なぜ新潟は「女子部門の分社化」でWEリーグ参入に踏み切ったのか? レディースとプロリーグに感じた可能性

Business
2026.02.10

女子部門を手放せば、新潟から女子サッカーの“文化”が消えるかもしれない――。2018年、経営的に厳しい判断が迫られる中で、アルビレックス新潟は女子部門の分社化という決断を下した。その先頭に立ったのが、当時クラブの営業・事業を統括していた山本英明氏だ。J2降格、投資の選別、そして女子サッカー存続を巡る社内議論。合理性だけを見れば、女子を手放す判断も選択肢になり得た時代に、なぜ山本氏は「続ける」道を選んだのか。商社・コンサルで培った視点と、20年にわたるクラブ運営の現場感覚。その両方を背負いながら、山本氏は「プロ化前夜」の女子サッカーと向き合ってきた。分社化からWEリーグ初期参入に踏み切り、現在はリーグ理事として運営側にも立つ山本氏に、決断の背景を聞いた。

(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=WEリーグ)

負けず嫌いと目標達成の学びがクラブ経営の土台に

――山本さんは商社・コンサルを経てアルビレックス新潟で営業部長、取締役を歴任し、2019年に女子部門の分社化(株式会社アルビレックス新潟レディース設立)とともに代表取締役社長に就任されました。キャリアの中で培った視点で、スポーツクラブ経営に最も生きているものは何でしょうか?

山本:大きく二つあります。一つは、(横浜市立)大学のサッカー部時代です。神奈川県のリーグで揉まれ、「何をやっても絶対に負けたくない」という気持ちの強さや、逆境を乗り越える姿勢を身につけました。サッカーを通じて、勝つために自分が何をすべきか、先輩後輩や同期ともコミュニケーションを図ってどんな状況でも踏ん張り続けることの大切さを学んだと思っています。その後、商社やコンサルの仕事を通じて、国内外の企業やパートナーの方々に対し、「求められているものをどう提供するか」という視点も鍛えられました。常に気持ちを強く持たなければ勝てないし、戦い続けられない。そのメンタリティは、今も経営の根底にあります。もう一つは、「目標をどう設定し、どう達成していくか」という考え方です。商社やコンサルティング会社、さらに大学院(事業創造大学院大学)での学びを通じて、目標から逆算して物事を進める力を身につけました。

 そういう意味では、アルビレックス新潟レディースはまさにベンチャー企業のような存在で、これまでの経験がいい形で生きていると感じています。

――サッカービジネスを志したきっかけは何だったのですか?

山本:最初からフットボールビジネスに就こうと思っていたわけではありません。父の仕事の都合で駐在中のブラジルで生まれ、その後も国内外を転々とする中で、犯罪リスクの高い街や貧困問題を抱える地域、ものすごい勢いで発展する国々や社会主義国家で統制される人々など、さまざまな環境を見てきました。そうした経験から、将来は海外を拠点に働きたいという思いが強くなり、国際事業や海外マーケティングなどに携わってきました。転機になったのは、商社時代に出会った奥さんが新潟県出身だったことです。家族との関係もあり、生活拠点を新潟に移す決断をしました。そこで当時J2だったアルビレックス新潟の存在を知り、「地域に根差したクラブ経営」に興味を持って扉を叩いたんです。

 2003年のJ2優勝とJ1昇格により、2004年から事業拡大が求められるタイミングで中途採用され、同年7月に入社しました。前職での経験を生かし、新潟と世界を結ぶような仕事がしたいという思いから、当時海外進出したばかりだったアルビレックス新潟シンガポールのマネジメント業務を志望し、まずは営業からキャリアをスタートしました。

――営業部長時代には、地域やスポンサーとの関係づくりでどのような考え方を身につけられたのでしょうか。

山本:営業部長になり、地域やスポンサー、サポーターとのご縁づくりとお互いを支え合う輪を広げていく姿勢を大切に邁進し続けました。その後は事業本部長として、スポンサー営業のみならず集客やマーチャンダイジングや放映権ビジネスなど、フロントの収益部門を一通り見る立場になりました。海外事業に携わるチャンスは結果的に逃してしまいましたが、営業、事業、Jリーグ全体のマーケティングなど、多くのことを学ばせてもらいましたし、その分、自分なりにJリーグやアルビレックス新潟の発展に恩返しができたのではないかと思っています。

文化を途切れさせないために。プロ化を前に分社化を決断

――そうしたキャリアを経て、2018年に女子部門の分社化を決断されました。当時はどのような状況だったのでしょうか。

山本:2017年にアルビレックス新潟がJ2に降格した際、私は取締役事業本部長として営業・事業全体を統括していました。会社全体の収益をどう確保するか、ファン・サポーターをどう増やすかに必死に取り組んでいた時期です。J2に降格すると、翌年以降は経営規模が厳しくなる可能性が高まります。2018シーズンは「何としても1年でJ1に戻る」とクラブ全体で動きましたが、結果的に昇格は果たせませんでした。

 その過程で、経営判断として「不採算部門である女子をどうするか」という議論が社内で浮上しました。私は、2004年の入社以来、女子選手の雇用受入先探しやスポンサー営業、試合運営にも関わり、2017年頃からはレディース部門の部長として、なでしこリーグの実行委員会にも出席し、チーム運営と他クラブとのやり取りも担っていました。

――そこから、分社化へと踏み切る決断につながったわけですね。

山本:はい。この頃から2020年の東京五輪後を見据えた流れの中で、女子サッカーのプロリーグ構想が明確になってきました。その時、「会社は女子チームを手放す可能性があるけれど、プロリーグが創設される」という状況が重なったんです。もしクラブが女子を手放したら、今いる選手たちはみんな新しくできるプロクラブに移籍していくだろう。職業として女子サッカー選手を選べる時代になる中で、そうなってしまうのは自然な流れだと思いました。

 ただ、それは同時に、新潟でサッカーに打ち込んでいる女の子たちやその家族、女子サッカーを支えてきた地域やサポーター、企業の方々にとって、「新潟の女子サッカー文化が途切れてしまう」ことを意味するのではないかと考えたんです。社内の役員協議ではJ1復帰を最優先するため、女子は投資対象から外される判断でした。そこで思い切って分社化の許可をいただき、将来のプロリーグ参入を見据えて組織を一からつくり直し、資金集めから始めました。新潟の女子サッカーの灯を維持するための分社化は、ある意味では私のワガママでもあったと思います。

――新潟レディースとプロリーグに可能性を感じた理由は何だったのでしょうか。

山本:女子に長く関わる中で、今も在籍している上尾野辺めぐみ選手や川村優理選手を軸に、当時は菅澤優衣香選手(現・三菱重工浦和レッズレディース)がJFAアカデミーから、阪口夢穂選手(引退)がアメリカから加入してくれて、その後なでしこジャパンが世界一になる流れを見てきました。分社化する前も、北川ひかる選手(現・エヴァートンFC)や平尾知佳選手(現・グラナダCF)といった代表クラスの選手が在籍していましたし、そこを目指したいと思ってくれる子どもたちもいた。だからこそ「この流れを止めたくない」と強く思いました。周囲からは「難しいんじゃないか」「女子サッカーでメシは食えない」というネガティブな声も多かったですが、男子のアルビレックス新潟がそうであったように、いつかプロチームとして、たくさんの方々に支えられ、みんなで心を寄せてつくり上げる“新潟の女子サッカー文化”を紡ぎ続けられるクラブになれたらという思いと、なれるという確信がありました。

――当時はプロリーグの前例が少なく、海外女子リーグも今ほど注目されていませんでした。ハードルは高く感じませんでしたか?

山本:正直、女子サッカーの世界情勢については断片的な情報しか持っていませんでした。ただ、決定的だったのは、「初期のオリジナルメンバーとしてプロリーグに入らなければ、次のチャンスは巡ってこない」という考えです。仮に二次募集があったとしても、巨大な資本を持つ企業やJクラブの女子チームが参入してくる。そこに後から入って勝負しても、勝てない。このタイミングを逃すわけにはいかないと思いました。

参入後に突きつけられた現実──続けるための苦闘と優先順位

――2021年のWEリーグ参入に向けて、クラブ経営が本格的に始まります。最も苦労した点は何でしたか。

山本:ほとんどすべてが苦労の連続でした。特につらかったのは、女子サッカーの価値に対する世の中の見られ方や評価が、戦績という結果や日々の努力に追いついていなかったことです。もちろん結果を出せていない自分たちが一番の原因ですが、男子のアルビレックス新潟が絶大な支持を受ける一方で、女子は認知も低く、メディアにもほとんど取り上げられない。そのギャップには苦しみました。集客や収益面だけでなく、フロントスタッフの求人を出してもなかなか人が集まらず、ようやくきてくれても定着しない。分社化してからの最初の3年間は、資金繰りを含めて本当に厳しい時期でしたがたくさんの方々からのご支援とご協力、ご指導ご鞭撻をいただき、何とか下地をつくることができました。

――現在はWEリーグ理事として、リーグ全体を見る立場にもあります。分社化を決断した当時は「一つのクラブを守る」立場でしたが、いまはリーグ全体を考える役割でもあります。その立場の変化によって、物事の捉え方や優先順位はどのように変わりましたか?

山本:大きく変わったのは、「言えること」と「言うべきこと」を切り分けて考えるようになった点です。クラブ代表、そしてリーグの実行委員という立場であれば、冬の雪国対策について「ぜひ考えてほしい」と強く主張したい部分は正直あります。ただ、理事の立場になると、「ない袖は振れない」という現実も含めて、リーグ全体の優先順位を理解しなければなりません。

 現在のリーグとしての最優先事項は、認知度向上とマーケティングデータベースの構築や集客施策です。この一年でも各クラブが「1万人プロジェクト」といった取り組みを進め、そのためにリーグがメディア露出や資金面でも一定のサポートを行い、成功体験を共有しながら全体を底上げしていっています。今はそういうフェーズにあると感じていますし、次シーズンにはいよいよWEリーグIDを導入する予定で、各クラブのマーケティング力向上にリーグがサポートしていくことになります。

 新潟の代表という立場だけであれば、冬場の練習環境確保への支援をもっと強く主張していると思います。ただ、それを言えば「暑熱対策はどうするのか?」という声も必ず出てきます。新潟も夏は40度近くなり、冬は気温がマイナスにもなるし積雪でサッカーができない環境が続きます。だからこそ、まずはリーグ全体の収益を上げてもう少し余裕を持てる状態をつくる。その先に、雪国対策のような構造的な課題にも取り組める段階がくると思っています。

<了>

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[PROFILE]
山本英明(やまもと・ひであき)
1973年5月17日ブラジル生まれ、神奈川県出身。株式会社新潟レディースフットボールクラブ代表取締役社長、公益社団法人日本女子プロサッカーリーグ(WEリーグ)理事。横浜市立大学商学部卒業後、ニチメン株式会社(現・双日)に入社。三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)国際事業本部を経て、2004年に株式会社アルビレックス新潟へ入社。営業部長、取締役を歴任し、クラブの事業・営業部門を統括した。2019年、女子部門の分社化に伴い株式会社アルビレックス新潟レディースを創設し、代表取締役社長に就任。L・リーグ、なでしこリーグ、WEリーグと女子サッカーの変遷を現場で経験してきた。2023年には事業創造大学院大学でMBAを取得。2024年9月からはWEリーグ理事としてリーグ運営にも携わり、日本女子サッカーの発展と持続可能なリーグ構造の構築に取り組んでいる。

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