キング・カズは歩み続ける。52歳を衝き動かす「サッカーが大好きで仕方がない」

Career
2019.11.28

11月24日、横浜FCが13年ぶりにJ1昇格を果たした歓喜の瞬間、その人の姿はピッチの上にあった。J1の舞台に、三浦知良が帰ってくる。来季53歳を迎え、誰も踏み入れたことのない境地へ。孤高の道を歩み続ける男を衝き動かす情熱の源とは、いったい何なのだろうか――。

(文=藤江直人)

中村俊輔が明かす、カズの知られざる素顔

ベンチ入りメンバーから外れることが決まると、心の底から悔しがる。すぐに気持ちを前向きに切り替えて、笑顔とともにチームの勝利を託す。そして、次に顔を合わせるときには終わったばかりの試合をテーマに、時間が経つのを忘れるかのようにサッカー談義に花を咲かせる。

今夏にJ1のジュビロ磐田から、完全移籍でJ2の横浜FCへ加入。尊敬してやまない日本サッカー界のレジェンド、三浦知良とクラブチームでは初めて同じユニフォームに袖を通した41歳の中村俊輔は、練習場のロッカーが隣同士になったカズの知られざる素顔を何度も目の当たりにしてきた。

「めちゃくちゃ悔しがっていたよ。今日も『メンバーに入りたかった』と言っていたし、最後は毎回のように『頼んだぞ』と言ってくれる。そして、帰ったらすごく細かいところまでサッカーの話になる。あの場面では、といった感じでいつも話してくれるのは、本当にありがたいよね」

サッカーが大好きで仕方がない、と俊輔自身も長く自負してきた。しかし、4連勝とともに13年ぶりのJ1昇格へ王手をかけた、11月16日のファジアーノ岡山戦後に残した言葉を聞けば、52歳になっても永遠のサッカー小僧であり続けるカズに、思わず脱帽している心境が伝わってくる。

そして、2人の素敵な関係は、戦う舞台をJ1へ移す2020シーズンも継続されていくことになる。愛媛FCとの最終節で2対0の勝利を収め、ホームのニッパツ三ツ沢球技場を埋めた、今シーズン最多の1万2937人を数えたファンやサポーターと至福の喜びを分かち合った直後だった。

「まだそういう話はしていないので、ここで自分から言えることはないんですけど」

単年契約を結び続ける自身の去就に関する質問を、カズはこんな言葉とともにシャットアウトした。それでも愛媛戦の87分からピッチに立ち、自身の持つJリーグ最年長出場記録を52歳8カ月29日に更新したカズが来シーズンをすでに見据えていることは、発する言葉の端々からにじみ出ていた。

「出場機会が少なかったとはいえ、この2年間はゴールできていなので。そこも目標としながら、自分自身、努力していきたい」

数多くのファンやサポーターが、カズダンスをJ1の舞台で見たいと思っている、という質問にこう答えたカズの脳裏には、今後の調整方法に関する青写真もすでに描かれている。

「まず契約の話をしなきゃならないけど、自分自身は今日の試合が終われば、12月10日前後くらいから(グアムで)キャンプを開始しようと思っていましたから。毎年一緒のことですけどね」

「岡田さんを見返すなんて思ったことはない」

時代が昭和だった1986年2月、19歳になる直前で日本から遠く離れたブラジルの地でプロになった。平成を経て令和2年となる来シーズンで、実に35年目を迎える。平成5年(1993年)に産声をあげたJリーグのピッチに立ったプレーヤーのなかで、現役を続ける最後の存在になって久しい。

歴史を彩ってきた盟友たちは次々とスパイクを脱ぎ、第二のサッカー人生を歩み始めている。2005年7月から所属し、いつしか最古参の選手となった横浜FCを、今シーズン途中の5月から率いる下平隆宏監督は47歳。自身よりも年上のカズに、会見などでは「さん」をつけて呼んでいる。

「Jリーグも50代の監督が少なくなってきて、40代の監督がかなり増えてきた。自然なことだと思うけど、僕は単純というか純粋にサッカーが大好きなんです。それもサッカーを見ることや自分が指導することよりも、プレーすることが一番好きで、その情熱が衰えないんですよ」

昨シーズンのオフに行われたトークショーで、50歳を過ぎても現役を続ける理由をカズは情熱に帰結させている。ならば、情熱の源になるモチベーションは何なのか。愛媛戦後に直撃すると「皆さんには信じてもらえないかもしれないけど」と前置きしたうえで、こんな言葉を紡いでいる。

「うまくなりたい、うまくなるんじゃないかという気持ちで、何に対しても常にこだわってやってきました。わからないことがあれば若い選手たちにも『あのプレーはどうだった』とか、あるいは『どうしたらいいかな』と聞くし、もちろんコーチ陣にも相談してきました。コーチ陣もみんな僕よりも若いけど、僕自身はそういうことは関係ないと思っているので」

これまでの取材歴のなかで、カズが思い描くサッカー人生の青写真を聞いたことがある。京都サンガF.C.からヴィッセル神戸へ移籍した直後の2001年の正月。フィリップ・トルシエ監督に率いられる日本代表へも復帰していた、34歳になる直前のカズの胸中を直撃するとこんな言葉が返ってきた。

「僕だって現役としての挑戦はいつか終わる。それがいつになるのかは考えてもいないけど、そんなに遠くはないだろうな、とも思うし……うーん、でも、近づけたくない、という思いしかないよね。ごめんね、こんなことしか言えなくて。いまはまだ、気持ちのどこかで『必ず成長できる』と思っているからね。とにかく、楽しみだよね。どのようになるのか、が」

開幕直前で代表候補から外れた、1998年のFIFAワールドカップ・フランス大会のショックがいまだに尾を引きずっているのでは、とも聞いた。選手として代表から外れた悔しさは当然抱く。それでも、当時の日本代表を率いた岡田武史監督の決断に対する、わだかまりのような感情は一切ないと明言した。

「正直、僕は岡田さんではなく自分自身に対して悔しかった。だから、過去のインタビューなどでも、岡田さんを『見返す』という言葉を使ったことがないと思う。なぜなら、見返すなんて思っていないから。問題は常に自分自身にある。自分が満足できたか、できないか。一生懸命やったか、やらなかったか。うまくできたか、できなかったかだけだから」

横浜FCという存在に甘えることはない、“当たり前”を繰り返す姿勢

引退の二文字を遠ざける努力を無我夢中で積み重ねてきたなかで、不惑を迎えた2007シーズンには横浜FCの一員としてJ1へ復帰。さらに10年後の2017シーズンには、2月26日に行われた松本山雅FCとの明治安田生命J2リーグ開幕戦が、50歳の誕生日と重なる偶然をも呼び込んだ。

過去5年間で最多となる1万3244人が駆けつけた、ニッパツ三ツ沢球技場のスタンドには父親の納谷宣雄さんの姿もあった。カズが静岡学園高を1年で中退し、単身でブラジルへ渡る道筋をつけるなど、サッカー人生に大きな影響を与えた宣雄さんにカズの引き際を単刀直入で聞いたことがある。

「もうそろそろだよ。知良が燃え尽きる前に、だね。まあ、知良が自分で判断するよ」

この言葉を聞いてから、すでに3年近くの歳月が過ぎている。宣雄さんの考え方に沿えば、カズの胸中では真っ赤な情熱の炎がますます燃え盛っていることになる。そして、本人が望む限り現役を続けるカズの希望に最大限の理解を示し、契約を更新し続けているクラブが横浜FCとなる。

「横浜FCというクラブの力が、カズをバックアップしている部分は正直言ってあります。しかし、だからと言って、カズがかわいそうだからチームにいさせているわけではありません」

2015シーズンから横浜FCの強化育成テクニカルダイレクターに就任し、その後に監督も務めた中田仁司氏からこんな言葉を聞いたのは、カズが50歳を迎える直前の2017年2月だった。中田氏は強化を担うフロントと現場を司る監督の両方の視点から、横浜FCにおけるカズを語ってくれた。

「練習開始の2時間前にはクラブハウスへ来て準備しているし、練習後は4、5時間かけて体をケアしてから帰る。1日24時間のなかで取るべき姿勢を含めて、プロとはどうあるべきか、というお手本を示している。若い選手たちには『カズを見習いなさい』と言ってきましたが、次元をちょっと超えているので、まねしようにもできない選手もいる。なかには『あの人はあの人でしょう』と、別枠みたいな捉え方をする選手も当然いました。ただ、そういう選手はカズを抜くことはできませんよね」

シーズンを通してチームにもたらされる効果の一つを、中田氏は微に入り細をうがって注視してきたカズの立ち居振る舞いを介してこう説明してくれた。ならば、監督としてはどのように接しようとしていたのか。苦笑しながら「(とことん)やれよ、ですよね」とこんな言葉を紡いでいる。

「スター選手だから、という部分がカズには一切ないし、逆に周りの選手以上の努力を積んで毎試合に臨んでいますからね。強化として『続けられるのならば、現役で頑張りなさい』という目線で見て来たのと一緒です。カズ自身が『グラウンドの上で死にたい』と言っているのだから、それでいいじゃないですか。これだけJクラブの数が増えたなかで、カズのようなレジェンドが一人いても」

驕りがないという姿勢は、今シーズンで言えば18歳の斉藤光毅や23歳のルーキー中山克広(専修大学卒)、JFA・Jリーグ特別指定選手として活躍した22歳の松尾佑介(仙台大学4年)ら、カズが初代MVPに輝いた1993シーズンには生まれていなかった若手に、あれこれ聞いた姿勢に象徴されている。

「僕としては当たり前のことを繰り返してきただけなんですけど、みんなにとっては『ここまで貪欲にやり続けられるものなのか』と映り、彼らも頑張らなきゃと思うのかもしれないですね」

こう語るカズもまた、横浜FCという存在に甘えてもいない。だからこそ、ベンチ入りできる18人に選ばれなかった直後には、冒頭で記したように俊輔を驚かせるほど悔しさを露わにする。無念さや不甲斐なさを次の試合へ向けた練習でアピールする糧に変える作業を、シーズンを通して繰り返してきた。

「サッカーが大好きで仕方がない、ということに尽きる」

「サッカーを含めて、人生は成功よりも失敗の方が多い。へこんでも自分の原点に戻って、乗り越えることが大事だよね」

カズにとっての原点とは、ひたすらサッカーと向き合うこととなる。立ち居振る舞いや放つオーラが華やかに映る分だけ、人目につかない部分で挫折を味わわされ、そのたびに歯を食いしばって前へ進んできた。リーグ戦の出場がわずか3試合に終わった今シーズンも、個人的にはもちろん満足していない。

「J1へ昇格したことにはホッとしていますけど、現実がありますからね。メンバー外で試合に出られない状況が、選手にとっては一番つらい。僕の場合は勢いのある若手たちと勝負するだけでなく、当然外国人選手も補強するはずなので、チャンスが少ないなかでどのように自分をアピールできるか、ということを考えていかなきゃいけないので」

ベテランと呼ばれる域に達した選手が、現役と並行して指導者ライセンスを取得するケースが少なくないなかで、カズは第一歩となるC級ライセンスすら取得していない。現役の間はプレーヤーひと筋に専念する。カズの覚悟と決意の源をさかのぼっていくと、この言葉に行き着くと思えてならない。

「サッカーが大好きで仕方がない、ということに尽きる。子どものころからサッカーのことしか知らないし、サッカーには心から感謝している。だからこそ、サッカーに対して失礼のないように常に全力を尽くして、体と情熱が続く限りは続けていきたい」

50歳の誕生日に行われた前出の松本戦で先発し、勝利で自らを祝った直後に発せられた、カズのサッカー人生にまつわる指針と言っていい。偶然にも出会い、骨の髄まで虜にしてくれたサッカーへの恩返しを誓う果てなき思いが、来シーズンの開幕直後には53歳となるキングと呼ばれるスーパースターに、前方には誰の姿も見えない孤高の道を歩ませていく。

<了>

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