
マリノス超攻撃サッカー支えたGK朴一圭、地域Lから駆け上った愚直な努力と生き様
15年ぶりのJ1リーグ制覇を成し遂げた横浜F・マリノス。その超攻撃サッカーを最後尾から支えた男は、ほんの1年前までJ3のピッチで戦い、一時は地域リーグにもその身を投じていた。朴一圭(パクイルギュ)は、いかにして夢の舞台へと駆け上がってきたのか。その背景には、決して満足することなく愚直なまでに努力を続ける生き様にあった――。
(文=藤江直人、写真=Getty Images)
自分を見いだしてくれたマリノスへの感謝の想い
自分を見つめてくれているサッカーの神様に、この1年間で何度感謝しただろうか。まるでドラマのような、日本サッカー界でも例を見ない痛快無比なサクセスストーリーを成就させた横浜F・マリノスの守護神、朴一圭(パクイルギュ)は「夢や希望、勇気といったものは与えられたのかな」と笑顔を輝かせる。
「カテゴリーの違いもちろんありますけど、皆さんが思っているほどの実力差というものは、僕自身は無いと思っています。本当にちょっとした差だと思うし、その差を自分でしっかりと見極めてプレーを続けていけばカテゴリーを上げられるし、上のカテゴリーでチャンスをつかみ、結果を残すことも可能だと思うので。その意味ではすごく大切な1年だったし、大切な1日でした」
波乱万丈に富んだ、と表現してもいい1年間を朴が感慨深げに振り返ったのは、マリノスが15年ぶりに手にしたリーグ優勝の余韻が色濃く残る、ホームの日産スタジアム内の取材エリアだった。わずか1年前はFC琉球の守護神として、J3制覇とJ2昇格の二重の喜びに浸っていた。
直後に届いたマリノスからのオファー。接点をさかのぼっていけば、おそらくは2018年1月のマリノスの石垣島キャンプ中に組まれた、FC琉球との練習試合に行き着く。青天の霹靂にも映る驚きと自分を見いだしてくれたマリノスのスカウト陣への感謝の思いを胸中に同居させながら、J2を飛び越しての、夢として位置づけてきたJ1へのステップアップを決意した。
埼玉県で生まれ育った朴は朝鮮大学を卒業した2012シーズンに、当時JFLを戦っていた藤枝MYFCでキャリアをスタートさせた。翌シーズンには関東サッカーリーグ1部のFC KOREAへ移籍。新たに創設されたJ3に藤枝の参戦が決まったことに伴い、2014シーズンに復帰した。
2016シーズンにはJ3の舞台で戦って3年目になるFC琉球へ移籍。ホームで12勝4分と無敗をキープしたまま、J3リーグ史上で最速となる3試合を残しての優勝・昇格を決めた昨シーズンの快進撃を、守護神およびキャプテンとして支え続けた。
「琉球のころからそういうプレーはやっていましたし、元をたどれば藤枝にいたときからそういうプレーは求められていたので。マリノスのスタイルに適応している、という理由で獲得してくれたことは間違いないと思うし、だからこそペナルティーエリアから飛び出すことへの怖さや違和感といったものは感じませんでしたけど、それでも『ここまでやっていいんだ』という驚きはありましたね」
朴が言及した「そういうプレー」とは、シュートストップを含めたセービングだけではなく、常に高く保たれた最終ラインの裏のスペースをケアし、ビルドアップにも加わるプレーをゴールキーパーに求めた、アンジェ・ポステコグルー監督の哲学を指す。究極のレベルまでリスクを冒すスタイルに楽しさと刺激を覚えながら、一方で自身の原点を忘れることもなかった。
「下のカテゴリーでずっとプレーしてきた自分にとって、マリノスの環境は逆に良すぎるんですね。ご飯もしっかり出るし、スパイクも磨いてくれるし、試合へも手ぶらで来られる。J3だったら絶対にありえないし、もしかするとJ2でもありえないかもしれない。これ以上良くなったら、むしろどうなっちゃうのかな、と。逆に困っちゃうと思うんですけど、恵まれた環境のなかでもハングリーさを失わなかったのは、底辺で苦しんできた、いままでの経験が絶対に大きいと思うんですね。あらためて振り返ってみれば苦しみではなく、そのときに実力がなかったからそのカテゴリーでしかプレーできなかっただけなんですけど、そうした経験がJ1のカテゴリーで生きていることは間違いないので」
ポステコグルー監督の目に留まった練習中の姿
ハングリー精神を前面に押し出す姿勢は、予想よりもはるかに早かった、リーグ戦でのデビューを射止める。サガン鳥栖をホーム・日産スタジアムに迎えた、3月29日の明治安田生命J1リーグ第5節。不動の守護神だった飯倉大樹(現・ヴィッセル神戸)に代えて朴を抜擢した理由を問われたポステコグルー監督は、試合後の公式会見でこう説明している。
「彼はマリノスに入団してから、毎日一生懸命練習していた。特別な理由というよりは、自分はその努力を見ていたので、ここでチャンスを、という部分で代えました」
チャンスはいつ、どのような形で訪れるかわからない。そして、巡ってきたチャンスをものにできるかどうかは、抜擢された選手の生き様にかかってくる。YBCルヴァンカップのグループリーグで2試合に先発しながら、マリノスを勝利に導けなかった朴は気合いも新たにゴールマウスに立ち、スコアレスドローでの勝ち点1獲得に貢献。その後も先発の座を射止め続けた。
「選手として成長するために日々練習して、足りない部分を補うために居残って練習するのは僕自身にとっては当たり前のことでしたけど、それがたまたま監督の目に留まって、ちょっと使ってみようというきっかかけになったというか。監督自身に詳しく聞いたことがないので、わからないですけど」
シーズンが深まってくるにつれて、頼れるチームメイトたちの存在への感謝の思いがどんどん膨らんできた。対人能力が極めて高いセンターバックコンビ、チアゴ・マルチンスと日本代表の畠中槙之輔だけではない。リーグ最高の68ゴールを叩き出した、攻撃陣の背中に何度奮い立たされたことか。
「攻撃面ばかりが注目されますけど、監督は口を酸っぱくしながら、前線のハードワークをすごく大事にしているんですよ。前線がプレッシャーをかけ続けてくれることで全体が限定されて、どこでボールを奪うのか、を瞬時にみんなが察知して、試合を重ねるにつれて同じベクトルを向いて守備ができるようになったのが、失点が減った一番大きな理由だと思っています。ファーストプレスであそこまでスプリントするチームは、他にはないじゃないですか。紅白戦で相手にエリキやマルコス・ジュニオールがいることがしょっちゅうありますけど、敵に回すのは本当に嫌な選手たちですからね」
リーグ戦のスケジュールを見るたびに、最終節にFC東京戦が組まれていることにも感謝した。敵地・味の素スタジアムに乗り込んだ、6月29日のJ1リーグ第17節。マルコス・ジュニオールのゴールで先制したマリノスは、怒涛の4連続失点を食らって2-4で大敗していたからだ。
「あれから5カ月ちょっとですか。最終節までにもう1段階、いや、2段階くらいレベルアップを遂げて、必ず雪辱を晴らしたいと思っていたので。なので、緊張はなかったですね。むしろ前日なんて遠足に行く前の子どもみたいにわくわくして、うずうずして、今朝なんかは朝の5時くらいに起きたほどですから。天気予報をチェックしていたら雨から曇りに変わっていたし、舞台が完璧に整ったと自分のなかで盛り上がっていたくらいですから」
決して満足はしない。止まるのことのない成長の源泉
屈辱的な大敗のリベンジを果たす最終節を、マリノスは首位で迎えた。2位のFC東京との勝ち点差は3ポイントで、得失点差では大きくリードしている。チケットは前売り段階でほぼ完売。当日はJリーグが主催するすべての試合で歴代最多となる、6万3854人の大観衆でスタンドが埋め尽くされた。
朴の言葉通りに完璧に整った舞台でマリノスは3ゴールを奪い、守ってはFC東京を零封。7連勝でシーズンをフィニッシュさせ、歓喜の雄叫びを横浜の空へとどろかせた。もっとも、朴自身は先発しながら67分間しか出場していない。まさかの一発退場処分とともに、今シーズンを終えた。
「優勝を決めれば、もっと感慨深い思いになるのかなと想像していたんですけど。個人として大きな迷惑をかけてしまったという思いが強かったので、正直、あまり……」
自陣からのロングパスに韋駄天・永井謙佑が反応する。高く保たれた最終ラインの裏へ抜け出される寸前でチアゴ・マルチンスが対応するも、ヘディングによるバックパスが短くなってしまう。ペナルティーエリアを果敢に飛び出し、クリアしようとした朴よりも先にスピードに勝る永井がボールにタッチ。勢いあまった朴の右足を左太ももに食らい、バランスを崩した永井は転倒してしまった。
最初はプレーを流した木村博之主審は三原純副審との交信を介して、ファウルを犯したとして朴にイエローカードを提示。さらに三原副審との直接やり取りを行った後に、得点機会の阻止があったとして、FC東京の直接フリーキックに備えていた朴へレッドカードを提示した。
「主審からは『副審と意見をすり合わせたときに、レッドカードの判定が妥当だ、ということで切り替えた』という説明を聞かされました。起こってしまったことは、本当に仕方がないと思っています。自分の不用意なミスが原因だったので」
自らに責任があると必死に言い聞かせ、ピッチを後にした朴の背中をポンポンと叩いたポステコグルー監督は、試合後の公式会見で朴のプレーを責めることはなかった。
「彼は責任感を持って、目指している積極的に前へ飛び出していくプレーをしてくれた」
12月10日に開催されたJリーグの規律委員会で、朴には1試合の出場停止処分が科された。ただ、シーズンの最終戦だったこともあり、対象となる試合がない事情から、実質的には処分なしとなった。画竜点睛を欠いた結末を反省しながらも、朴は感謝の思いを抱いている。
「何かの試練なのかな、と。J3に続いてJ1でも個人的には連覇を目指して、いろいろな方から注目されて、僕自身も自分に期待を持って、実際、ラインの裏のケアやシュートストップなどですごくいいプレーをすることができた。ただ、その先に落とし穴があったというか、そんなの甘くはないよ、と言われたというか。1年間を通してJ1を戦うことの厳しさを、最後に痛感させられました。これは神様が『もうちょっと頑張れ』と言っていると、いまでは思っています」
リーグ戦で25試合、2227分にわたって積み重ねてきた軌跡のなかで、満足の二文字だけは抱いてはいけない、と自らに言い聞かせ続けてきた。飢餓感が成長を加速させると、いまも信じて疑わない。
「これでパッと優勝していたらすごく満足していたはずですけど、いまこの段階ですでに悔しいし、この悔しさをもって来シーズンに臨めることは、僕のなかでモチベーションになる。神様が悔しさを与えてくれたんだ、とポジティブに受け止めながら次の戦いへ向かっていきたい。常にハングリー精神を抱いていないと、どこかで『もういいや』となるし、そういう自分にだけは絶対になりたくない」
40歳で出場した1982年のFIFAワールドカップ・スペイン大会を制したイタリア代表の守護神、ディノ・ゾフはこんな名言を残している。
「ゴールキーパーはワインと同じだ。年齢を重ねるほどに味が出る」
地域リーグを含めた下部カテゴリーで夢を見失うことなく、愚直に積み重ねてきた不断の努力を、J1覇者の守護神として大輪の花へと昇華させる。稀有なサッカー人生を歩んできた朴は、12月22日に30歳になる。ピッチ上の一挙手一投足に熱い生き様が反映され、かつてゾフがたとえた「ワインの味」がJ1リーグの連覇を目指し、AFCチャンピオンズリーグの舞台にも挑む来シーズンでますますにじみ出てくる。
<了>
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