
「イニエスタ効果」だけに非ず。Jリーグ観客数「右肩上がり」の明晰な戦略と課題
2019シーズン、Jリーグ年間総入場者数が史上初1100万人を超えた。さらにJ1の平均入場者数は初の2万人の大台を突破。
前年比108%、約81万人増加した理由とは何なのか? その成功の理由を探り、来季以降の課題を検証した。
(文=清水英斗、写真=Getty Images)
2019年の観客動員が81万人も増加した理由とは?
2019年、Jリーグの年間総入場者数は1140万1649人を記録した。かつて「1100万人」を目指したイレブンミリオンプロジェクトは、2010年に儚い夢のまま頓挫したが、さらに9年の時を経て、目標へ到達。
一度は越えられなかった節目を、越えた要因は何だったのか。
Jリーグが公表した『J.LEAGUE PUB REPORT 2019』によれば、2019年の観客動員は80万5907人も増加した。その内訳はJ1が51万6143人増、J2が5万8818人増、J3が5万5375人増、リーグカップ等が17万5571人増。J1の躍進が際立った。
もちろん、外部要因はある。2018年はワールドカップイヤーで平日開催が76試合あり、その平均入場者数は1万3498人だった。全体の平均入場者数よりも5566人少ない。一方、2019年は平日開催が44試合減り、32試合にとどまった。この日程の違いにより、2019年は単純計算で約25万人の観客が自然に増えたと考えられる。
その一方、2019年はラグビーワールドカップ2019日本大会の影響で、ホームスタジアムが使えず、本来の収容数で開催できない試合が10試合あった。それにより観客は約13万人減ったと『PUB REPORT』では試算されている。差し引けば、2019年は外部要因で12万人ほどの入場者増があったと推測できる。
そして、これらの外部要因を除けば、J1で観客が増えた理由として、真っ先に思い当たるのは2018年途中に加入したアンドレス・イニエスタだろう。
イニエスタ加入前の2017年に1万8272人だったヴィッセル神戸の平均入場者数は、2019年に2万1491人を数え、年間で約5万5000人も増えた。
より大きな恩恵を受けたのはアウェークラブだ。神戸戦では大半のクラブが普段以上の入場者数を記録した。スタジアムの収容力にもよるが、2019年の神戸のアウェーマッチは平均入場者数より48%も多く、約17万人も観客が増えた。J1で観客動員が増えた主な要因は、やはりイニエスタや神戸だ。
ただし、このようなスター集客が長続きするかといえば、否だろう。選手は永久にプレーできるわけではなく、ビッグニュースにも鮮度がある。スターの集客は爆発力があるが、あくまで短期的なものだ。長期目標とつながらなければ、持続性は得られない。神戸でいえば、それは「バルサ化」なのだろう。
フライデーナイトJリーグという見事なプロジェクト
短期的な戦術と、長期的な戦略。この両方が備わって、初めて持続的な成長は遂げられる。
その意味で2019年のJリーグは、『PUB REPORT』でも触れられた「フライデーナイトJリーグ」が印象的だった。
ファンのコア化、高齢化が課題に挙げられるJリーグにとって、新規ファンの獲得は最重要課題だ。そこでターゲットに定めたのが、金曜日の開催だった。
『PUB REPORT』によれば、「金曜夜が最も来場しやすい」と答えたファンは、新規層(前年に0~2回の観戦者)で24%いた。逆に既存層(前年に3回以上の観戦者)はわずか5%。アウェー遠征に問題を抱えるためか、金曜は不人気だった。
既存層の反発はあっても、金曜日には新規ファンが眠っている。そこで、これまでは土日中心だったJリーグが、金曜日のニーズを掘り起こそうと動いた。2019年は平日開催32試合のうち、28試合を金曜日に設定。フライデーナイトJリーグを戦略的に実践した。
もちろん、ただ金曜日に試合をするだけではダメだ。眠っている人は起こさなければ、スタジアムに足を運んでくれない。何もしなくても自分で情報を調べて足を運んでくれる既存層とは違う。
そこでJリーグと各クラブは、金曜日の試合でハーフタイムライブや試合前イベントを数多く実施し、盛り上がりを演出した。その結果、2019年の金曜日開催は、1試合平均1万9348人の観客を集め、全体平均の2万751人と遜色ないレベルに引き上げた。
その1万9348人の中には、これまで土日に来場しなかった新規ファンが含まれる。また、金曜日にこれほどの集客が可能ならば、AFCチャンピオンズリーグ出場クラブ等の日程調整も行いやすくなるだろう。メリットは多い。
新たなニーズを掘り起こし、金曜日にJリーグを楽しむライフスタイルを提案する。ただし、戦略だけでは実行力がない。この長期戦略を勢いづける“弾”、すなわちイベント企画などの運営的なノウハウが、今のJリーグやJクラブには備わっている。金曜日を徹底的に盛り上げたフライデーナイトJリーグは、長期の運営戦略と、それを実現する運営戦術が見事に合致したプロジェクトだった。
運営ノウハウや経営体力の問題が課題
また、金曜日だけでなく、今季のJリーグはゴールデンウィークとお盆の集中的な盛り上げにも力を注ぎ、意図的なハイシーズンを作ることに成功している。
競技的にいえば、最も観客を集めやすいのは、開幕節とシーズン終盤のクライマックスだ。逆にその間は、中だるみしがち。だからこそ、2ステージ制が用いられた時期もあった。しかし、2019年のJリーグは、ゴールデンウィークとお盆をターゲットに集中的な盛り上げを行い、その結果、この2つの期間で開幕節と終盤のクライマックスを大きく上回る観客動員を記録した。ゴールデンウィークとお盆を使って、1シーズン制でも意図的なハイライトを作る。そして全体を引き上げる。これもJリーグの見事な戦略だった。
金曜日、ゴールデンウィーク、お盆。
繰り返すが、これらの戦略ターゲットを実現する戦術として、各Jクラブが運営ノウハウを蓄積してきたことは大きい。戦略だけでは絵に描いた餅であり、戦術だけではその日暮らしだ。「1100万人」を達成した背景には、Jリーグの経営戦略と運営戦術のハイレベルな融合がある。今季J1については、良い上昇を描いたといえる。
逆に課題として捉えなければならないのは、J3だ。
前述したとおり、2019年のJ3の入場者数は5万5375人増えているが、これは参加クラブが1つ増え、試合数が増加したためだ。平均で見ると、2018年の2419人から2396人に下がっている。
J3では、J1やJ2に見られるゴールデンウィークやお盆の入場者数の増加が乏しく、盛り上がりを演出できていない。ハイシーズンがない。これは運営ノウハウや経営体力の問題だろう。すでにJ1で成功した知を共有したり、共有ツールでバックアップしたりと、今後は成熟した経営戦略や運営戦術を、下部リーグまで浸透させる必要がある。
今のJリーグは全体的には良い状態だ。数年前はジリ貧が続き、『ゆでガエル』とされたこともあったが、すでに鍋からは脱出した。今は上昇トレンドを作りつつある。各クラブにおいては、この変化の激しい時代に鍋の中に取り残され、茹で上がらないよう、注意するべきだろう。
<了>
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