの選手に認められたところはシンプルにうれしいです。これを継続してもっともっと良い選手にならなきゃいけないと思っています」
セルヴェット監督のレネ・ヴァイラーは鹿島アントラーズ時代の監督でもある。常本の資質をよく知っているからこその獲得であり、常本にしても確かな信頼関係がある中で海外挑戦をスタートできたことは大きかったことだろう。
「レネのサッカーは、一人一人が持ってる100%を引き出して組み合わせる、それをつなげるサッカーなので。自分は1対1の守備のところを評価してもらえているし、最近ではクロスのところも戦術の中に取り込んででくれている」
バーゼル戦後にそう話していた。ビルドアップからの組み立てで常本が重要な役割を果たしている。サイドでボールを引き出すだけではなく、ハーフスペースに流れて変化をつけたり、オーバーラップからの鋭いクロス、そしてカットインしてのパスやシュートでのチャンスメイクも行う。そんな中、常本は手応えとともに「数字がついてこない」点を反省し、練習からの取り組みの重要性も口にしていた。
「日本ではなかなかこっちの放送がないですから、そういう意味でもアシストやゴールに関与するというところは意識しています。普段のトレーニングからの取り組みでもっとそこのクオリティを上げられる余地があるし、そこが上がればチームももっと順位を上げていけると感じています」
自身初、セルヴェットにとって23年ぶりとなる“優勝”
海外でプレーするためにはピッチ上だけではなく、ピッチ外での順応も必要になる。
スイスは欧州の中でとても治安がいい国だし、もともと多民族国家なので、外国人選手に対する受け入れ態勢も整っている。とはいえ言語も住環境も食事も生活リズムも異なる中で、自分らしさを出すことは簡単ではない。その中で移籍後1年目からチームにフィットし、中心選手として活躍しているのは、高く評価されるべきことではないだろうか。確固たる自覚をもってスイスへ渡った常本の姿がそこにはあった。
「移籍金を払ってセルヴェットは取ってくれたし、助っ人としてきているという自覚もあります。チームに貢献しなきゃいけないなと思っていました。ベストイレブンに選ばれるのが僕の目標じゃない。タイトルを獲得することが使命と思ってスイスに来た。今日の結果含めて、悔しい気持ちはたくさんあります。もっと個人として成長したいです」
5月20日に行われた第37節、首位ヤングボーイズとの試合を0-1で落とし、UEFAチャンピオンズリーグ・プレーオフ出場権獲得となる2位の可能性がなくなった後、常本が静かに、でもギュッと言葉に力を込めて語っていた。鋭い眼光とともに。リーグでは3位に終わったが、6月2日にはリーグ2位のルガノとのスイスカップ決勝が控えていた。
「(カップ戦の)タイトルを取るために次のリーグ戦での対ルガノは、相手に“圧をかける”という意味では大事な試合になると思います。2連勝して、カップ戦は必ず取りたいですね。個人としては初のタイトルがかかっているので」
ヤングボーイズ戦後に常本はそう力強く答えていたが、その言葉通り第38節ルガノとのアウェイ戦を2-0で勝利すると、スイスカップ決勝では両チームともノーゴールのままPK戦までもつれ込む神経戦を見事に制した。この日スタメンフル出場した常本は、セルヴェットにとって23年ぶりとなるスイスカップ優勝に大きな貢献を果たしたのだ。
「一勝できたら、またチームがガラッと変わる」
なお筆者もスイスカップ決勝戦の取材申請を出していたが、協会からは残念ながらはじかれた。どの国もそうなのだが、国内カップ戦決勝では国内メディアが何よりも優先される。
優勝カップを手にする常本を見たかったし、その言葉を現地で聞けなかったのは残念ではある。それでもそこにたどり着いた足跡を振り返ってみると、その一歩一歩が持つ意味が浮かび上がってくる。うまくいかないとき、悩んでいるとき、どう向き合うべきなのか。何をすべきなのか。そこには、成功する人に共通する確かな心構えがある。
「やっぱり焦れずに自分たちのサッカーをやり続けること。下を向いてないで、すぐに切り替えて。そうすれば何かの拍子に変わるものだと思います。一勝できたら、またチームがガラッと変わる。その何かのタイミングっていうのを自分たちできっかけ作りをしていかなきゃいけない」
連敗していた悪い波を断ち切り、2位奪取のチャンスを逃した落胆を乗り越え、シーズン最後の一戦で大きなものにたどり着いた。きっとこの1年間で常本がつかんだものは、来季以降のさらなる成長にとっての大きな礎になったのではないだろうか。
ここがゴールではない。常本の視線はさらに先を、さらに上を見据えている。
<了>
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