フィギュア16歳・鍵山優真は、なぜ世界記録超えできたのか?「父の愛」と「踊りの火種」の魅惑

Career
2019.12.18

11月、全日本ジュニア選手権で演じた会心のスケートは、非公式ながら当時のジュニア世界最高得点を上回った。4度目の挑戦にして、どうしても欲しかったタイトルを手にした鍵山優真は、目に涙を浮かべる父の横で満面の笑顔を見せていた。12月のISUジュニアグランプリファイナルではミスが続き4位に終わったものの、次なる舞台は国内最高峰、全日本選手権。その表彰台をも見据える16歳は、いかにして育まれてきたのか? そこには、にじみ出る父の愛があった――。

(文=沢田聡子、写真=Getty Images)

父・正和コーチの教えを地道に実践してきた

リンクに座った5歳の鍵山優真は、氷をかじっていたという。

「(リンクに)遊びには連れて行きましたけど、『スケートをやりたい』という意志表示は彼からです」とコーチでもある父・鍵山正和氏は振り返る。1992年アルベールビル、94年リレハンメル五輪男子シングル代表の正和コーチは、元トップスケーターだ。正和コーチは「やっぱり親として無駄に感情が入っちゃうところもあったりしますので、そういうときはやっぱり反省しますよね」と言う。

「帰ってから『ごめんね』っていつも謝っている」

コーチとしての厳しさと、父親としての愛情がにじむこの言葉から、鍵山の完成度の高いスケートと、愛される人柄をつくり上げた親子関係がうかがえた。

16歳になった鍵山は、ここ2シーズンで急成長を遂げている。「スピンは確かに昔からしっかり練習していたので得意な分野ではあったんですけど、ジャンプに関しては『苦手』という意識はすごく強かったですよね」と正和コーチは言う。

「でも年数を重ねていって、自分が上達していくことで楽しさを覚えていってくれているので、今はすごく(ジャンプが)楽しいんだと思います」

練習の重点がスピンからジャンプに移った現在は、4回転トウループにも安定感が出てきた。表現・振付を担当する佐藤操コーチは、鍵山の飛躍のきっかけは昨季出場したジュニアグランプリシリーズだと言う。

「去年ジュニアグランプリに出ることができて、(海外の)素晴らしい選手たちに、国内とまた違った刺激を受けたんですね」(佐藤コーチ)

他の選手のスケートを見るのが好きな鍵山は、大会期間中は毎日他の選手を見て「うまいな、綺麗だな」と感心していたという。帰国すると「あれもこれもやってみたい」と意欲を持って練習するようになった。

「手前味噌ですけど、毎試合毎試合輝きが増しているように感じます」(佐藤コーチ)

このエピソードは、佐藤コーチが鍵山を評した「すごく素直な子」という言葉を裏付けるものだろう。それと同時に、ジャンプに取り組むとすぐに成果が出たこと、目で見た海外の選手の動きを取り入れることができたことは、基本となるスケーティング技術が身についていたことを物語る。佐藤コーチは「優真が飛躍したと言われているのはこの2年ですけれども、その前からずっと基礎的なことをすごくやってきた」と振り返る。

「もちろん勝負なので、今後は皆さんをあっと驚かせるようなジャンプにもトライする予定はあると思うんですね。ただ『まず安定した滑りをジュニアのうちに身につけておこう』という鍵山先生の教えがもともとあった。踊りに関しても『一歩ずつ』という、とても堅実な先生。当然息子さんですから、そこに関しては一致していた」(佐藤コーチ)

基礎を身につけることの大切さを知る父の教えを、鍵山は地道に実践していた。「ジャンプがメインのようですけれども、スケーティング・ステップに関しても、放っておいてもすごくよく練習する」(佐藤コーチ)、「努力は惜しまない感じですよね。言ったことだけではなくて、自分で納得いくまで滑り切るというか練習し切る」(正和コーチ)という姿勢で、鍵山は飛躍の土台を着々と築いていたのだ。「(練習し過ぎて)ちょっと怖いぐらいです。『止めなきゃいけないかな』と思うときがあるぐらい」と佐藤コーチは言う。

「休むなんてことは、頭にないと思います。むしろ『たまに休んでくれ』ってお願いしているくらい。お父さんもそうなので、私は休みづらいです(笑)」(佐藤コーチ)

もう一つの武器、“踊り心”

鍵山のもう一つの武器は、“踊り心”があることだ。海外遠征の際に立ち寄ったスーパーで、佐藤コーチが後ろを振り向くと、そこには流れてきた音楽に合わせて踊っている鍵山がいた。そしてこう言ったという。

「僕、どうですか?」

そういうときの鍵山が「一番素敵です」と佐藤コーチは話す。

「振付師としてすごく楽しみだなと思うのは、自分から気持ちが乗ってきて、本当に心から踊っていること。それはまだブラッシュアップがかかっているものではないですから、シニアに通用するとは私も思っていないし、本人もそれは分かっていると思うんです。でも振付師として見ると、あの子の中にはすごく(踊りの)火種がある。ただ男の子なので『恥ずかしい』ということもちょっとあって、自分で(火種に)水をかけたりしちゃうんですね。美しいプログラムをやるのはまだ私も自信がないですが、『僕こんなに踊りたいんです』という気持ちを皆さんに届けるくらいは、少しずつできるようになってきているかなと思います」

映画『タッカー』の曲を使用する今季フリーは佐藤コーチが振り付けた楽しいプログラムで、明るいメロディに乗って生き生きと踊る鍵山の動きが印象的だ。初優勝した今季の全日本ジュニア選手権・フリーでの鍵山は、動きにまだ幼さも感じさせるものの、観客を自分の世界に引き込む魅力を発揮していた。

ジュニア4年目にして手にした渇望の国内タイトル

11月に行われた全日本ジュニア選手権・フリーの演技前、正和コーチに「何も心配いらないから。自分のやってきたことを信じて、しっかりと動いて、最後まで滑っておいで」と送り出された鍵山は完璧な演技を披露、171.09という高得点をたたき出した。これは非公認ながら、合計(251.01)と共にジュニア世界最高得点にあたるハイスコアだ。キス&クライでこの得点を確認した鍵山は、笑顔をはじけさせて正和コーチと握手した。

試合後のミックスゾーンで鍵山は「点数だけで言うとすごくうれしいんですけど」としながらも、向上心をのぞかせた。

「やっぱり昨日(ショートプログラム)のミスの部分だったり、今日(フリー)のレベルの取りこぼしだったり、いろいろ考えると、もっと点数伸ばせたかなと思います」

試合の後、正和コーチには「よく頑張った。落ち着いてできたな」と言葉をかけられたというが、それは成績が良かった試合に限ったことではないようだ。鍵山は「(正和コーチは)試合の後は『頑張ったな』っていつも言います」と話している。

「ジュニアになってからこの試合(全日本ジュニア)であまりいい演技ができなくて、(表彰)台に乗れなかったり全日本行けなかったり、という部分があったんですけど、今年は順調にきていて、試合も最終的にフリーはノーミスで優勝できた、というのが一番うれしく思っています」
「今シーズンが一番大切だと思っていた。世界ジュニア(の代表選考)もかかっていますし、一つの試合としてここの優勝をすごく狙っていたので、ここまで頑張ってきてよかった」(鍵山)

「ジュニア4年目にしてやっとタイトルがとれてすごくうれしい」という息子の思いを、正和コーチも共有していた。

「優真に関しては、ライバルたちに比べると、国内のタイトルが一つもなかったんですね。なので、これでやっと肩を並べて戦っていけるかな、という感じではあります。彼にとって国内のタイトルをとるチャンスだったので『どうしてもとらせてあげたい』という気持ちは僕の中にはあった。彼ももちろんそういう気持ちは強かったとは思うんですけれども、お互いそれは言葉にはしていなかった。でも、多分お互いからひしひしと感じていたところはあると思うんですよね。なので、今回は本当に良かったと思います」

さらなる挑戦の先には……

全日本ジュニア王者となった鍵山は、さらなる挑戦に言及している。

「この試合(全日本ジュニア選手権)が終わったので、新しい4回転、フリップとかループに挑戦してみたい」

また、国内最高峰の舞台である全日本選手権では、シニアの規定に従いプログラムを変更して臨むことになる。

「全日本ではショートプログラムに4回転を組み込んだ構成にするので、そこできっちりといい演技ができる、ということが一番です。あとは、今シーズンを通して全日本の表彰台も見えてきたので、しっかりとそこを狙って頑張っていきたい」

出場が決まったユースオリンピック、世界ジュニア選手権についても意欲的だ。

「ユースオリンピックにもし出られたら、ジュニアではあるんですけど、オリンピックの雰囲気を味わいたい、というのが一番。(正和コーチとは)今年のユースオリンピックは一生に一度しかない経験なので、楽しみたいということは話しています。あんまり今はシニアとかは考えていなくて、とりあえず今シーズン終わってから考えようかなと。世界ジュニアでいい成績を残せたら、来年シニアでもいいんじゃないかな」

素直な鍵山は、しっかりと備わった基礎の上にたくさんのものを吸収していく。踊りの“火種”から自ら火を起こせるようになったとき、世界がそのスケーティングに魅了されるかもしれない。

<了>

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