川崎・谷口彰悟、ルヴァン決勝の退場劇で見せた成長の跡 危機管理術の極意とは

Career
2019.10.31

2019JリーグYBCルヴァンカップ決勝は、北海道コンサドーレ札幌とPK戦までもつれ込む激戦の末、川崎フロンターレの今大会初優勝で幕を閉じた。

この試合の延長戦前半、決定的得点機会を阻止したとして川崎フロンターレの守備の要である谷口彰悟がレッドカードを受けた。チームが窮地に陥った状況の中で、彼が取った冷静な行動が話題となっている。

明治安田生命J1リーグ第29節の対ガンバ大阪戦で起きたアクシデント時の対応でもサッカーファンの注目を集めた谷口彰悟が語る危機管理術とは?

(文=江藤高志、写真=Getty Images)

DFにとって必要な危機管理能力

谷口彰悟にとっての危機管理とは、正しく優先順位をつけることだという。

「何を一番やられてはいけないかというところから常に考えてやっていかないと。その順番を間違えると、いろいろなところでやられてしまうので」

DFにとっての最優先されるべきはゴールを与えないということ。このテーマに対し、場面場面で状況を判断してプレーを選んでいくのだという。

「カウンターを受けてる時だったらボールホルダーの持ち方とか、走ってくる人の走り方。ランニングコース。そういうことによっていろんなことが局面ごとに変わっていきますし、それらを判断しながら対応を変えていきます」

その対応の中でボールを奪えればベストだがそう簡単ではない。場合によってはシュートを打たれることもあるが、たとえそうなったとしても「一番(得点につながる)可能性が低い状態でシュートを打たせる」ことまで考えて対応するのだという。

試合中、そうした対応を続けてきた谷口の危機管理能力が生きた場面があった。10月26日に行われた2019JリーグYBCルヴァンカップ決勝の北海道コンサドーレ札幌戦のことだった。札幌が後半アディショナルタイムに決めた同点ゴールにより、迎えた延長戦前半4分。

ドリブル突破するチャナティップに対し、谷口が体を入れてボールを奪い切る。審判によってはノーファールと判定されてもおかしくないプレーだったが、荒木友輔主審はこれをファールコール。さらに谷口にイエローカードが提示される。その後VARからの助言を得た主審が(ピッチ脇のモニターで改めて映像を見て確認する)オンフィールドレビューを経て判定を変更。谷口にレッドカードが出される。

「まったくそういう(決定機会阻止という)意図もないですし、手も使ってない。そんなに悪質という感覚はないんです」と話す谷口。

だから谷口は「あのシーンについては、まずファールを取られて驚いて、カードが出て驚いて、レッドが出て驚いてという感じだったので。そのくらいの感覚でした」と振り返る。

レッドカードを提示された瞬間の谷口の表情がその驚きを表現していた。同じ状況に置かれた時に、怒りに震える選手が出ても不思議ではない判定だったが、この時の谷口は冷静だった。

「ああいう状況になってもちろん言いたいことはいっぱいあるし、でもどこかで覆らないというのは考えていて、そうなった時にセンターバックが抜けるとなると、ポジションが代わる選手が出てくるなと」

そんなことを考えていた谷口がふとベンチを見ると「オニさん(鬼木達監督)が戦術ボードをずっといじってたので。フォーメーションだったり選手の配置をどう換えるのか、考えてるんだなと思って。それで周りにいた選手の中のノボリさん(登里享平)に行ってもらって」。

「指示を聞いてきてください」と頼んだのだという。

登里がベンチに走る間「そこからは言い方は悪いですが、時間稼ぎ」をしていたのだと谷口。主審と話をしていたのは、VARに対する悪あがきではなく登里が鬼木監督からの指示を受け取るまでの時間を作るためのものだった。

ベンチから登里が戻ってくるのを見届けて、ロッカーに歩き始めた谷口はすれ違いざまの登里に「とりあえず、このFKだけしのげば一つ落ち着くからということ」を伝えたのだという。「でも入れられましたが」と苦笑いするが、退場を宣告された谷口はできることの最大限をやり尽くしていた。

SNSを中心に広がった谷口への誤解

この一連の行動について谷口は経験を元にしたものだと話す。今季谷口は、プロのキャリアで初めての退場を宣告されている。明治安田生命J1リーグ第22節の名古屋グランパス戦のことだった。0−3と大きくリードされた後半35分にリスタートを遅らせる相手の胸を突き飛ばし2枚目のイエローカード。このあとの対応について谷口には反省があったのだという。

「(名古屋戦でイエローカードを)2枚もらって退場した時に、オレちょっと出るのが早かったんですよ。(川崎は)3枚交代したあとだったので。色々と配置を換えないといけない状態だったので」

鬼木監督は、谷口が退場したセンターバックに右サイドバックでプレーしていた車屋紳太郎をスライド。車屋のポジションに齋藤学を落とすという苦肉の策を取って最終ラインをまとめる。こうしたフォーメーション変更が必要な場面だからこそ、時間に余裕はあったほうがいい。その時間を十分に確保できなかったという反省が谷口にはあった。その経験を、この札幌戦では生かせたという。

攻撃的なスタイルを取る川崎にあっては、相手攻撃陣と数的同数のカウンターを止める必要が出てくる。ハイリスク過ぎて普通は避けたい状況だが、そういう場面でも川崎の守備陣は相手を止め続けた。瞬時に最適な判断を連続して行う経験を積み重ねてきた谷口と、彼を含めた川崎の守備陣だからこそできることであろう。

「それをずっとやってきているということは間違いなく言えることですし、瞬時にパッパッと見て、どう守るのかを計算して、描いて行動に移せるのか(が大事だと思います)」

そうやって、瞬時に優先順位を正しくつけてきた経験が生きたのが、第29節のガンバ大阪戦のアクシデントであろう。

後半20分にG大阪の倉田秋と登里が接触。この場面で谷口はピッチに倒れ込む両選手を把握。倒れてはいたが、意識はあった登里よりも意識をなくし、首で体重を支えていた倉田に駆け寄ることを決断。気道を確保しつつ首から負荷を無くすべく体勢を横向きに変えようとしていたという。

この時に意識が戻った倉田が立ち上がろうとしたことで、谷口が無理やり引き起こそうとしているように見えSNSを中心に谷口に批判が集まった。谷口自身、「なんかいろいろと(SNSで)叩かれているみたいで、なんでそこまで言われるのか映像をちょっと見直したんですが、確かにあのアングルだとオレが無理やり起こしてるように見えるなと」と話す。ただ、谷口本人の説明や違う角度からの動画などにより、谷口への批判が誤解だったことが判明している。救急対応については筑波大学時代に学んでおり「そこら辺の知識はある程度はあった」のだという。

アクシデントが起きた時ほど冷静な対応が重要になる。あらゆる状況を想定し、迅速に対応できることこそトッププレーヤーの危機管理術といえるのかもしれない。

<了>

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