
なぜNBAは本気でeスポーツに取り組むのか? 成功の理由と、“双方向性”の狙い
世界中で急成長、急拡大を遂げている、eスポーツ市場。プロのリーグやチーム、プレーヤーが続々と誕生し、近年はリアルのプロスポーツリーグや団体とのコラボレーションが進んでいる。
その中でも特に注目を浴び、成功を収めているのが、NBAのプロeスポーツリーグ、「NBA 2Kリーグ」だ。
なぜNBAはeスポーツ市場に参入したのか? なぜNBA 2K リーグは成功を収めることができたのか? そして、NBAがeスポーツ参入によって広げることができた可能性とは何だろうか?
(文=川内イオ、写真=Getty Images)
選手は全員プロ 1億5000万回以上の視聴回数を記録
近年、サッカー、野球、格闘技などさまざまなジャンルのプロスポーツリーグ、団体、クラブとeスポーツ(エレクトロニック・スポーツ)のコラボレーションが進んでいる。その中でも注目を浴びているのが、2018年5月1日にスタートした「NBA 2Kリーグ」だ。
NBAと、世界で毎年数百万本を売り上げる人気ゲーム『NBA 2K』シリーズの発売元であるテイクツー・インタラクティブが組んで始めたこのプロeスポーツリーグは、その規模や運営方式からも本気度がうかがえる。
リーグに参戦するには、参加費75万ドルを3年間、支払わなければいけないが、初年度、NBA全30チームのうち17チームが名乗りを上げた。
大会形式はNBAと同様、レギュラーシーズンとプレーオフが実施されるほか、シーズン中に3つのトーナメントも開催され、初年度は総額100万ドルの賞金が用意された。
選手は全員プロで、契約期間は6カ月。ドラフトで1位指名された選手は3万5000ドル、2位指名以降の選手は3万2000ドルの年俸を得る。これに加えて、優勝した際の賞金、個人契約が認められているスポンサーからの契約金などが収入源だ。
例えば初年度のリーグ優勝チームの賞金は30万ドルで、優勝すれば1人あたり5万ドルの収入になる。トーナメントでタイトルを取れば、収入はさらに跳ね上がる。プロ入りの際の引っ越し費用や家賃、保険料、移動費なども全てリーグが負担する。
この夢のある好条件が、『NBA 2K』のプレーヤーを引きつけた。2018年1月、グローバルで『NBA 2K18』を使用した1次選考が行われ、7万2000人が参加。翌月、優秀な成績を収めたプレーヤーを対象に面接を含む2次選考が行われ、最終的に102名が残った。そして同年4月に開催されたドラフトで、各チーム6名を指名するという形がとられた。
プロになった選手には、NBAがプロ入り前の選手に例年実施している、メディアとのコミュニケーション、健康管理などに関する指導プログラムが実施された。
選手はそれぞれ、オーナーのNBAチームの本拠地で暮らすが、全ての試合はニューヨークの特設スタジオで開催され、その様子はゲームストリーミング配信サービスのTwitchで配信。NBAによると、シーズンを通して1億5200万回以上の動画再生回数を記録し、ファイナルは64万5000人が視聴した。また、17チームに合計180万人以上のフォロワーが生まれた。そして、2017年9月に発売された『NBA 2K18』は、グローバルで1000万枚を超える売り上げを記録した。
新規のファン、スポンサー獲得に女性プレーヤーを開拓
この人気に驚いたのか、開幕から3カ月後には、初年度に参戦しなかったNBAの4チームも参加を表明し、今年開催の2期目からは21チームになった。これに合わせて、2期目は賞金総額も120万ドルにアップした。
企業からも熱い視線が注がれている。初年度、IT企業のインテルやデル、ナイキ、アメリカの大手保険会社ステートファームなど大小90社が名を連ねたスポンサーに、2期目は大手通信会社AT&T、M&M’Sやスニッカーズなどの菓子を販売するアメリカのマース、スポーツブランドのチャンピオン、中国のIT大手テンセント、飲料大手バドワイザーなどが加わったのだ。
新たなファン、そしてスポンサーを獲得するため、リーグは女性プレーヤーの開拓にも本腰を入れている。今年3月に行われた2度目のドラフトで、リーグ最初の女性プレーヤーが誕生した。NBAのゴールデンステート・ウォリアーズが所有するチーム「Warriors Gaming Squad」に所属するチキータ・エヴァンスさんだ。
通常のプロスポーツではありえない、男女が同じ舞台で戦うというeスポーツならではのニュースは大きな話題を呼び、多くの現地メディアがチキータさんを取り上げた。
今のところ21チーム、126人の選手の中で女性は彼女1人だが、リーグは8月17日、女性プレーヤーを増やすために、女性限定のブートキャンプを行うと発表した。公式パートナーとしてAT&Tがサポートする4日間のキャンプで、ここで実力を認められた選手は来年の3期目開幕前に開催されるドラフトで指名される可能性も高い。
キーワードは“双方向性” NBAの狙い
NBA 2KリーグによってNBAの観客や視聴率が増加するなどの直接的な効果はまだ報じられていないが、このような盛り上がりに対して、NBAはどのような見解を持っているのか。NBA 2Kリーグのマネージングディレクターであるブレンダン・ドノヒュー氏は、現地メディア『VentureBeat』の取材にこう答えている。
「NBAがeスポーツから学んでいるのは、双方向性です。Twitchチャットからフィードバックを得て、シーズンを通してさまざまな調整を行ってきたことで、初年度の最初の試合とファイナルは別物になりました。これは素晴らしいエンゲージメントの機会です」
ブレンダン氏によると、Twitchでのファンとのやり取りによって支持された「2Kカム」というカメラアングルが、実際のNBAの放送でも採用され、視聴者から好評を得たという。テレビやネットを通した一般的な放送では得られないファンとのコミュニケーションが、NBAにも還元されているのである。
NBA側は、これまでリーチできていなかった層との接点としてこのリーグに大きな手応えを感じているようで、ブレンダン氏は「フランチャイズをグローバルに拡大し、将来的には45チームのリーグになる可能性がある」としている。ヨーロッパはもちろん、『NBA 2K』シリーズのオンライン版が3000万ダウンロードされているアジアでの展開も検討しており、テンセントとの提携による中国での配信は、その最初の一手といえる。
NBAのファンの中には、もともとバスケが好きでNBAに興味を持つ人もいれば、NBAのゲームから入って関心を高めた人もいるだろう。NBAは本格的なプロeリーグを立ち上げることで、これまで手つかずだった後者に積極的にアプローチし、ファンとして取り込もうとしているのだ。
「NBA 2Kリーグ」が初年度からこれほどの盛り上がりを見せたのは、開幕前からリーグを活性化させるために手を尽くしたからだ。ゲームのプレーヤーに夢を抱かせる条件を出し、世界から選手を募る。特設スタジオをつくり、試合を派手に演出する。視聴者とコミュニケーションを取り、ファン目線でどんどん改善していく。
こうした一つひとつの取り組みによって、あのNBAが本気でeスポーツに取り組んでいるという姿勢がゲームのファンに伝わり、その熱が伝播したのだ。逆に、もしeスポーツが流行っているからなんとなく便乗したという姿勢が見えれば、ゲームファンは引き潮のように去っていっただろう。
「NBA 2Kリーグ」の成功は、eスポーツに手を広げている他のプロスポーツにとっても、大きなヒントになるはずだ。
<了>
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