![](https://real-sports.jp/wp/wp-content/uploads/2023/08/33f43a0011c311ea8b62bd346eab2e12.webp)
「マリオカート」がヒント! 電気自動車のF1「フォーミュラE選手権」急成長の理由
11月22日にサウジアラビアで開幕した、電気自動車の「フォーミュラE選手権」。6シーズン目を迎えたこの大会が今、環境意識の高まりとともに、世界中で若者を中心に人気を博している。
自動車レースとして後発のフォーミュラEが、最高峰のF1といかにして差別化を図りながら、驚異的なスピードで成長を遂げているのだろうか? その明確な戦略と、「マリオカート」からヒントを得たというユニークな仕組みづくりを知る。
(文=川内イオ、写真=Getty Images)
売上高50%増、フォロワー数212%増、驚異的な急成長のフォーミュラE
驚異的なスピードで成長している自動車レースをご存じだろうか? 「電気自動車のF1」とも称される「フォーミュラE選手権」だ。
フォーミュラEを統括しているのは、F1と同じFIA(国際自動車連盟)。2014年9月の開幕を前に大手自動車メーカーの反応は薄く、2014-15年のシーズン1にワークスチームとして参戦したのはインドの自動車メーカー・マヒンドラのみだった。
しかし、世界的な環境意識の高まりと、それに後押しされた電気自動車の普及によって風向きが変わり、昨シーズンまでにPSAグループ(旧プジョー・シトロエン・グループ)、ジャガー、アウディ、日産が参入。そして、11月22日にサウジアラビアで開幕した2019-20シーズンは新たにメルセデスとポルシェも加わって、フォーミュラE史上最多の12チーム24台が参戦した。この12チームが、2020年7月末に予定されているロンドンでの最終戦まで、世界各地で開催される計14レースでトップを争う。
トヨタ、ホンダなどの日本メーカーが参戦していないせいか日本での注目度は低いが、世界的にはフォーミュラEへの関心は高い。今年9月にフォーミュラEが公表した数字が、それを裏付けている。
2018-19シーズンの売上高は、前シーズンから50%以上の増加となる2億ユーロ超で、初めての黒字を記録。テレビ視聴者数も、前年比24%増の延べ4億1100万人となった。そのほか、Facebook、Twitter、Instagram、YouTubeのソーシャルメディアのフォロワーの合計数が前シーズン比で212%増加して約292万人になり、動画の視聴回数は61%増加して約8億5000万回に達するなど、軒並み絶好調だ。
さらに、フォーミュラEによると、SNSのフォロワーの72%が35歳未満、動画を視聴しているファンのうち42%が25歳未満としており、スポーツ界全体の課題であり目標である若年層の開拓にも成功している。
大都市の公道でレースを開催するメリット、F1との差別化
なぜ、これほど人気が高まっているのか。そこには、明確な戦略がある。自動車レースの最高峰であるF1レースと比較するとわかりやすい。F1といえば、独特の甲高い走行音を思い浮かべる読者も多いだろう。F1の一つの醍醐味ともいえるが、それだけに街中の公道を走るレースはモナコやシンガポールなどごく一部に限られていた。
派手な走行音がしない、排気ガスも出さないフォーミュラEは、その特徴をアピールする目的もあって、すべてのレースを大都市の公道で開催している。今シーズンもメキシコシティ、ローマ、パリ、ソウル、ベルリン、ニューヨーク、ロンドンなど大都市でのレースが目白押し。往年のF1ファンからすれば、走行音が響かないレースは物足りないのかもしれないが、大都市の公道をレーシングカーが高速で走り抜ける風景は、自動車レースに詳しくない人の関心を引き付けるには十分だ。
F1を含むたいていのカーレースは、サーキットに行かなければ見ることができない。それは、すなわち、チケットを買ってサーキットに足を運ぶ熱心なファン以外、ナマのレースを観戦する機会がないことを意味する。鈴鹿サーキットで開催されるF1のチケット価格を調べてみると、自由席が9200円、指定席の最安値は1万5200円。15歳から23歳までの割安な指定席チケットもあるが、それでも最安値は1万200円だった。特にF1のファンではないとしたら、気軽に買える価格ではない。
一方、公道を走るフォーミュラEであれば、街を挙げてのイベントになるため、ファンでなくてもレースを身近に感じることになる。興味があれば、ビルの上からレースをのぞくこともできるだろう。公道を走ることで、開催地の住民との接点は激増する。その結果、住民が初めて意識する、あるいは初めて盛り上がりを体感する自動車レースがフォーミュラEになる可能性が高い。
市街地を走るため、最高速度は時速225キロに抑えられており、平均速度が250キロ前後、最高速度が370キロを超えるF1のファンからは「物足りない」「遅い」と指摘されがちだ。しかし、一般人からすれば、時速200キロ超で街中を走る車を目にする機会などないのだから、目の当たりにすればそのインパクトは大きいはずだ。
「マリオカート」からヒントを得た、ファンを巻き込む仕組みづくり
フォーミュラEは、ファンを巻き込む仕組みもつくり出した。それが2014年から続く「ファンブースト」だ。SNSの人気投票で選ばれたドライバー(レースごとに5名)には使用する車のパワーアップが認められ、通常のレースモードでは200キロワットの最高出力のところ、ファンブースト使用時は最大250キロワットの出力で走行できる。まさに、ファンがドライバーを後押しできるわけだ。
ちなみに、ファンブーストモードはレースが始まって23分経過してから、さらに「アタックモード」の中だけで使用できるという条件がある。アタックモードとは、通常のレーシングラインから外れたところに設置されるゾーンで、昨シーズンから導入された。そこに入ったドライバーがハンドルにあるボタンを押すと、どの車も225キロワットまで出力がアップし、加速することができるようになっており、人気投票で選ばれた5人がこのゾーンでファンブーストを使用すると、250キロワットの出力になる。
アタックモードの使用は、義務付けられている。自動車レースは基本的に同じコースを周回するが、フォーミュラEは、ドライバーがいつアタックモードに入って加速するのか、その選択がどういう結果をもたらすのか、ファンをハラハラさせる展開を用意しているのだ。実はこの機能、人気ゲーム「マリオカート」を参考に開発されたそうで、このゲーム的な要素がまたファンを引き付けるのだろう。
高まる日本開催への期待
さらに、動画の活用方法が秀逸だ。公式YouTubeには、チームに焦点を当てた1分から5分程度のものから、レースをまるまる視聴できる動画まで多数アップされており、すべての動画がファッショナブルなデザインで統一されている。
中には、映画『アナと雪の女王』に登場するキャラクターを登場させて面白おかしく構成した動画(「Let It Go Green! Formula E Frozen Parody」)もある。フォーミュラEに興味を持った人がレースのない日でも楽しめるコンテンツを充実させ、ソーシャルメディアで日々配信しているのだ。
フォーミュラEのこういった戦略と成長を高く評価しているからこそ、年々参戦する自動車メーカーが増えているのだろう。特に、若者の間での高い人気は、自動車メーカーにとって見逃せないポイントだ。
フォーミュラEは日本でのレース開催を希望しており、今年1月には東京都が誘致の検討を始め、調査費用として1000万円の予算を計上したことがニュースになった。日産が本社を置く横浜も有力な候補地になっていると報じられている。これまで公道でモータースポーツが行われたことのない日本での開催が決まれば、敷居が低く、エコでクールなフォーミュラEの人気が沸騰する可能性もある。
<了>
ダルビッシュ有は、なぜTwitterで議論するのか「賛否両論あるということは、自分らしく生きられてる証拠」
アルゼンチンで「リアルサカつく」? 世界基準の日本人FWを育成する「FC無双」の挑戦とは
ラグビーW杯、前代未聞のSNS戦略とは? 熱狂の裏側にあった女性CMOの存在
FacebookからTikTokまで! 最新デジタル戦略で描く、NFL「3兆円」時代へのシナリオ
18歳サター自殺は他人事ではない アスリートの人生狂わす過剰な報道と期待
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
指導者の言いなりサッカーに未来はあるのか?「ミスしたから交代」なんて言語道断。育成年代において重要な子供との向き合い方
2024.07.26Training -
松本光平が移籍先にソロモン諸島を選んだ理由「獲物は魚にタコ。野生の鶏とか豚を捕まえて食べていました」
2024.07.22Career -
サッカーを楽しむための公立中という選択肢。部活動はJ下部、街クラブに入れなかった子が行く場所なのか?
2024.07.16Education -
新関脇として大関昇進を目指す、大の里の素顔。初土俵から7場所「最速優勝」果たした愚直な青年の軌跡
2024.07.12Career -
リヴァプール元主将が語る30年ぶりのリーグ制覇。「僕がトロフィーを空高く掲げ、チームが勝利の雄叫びを上げた」
2024.07.12Career -
ドイツ国内における伊藤洋輝の評価とは? 盟主バイエルンでの活躍を疑問視する声が少ない理由
2024.07.11Career -
クロップ率いるリヴァプールがCL決勝で見せた輝き。ジョーダン・ヘンダーソンが語る「あと一歩の男」との訣別
2024.07.10Career -
なぜ森保ジャパンの「攻撃的3バック」は「モダン」なのか? W杯アジア最終予選で問われる6年目の進化と結果
2024.07.10Opinion -
「サッカー続けたいけどチーム選びで悩んでいる子はいませんか?」中体連に参加するクラブチーム・ソルシエロFCの価値ある挑戦
2024.07.09Opinion -
高校年代のラグビー競技人口が20年で半減。「主チーム」と「副チーム」で活動できる新たな制度は起爆剤となれるのか?
2024.07.08Opinion -
ジョーダン・ヘンダーソンが振り返る、リヴァプールがマドリードに敗れた経験の差。「勝つときも負けるときも全員一緒だ」
2024.07.08Opinion -
岩渕真奈と町田瑠唯。女子サッカーと女子バスケのメダリストが語る、競技発展とパリ五輪への思い
2024.07.05Opinion
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
築地市場跡地の再開発、専門家はどう見た? 総事業費9000億円。「マルチスタジアム」で問われるスポーツの価値
2024.05.08Technology -
沖縄、金沢、広島…魅力的なスタジアム・アリーナが続々完成。新展開に専門家も目を見張る「民間活力導入」とは?
2024.04.26Technology -
DAZN元年にサポーターを激怒させたクルクル問題。開幕節の配信事故を乗り越え、JリーグとDAZNが築いた信頼関係
2024.03.15Technology -
「エディオンピースウィング広島」専門家はどう見た? 期待される平和都市の新たな“エンジン”としての役割
2024.02.14Technology -
意外に超アナログな現状。スポーツ×IT技術の理想的な活用方法とは? パデルとIT企業の素敵な関係
2023.10.20Technology -
スポーツ庁の想定するスタジアム像を超える? いわきFCが挑戦する、人づくりから始まるスタジアム構想
2023.08.07Technology -
スマホでピッチングが向上する時代が到来。スポーツ×IT×科学でスター選手は生まれるのか?
2023.06.09Technology -
「一人一人に合ったトレーニングをテーラーメード型で処方」アスリートをサポートするIT×スポーツ最前線
2023.06.06Technology -
スポーツ科学とITの知見が結集した民間初の施設。「ネクストベース・アスリートラボ」の取り組みとは?
2023.06.01Technology -
「エスコンフィールドHOKKAIDO」「きたぎんボールパーク」2つの“共創”新球場が高める社会価値。専門家が語る可能性と課題
2023.04.21Technology -
東京都心におけるサッカー専用スタジアムの可能性。専門家が“街なかスタ”に不可欠と語る「3つの間」とは
2023.03.27Technology -
札幌ドームに明るい未来は描けるか? 専門家が提案する、新旧球場が担う“企業・市民共創”新拠点の役割
2023.01.27Technology