15歳・佐藤駿は、なぜ大舞台で世界新を出せたのか? 4回転ルッツの苦い経験と飽くなき挑戦
12月、イタリア・トリノで行われたISUジュニアグランプリファイナル、やや緊張した面持ちで表彰台の一番高い所へと上った。そのわずか3週間前、全日本ジュニア選手権で緊張に負け、涙を流した佐藤駿は、なぜこの大舞台で歴代ジュニア最高得点をたたき出し、小塚崇彦、羽生結弦、宇野昌磨に次ぐ日本人男子4人目の栄冠に輝くことができたのか? まだあどけなさの残る15歳は、前だけを向いていた――。
(文=沢田聡子、写真=Getty Images)
ジャンプの能力は「天才」 4回転ルッツで日本人男子4人目の栄冠
ジュニアグランプリファイナルを制した15歳・佐藤駿の勝利の決め手は、現状試合で跳ばれているジャンプの中では最も難しい4回転ルッツだった。
全日本ジュニア選手権で佐藤に競り勝って優勝した同学年(スケート年齢は一つ上)のライバル・鍵山優真は、佐藤のジャンプ能力に「天才」だと語る。「4回転ジャンプの精度や確率は誰にも負けたくない」と本人も語るように、佐藤のジャンプは自他共に認める武器なのだ。ファイナルでは冒頭の4回転ルッツに続き4回転トウループを2本続けて決めており、3本の4回転にはすべて加点がついた。フリー177.86、合計255.11ともにジュニアの世界最高得点を更新したが、これは佐藤が高難度のジャンプを組み込んだ構成をミスなく滑り切ったことによるハイスコアだった。
佐藤はフリー直後の会場で、優勝者としてインタビューに臨んでいる。
「今回は4回転ルッツを降りたんですけれども、他の4回転もこれから練習していこうと思っています」
「試合前にとても緊張してしまって、できるか不安だったところもあったんですけど、本番では自分らしく落ち着いた演技ができたのでよかったです」
小塚崇彦、羽生結弦、宇野昌磨らオリンピアンたちに続く、日本人男子4人目のジュニアグランプリファイナルチャンピオンの誕生だった。
全日本ジュニアでの苦い経験と、飽くなき4回転ルッツへの挑戦
ファイナルの3週間前に行われた全日本ジュニア選手権(男子シングルは11月16、17日)では、佐藤は総合2位に終わっている。コンビネーションジャンプのミスにより3位と出遅れたショート後のミックスゾーンで、取材対応はまだ初々しい印象がある佐藤の口調に力がこもったのは、フリーで4回転ルッツを跳ぶ決意について語った時だった。
「(4回転ルッツは)どんな状況でも入れる予定です」
「降りられるジャンプは入れていかないとダメだと思うので……公式戦では(4回転)ルッツを降りていないので、公式の大会でルッツを決めたいと思っています」
翌日のフリー。2つ前の滑走順だったショート首位の鍵山が、非公認ながらジュニア世界最高得点にあたるハイスコアを出した後にリンクに登場した佐藤は、果敢に4回転ルッツに挑んだが、回転が抜けてしまった。その後もジャンプの細かいミスが続いた佐藤は、鍵山に及ばなかった。
キス&クライで流した涙をぬぐってミックスゾーンに現れた佐藤は、鍵山の高得点を見て動揺したことを素直に認めている。
「点数を見て『やっぱりすごいな。自分も頑張らなきゃ』と思ったんですけど、それでもやっぱり緊張の方が大きくなっちゃって、それで最初のジャンプ(4回転ルッツ)パンクしてしまいました」
「今までにないような緊張で、ここまで緊張したことはなかった。ちょっと不安があったり、初めてそういう感覚になって、落ち着いてできなかったので……次からは、今度の大きい試合の時にはちゃんとメンタル面でも強くなれるようにしたい」
一方で、大技である4回転ルッツへの挑戦は続けると明言した。4回転トウループに続いて挑戦していた4回転はサルコウだったが、今回ルッツをプログラムに入れたことについて、佐藤は「サルコウは最近調子が悪くて、ルッツをやったらルッツの方が調子良かったので」と説明している。
「東日本(選手権が)終わった後に(コーチが)『サルコウやると他のジャンプも崩れちゃうから、サルコウはやめてルッツやった方がいいんじゃない?』という感じになって、ルッツにしました」
失敗した直後でも、佐藤は「4(回転)ルッツは、これからもどんどん入れていくつもりでいます」とはっきりと言い切った。
「今回パンクしてしまったので、そういうミスをなくして……練習から数を増やして、毎日必ず跳ぶように心がけてやりたい」
緊張に負けた苦い経験と、それでもやめなかった4回転ルッツへの挑戦が、3週間後のジュニア世界一のタイトル獲得につながったのだ。
羽生結弦への憧れと、ライバルであり友でもある鍵山優真の存在
ジュニアとシニアのグランプリファイナルが行われたトリノのパラベラ競技場では、ジュニア男子フリーに先立ってシニア男子フリーがあり、羽生結弦が2年ぶりに公式戦で4回転ルッツに挑み、成功させている。佐藤はその数時間後、同じ会場で、日本人として羽生に次いで2人目の4回転ルッツを成功させた選手となった。優勝者としてパラベラ競技場で受けたインタビューで、佐藤は「憧れの選手は、羽生結弦選手です」と明言している。
羽生と佐藤は共に仙台出身で、幼い頃はジュニア世代の選手だった羽生と同じリンク(アイスリンク仙台)で練習をしていた時期もある。羽生が震災後に練習拠点をなくし、アイスショーで全国を回りながら練習していたことは有名だが、同じく被災した佐藤も仙台を離れ、今は父の転勤先である埼玉に拠点を移して練習している。
全日本ノービス選手権で4連覇し、日本男子史上最年少の14歳で4回転を習得した佐藤のジャンプ能力の高さはよく知られており、幼い頃から注目を集めていた。当初は“優れたジャンパー”という印象で、見る者、そしておそらく佐藤本人も、ジャンプに意識が集中するプログラムを滑っていた。
その印象が変わったのは、今年6月末に行われたアイスショー「ドリーム・オン・アイス2019」で滑った今季ショート『キャラバンの到着』を見た時だ。ミュージカル映画『ロシュフォールの恋人たち』のお洒落な曲を小粋に滑りこなす佐藤は、表現面で一気に成長していた。何よりも、佐藤自身の意識がジャンプだけではなく表現にも向いたことがよく分かる新プログラムだった。
今季の全日本ジュニア・ショート後の囲み取材で、佐藤は「踊りの部分もあまり上手にできなかったので、そこはちょっと悔しい」という発言をしている。しかし発言とは裏腹に、この日のショートも昨季と比較すると表現面での伸びがはっきり分かる演技だった。“踊りの部分”を意識して練習しているのか問うと、佐藤は「昨シーズンよりは良くなったと言われているんですけど……去年に比べたらステップや表現を練習してきたので」と言い、「でもまだまだ」と言葉を継いだ。
「海外の選手とかに比べたら、全然そのレベルには至っていないので、これからもっとジャンプ以外のところも伸ばしていきたいです」
佐藤が憧れている羽生の演技は美しい滑りの中に溶け込ませて高難度のジャンプを跳んでいくのが特徴で、理想のフィギュアスケートそのものといえる。また、佐藤の好敵手である鍵山はジュニアながら総合的な完成度が高く、踊るのが大好きなスケーターだ。今季よりジュニアグランプリシリーズに参戦し、海外の選手を見て受けた刺激に加え、羽生と鍵山の存在も佐藤の表現面での進化には好影響を与えているのではないだろうか。
佐藤は、鍵山についてこう語る。
「ライバルであって、友達でもあって、いい刺激もらって、優真がいることで僕も成長できると思うので、これからも2人で一緒に頑張っていきたいなと思います」
また、羽生については次のように話す。
「同じリンクで練習していたので、憧れの選手であって、自分の目標としているところです」
佐藤には、憧れの羽生、そしてライバルであり友人でもある鍵山という、豊かな才能を伸ばしてくれる大切な存在もいる。
全日本ジュニアを戦い終えた佐藤は、「全日本では、今回ダメだったところをしっかりと直したい。今シーズンまだ一回もノーミスの演技ができていないので、全日本ではノーミスの演技ができるようにするのが目標です」と話した。目標だったノーミスの演技をショート・フリーで見事に揃えたグランプリファイナル後には、佐藤はシーズン後半に向けた決意を次のように述べている。
「ここでまだ終わりだと思っていない。まだ全日本など他の試合もあるので、気を引き締めてノーミスの演技ができるように頑張りたいです」
さらに佐藤は、全日本選手権でもフリー冒頭のジャンプは「(4回転)ルッツからやろうかなと思っています」とも宣言している。
昨季の全日本選手権では、ミックスゾーンに詰めかけた報道陣に驚き、後ずさりをしていた佐藤。純朴なティーンエイジャーであると同時に世界でも指折りのジャンプ能力を持つ佐藤は、憧れ続けた羽生と最終グループで一緒に滑ることを目標に掲げ、好敵手・鍵山と共にジュニア世代の代表として、全日本選手権に臨む。
<了>
羽生結弦は「気高き敗者」だった。艱苦の渦中に見せた、宇野優勝への想いと勝気さ
宇野昌磨が求道する「自分らしさ」。「ゆづ君みたいに」抜け出し、楽しんだ全日本王者
髙橋大輔は最後の全日本で何を遺した? 魂のラストダンスに宿した「終わりなき挑戦」
ジュニア世界最高を上回った16歳・鍵山優真はいかに育まれた?「父の愛」と「踊りの火種」の魅惑
羽生、紀平が見せる進化の過程。フィギュア4回転時代に求められる「理想」のスケートとは?
羽生結弦、「至高のライバル」ネイサン・チェンの存在。自分の演技貫き「奪還したい」
ザギトワが大人になる過程を見続けたいと願う。短命すぎる女子フィギュアの残酷な現実
紀平梨花はいかにロシア勢と戦うのか?「一日でも休むと危ない」胸に抱く切実な危機感
高橋大輔は、アイスダンスで新たな物語を魅せてくれるはずだ。天性の踊る才能と表現力
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
「もしそれがW杯の試合だったら」鈴木唯人が語る“走り続ける”理由。開幕4試合4ゴールも最優先するものとは
2026.10.02Career -
「僕らだけで決断していいことじゃない」現役大学生で日本代表、伊藤龍之介が向き合う“二つのチーム”
2026.10.02Career -
「24時間、君はプロなんだよ」RB大宮・西村卓朗SDが語る“伸びる選手”の条件。その原点にあった苦悩
2026.10.01Training -
W杯ブラジル戦で泣き崩れた田中碧…リーズ監督の「きつい冗談」と、先発を取り戻すまでの3カ月
2026.10.01Career -
「ベンチでOKではない。先発になるために」日本代表FW後藤啓介が語る、ブンデスで向き合う“自分との差”
2026.10.01Career -
「『好きを仕事に』が一番つらかった」。16歳でプロ・前田尚輝の葛藤と、太田宏介が語る「マインドリセット」
2026.10.01Business -
コモで見つけたクラブの魅力、日本への感謝。なでしこジャパン前監督ニルス・ニールセンが語る現在
2026.09.29Opinion -
張本智和が託し、松島輝空が決めた中国撃破。日本男子卓球、60年ぶり金で変えた景色
2026.09.28Opinion -
「風を読んで、あのスペースに」鈴木彩艶が明かす配球術。英名物番組が驚異的と評するプレミアでの進化
2026.09.24Career -
なぜスポーツブランドが水戸の「育成」に投資するのか? 青木ハヤト代表の決断を生んだ原風景
2026.09.18Business -
40歳・長友佑都はなぜ現役を続けるのか。W杯後に一度は傾いた「引退」と「FC東京で優勝」の情熱
2026.09.18Career -
塩貝健人が語る「4年後に向けて」。W杯での課題をドイツ2部で磨き、再び迎えるブラジル戦
2026.09.11Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
「もしそれがW杯の試合だったら」鈴木唯人が語る“走り続ける”理由。開幕4試合4ゴールも最優先するものとは
2026.10.02Career -
「僕らだけで決断していいことじゃない」現役大学生で日本代表、伊藤龍之介が向き合う“二つのチーム”
2026.10.02Career -
W杯ブラジル戦で泣き崩れた田中碧…リーズ監督の「きつい冗談」と、先発を取り戻すまでの3カ月
2026.10.01Career -
「ベンチでOKではない。先発になるために」日本代表FW後藤啓介が語る、ブンデスで向き合う“自分との差”
2026.10.01Career -
「風を読んで、あのスペースに」鈴木彩艶が明かす配球術。英名物番組が驚異的と評するプレミアでの進化
2026.09.24Career -
40歳・長友佑都はなぜ現役を続けるのか。W杯後に一度は傾いた「引退」と「FC東京で優勝」の情熱
2026.09.18Career -
塩貝健人が語る「4年後に向けて」。W杯での課題をドイツ2部で磨き、再び迎えるブラジル戦
2026.09.11Career -
世界で勝つには「組織力だけでは足りない」。長谷川唯が語る、なでしこジャパンの現在地
2026.09.10Career -
角田裕毅に再び巡ってきたチャンス。F1残留を懸けてイタリアで問われる「2度目の挑戦」
2026.09.04Career -
「いつも誤解されてた」25年の時を経て、アレン・アイバーソンが本当に伝えたかったこと
2026.09.04Career -
「努力できる人」と「続かない人」何が違う? 長谷川唯が語る、目標設定が人生を変える理由
2026.09.03Career -
170cm弱だった少年が195cmに。G大阪の18歳GK荒木琉偉が語る「鈴木彩艶を追い越す」未来
2026.09.01Career
