日本代表からブンデスリーガへ。キール分析官・佐藤孝大が語る欧州サッカーのリアル「すごい選手がゴロゴロといる」
2024-25シーズンのドイツ・ブンデスリーガを戦い、欧州サッカー界で少なくないインパクトを残したキール。チームを牽引した日本人は32試合出場11得点という結果を残したFW町野修斗だけではない。2024年1月に当時2部だったキールに加入した佐藤孝大もその手腕を現地で高く評価されているアナリストの一人だ。日本代表のアナリストを務めた経歴も持つ佐藤はなぜドイツに渡り、現地でどのような日々を送り、欧州の地を目指す日本人選手にどのようなメッセージを送るのか。
(文=中野吉之伴、写真=picture alliance/アフロ)
ドイツで高く評価されている日本人アナリスト
今季のブンデスリーガで降格の筆頭候補にあげられていたのは日本代表FW町野修斗が所属するホルシュタイン・キール。クラブ史上初となるブンデスリーガ昇格に町をあげての盛り上がりを見せていたが、いかんせん戦力差は極めて大きい。世界トップレベルの戦力を誇るバイエルンの年間予算は8億6500万ユーロ。一方のキールはわずか4600万ユーロと実に19倍近い差がある。
最終的に2部降格となったとはいえ、ブンデス最小戦力だったキールがそのバイエルンと3-4の接戦、昨季2冠レバークーゼンと2-2の引き分け、UEFAチャンピオンズリーグ出場クラブのドルトムントに4-2で勝利するシーズン最大のジャイアントキリングを成し遂げるなど、最終節まで残留の可能性を残す奮闘を見せたことはドイツのサッカーファンに小さくはない驚きをもたらした。
ドイツ1部リーグでの奮闘にはさまざまな要因があるなか、裏からチームをサポートしている日本人アナリスト佐藤孝大の力も現地で高く評価されている。
筑波大学卒業後にサッカー部・小井土正亮監督のアシスタントコーチという形で残り、そこでさまざまな学びを積み重ねていった佐藤。その後日本サッカー協会のテクニカルスタッフとして指導者講習会のサポート、そしてU-20などの世代別代表や東京五輪代表、FIFAワールドカップ・カタール大会では日本代表のアナリストとして、国内のあらゆるカテゴリーでチームを支えてきた。
2023年7月に「選手のように欧州クラブの中に入って戦いたい」と渡独を決意。紆余曲折あったなかで、24年1月に北ドイツのキール(当時2部)へとたどり着き、無事契約を結んだ。佐藤はキールでの仕事についてこのように説明する。
「基本的に僕たちはアナリストが2人しかいないので、それぞれ試合を分担して分析しています。6〜7試合ずつ見て、自分たちのプレー原則に合いそうなシーンを攻守含めてピックアップしてプレゼンを作成します。もう一人のアナリストはスカウトも兼ねて働いていて、非常に優秀なスタッフ。僕は他にセットプレーを担当してますし、相手チームの選手の個人映像も作ったりという仕事もやっています。あと専任は2人なんですが、コーチングスタッフもみんな映像は使えるので、フィードバック映像を彼らが自分で作ってくれたりすることもあります」
「2部リーグにも優秀な監督たちがいる」ドイツリーグの奥深さ
キールの創設は1900年。実に120年以上の歴史を持つキールだが、決して強豪クラブでも裕福なクラブでもない。2013年までは4部リーグ所属。その後4シーズンを3部リーグ、そして7シーズン2部リーグで奮闘してきた。無謀な強化策など行わず、クラブの地力を着実に備えて、ついに1部リーグへまでたどり着く。そのような背景があるだけに、ドイツのサッカーファンからも高い親和性をもって迎え入れられた。
特に2部リーグ時代からチーム戦術の浸透レベルが高く評価されている。ゲームプランに沿ったシステマティック化が進んでいるのがここ最近の欧州のトレンドだ。詳細な分析から選手個々のタスクを細分化。資金の潤沢なビッグクラブであれば選手個々の才能や抱えるスタッフの質と量で実現可能なところもあるが、2部リーグとなるとなかなかに難しいところもある。だがキールはそのあたりのオーガナイズがとてもスムーズにされている点が印象深い。マルセル・ラップ監督の采配とともに、チーム事情や選手個々に合わせた形でデータや情報を整理してサポートした佐藤らアナリストチームが果たした役割も非常に大きいものがある。そんな佐藤が2部リーグで驚いたことがあるのだという。
「正直日本にいたときは2部リーグってロングボールばっかり、フィジカルばっかりというイメージがあったんですけど、実際は全然そうじゃない。分析したり、コーチングスタッフと話をしてると、いろんな発見があります。2部リーグにもたくさん優秀な監督たちがいるんです。だから2部リーグもすごく面白いし、非常に魅力のあるリーグだなって思いました。
指導者の戦術的な知識も近年一気にアップデートされてきている印象があります。ラップ監督もよく言ってるんですけど、プレッシングの方向づけで洗練されたアプローチをするチームもあるし、例えばロングボール一つにしても、闇雲に前線に蹴って、ただ人数をかけてセカンドボールを回収できるようにしてるわけじゃないんですよね。相手との駆け引きで配置のところからいろんな意図的な仕掛けがされています。セカンドボールを回収しやすいような状況をきれいにオーガナイズしたりする監督たちもいるんです」
勝ち負けに振り回されないクラブ哲学
1部へ昇格し、対戦相手にはバイエルンやレバークーゼン、ドルトムントら世界的なクラブが名を連ねる。誰もが口にするのは選手のクオリティの違い。市場価値で2部時代のそれと比べると何倍も、何十倍も違う選手たちがいる。フィジカルやスキル能力、戦術理解で群を抜く選手が各クラブにいて、どれだけ対策をしても対応しきれない戦いが続く。
「1部にきてすごいと思ったのは、インテンシティ一つとってもスプリントの速さが違うところ。ただ速いだけじゃない。ものすごく速い選手が何度もダッシュを繰り返しているのが1部の舞台ですね。対戦相手の分析では誰が時速何キロ出たかという数字をチェックするんですが、『これだけスピードが出せる選手がこんなにいるんだ!』みたいな驚きを感じています。ほんとすごい選手がゴロゴロといる。
毎試合準備をするうえで、理想と現実とを行き来しています。戦術理解能力もすごく高い。システム変更だったり、ポジションチェンジだったりへのアジャストの速さが2部のそれと明らかに違う。やること自体はそこまで大きく変えているわけではないんですが、考慮しなければいけないことはたくさんあるのが1部リーグですね」
なかなか勝てない時期が続く。前半戦を終わってわずか3勝の17位。43失点はリーグ最多の数字だった。冬の巻き返しを狙って補強したくても予算規模が小さいために特別な選手を獲得できるわけではない。それでもキールは、佐藤は、最後まであきらめなかった。
「ラップ監督がいつも言ってるのは、『勝ち負けに振り回されないで、選手を、チームをどんどん良くしていこう。改善していこう』ということ。そうやってキールは長い時間をかけて、少しずつ積み上げていまがあります。うまくいかないときだってあったと思うんですけど、試行錯誤して突破してきた。だからクラブも残留争いのさなかに監督との契約を延長したんです」
1部残留のミッションはコンプリートできなかった。でもそれならまたチャレンジすればいい。2部からの再スタートは決して失敗ではない。佐藤にとってキールは故郷のような存在になりつつある。
欧州移籍を夢見る日本人選手へのメッセージ
2部で1年、1部で1年キールとともに戦ってきた中で、佐藤はさまざまな知見を身につけ、いろんな発見をしてきた。そんな佐藤からの欧州移籍を夢見る日本人選手へのメッセージには耳を傾けるだけの価値がある。
「モダンサッカーでは、単純なアスリート能力はもうなくちゃいけない部分なんですね。いまの時代、データをチェックするのは当たり前ですし、数字というのは一目瞭然。例えばミーティングでどういう選手を取るかというディスカッションをしているときに、『この選手はこの部分のデータがあんまり良くないよね』となって、それで弾かれちゃうなんて普通にあるわけです。
あと日本人選手の評価はもちろん上がっているとは思うんですけど、ターゲットにされているのは日本人だけじゃなくて、本当に世界中の選手だというのが現実なんです。
日本代表も素晴らしい結果を残して、世界的に評価もされていますが、例えば北欧とか東欧の選手は日本人選手以上に評価が高まっている。北欧・東欧って日本ではなかなか情報がないからピンとこない人もいるかもしれませんが、めちゃめちゃ力をつけてきているんです。
こっちにくるということはそうした選手との競争に勝てなきゃいけない。だから日本人選手がこっちにくるときは、本当に基本的なところで欠けている部分があるときつい。ちゃんと総合力を高めて、その中で秀でているものを持っているという状態にしておかないとダメだと思います」
説得力のある言葉だ。欧州トップレベルで活躍するためには、日本人FWはアーリング・ハーランド、ロベルト・レヴァンドフスキ、ヴィクトル・ギェケレシュらとポジションを競い合い、日本人DFは彼らと試合で対等に渡り合わなければならない。
日本人欧州組は選手だけではない。指導者やスタッフも少しずつ活躍の場を増やしてきている。日本サッカーのためにと現場で奮闘する彼らを、これからも温かく応援したいではないか。
<了>
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