
宇野昌磨が求道する「自分らしさ」。「ゆづ君みたいに」抜け出し、楽しんだ全日本王者
全日本選手権、4度目の優勝を成し遂げた、宇野昌磨。「一度でいいから勝ちたかった」という羽生結弦を上回り、自らを苦しめていた呪縛を解き放ったように笑顔を見せた。どん底を経験したからこそ、ようやく本当の「自分らしさ」を見つけることができた。宇野昌磨は、さらなる高みへと飛び立っていくだろう――。
(文=沢田聡子)
「失敗も成功も、楽しむことができた」
フリー『Dancing on my own』の哀愁漂うメロディに乗って流れるようにステップを踏む宇野昌磨の顔には、微笑が浮かんでいた。
ステップの直前、宇野は最後のジャンプ要素であるコンビネーションジャンプ、トリプルアクセル―シングルオイラー―シングルフリップを跳んでいる。もちろん、当初の構成ではシングルでなくトリプルフリップをつける予定だった。「こらえるジャンプが多かったので、練習をたくさんしてきても、(トリプル)アクセル―(シングルオイラー―トリプル)フリップを跳ぶ体力がなくて『どうしよう』と思った」と宇野は振り返っている。しかし、トリプルアクセルは前半に1回跳んでいるため、単独で跳ぶと繰り返しと見なされ、減点されてしまう。
「とりあえずリピートにならないように(後ろにつけるジャンプを)シングルフリップで、と思って……。『シニアの選手でシングルジャンプを狙ってやる人なんていないな』と思いながらステップをやっていました」
シングルジャンプを跳ぶことになってしまった状況を、笑って楽しむ余裕が宇野にはあった。「(フリーが)終わった後も、笑っていました」と宇野は振り返っている。
「失敗も成功も、楽しむことができました。僕は本当に、今シーズン特に『スケートがつらい』と思う時間が一番多かったので、久々に楽しむ練習と試合ができたこと、ベストではなかったですけれども最後まで自分の演技を貫けた達成感、いろんなものがあります」
滑る楽しさを取り戻した宇野は、同時に4度目の全日本選手権優勝をも成し遂げた。メダリスト会見で中央に座った宇野に、失敗した時も楽しめる心境についての質問がされている。
宇野はショートが終わった時にも、4回転トウループのセカンドジャンプに3回転トウループではなく2回転をつけてしまったことについて、同じような感想を述べていた。
「4回転―2回転にしてしまったところは、やはり自分の悪いところではある。それでいつも『逃げてしまったな』と思うんですけど、今回はそうではなくて、ちょっと『やってしまったな』とまた微笑みながら演技をすることによって、ちゃんといつも通りのアクセルを跳ぶことができました」
質問は、その宇野のコメントが、平昌五輪・フリー後に1つ目のジャンプを転倒したことについて宇野が発した「笑えてきました」という言葉を思い出させたとし、そのような戦い方が宇野にフィットしているのではないか、と問うものだった。宇野は「本当にそう思っていて」と答え、言葉を継いだ。
「どん底を経験したからこそ……」
「僕は、いろいろなアスリートの考えを見た上で、『自分らしくあればいい』と思いながらも、『アスリートというものはもっと強くなければいけない』と強く思っている時期もあった。去年なんかは本当にそうで『もっと強くなりたい』と思っていた。そう思った原因は、オリンピックで自分が思った以上の結果を出したことによって、自分へのプレッシャーを自分で大きくしてしまったこと。いろいろ長くなりましたけれども、僕はやはりこういった気持ちで試合に臨んだ方が『スケートをやっていて楽しいな』と思える時間が多い。アスリートとしての自覚がないと言われるかもしれませんけど、僕は今後もこんな感じでいきたいなと思っています」
昨季の世界選手権に、優勝という結果を求めると初めて公言して臨んだ宇野は、本来の力を出し切れず4位に終わっている。その後、幼少時から共に歩んできた山田満知子コーチ・樋口美穂子コーチの下を離れた宇野は、メインコーチを置かないまま今季に臨んだ。しかしコーチ不在の影響は思いのほか大きく、グランプリシリーズ初戦のフランス杯ではジャンプのミスを連発し8位に沈む。しかし、その後ステファン・ランビエール コーチの指導を受けることによってどん底を脱した宇野は、グランプリ2戦目のロシア杯では4位で表彰台には乗れなかったものの、復調の兆しを見せていた。そして復活を遂げた全日本までの過程を、宇野はこう振り返っている。
「どん底を経験したからこそいつもとは違う考えを持つようにもなりましたし、またやっと『楽しい』と思いながら練習することもできました。久々に試合でも『できたから楽しい』のではなくて、跳べなくても『絶対に笑ってやろう』じゃないですけど……たとえ失敗しても『失敗しちゃった』ではなくて、『あれだけ練習で成功していたのに、やっぱり試合は難しいな』と思いながら、切り替えて次のジャンプにいこう、と考えていた。いい演技ができたから今いいことが言えるだけなのかもしれないですけれども、そうだったとしても僕はうれしいです」
不調のためグランプリファイナルに出場できなかった宇野は、結果的には全日本選手権に集中することができた。宇野自身、会見で次のように語っている。
「僕はファイナルに出ることができなかったので、今大会に向けて長い時間調整することができ、そして楽しく練習、試合もできました。やっと2年前ぐらいの自分の気持ちが戻ってきたな、と。ここ2年間つらい思いの方が多かったので、久々に『スケートやってきてよかった』と思える試合ができました」
「スケートの楽しさをあらためて知ることができた」
一方、優勝候補の大本命だった羽生結弦は、11月下旬のNHK杯に出場、さらには12月上旬のグランプリファイナルでネイサン・チェンとの死闘を繰り広げている。12月下旬の全日本も含めると、5週間で3試合を戦う過酷な日程だった。ショートではほぼ完璧な演技をした羽生が、フリーで崩れたのは疲れが原因である可能性が高い。宇野自身、優勝が決まったフリー後に「今回優勝というかたちで終わりましたけど、皆さんがベストを尽くした時にもう少し結果は変わってくるかなと僕は思っている」と話したのは、おそらくその状況を踏まえてのことだろう。メダリスト会見での宇野は、羽生不在の全日本選手権で3連覇したことについて次のような発言もしている。
「多分日本の誰もが、僕が日本一に3回なったということには気づいていなくて……。本当に日本のスケートのレベルは高いので、その中で優勝できたのはうれしいことではあるんですけど、やはり僕の中でも、また日本中の方全員が、日本で一番うまいのはゆづくん(羽生)だと思っている。僕にとってのスケート人生の大きな目標を、皆さんはオリンピックだと思っているかもしれませんが、僕にはそれ以上に、羽生選手に一度でいいから勝ってみたいという目標があった。それだけ僕にとってすごく大きな、特別な存在。本当に今回の結果は偶然のところがたくさんあると思うんですけれども、それでも今シーズン苦しい中で、スケートをやめずにちゃんとやってこられたことがいい方に向いてよかった」
宇野は、羽生の姿勢に近づこうとしていたことも吐露している。
「まず、僕は羽生選手ほど自分に厳しくなることができません。僕は昨年『ゆづくんみたいに強くなりたい』という思いで試合に臨むようになって、それであらためてゆづくんのすごさを実感した。『どうやって、これだけ自分にプレッシャーをかけて試合にいい演技を持ってくるんだろう、僕も強くなりたい』という思いからなかなか結果を出せなくなってしまって……。今シーズンいろいろあってコーチの下を離れることになって、自分が思っていた以上にその影響は強く、試合でも練習でもうまくいかず、僕にとってはすごくつらい時期が続いた。でもステファンコーチの下で練習するようになって、スケートの楽しさをあらためて知ることができました。逆に今、ゆづくんみたいに自分に厳しく、強くあることはできませんけれども、僕は僕らしく、せっかくこういう舞台で戦えているからこそ、スケートを楽しみたい、今の自分を楽しませてあげたい、ここまで頑張ってきたご褒美をあげたいと思って、練習、そして試合に臨むようになりました」
同じ国の偉大な先輩であり、アスリートの模範のような羽生の姿勢に近づこうとするのは宇野にとって自然なことだったともいえるが、それが苦しみの始まりでもあった。会見で宇野の隣に座って話を聞いていた羽生は、次のように語っている。
「やっと昌磨が昌磨らしく戻ってこられてよかったなってすごく思いますし、だからこそオリンピックの銀メダリストになれたんだよ、って僕は思っている」
宇野の強さは、宇野らしくあることから生まれてくることを、羽生は知っていたのだ。
世界選手権代表に選ばれた宇野は、次のように抱負を述べた。
「世界選手権に、去年みたいに『1位になりたい』と思って行くつもりはない。楽しめそうだなと思える練習をして、世界選手権に臨みたい」
宇野は宇野らしく、スケートを楽しんで、世界選手権に向かっていく。
<了>
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