「日本のメンタルは遅れている」フットサル日本代表・森岡薫とスポーツ心理学界の新鋭が語る
40歳にして世界最高峰のスペインリーグへと移籍したフットサル日本代表の森岡薫はこう話す。
「日本スポーツ界でのメンタルに対する捉え方は遅れている」と。
世界の舞台で戦い続けてきた中で、自分の持っている実力を発揮できるかどうかのカギは「メンタルの強さ」にあると感じているからこそ、日本のメンタルへの取り組みの遅れに疑問を感じている。
根性ややる気とは違う、強いメンタルとは何か? どうやって鍛えることができるのか? スポーツの世界だけでなく、企業や教育の現場からも求められ始めている「メンタルの重要性」をテーマに、世界と戦うトップアスリートを支援する「スポーツ心理学習のEQ」の創始者・森裕亮さんと対談してもらった
(構成=REAL SPORTS編集部)
海外の選手と日本人選手のメンタルに対する捉え方の違い
ーー森さんはメンタルを鍛えることが重要だと気付いたことをきっかけに「スポーツ心理学習のEQ」を創始したということですが、お二人はアスリートにおけるメンタルの重要性をどのように考えていますか?
森:私たちは、すでに世界と戦う日本代表選手の一部をサポートしていますが、彼らもメンタルがパフォーマンスに及ぼす影響を口々にしています。フットサル日本代表として長年世界と戦ってきた森岡さんは、海外の選手と日本人選手のメンタルの捉え方の違いをどのように感じていますか?
森岡:僕も海外の選手やチームと対戦して、メンタルトレーニングの重要性を感じています。日本の選手は繊細なボールタッチと戦術理解力に優れているため、プレッシャーがない環境でボールを触らせると世界でもトップレベルのパフォーマンスを発揮します。でも、ワールドカップなどの大舞台になると本来持っているパフォーマンスを発揮できない選手やシーンを数多く目の当たりにしてきました。
2012年にタイで開催された(FIFAフットサル)ワールドカップに出場した際、すでに海外の数チームにはメンタルトレーナーが帯同していましたが、日本代表には、当時も8年経った今も、メンタルトレーナーは帯同していません。フットサル界だけでなく、日本でのスポーツ界におけるメンタルに対する捉え方は、海外と比べてとても遅れていると感じています。
森:日本のスポーツ界でメンタルトレーニングが浸透していない理由の一つとして、一般的にイメージトレーニングや目標設定のようなトレーニングに終わってしまい、メンタルトレーニングに対して投資をする価値が見出だせないと感じている方が多いと思っています。実際、メンタルトレーニングを指導する世界のトップ機関でさえ抽象度の高いトレーニング内容であることが現実です。また、競技活動を続けていれば、メンタルが自然と強くなると考えている方々も多いと感じています。森岡選手は、どう思いますか?
森岡:そうですね。そもそも海外の選手がプロを目指すというのは、「貧しい世界から脱出するため」という考え方なんですよ。その中でプロになれる選手はごくわずかで、「自分は本当にプロになれるのか」「成功しなかったら家族をどう養おう」「スポーツ以外に何をしたらいいか」と、常に葛藤しています。
スポーツに対する捉え方でいえば、日本ではプロを目指す方もいれば、習い事としてスポーツをする人もいます。もしプロになれなかったとしても、さまざまな選択肢が用意されていています。一方、海外では日本の部活動のように先輩と後輩という文化もなく、プロになるためにはチームメートですらライバルとして捉え続けなければいけないんですよね。その厳しい環境がメンタルを強くする要因の一つであるかもしれません。
世界で戦ってきた森岡薫が感じる強いメンタルとは
森:環境という要因が選手に与える影響を加味する一方で、EQでは明確な理論に基づいて、メンタルを学習によって後天的に鍛えることができるようにサポートしています。その中で「強いメンタル」というのを定義化しているのですが、森岡さんは「強いメンタル」というとどんなイメージですか?
森岡:僕も選手の実力を発揮する最も重要な鍵は、強いメンタルだと思っています。日本人は落ち込みやすいとか、メンタルが弱いって言われがちですよね。でも僕は、海外の選手がメンタルが強く、日本の選手が弱いとかではなく、「考え方の違い」だと思うんです。僕は見た目がこんなですけど、実は昔から神経質で……(笑)。 過去にもメンタルトレーナーの方にサポートしていただいた経験があります。当時に受けたメンタルトレーニングって、客観的に自分を捉えるイメージトレーニングの要素が多く、イメージをするだけで性質や気質は変えられないですけど、なんとなく強いメンタルを手に入れている感覚はありました。ただ、考え方が定着するには時間がかかると思うのですが、EQではどのように強いメンタルというのを定義化されているのですか?
森:簡潔にお伝えすると、科学的な根拠とエビデンスに基づいた心理的なスキルをトレーニングによって使いこなす方法論を学ぶことで「強いメンタル」を手に入れていきます。
森岡:確かに、強いメンタルは専門的に説明することが難しく、自分自身で使いこなせるようになれば、おのずとパフォーマンスも上がりそうですよね。僕自身、長年プレーをしてきましたが、メンタル面が自分のパフォーマンスに大きく影響が出ることをこれまでに何度も体感しています。経験上、良いプレーができている時は無意識の状態なんですよね。考えながらプレーすることも大事だと思うのですが、考えている時はプレーに集中できていない感じがします。
森:確かに、瞬間的なパフォーマンスは判断するスピードが命ですから、思考を挟むことによって初動が遅れてミスに繋がったりしますよね。考えながらプレーをしている時、パフォーマンスが上がりにくく感じますか?
森岡:僕が試合で集中できている時は、イメージとして脳が“無”の状態なんだと思います。無意識でプレーできている時に、良いプレーが生まれたりするんですよね。無意識でプレーできている状態を客観的に分析して言語化することができれば、集中状態を意識的に生み出すことも可能だと思います。例えば、専門的な心理的スキルを用いて子どもたちに指導することで、子どもたち自身が自分で集中状態に入る方法を習得することができれば、今後のスポーツ界にとって大きな価値になることだと思っています。
森:おっしゃるとおりですね。意識的に集中状態に入ることは可能だと考えています。そのためには、無意識状態にあるものを意識的に使いこなすために言語化させ、再現性を高めることをEQの学習では可能にしていきます。現在は、トップアスリートを中心に支持されていますが、スポーツ教育や子育ての観点から、企業や親御さんからの需要の高まりも感じています。
森岡:僕もEQの内容や考え方は、スポーツの現場に限らず、仕事や私生活などの多方面で生かすことができると感じました。僕たちは事業としてスクールを展開しているので、子どもに対する教育は避けて通ることはできません。子どもたちにEQのコンテンツを少しずつでも提供することができれば、他のスクールでは取り入れられていない分野でもあるため、とても面白いと感じました。
今後の指導現場において「ココロ」の専門的な知識を持った指導者が不可欠な理由
森:私も長年指導現場にいて感じていたのですが、日本では明確な理論に基づいた指導ができる方が少ないと感じています。今まで培ってきた経験に頼る指導者が多く、最終的には「根性」や「やる気」など、抽象的な指導に偏っている印象が強いです。あくまでEQでは心理学習という一つの“方法論”のベースを伝えていますが、今まで培ってきた経験や価値観を全面的に指導において伝えることは、一種の宗教に近い状態だとも思っています。
森岡さんは、事業としてフットサルやバスケットボールのスクールを経営・運営されていますが、指導者の在り方や指導方法についてどのように考えていますか?
森岡:実際に指導者になろうと思えば、フットボール界ではJFA(日本サッカー協会)などの資格もいろいろありますが、明確な理論に基づいた指導方法やコミュニケーション方法に関する心理的な指導はありません。なので、いまだにプロの世界でも伝え方を間違えて、有望な選手を潰してしまったりすることもあります。そこから脱却するためにも、明確な理論に基づいて的確に物事を伝えられるようになれば、選手からも信頼される指導者としてのキャリアも描きやすくなると感じています。
また、日本ではボランティアとして、子どもたちの親御さんが指導者をやっているケースも多いですよね。例えば、草サッカー、草野球、ソフトボールのように。指導者になるためには約1週間、協会や連盟の研修を受講すれば簡単に指導者ライセンスが取得できますが、本物の指導ができる指導者やコーチは少ないとも感じています。
杉並区で展開しているフットサルスクールでは親御さんからの要望として、「集中力を身に付けてほしい」「人の話を聞くようになってほしい」「諦めない力を付けてほしい」ということをよく聞きます。皆さん、子どもたちの成長で求めているのは技術やフィジカルではなく、どちらかというとメンタル面のことなんですよね。つまり、一番身近な存在である親御さんですらアプローチできない人間性やメンタルの部分に対してどれだけ指導者が専門的なスキルを用いて、子どもたちの能力を引き出して伸ばせるかが大切だと思っています。
森:だからこそ、私たちが子どもたちや指導者の方々に伝えたいのはベースとなる考え方なんです。脳科学的な観点から指導すると、親御さんたちにも理解してもらいやすいのですが、技術を真似するだけなら、すでに形として存在しているものなので表面的な部分は簡単に真似できてしまうと思います。ただそれではあまり意味がありません。森岡さんをはじめとするトップアスリートが持っている考え方を言語化して、伝えていくことが本物の指導者であり、私たちの使命だと思っています。
「アスリート≒経営者」という視点
森:スポーツ経験者は、経営者としても成功している方が多いですよね。スポーツと同様に経営も達成したいゴールを設定し、どうすれば成し遂げられるのかを考え、プランニングをして実行に移しています。一般的にアスリートは、「誠実」「ストイック」「根性がある」などの特徴を挙げる方が多いですが、私が考えるアスリートは一言で「共感や賛同される人間」であるべきだと考えています。例えば、引退後のキャリアについて考えた時に自分一人でやれることには限界があって、必ずそこには「人」が関わってきます。関わる人との信頼関係を形成することによって、自分の取り巻く環境をより良くすることができ、ゴールを達成できると思うんです。森岡さんはキャリアについてどう思いますか?
森岡:スポーツで培う精神力というのは、人生を通して生かせると僕は思っているんですよ。周りで応援してくださる方々に、「あの選手は一生懸命やっていたよね」「プレーヤーとしてすごかったよね」とか、どのような選手かを印象づけ、共感や賛同を得られる選手であるということが、引退してから新しいことを始める際にもファンであり続けてくれると思うんですよね。
森:私たちが関わってきた選手たちの多くは、セカンドキャリアに対して漠然とした不安を抱いている選手が多いなと感じています。スポーツにしか取り組んでこなかったがゆえに、社会に出るとどうしても良い大学を卒業している人に対し引け目を感じてしまい、せっかくスポーツで培ってきた能力を発揮できないという方が多くいる現状を目の当たりにしてきました。
森岡:僕は、セカンドキャリアを考え始めたのはフットサル界である程度成功してからなんです。もちろん僕一人の力だけではないですが、周囲のサポートもあって、夢をかなえてきました。現役中に選手としての活動だけではなく、僕のようにデュアルキャリアを体現するアスリートが増えてきましたが、まずはアスリートとして何を成し遂げたのか、何をまだやらなければならないのかを自分と向き合い続けて考えてほしいですね。
その上で、最終的なゴールを描き、それらを一つひとつクリアしていくことで自信もつくはずです。アスリートとして培った経験は、経営者としても今後のキャリアに生かせる感覚というものに感じられると思うんですよね。経営者もスポーツと一緒で、苦しい経験や競合に負けたくない、組織で勝ちたいなど、さまざまな経験を乗り越えていきます。ある意味アスリートそのものが、自分自身を経営するという感覚を体感できる状況にあることを認識してほしいと思っています。
森:実際にアスリートや経営者としてもそれらを体現されている森岡さんの言葉は、多くのアスリートにとっても勇気になると思います。実はEQではキャリアに対するサポートも行っているのですが、本当に森岡さんの言うとおりだなと感じます。一人でも多くのアスリートが明確なゴールを描き自分自身を経営する感覚を持つことが、キャリアを考えるうえで大事なことだと考えています。
オリンピックイヤーの2020年は、私たちにとっても、40歳で世界最高峰のスペインフットサルリーグに挑戦される森岡さんにとっても、チャレンジの一年になるかと思います。共に切磋琢磨し、日本のスポーツ業界を盛り上げていきましょう。
<了>
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PROFILE
森裕亮(もり・ゆうすけ)
1989年生まれ、静岡県出身。幼少期よりテニスに取り組み、大学ではスポーツマネジメントを専攻。新卒で大手スポーツ企業に勤務し、その後テニス選手に復帰。選手として活動しながら岐阜県にてジュニアテニスアカデミーを設立し、指導キャリアの中で米国にて心理系ライセンスを取得、帰国後には柔道整復師養成校に就学。その間『Sports総合medical salon Only1』を設立し、6000人を超える指導実績を達成。2018年に同事業を株式化。2019年には、ニューヨークタイムズが選ぶ世界を牽引するリーダー(New York Times 〜Next Era Leaders〜)に選出され、スポーツ企業の経営者としては歴代初の受賞となった。
森岡薫(もりおか・かおる)
1979年生まれ、ペルー出身。2012年にペルーから日本に帰化した、フットサル選手。スペイン・プリメーラ・ディビシオンのオ・パルロ・フェロルFS所属。ポジションはピヴォ。Fリーグ最優秀選手賞4回、Fリーグ得点王4回受賞。2006年に東海フットサルリーグの大洋薬品/BANFF(現・名古屋オーシャンズ)に加入し、2007年にFリーグが発足し、大洋薬品/BANFFは名古屋オーシャンズと名を変え、同年リーグ最優秀選手に輝いた。2016年の3月から中国フットサルリーグの深圳南嶺鉄狼FCに1カ月間レンタル移籍を経て、4月よりペスカドーラ町田へ移籍、2018年3月にインドネシアプロリーグのビンタン・ティムール・スラバヤにレンタル移籍後、2020年、スペイン・プリメーラ・ディビシオンのオ・パルロ・フェロルFSへ移籍。
●スポーツ心理学習のEQ
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