友野一希、4度の「補欠繰上げで自己ベスト」。偶然を必然に変える、地道な努力と魅せる才能
四大陸選手権、ショートの演技が終わった瞬間、思わず右手でガッツポーズを作った。フリーでは少し首をかしげるしぐさも見せたが、終わってみれば自己ベストを更新し、7位に入った。
これまで何度も補欠からの繰り上げで“代役”を果たしてきた。そのたびに自己ベストをマークし、自らの成長へとつなげ、次のチャンスへと生かしてきた。それはもはや偶然ではなく必然だ。今回魅せた結果は次、どんな場面で生きてくるのだろうか。今は誰にも分からない。ただ間違いないことがある。これからも、友野一希は一歩ずつ前に進んでいく――。
(文=沢田聡子、写真=Getty Images)
最初からトップクラスだったわけではない
友野一希の競技人生における最大の転機は、17歳の時に補欠からの繰り上がりで出場した2016年世界ジュニア選手権だろう。代表だった山本草太が現地に出発する直前にけがをしたことで、補欠の友野が急遽出場することになったのだ。15位という結果以上に、ジュニア最高峰の大舞台での経験が友野に意識の変化をもたらした。翌シーズン、ジュニアグランプリ横浜大会で4位になった友野は、世界ジュニアが転機になったことを口にしている。
「(世界ジュニアの経験が)本当にすごくいい刺激になって、スケートに対する気持ちが変わった。それが今日につながってきたのかなと思います」
「今まで、苦手な部分をあまり練習していなかったところがありました。スケーティングやスピンなど、弱い自分を受け止めずに、得意な部分だけ練習していた。世界ジュニアで、他の選手はスケーティング・スピン・ステップ・ジャンプ、すべてにおいてレベルが高かったので『このままじゃいけないな』と思って。自分の弱点というか、まだまだ下手くそなところをしっかり見つめ直して、弱い自分を受け入れて、そこを一つひとつ克服していっています」
思いがけず出場することになった大舞台で周囲とのレベルの違いを思い知った時、自信をなくしてしまう場合もあるだろう。しかし、友野はそれを「いい刺激」と受け止め、自らに足りない部分を認めている。友野のアスリートとしての最大の長所は、その素直さと賢さにあるのかもしれない。
ジュニアグランプリシリーズの選考会では中学2年の時から3年連続で落ちているという友野は、最初からトップクラスの選手だったわけではない。しかし、だからこそ常に自分に足りない部分に目を向けてきた姿勢が、今の友野につながっている。
世界ジュニアでの経験が、2度目の急遽出場に生きた
友野が大きな試合に代役で出場する機会が多く、またそのチャンスを生かしてきたことはよく知られている。友野は2017-18シーズンにシニアデビューしているが、このシーズンのNHK杯にも、村上大介の棄権により補欠からの繰り上がりで出場。そして2018年世界選手権にも、羽生結弦の欠場と無良崇人の引退により、補欠から繰り上がって出場している。そして、友野はその3試合すべてで自己ベスト(合計点)を更新してきた。
2017年のNHK杯(結果は7位)で「ギリギリになってから出場が決まって、ここまでうまく気持ちを持ってこられた一番の要因は」と問われた友野は、「練習もしていましたし、調整はしっかりできていたので」と答えている。
「あとは『このNHK杯に合わせるだけ』という気持ちで、少し動揺はあったりはしたんですけど、意外と落ち着いてNHK杯に向けて練習することができました」
さらに「2シーズン前の世界ジュニア選手権に急遽出場した経験が生きている部分はあるでしょうか」と問われると、友野は「間違いないです」と笑っている。
「本当にその通りで、2シーズン前の急遽出場に比べたら地元(2016年世界ジュニアの開催地はハンガリー・デブレツェン、2017年NHK杯は大阪開催)ですし、全然移動もなくて疲れもない。急遽出場した2シーズン前の世界ジュニアが生きているのかなと思います」
代役で急に出場が決まった試合で結果を出せるのは、友野が常にしっかり練習を積んでいるからだろう。フィギュアスケートではピーキングの難しさがよくいわれるが、補欠からの繰り上がりで前もって試合に向かって調整することが難しい中、きっちり合わせてくるのは簡単なことではない。
初出場の世界選手権で5位、自らの存在を世界に示した
そして、19歳の友野が国際的に自らの存在を示したのが、イタリア・ミラノで行われた2018年世界選手権だ。19歳の友野は、ショートプログラム『ツィゴイネルワイゼン』をクリーンに滑り終えると、リンクサイドに向かいながら涙をぬぐっている。
世界選手権は、ショートの順位によってはフリーに進むことができない。その上、翌シーズンの日本男子の枠取りもかかってくる。その状況の中ミスなく滑り終えたことで、重圧から解放されたのだろう。「正直ちょっと、自分の実力的にも、ショートはまずフリーに進めるか、というのがすごく怖くて」と友野は吐露している。
「やっぱり、すごく会場の雰囲気にのまれそうで……ずっと『楽しく、自分を目いっぱい出す』というふうに言ってきて、自分を奮い立たせていたんですけど、やっぱり正直怖くて。でも自分に勝てたということが本当にうれしくて、とりあえず終わった瞬間涙が出てきた」
「今日でまたスケートに対する気持ちが変わると思うので、もっともっと上を……まだまだ伸びしろは自分でもたっぷりあると思っているので、まだまだ上を目指せるなと思うし、もっとスケートと真剣に向き合って、覚悟を決めて頑張っていきたいなと思いました」
悲壮感が漂っていたショートに比べ、無事に進出したフリーでの友野は『ウエストサイドストーリー』を伸び伸びと楽しげに表現した。『ウエストサイドストーリー』は、友野の優れたエンターテイナーとしての魅力が堪能できると同時に力強さも感じられる、シニアデビューシーズンにふさわしいプログラムだった。一つジャンプを決めるたびに友野の滑りには勢いがつき、観客を沸かせながらノーミスで滑り切る。総合点は256.11でまた自己ベストを更新、総合5位となった。翌年の日本男子3枠も確保する上々の結果で、そのことについて問われた友野は次のように答えている。
「フリーは本当に自分がやれるだけのことをやるというつもりで挑んだので、正直今はまだ結果が自分で信じられなくて……でも本当に、今自分ができることはすべて出し切れたと思うので、それができたから今この結果があるのかなと思います」
さらに「すべて出し切れた一番の要因はどんなところでしたか」と問われると「僕に失うものは何もなかったので」と言い、言葉を継いだ。
「もう思い切って楽しんで滑るということを心がけてできたのが、この結果につながった一番の要因なのかなと思います」
友野は、幼稚園のお遊戯も得意だったという。音楽に合わせて踊ることで見る者を楽しませ、そして自分も楽しむことにかけては、生まれ持った才能があるのだろう。初出場の世界選手権で5位に入るという快進撃は、友野が積んできた弱点を潰す地道な努力と、魅せる才能がもたらした結果だったといえる。
「諦めない気持ちを持って、上を目指したい」
今季の友野は、サルコウに加えて新しい種類の4回転であるトウループをプログラムに投入した。表現面でも、新たにフィリップ・ミルズに振り付けを依頼したショート『The Hardest Button to Button』で、以前からやりたいと思っていたというコンテンポラリーの動きに挑戦している。
そして、21歳で臨んだ今季の四大陸選手権は、またしても宇野昌磨の辞退による補欠からの繰り上がり出場だった。凝った振り付けの中で2種類の4回転を跳ぶ手強いプログラムに苦しんできた印象のある今季のショートだったが、四大陸ではすべてのジャンプを決め、シーズン最後の大舞台で見事に完成形を見せる。ガッツポーズで演技を終えた友野は「今シーズン、ショートプログラムで満足のいく演技ができていなかったので、この四大陸という場所で自分ができる演技ができて、本当によかった」と振り返っている。
「このまま今シーズン終わりたくなかったので、見せつけてやろうという気持ちで挑みました。フリーでも思い切ってやれればいいかなと思います」
ショート7位で臨んだフリー、友野は映画『ムーランルージュ』の曲に乗って演技を開始。冒頭で4回転トウループ、続けて4回転サルコウを成功させるが、後半に入れたサルコウが2回転になってしまう。しかし、最後のコレオシークエンスでは強い思いが伝わる滑りを見せて見る者を魅了した。合計251.05点は自己ベストを更新するスコアで、これで繰り上がり出場した4試合すべてで自己ベスト(合計点)を更新したことになり、自ら言う“代打成功率の高さ”を証明してみせた。総合7位で四大陸を終えた友野は、手応えを語っている。
「昨シーズンに比べて、本当に大きく成長できたシーズンかなと思います。精神的な面で、今回のフリーは特に自分の中ではとても大きな収穫というか、強くなったなと。トップ選手と戦えるか、といったら全然まだまだですけど、今の自分のレベルではある程度実力を出し切れるように、メンタル的に強くなってきたなというふうに思います」
「ずっと『上を目指したい、上を目指したい』と言っていたので、まだ何年かかるか分からないですけど……僕は本当に一つひとつこなしてここまでやってきたので、諦めない気持ちを持って、また来シーズンも上を、メダルを目指して頑張っていきたい」
自らの弱点と向き合う強さと、見る者を引き込む表現力を武器に、友野は一歩ずつ進んでいく。
<了>
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