
FC今治J3昇格は、『27』に引き寄せられた。橋本英郎と岡田武史の「絆」の物語
日本代表に選ばれた経験があり、ガンバ大阪では5つのタイトル獲得に貢献した。FC今治のJ3昇格を決めるゴールをあげたのは、そんな40歳のベテランだった。これほどの経歴を持つ橋本英郎は、なぜ大きくカテゴリーを落としてまでJFL(実質4部)でプレーする道を選んだのか。そこには、岡田武史会長との絆と、『27』に引き寄せられた不思議な物語があった――。
(文・撮影=藤江直人)
橋本英郎の移籍後初ゴールが、J3昇格を決めた
口にした言葉が現実のものとなる。5月に不惑を迎えた大ベテラン、橋本英郎は言霊の力を信じずにはいられなかった。戦いの舞台をJFLへ移した今シーズン。ガンバ大阪やヴィッセル神戸などで活躍し、日本代表にも名前を連ねたいぶし銀のボランチは、周囲にこんな言葉を発し続けていた。
「昇格を決めるゴールを、僕は取りたい」
橋本の願いがかなったのは今月10日だった。夢スタの愛称で親しまれる、ホームのありがとうサービス.夢スタジアムに、前半戦で唯一の黒星をつけられたFCマルヤス岡崎を迎えたJFL第27節。3年越しの悲願でもあるJ3昇格をかけて、FC今治はキックオフの笛を聞いた。
今治がマルヤスに勝利し、なおかつ5位のホンダロックSC、6位のヴィアティン三重がともに引き分け以下ならば、J3へ昇格するための成績面での条件となる4位以内が確定する。3試合ともキックオフは午後1時。夢を成就させるためにも、まずは目の前の相手に勝たなければいけない。
試合が動いたのは27分だった。ボールを持った相手ディフェンダーに対して、味方を追い越して猛然とプレスをかけた橋本がバックパスを誘発させる。そして、あうんの呼吸で1トップの内村圭宏もマルヤスのゴールキーパーへアプローチをかけ、2列目の桑島良汰と玉城峻吾も連動する。
突然の展開に慌ててしまったのか。相手キーパーがキックを、右サイドにいた玉城の正面へ飛ばすミスを犯してしまう。すかさず玉城からペナルティーエリアの右角あたりにいた内村を介して、プレスをかけた後も高い位置に陣取っていた橋本が走り込んでいった先にパスが通る。
右足のインサイドキックからワンタッチで放たれたシュートが、ゴールの左隅を正確に射抜いた。出場18試合目、時間にして1380分目で生まれた移籍後初ゴールに、橋本は会心の笑顔を弾けさせた。
「前線からのプレスをスムーズにかけられていないと、監督も試合中に言っていたんですね。なので、なかなかスイッチを入れられなかった部分を、自分が入っていくことで助けてあげたいと考えていました。その結果として4人がいい形でプレスをかけたことでキーパーがミスキックをして、そこから落ち着いてみんながパスをつないでくれた。内村からは僕がシュートを打ちやすいボールを、正面でキーパーの動きを見ながら打てるボールを出してくれたので」
千金の先制ゴールを一丸となって守り切り、勝利を告げるホイッスルが鳴り響いた直後だった。ベンチに入れなかった、ジャージー姿の選手たちが笑顔でピッチへなだれ込んでくる。スマートフォンを手にしながら、他会場の経過をチェックしていたファンやサポーターの一部がたまらず泣き始めた。
開始早々に失点したホンダロックは同点に追いつくのが精いっぱいで、ヴィアティンはスコアレスドローに終わっていた。悲願達成に備えて用意していた、昇格記念Tシャツが選手たちに手渡される。夢に見た瞬間を手繰り寄せたゴールを問われた橋本は、胸を張って「狙っていました」と明かした。
「ゴールを決めるうえで最も大事なのは、気持ちだと僕はずっと思ってきました。その気持ちをいい形で表現できた。きれいなゴールじゃないかもしれないけど、これからクラブがJ2、J1と上がっていくなかで、J3への昇格を決めたゴールとして映像にも残っていく。それが一番うれしいですね」
カテゴリーを2つ下げることを選んだ本音
最後の2試合で1分1敗と勝ち点を伸ばせず、5位に終わってJ3への昇格を逃した昨シーズンのオフ。6位だった2017シーズンを含めて、3度目の失敗は許されない。新チームの編成を話し合っているときに、今治を運営する株式会社今治.夢スポーツの岡田武史代表取締役会長が切り出した。
「この選手、どうだろうか」
獲得を提案されたのは、岡田会長が卒業した大阪有数の進学校、天王寺高の後輩であり、ガンバ時代にはJ1やAFCチャンピオンズリーグ(ACL)など、5つのタイトル獲得を経験している橋本だった。
日本が初めて挑んだFIFAワールドカップ・フランス大会でコーチとして岡田監督を支え、その後はサンフレッチェ広島監督や日本サッカー協会の技術委員長などを歴任。今シーズンからは今治を率いることが決まっていた小野剛監督も、新チームに橋本を加えることに異論はなかった。
「基本的に若手を中心にチームをつくります。ただ、彼のような経験豊富な、若い選手のロールモデルになれる選手が数人いてくれると、その選手を見ながら若手が伸びていくと思います」
こんな言葉とともに岡田会長の提案に賛同した小野監督は、橋本と交渉の場をもって岡田会長の、そしてクラブ全体の思いを伝える。果たして、橋本はガンバ、ヴィッセル、セレッソ大阪、J3のAC長野パルセイロ、J2の東京ヴェルディに続く新天地にJFLの今治を選んだ。
ただ、ここで素朴な疑問が残る。40歳になるシーズンで、プレーするカテゴリーをJ2から実質的な4部リーグにあたるJFLへ、2つも下げることに不安はなかったのだろうか、と。長野、ヴェルディ時代に続いて単身赴任となる橋本は、偽らざる本音を明かしてくれた。
「J2でプレーできなくもなかったんですけど、自分の力を必要とされているレベルだったかといえば、オファーの感覚的にはこちらのクラブの方が明らかに強かった。去年あと一歩のところで昇格を逃したチームということもあって、あとひと越えのために僕や駒野(友一)といった、年齢が上の選手が呼ばれたと思っている。カテゴリーを下に落とすことは自分のなかでも勇気が必要でしたけど、それ以上にこれだけ地元から愛されるクラブでプレーできる喜びの方が大きい、と思ったので決断しました」
キャプテンのDF太田康介をはじめとして、何人かの今治の選手に連絡を入れた。クラブの歩みとともに今治の町もどんどん変わっていると聞かされたとき、決断が間違いではなかった確信した。
平成の間に人口が3万人以上も減少した今治市は、タオルと造船の町として長く知られてきた。いまでは岡田会長のもとで地域密着や国際交流などの各種活動、そして地域の子どもたちへの自然教育にも注力しているFC今治を中心に、新たな町おこしへの可能性が頭をもたげていた。橋本が続ける。
「そうしたクラブに自分も関わって昇格させていくことは意義があるというか、自分のサッカー人生においても非常に意味のあるシーズンになるんじゃないかと思えたんです」
危機に陥りかけたチームを救った、2人のベテランの経験値
橋本の、そして2度のワールドカップに出場した38歳のDF駒野友一の濃密な経験が、チームが陥りかけた危機を救ったこともある。終了間際に喫した失点でテゲバジャーロ宮崎に苦杯をなめた9月22日の第22節を皮切りに、今治は2分3敗と急停止を余儀なくされた。
黒星のなかには台風6号の影響で7月27日の開催が順延されていた、首位のHonda FCのホームに乗り込む大一番も含まれていた。合言葉としてきた「優勝して昇格」をかなえるうえでの大一番で、痛恨の逆転負けを喫したことも、橋本をして「ちょっと尾を引いてしまった」と言わしめる。
「相手も僕たちのパスをつなぐスタイルを研究して、長いボールを蹴ってくるようになった。必然的に難しい試合が多くなりましたけど、個人的にはみんながもっと緊張して、もっと危機感を覚える環境になってほしいと思っていた。Honda戦では優勝争いの緊張感を、その後は昇格がかかるプレッシャーを感じるようになったなかで、みんながどのようなチャレンジをして、どのような化学反応を起こしていくのか。切羽詰まったなかで監督と選手も話し合ったし、選手同士でも話し合ったなかで、成長した部分もあったと思っているので」
標榜するサッカーをうまく実践できなくなったなかで、前線の選手と最終ラインの選手の間に考え方の齟齬(そご)が生じ、おのずとフラストレーションが溜まっていく。チームが浮き足立ちかねない状況に直面したとき、橋本や駒野の泰然自若とした立ち居振る舞いが今治を原点に立ち返らせた。
「このチームは後ろで守るんじゃない。一番は自分たちからアグレッシブに、前からプレッシャーをかけていくこと。そこをはっきりさせたことはよかった」
ロングボールの出どころにプレッシャーをかけることで、包囲網に風穴を開けるきっかけをつくったと駒野が振り返る。シーズンの残り3戦は消化ゲームにはならないと、橋本も思いをシンクロさせる。
「問題を完全にクリアした、という感覚は僕にはない。まだまだ難しい試合が続くと思っています」
J3の舞台に立つ来シーズンへとつながっていくからこそ、1分1秒たりとも無駄にできないと橋本は言いたいのだろう。偶然にも市内の同じマンション内に部屋を借りている橋本を、岡田会長はピッチ上における監督と位置づけたうえで、感謝の思いを捧げることを忘れなかった。
「あれだけの経験をもっている男が、チームをクールにコントロールしてくれた。呼んだことを本当によかったと思っています」
勝利の余韻と昇格を果たした歓喜が交錯していた試合後に、橋本のスマートフォンには祝福のメールが続々と届いていた。そのなかに、意外な事実を告げてくれる友人からのそれがあった。
「今日が第27節で、前半27分に背番号『27』の僕がゴールを決めた、と。それまで僕もわからなかったんですけど、そういう流れが重なったんだな、といまでは思っています」
ガンバでの最初の2年間とセレッソに所属した1年半を除いて、愛着深い「27」を常に背負ってきた。言霊の力に導かれた摩訶不思議なストーリーは、もしかすると新天地における背番号を橋本が選んだ瞬間に、秋の大団円へ向けて幕を開けていたのかもしれない。
<了>
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