レアル・マドリードが“育成”でバルセロナを逆転 関係者が語る「世界一」の哲学とは
「育成のバルサ。勝利至上主義のマドリー」
ラ・リーガが誇る2大巨頭形容する際、かつて常套句のように使われた表現だ。2012-13シーズンのバルセロナは、まさにその言葉を象徴するようなチーム編成だった。シーズン中にはスタメンが全員カンテラ出身者という史上初の”快挙”を成し遂げたこともあるほど。
そんな両クラブのイメージが現在、覆されつつあるのはご存知だろうか?
近年レアル・マドリードの育成が改めて評価され、ある最大の特徴を武器に「世界一」と称される理由とは? それぞれの異なる育成事情について、両クラブ関係者の発言をもとに紐解く。
(文=栗田シメイ、取材協力=株式会社ワカタケ、写真=Getty Images)
バルサとマドリーが直面している“逆転現象”
バルセロナのカンテラ(下部組織)である「ラ・マシア」が全盛を誇ったのは、2000年代前半だろう。リオネル・メッシ、シャビ、アンドレス・イニエスタ、セルヒオ・ブスケツ、セスク・ファブレガスら、バルサの一時代を築いたスター選手たちが主力となり、クラブに黄金期をもたらした。
だが、一時代を築いたバルサブランドにも陰りが見えているのも現実だ。クレ(バルササポーター)たちの拠り所であった、自前の選手をトップチームに送り込む育成クラブという概念は、現在のバルサにそのまま当てはまるかは疑問符がつく。所属する選手の出身国も多岐にわたり、他のビッグクラブのように”多国籍軍団”へと変貌を遂げているからだ。
かつて久保建英も所属し、言わずとしれた超名門のカンテラであるバルサ。しかし、近年でカンテラからトップチームに定着し、主力として活躍するのはセルジ・ロベルトくらいしか見当たらないのが現状だ。ラ・マシア出身者のトップチーム在籍者数に目を向けても、2013-14シーズンの17名をピークに、2017-18シーズンは6名にまで激減している。
一方のレアル・マドリードは、2000年代ギャラクティコ(銀河系)と呼ばれたスター集団を擁し数多のタイトルを獲得しながらも、ラウール・ブラボ、フランシスコ・パボンらカンテラ出身者は冷遇された。白い巨人は過度期を迎えていたといえるだろう。
ところが2009年に大なたを振るい育成部門全体の立て直しを図ったことで、マドリーは変貌を遂げる。近年ではトップチームにもダニエル・カルバハル、ナチョ・フェルナンデス、ルーカス・バスケス、マルコス・ジョレンテ、マリアーノ・ディアスらカンテラ出身者たちが名を連ねている。カスティージャ(Bチーム)を経由したケースもカウントするならカゼミーロ、フェデリコ・バルベルデ、ヴィニシウス・ジュニオールらを含め実に10人程のメンバーがトップチームの戦力となっている。
両クラブが直面している“逆転現象”を育成部門のクラブ関係者はどう見ているのだろうか。
レアル・マドリードが世界一たるゆえん
マドリーの育成部門で、20年以上にわたりトップチームへと選手を輩出してきたトゥリスタン・ロドリゲス氏。同氏は昨季、中井卓大が所属する「カデーテA(U-16)」の監督を務めている。トゥリスタン氏の見解を聞こう。
「現在、スペインの下部組織でいうとマドリーがトップの存在だろう。近年の成績でいっても、マドリーが残してきた軌跡は頭一つ抜けているよ。ただ、マドリーに限らずセルタ、セビージャ、デポルティーボ・ラ・コルーニャ、アトレティコ・マドリードの育成は非常に伸びているんだ。一方で、バルサに関しては彼らは一つの時代を作り、その時代が幕を閉じようとしているのかもしれない。とはいっても、フットボールの隆盛というのは常に移ろいゆく。同じようにバルサの時代がくる可能性もあると見ているよ。もっとも、常にヨーロッパ1部リーグではマドリーの下部組織出身の選手が一番多いし、活躍しているんだ」
マドリーが誇るカンテラの最大の特徴は、5大リーグに輩出する選手の絶対数だ。2018-19シーズンではその数は36名。2014年の段階では43名を送り出していたバルサの後塵を拝する形だったが、その数字は5年間で変化している。(数字はいずれもCIES[スポーツ研究国際センター]調べ)
このデータに関しては、両クラブが掲げる哲学と、フットボールの流行が影響していることも無視できない。下部組織からトップチームと同じフォーメーションを施行し、トップチームへ輩出してきたバルサに対して、マドリーでは年代毎にシステムや戦術も異なる。トップチームに合わせて選手を育成する供給型ではなく、下部組織ですら選手の特性を活かし常に勝利を目指す。実際に中井卓大が所属するカデーテAでも、フォーメーションは固定されておらず、中井もボランチやより攻撃的なポジションで起用されることもある。こういった経験が、選手としての幅をもたらしているともいえるのだ。
「シンプルかつ可能な限り少ないタッチでゴールを目指す」
フォーメーションや戦術は変えながらも、マドリーに根づく哲学はブレることがない。
ポゼッションサッカーという言葉は過去の遺物となり、あらゆるプレースピードが劇的に速くなっている現代サッカーにおいて、マドリーの哲学は時代に合致しながらも、流行に左右されないある種の不変的なスタイルでもある。先出のトゥリスタン氏が続ける。
「クラブの育成理念は昔から一貫して変わっていないよ。それは、『できるだけ少ないタッチで、できるだけ早くゴールまでボールを運ぶ』ということだ。そのスピードこそがマドリーのサッカーの根幹に根づくもので、このクラブが世界一たるゆえんだ。現代サッカーにおいて、マドリーのプレースピードに適応できる選手というのは、プレーする国やリーグ、チームのスタイルを選ばない柔軟性が身についているんだ」
では、どのようにクラブのメソッドを選手に落とし込み、伝えていくのか。同じくマドリーの育成部門で、長きにわたりファンデーション(スクール部門)に携わってきたガルシア・ハビエル氏の言葉が興味深い。
「マドリーやバルサのようなクラブに入る子どもたちというのは、例外なく特別な才能の持ち主だ。そんな子どもたちでも、トップチームに上がれる選手というのはほんの一握り。9割以上は別の道を探すことになる。私たちの仕事は、大多数のトップに上がれない選手たちとどう向き合うかが重要だ。日常的に熾烈な争いがあるカンテラでは、ついついサッカーを楽しむということを忘れてしまう選手もいる。だから、私たち指導者は自分たちの価値観を押しつけるのではなく、サッカーの楽しさをいかに伝えるかもマドリーの哲学ではある。サッカーを楽しめる子どもは理解も早く、向上するスピードも早い。そういったサッカーの本質をしっかりと理解した選手たちは、仮にこのクラブを出ることになってもやっていける土壌ができている」
強豪クラブですら指導者にとって最終目的地ではない
その一方で、バルサの下部組織関係者の証言もクラブの哲学を端的に表しているといえるだろう。
「アヤックスやバルサのようなクラブは、そのシステムや戦術というのは極めて特殊だ。育成の中にもクラブのDNAが組み込まれており、他のチームが真似をすることは難しい。ある意味では非常にシステマチックともいえる。ボールをコントロールし、自分たちがゲームを支配するということ。バルサの名前を聞けば、世界中の人がそのスタイルを連想するようにね。だが、その特殊性はときに良い面と悪い面を同時に兼ね備えることもあるんだ。それほどこのクラブの人とボールの動かし方は独自のものであり、バルサというクラブの特殊性を表している。我々は常にバルサのフットボールを体現することを目指す。例えば他クラブに移籍した選手がどう適応するかは、ベクトルが異なる話でもある」
指導者のスタンスも、クラブの源泉に流れるDNAも異なる両クラブだが、共通して聞こえてきたのは、スペインという国の育成のレベルの高さだ。加えてもう一つ、仮にマドリーやバルサといった強豪クラブですら指導者にとって最終目的地ではなくなっているという点だ。
例えば、両クラブではクラブを退団後に全く異なる新天地に拠点を移すというようなケースも散見されている。カタールの国家主導型育成機関である「アスパイア・アカデミー」にはバルサのカンテラ出身の指導者が多数を占めているのもその一例だ。一方で、UAE(アラブ首長国連邦)の育成機関であるSSS(スパニッシュ・サッカー・スクール)には、ミチェル・サルガドをはじめとしたマドリー出身者たちが籍を置く。
かつてバルサのカンテラに所属し、アスパイア・アカデミーの創設の携わったブラス・チャーリン氏は言う。
「バルサ、マドリーは疑うことなく世界一を競う育成組織だが、その立ち位置が必ずしも安泰というわけではない。バルサからも多数の指導者たちが“移籍”しているよ。少なくとも、施設と指導者のレベルに関しては、アスパイアはバルサに引けを取らない。スペインの中堅クラブの下部組織も年々勢力を伸ばしているしね」
マドリーのカンテラで監督を務めたあと、SSSのシニア・ディレクターへと転身したイニアッキ・ベニ氏はこう話す。
「近年ではマドリーからも多くの優秀な指導者がUAEや他国に渡っている。我々にとって、ゼロからのプロジェクトで自分を試す場というのは常に魅力的なものだ。もっとも、そういった挑戦を恐れないスピリットがマドリーの指導者たちには根づいているね。そういった姿勢は選手たちにも伝播する。昔からマドリーが世界一選手を輩出する育成組織であり、カンテラを出た選手たちがスペイン以外の他の国でも活躍できる理由は、こういった指導者たちのスタンスも影響しているんだ」
世界一のクラブでありながら決して慢心することない開拓者精神に、競争が生み出す適応力。シンプルさとスピードという、時代に左右されない明確なフットボールの真理。マドリーのカンテラが再び世界一へと登りつめた背景には、先人たちが紡いできたクラブの歴史と哲学が深部に刻まれている。
<了>
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