東京五輪キーマン・板倉滉、急成長の理由とは? 川崎で培った姿勢とオランダでの充実
誰よりも悔しさを募らせていた。完敗だった11月17日のU-22コロンビア代表戦、先発フル出場しながら、自分自身のパフォーマンスにも、演じるべき役割にもまったく納得できなかった。だが、板倉滉は、この悔しさを糧に、前に進み続ける。これまで自身の前に立ちはだかってきた壁を乗り越えてきたように、東京オリンピックの舞台で一回りも二回りも成長した姿を見せてくれるはずだ――。
(文=藤江直人、写真=Getty Images)
板倉の海外挑戦は、言葉の壁に直面することから始まった
将来のプロサッカー選手を目指し、アカデミーで心技体を磨いていた10代の日々に戻れるとしたら。オランダの地でプレーする22歳の板倉滉は、迷うことなく英会話のレッスンに励む。
「勉強しろと言われてはいましたけど、当時は本当にまったくしていなかったですからね。オランダへ行って結局のところ苦労するというか、案の定、最初のころは何もわかりませんでした」
来夏に迫った東京オリンピックへ向けた、森保一監督をして「現時点におけるベストメンバー」と言わしめた22人のなかに名前を連ねたU-22日本代表の広島キャンプ。同世代の仲間たちと1週間を共有したなかで、板倉は海外でプレーするうえでの語学の大切さへあらためて思いを馳せている。
例えばともに6月にひと足早くフル代表の戦いに主戦場を移し、コパ・アメリカ2019やFIFAワールドカップ・カタール大会アジア2次予選をともに経験した18歳の久保建英(マジョルカ)。帰国直前に待望の初ゴールを決めていた俊英が流暢なスペイン語を操る姿を、何度も目の当たりにしてきた。
久保だけではない。フローニンゲンで今夏までチームメイトだった堂安律(PSVアイントホーフェン)、さらには自身と同じ今年1月にオランダへ新天地を求めた中山雄太(ズヴォレ)も、英語でチームメイトたちとコミュニケーションを取ることに関して不自由していない。
「律と雄太は、やっぱり頭がいいですよね。律はオランダで3年目ということでいろいろとわかっているし、雄太は自分よりはるかにしゃべれる。オランダへ行く前から勉強していたみたいなので」
もっとも、過去を変えることはできないが、現在進行形で積み重ねていく努力の結晶として未来は変えられる。今シーズンのフローニンゲンで、開幕からリーグ戦で全13試合に先発フル出場。ピッチ上で感じている充実ぶりと、英語の習熟ぶりとは密接にリンクしている。
「みんなとは英語でやり取りしています。オランダ語は全然理解できないので。最初のころは英語もまったく理解できなかったけど、いまは徐々に理解できるようになった。何とか頑張っています」
言葉の壁を少しでも早く乗り越えさせるために、フローニンゲンは英語の教師を選手個々につける。ガンバ大阪から2017年夏に加入した堂安も、マンツーマンの指導のもとで英語のレベルを上達させた。そして板倉には、10代の子ども2人を持つオランダ人の女性がアテンドされた。
「その先生にすごくよくしてもらっているので。回数は週2回で、曜日は特に決まっていません。レッスンは1時間くらいですね。最初は2時間と言われたんですけど、そんなに長い時間はさすがに集中できないので。ただ、レッスンにプラスして先生の家へ夕食を食べに行くとか、子どもたちと一緒に遊ぶときにも英語をしゃべる。子どもたちの英語のレベルも僕と同じくらいなので、逆にわかりやすいというか。いまではもっと、もっと英語をしゃべりたい、という気持ちが出てきています」
試合に出られない時期の姿勢は、フロンターレ時代に培われた
新天地フローニンゲンでコミュニケーションへの不安が薄まっていくたびに、身長186cm体重75kgの身体に宿る潜在能力が解き放たれていく。途中から加わった2018-19シーズンは出場機会ゼロに終わったが、終盤戦を迎えたころにはある変化が生じていたと板倉は振り返る。
「最初のころはベンチに座ったままで、名前を呼ばれる気配もありませんでした。それが最後の方になると『アップしてこい』と言われるようになった。少しずつですけど監督に認められている、試合出場に近づいていると自分のなかでも感じられるようになったんです」
試合に出られない時期に、いかにして自分を保つことができるか。日々の練習で100%以上のアピールを繰り返していく姿勢は、プロの第一歩を踏み出した川崎フロンターレ時代に培われたものだ。
フロンターレが2006年に立ち上げたU-12の1期生として、小学校4年生のときから下部組織でプレーしてきた。順調に昇格を果たしたU-18ではキャプテンも務め、同期の三好康児(現ロイヤル・アントワープ/ベルギー)とともに、2015シーズンから念願のトップチーム昇格を果たした。
しかし、憧れ続けてきた舞台では、プロの高く険しい壁の前にはね返され続けた。ルーキーイヤーはJリーグU-22選抜の一員として、J3で2試合プレーしただけに終わった。2016シーズン以降の2年間もリーグ戦ではトータル7試合、それもすべて途中出場にとどまった。
プレー時間の合計は、ほぼ1試合分の93分間にすぎなかった。迎えた2018シーズン。オファーをもらっていたベガルタ仙台へ期限付き移籍することを決めた。J1王者の厚い壁に阻まれながらも、決して腐らなかったからこそ、ベガルタからJ1を戦う戦力として白羽の矢を立てられた。
「フロンターレでずっとプレーしてきたこともあって、正直、迷いはありました。それでも、移籍を決めたときにはベガルタで自分のプレーをしっかり出そう、という気持ちに切り替えました。同世代の選手がけっこう試合に出ていたので、焦らずに、とは思いつつも、少し焦りもあったので」
ベガルタの一員になった直後の板倉が口にしていた「同世代の選手」とは柏レイソルで主軸を担っていた中山であり、フローニンゲンで活躍していた堂安であり、同時期にフロンターレから北海道コンサドーレ札幌へ期限付き移籍した三好だった。すべて東京オリンピック世代の盟友たちとなる。
果たして、3バックの左ストッパーを務めたベガルタではリーグ戦で24試合に出場して、3ゴールをあげた。迎えた今年1月。プレミアリーグの強豪マンチェスター・シティから、青天の霹靂にも映る完全移籍でのオファーが届いた。労働許可証が降りない関係で他国へ期限付き移籍するとわかっていても、高いレベルに挑みたいという思いを抑えることはできなかった。
「厳しい環境に身を置いて、がむしゃらに突き進んでいきたい」
完全移籍が決まったときに、フロンターレの公式ホームページに綴られたコメントを、板倉は実践し続けてきた。そして、語学面でもフォローしてくれるフローニンゲンを期限付き移籍先として提案され、決断したことで、ピッチの内外ですべての歯車ががっちりと噛み合った。
「試合に出られていない状況への焦りも当然ありましたけど、だからといって腐るということはまったくなかった。逆に焦りがあったからこそ、すべての試合が勝負だと思って取り組んできた。これを継続していくというか、フローニンゲンでも日本代表でも、一日一日を大事にしていきたい」
U-22代表とフル代表の間にそびえ立つ、高く険しい壁
今シーズンに関しては、開幕前のキャンプからしっかりとアピールできたことで、指揮を執って4年目になるオランダ人のエルネスト・ファベル監督の信頼を勝ち取った。センターバックの左で先発フル出場を続けてきたなかで、自らの感覚を海外仕様にアジャストさせる作業も続けてきた。
「日本では体験できなかったスピードや足の伸び、強さというものをいまは感じている。Jリーグのときと同じタイミングでのスライディングタックルがファウルになり、場合によってはイエローカードをもらってしまう。いまは試合をこなしていくなかで足の伸びや、スピード感といったものにも慣れてきているので、これからも続けていくことでさらに成長できるんじゃないかと思う」
今シーズンを振り返る板倉は、エメンを1対0で完封した8月3日の開幕戦の前半26分にいきなりイエローカードをもらっている。未知の領域だった外国人選手の身体能力に怯むことなく、逆に自らのプレーを適応させることで限界を引き上げてきた。感性の高さもまた、板倉を支える武器となる。
「オランダに来て体重は増えましたし、もっともっと増やすようにいまも努力しています。日本では相手に吹っ飛ばされた経験はあまりないんですけど、オランダで自分よりも小さな相手にぶつかったときに、思い切り吹っ飛ばされたので。センターバックでプレーしていくうえで、最も足りていないところだと自分では感じているけど、一気に増やしても身体に変な負担がかかってしまうので、徐々に、徐々にという感じで取り組んでいます」
オランダにおいて現在進行形で向上させている「技」と「体」が土台となって、板倉の急成長を導いている。もう一つの「心」も、日の丸が触媒となるかたちで大きく成長した。
東京オリンピック世代を中心に据えた陣容で臨んだ、6月のコパ・アメリカ2019の2試合で先発出場した。ポジションはセンターバックではなくボランチ。キャプテンを務めた柴崎岳(デポルティボ・ラ・コルーニャ)とのコンビが高く評価され、9月からはフル代表に主戦場を移した。ワールドカップ予選の舞台にはまだ立っていないが、常日頃から掲げられる目線の高さは明らかに変わった。
「試合に出られていないことに対してまったくネガティブになっていないし、逆にフル代表で得るものがたくさんあった。あれだけのプレッシャーのなかでずっと戦ってきた選手たちと一緒に行動して、いろいろな話を聞いたなかで、自分に足りないものも見つかったというか。もっと、もっと貪欲にやらなきゃいけないという気持ちにさせられたことは、間違いなくポジティブに捉えていい」
フル代表での日々を振り返ったとき、東京オリンピックを目指すU-22代表との間にそびえる、高く険しい壁の存在を感じずにはいられなかった。それは練習の段階からプレーの一つひとつにほとばしる激しい火花であり、トップカテゴリーの代表チームに生き残っていくための執念だった。
「うまいプレーではなく、激しいプレーを見せていかなければいけない。そういった緊張感は、このアンダー世代に足りないところだと思っているので、自身自身、それを出す努力をしていきたい。そうすることで、このチームのレベルはさらに上がっていくと思っている」
完敗のコロンビア戦で募らせた悔しさを糧に……
フル代表で得た経験を還元したいという思いを抱き、3月にミャンマーで開催されたAFC U-23アジア選手権予選以来、約8カ月ぶりにU-22代表へ復帰した。明確な青写真を描いていたからこそ、U-22コロンビア代表に0対2で完敗した11月17日のキリンチャレンジカップ2019は納得できなかった。
「球際で負けすぎているし、誰かがやってくれるだろう、誰かが守ってくれるだろう、という感じに見えた。チーム全体として、ボールを受けるのを怖がっているシーンも多かったし、いろいろなポジションの選手が『もっとパスをくれよ!』と言ってもよかったんじゃないか、と」
昨夏のロシア・ワールドカップ後に船出した、森保兼任監督に率いられるフル代表で主軸を担い続けた関係で、U-22代表に初めて招集された堂安が試合後に口にした言葉を、板倉も共有している。
「1対1の局面で絶対に負けないとか、球際の攻防で戦うとか、そういうところは最低限やらなきゃいけないし、そういう戦う姿勢をもっと、もっと見せなきゃいけなかった」
10月にはサッカー王国ブラジルに乗り込み、U-22ブラジル代表から3対2の逆転勝利をもぎ取った。一気に期待を高め、注目を集めた東京オリンピック世代が、堂安や久保、そして板倉が加わった広島の地で、まるで別人のようなパフォーマンスを演じてしまったのはなぜなのか。
特に前半が消極的に映ってしまったいくつかの理由を紐解いていくと、緊張感にたどり着いた。森保監督のもとで東京オリンピックへ向けた男子代表チームが立ち上げられた2017年の年末以来、日本国内で試合に臨むのはコロンビア戦が実は初めてだった。
東京オリンピックまで8カ月あまりに迫った状況に、ブラジルを撃破した前評判が相乗効果を呼び込んだのか。エディオンスタジアム広島には約2万6000人のファンやサポーターが集結した。
「日本国内で初めて、しかもこれだけのサポーターが入ったなかで緊張感というのもあったと思う。スタートから勢いをもって試合に入れなかったし、相手が前から激しくきたなかでちょっと受け身になってしまった部分もある。でも、実際に東京オリンピックを戦う、となったときの初戦のプレッシャーはこんなものじゃないし、緊張感も今日以上のものが100%確実に待っている。その舞台でまた受け身の戦いをすることは絶対に許されない」
ワールドカップ予選を振り返れば、敵地で行われたミャンマー代表戦とタジキスタン代表戦は、決して楽な展開ではなかった。ストレスを溜め込むような状況で、チームを鼓舞していたのがキャプテンのDF吉田麻也(サウサンプトン)であり、33歳のベテランDF長友佑都(ガラタサライ)だった。
森保監督の不在時に指揮を執る横内昭展コーチから、板倉は3バックの真ん中と左、4バックの左センターバック、そしてボランチでプレーする準備を常にしてほしいと要求されている。実際にコロンビア戦では3バックの左で先発し、後半途中から4バックの左センターバックに回ってフル出場した。
板倉自身は最後尾から声を出し続けたが、残念ながらチーム全体には伝わらなかった。自分自身のパフォーマンスにも納得していないが、フル代表における吉田や長友を演じられなかった、精神的な支柱にもなりえなかった90分間に募らせた悔しさもまた、今後への糧に変えていく。
「日本代表を背負って戦う以上は、負けてもいい試合なんてない。ただ、コロンビア戦はもう終わってしまったことなので、二度と繰り返さないように、そしてコロンビア戦を無駄にしないように、全員が所属チームに戻ってまた努力していければと思っています」
堂安や久保が攻撃の中心ならば、最終ラインやボランチとしてハイレベルでプレーできる板倉は守備の中心を担う。次に招集されるカテゴリーは現時点で未定だが、現時点よりも一歩も二歩も成長している姿を思い描きながら、板倉はフローニンゲンでの充実した日々をさらに加速させていく。
<了>
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