
「涙目になっている人もいて…」なでしこ田中美南、W杯落選の挫折に「背中を押した」声
日テレ・東京ヴェルディベレーザからINAC神戸レオネッサへの移籍を決断した田中美南。その胸中には昨年のFIFA女子ワールドカップ・フランス大会でのメンバー落選が大きく影響しているという。もう二度と経験したくない出来事を機に、彼女は何を感じ、自身にどのような変化を起こしたのか?
(インタビュー・構成=鈴木智之、撮影=吉田孝光、写真=Getty Images)
「自分の名前がなかった時に涙目になっている人もいて……」
――2019年のFIFA女子ワールドカップ・フランス大会でのメンバー落選は、田中選手の考えにどのような影響を及ぼしましたか?
田中:メンバーから外れるまでは、自分がチームで結果を出す先に代表があり、ワールドカップのような大きな舞台があると思っていました。でも、ワールドカップのメンバーから外れたことで、自分よりも周りのほうが悔しがったり、悲しんでくれているのを見ると、自分は大舞台で活躍する義務というか、責任があるんだと思うようになったんです。その経験があってからは、「東京五輪に向けて」という気持ちが強くなっています。今まではチームで活躍したら代表にいける、大きい舞台でプレーできるという考え方だったんですけど、今は「東京五輪に向けてやる」という言い方をしています。
――ワールドカップでメンバーから落選した時、周りの人たちはどのような反応でした?
田中:メンバーの発表会見の時間が、ちょうど仕事終わりの時間だったので、同僚と一緒に見ていたんですね。メンバーが発表されて、自分の名前がなかった時に涙目になっている人もいて……。「なんで?」って悲しんでくれたり。仕事場で顔を合わせるお客さんは、おじいちゃん、おばあちゃん世代の人もいるんですけど、いつも試合を見に来てくれるんですね。その人たちの中には「おかしいよね」と、怒っている人もいました。そこで自分も一緒になって怒るわけにはいかないので、「しょうがないよ」ってなだめたりして。
――田中選手自身は怒りというより、悲しみのほうが大きかった?
田中:そうですね。怒るという感情は自分にはなくて、悲しい気持ちが大きかったです。自分の気持ちを心配してくれる人もいて「大丈夫?」と言ってくれる人もいました。周りの人がそれだけ怒ったり、悲しんだり、悔しがったりするのを目の当たりにして、その人たちに恩返しをするというか、感謝の気持ちを伝えることは、東京五輪のような大きな舞台で活躍することだなって。それをみんなが望んでいるし、期待してくれていると思うんです。だから今回の移籍の決断も、ずっと応援してくれた人たちは、私の気持ちもわかった上で後押ししてくれました。マイナスなことを言う人はいなくて、自分の思いや今までの経験をわかってくれているからこそ、背中を押してくれたんだと思います。
へこんだのはメンバー発表の当日“1日”
――話を聞いていると、ワールドカップのメンバーに選ばれなかったことが、田中選手の考えや今回の移籍に大きく影響しているんですね。
田中:あの経験はめちゃめちゃ大きかったです。メンバーに選ばれるかどうかはわからなかったですけど、チームで結果は残していたし、やるべきことはやっていたので。選ばれなかったらしょうがないやと思っていたんですけど、実際に選ばれなかったので、意外とこたえましたね。自分としては、割り切れると思っていたんです。しょうがない、やることはやったんだからという感じで、すぐ次に気持ちを切り替えられると思っていました。でも、ずーんとへこんだ自分がいて……。自分にとっても、ワールドカップのような舞台に出ることは大きいことだと思ったし、それ以上に周りの反応を見て、余計にずーんときた感じがありましたね。
――意外と長い期間引きずってしまった?
田中:あぁ、でもそれはなかったです。というのも、ベレーザのカップ戦がすぐに控えていたんです。だから、へこんだのはメンバー発表の当日ぐらいです。
――1日というのは、へこんだうちに入るんですか?(笑)
田中:たしかにそうですね(笑)。ただ、自分としては、1日もへこまないと思っていたんですよ。すぐ、しょうがないでしょという感じで、次にいけると思っていたけど、意外とずーんときて。落選は悔しかったですけど、カップ戦がありましたし、ワールドカップのメンバーから外れたからといって、腐っているように見られたら負けだと思っていました。メンバーから落ちたことを気にして、それがプレーに出てしまっていたらかっこ悪いし。だったら切り替えて、そこで結果を出して、「何でメンバーに入れなかったんだ」と、周りが思ってくれるように頑張ろうと思いました。
――ワールドカップはテレビでご覧になりました?
田中:はい。いちサッカーの試合という感じで、割り切って見ていました。みんな、頑張れという感じで。
国際試合で痛感した「変化を必要とする」課題
――なでしこジャパンの話をしたいのですが、ヨーロッパをはじめ女子サッカーのレベルが上がってきている中で、日本も取り残されないように、追いつけ追い越せでやっています。実際に海外の、特にヨーロッパの選手と試合をする中で、どう感じていますか?
田中:やっぱり、日本でやっている時よりも(ゴール前で)全然時間がないですし、足が伸びてくる範囲も、体を当てられる時の強さも違います。日本だとある程度寄せられても、相手を押さえて自分の形でシュートを打てるんですけど、相手のパワーが強いと態勢を崩しながらシュートを打たなければいけないので、いかにしてそうならない状況を作るかを考えています。
――普段、日本人選手を相手に試合をする中で、その部分を高めていくのはすごく難しいと思うんですけど、練習や試合でどんなことを意識していますか?
田中:日本人同士で試合をする時は、ギリギリの状況でも確実にシュートを決め切るところだったり、相手と駆け引きをして、余裕を持ってプレーできる状況にするために、ボールタッチの仕方やボールの置き所、スピード感などを考えながらプレーしていけば、外国人相手の時でも、工夫はできるのかなと思います。
――日本でプレーしていると、「ここにパスが来るだろう」というタイミングでパスが出てくると思うんですけど、海外のチームと対戦すると、パスの出し手もプレッシャーを普段より強く受けているので、少しのコントロールの乱れがパスの乱れになり、最後、ゴール前にボールが入る段階で、手前のズレが結果として大きなズレになりますよね。
田中:ゴール前での駆け引きもそうですし、中盤で攻撃を作る部分でうまくやってくれないと、自分の所までボールが来ないんですよね。(EAFF)E-1(サッカー選手権)の時もそうで、自分としてもやれることがあまりありませんでした。自分のところまでボールが来ないんだったら、少し下がってボールを受けて、前に運んではたいてといったプレーもできるようになりたい。その部分を高めるためには、ベレーザではないチームのほうがいいのかなと思ったんです。ベレーザの時は、自分はゴールを決めることだけを考えて、相手と駆け引きをしたり、味方にパスを要求することができていました。INACは、中盤で攻撃を作る部分でも、自分にできることが結構あるなと感じています。
岩渕真奈との新たなホットライン
――中盤との連携でいうと、岩渕(真奈)選手とのホットラインは楽しみです。
田中:ぶちさんはゴール前の一つ低い位置でのプレーがすごく上手だと思うんですけど、自分はもっと相手ゴールに近い、一番前の所が得意なので、ぶちさんと一緒にプレーするのであれば、そこの部分は生かすことができると思います。自分が少し下がって、ぶちさんに前に行ってもらったりといった、コンビネーションも見せられたらいいなと思います。
――2人のコンビネーションは、なでしこジャパンでもそうですけど INACのサポーターも期待しているんじゃないですか?
田中:自分の動き出しを見てくれると思うので、要求する部分であったり、動き出しのタイミングをもっと合わせていきたいですね。自分は少し下がって攻撃を作るところやスルーパスを出すことも好きなので、お互いを生かすようなプレーができたらと思っています。まだ、そこまで一緒に練習ができていないので、そこはこれからですね。
――ベレーザ時代に、一緒にプレーしていませんでしたっけ?
田中:一緒にやってはいたんですけど、自分は試合に少し出てたぐらいの時期だったんです。でも、その時よりは成長できていると思うので、今は一緒にプレーすることがすごく楽しみです。
――このインタビューの前も2人で食事に行っていましたが、サッカーについての会話はよくするんですか?
田中:会話はたくさんします。もっとこうしたほうがいいよねとか、こういう動き方を伝えていけたらいいよねとか、ビルドアップのこととか、中盤で攻撃を作るところとか。練習内容の事についても話します。
東京五輪のメンバー発表に向けて「後悔のないようにやりたい」
――最後に、今シーズンに向けての話を聞かせてください。INAC は3シーズン、タイトルから遠ざかっています。一方の田中選手はベレーザの中心選手として、リーグ戦5連覇、皇后杯3連覇を達成するなど、タイトルを総なめにしました。INACではタイトル獲得に貢献してほしいと期待されていると思います。そのあたりはどう受け止めていますか?
田中:チームでタイトルを取ることについては、期待されていると思っていますし、チームとしても取れる実力はあると思っています。ゲルト(・エンゲルス/INAC監督)さんからの指導をしっかり受けることで、サッカーに対してやれることは増えてくると思いますし、チームとして昨シーズンまで積み上げてきたことプラス、これからやれることが増えて、タイトルを取れるようになりたいですね。
――個人として、東京五輪のメンバー発表に向けて、どのような気持ちで過ごしていきたいですか?
田中:一番はINACで活躍することだと思うので、得点は取り続けていきたいし、内容的な部分でも、チームの中心としてプレーしていきたいです。五輪の登録メンバー18人は狭く、厳しい枠ですけど、選ばれることを信じてやるしかない。後悔のないようにやりたいです。
———-
彼女にとって、チームでできる限りの結果を残したにもかかわらず、2019年のFIFA女子ワールドカップ・フランス大会のメンバーに選ばれなかったことは、大きな出来事だった。このままではいけない。何かを変えなければいけない。それがINAC神戸への移籍だった。世界的な経営コンサルタントの大前研一氏は、人間を変えるには、次の3つを変えることが重要だと言っていた。「時間配分を変えること」「住む場所を変えること」「付き合う人を変えること」。田中選手の今回の決断は、サッカーにより集中できる環境に身を置き、新たな指導者、新たなチームメイトとともにプレーすることで、自身をさらに成長させることが目的なのだろう。2020年、田中美南の躍動から目が離せない。
<了>
【前編】4年連続得点王も「五輪に選ばれるかわからない」 田中美南、リスク覚悟の譲れぬ決断とは?
なぜ猶本光は日本に帰ってきたのか? 覚悟の決断「自分の人生を懸けて勝負したい」
岩渕真奈が振り返る、10代の葛藤 「自分のプレーと注目度にギャップがあった」
「ドイツのファンとの距離感は居心地が良かった」猶本光、苦悩の10代を乗り越えた現在の境地
永里優季「自分らしい生き方」と「勝利へのこだわり」矛盾する思考と向き合う現在の境地
PROFILE
田中美南(たなか・みな)
1994年4月28日生まれ、タイ出身。INAC神戸レオネッサ所属。ポジションはフォワード。タイで生まれ、生後すぐに帰国して神奈川県で育つ。2007年に日テレ・メニーナに入団。2011年にトップチームである日テレ・ベレーザに2種登録され、なでしこリーグに初出場。翌2012年に日テレ・ベレーザに昇格。2015年に5年ぶり13回目の優勝に貢献して以降、リーグ5連覇(2015、2016、2017、2018、2019)を達成。他にも皇后杯4回(2014、2017、2018、2019)、なでしこリーグカップ4回(2012、2016、2018、2019)、また4年連続得点王(2016、2017、2018、2019)、2年連続MVP(2018、2019)など、数々のタイトルを獲得。2013年のアルガルべカップでなでしこジャパン初出場・初得点。2020年1月、INAC神戸レオネッサへの移籍を発表した。
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
いわきFCの新スタジアムは「ラボ」? スポーツで地域の価値創造を促す新たな仕組み
2025.04.03Technology -
専門家が語る「サッカーZ世代の育成方法」。育成の雄フライブルクが実践する若い世代への独自のアプローチ
2025.04.02Training -
海外で活躍する日本代表選手の食事事情。堂安律が専任シェフを雇う理由。長谷部誠が心掛けた「バランス力」とは?
2025.03.31Training -
「ドイツ最高峰の育成クラブ」が評価され続ける3つの理由。フライブルクの時代に即した取り組みの成果
2025.03.28Training -
アジア女子サッカーの覇者を懸けた戦い。浦和レッズレディースの激闘に見る女子ACLの課題と可能性
2025.03.26Opinion -
近代五種・才藤歩夢が挑む新種目。『SASUKE』で話題のオブスタクルの特殊性とは?
2025.03.24Career -
“くノ一”才藤歩夢が辿った異色のキャリア「近代五種をもっと多くの人に知ってもらいたい」
2025.03.21Career -
部活の「地域展開」の行方はどうなる? やりがい抱く教員から見た“未来の部活動”の在り方
2025.03.21Education -
リバプール・長野風花が挑む3年目の戦い。「一瞬でファンになった」聖地で感じた“選手としての喜び”
2025.03.21Career -
なでしこJにニールセン新監督が授けた自信。「ミスをしないのは、チャレンジしていないということ」長野風花が語る変化
2025.03.19Career -
新生なでしこジャパン、アメリカ戦で歴史的勝利の裏側。長野風花が見た“新スタイル”への挑戦
2025.03.17Career -
なぜ東芝ブレイブルーパス東京は、試合を地方で開催するのか? ラグビー王者が興行権を販売する新たな試み
2025.03.12Business
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
近代五種・才藤歩夢が挑む新種目。『SASUKE』で話題のオブスタクルの特殊性とは?
2025.03.24Career -
“くノ一”才藤歩夢が辿った異色のキャリア「近代五種をもっと多くの人に知ってもらいたい」
2025.03.21Career -
リバプール・長野風花が挑む3年目の戦い。「一瞬でファンになった」聖地で感じた“選手としての喜び”
2025.03.21Career -
なでしこJにニールセン新監督が授けた自信。「ミスをしないのは、チャレンジしていないということ」長野風花が語る変化
2025.03.19Career -
新生なでしこジャパン、アメリカ戦で歴史的勝利の裏側。長野風花が見た“新スタイル”への挑戦
2025.03.17Career -
「僕のレスリングは絶対誰にも真似できない」金以上に輝く銀メダル獲得の高谷大地、感謝のレスリングは続く
2025.03.07Career -
「こんな自分が決勝まで…なんて俺らしい」銀メダル。高谷大地、本当の自分を見つけることができた最後の1ピース
2025.03.07Career -
ラグビー山中亮平を形づくった“空白の2年間”。意図せず禁止薬物を摂取も、遠回りでも必要な経験
2025.03.07Career -
「ドーピング検査で陽性が…」山中亮平を襲った身に覚えのない禁止薬物反応。日本代表離脱、実家で過ごす日々
2025.02.28Career -
「小さい頃から見てきた」父・中澤佑二の背中に学んだリーダーシップ。娘・ねがいが描くラクロス女子日本代表の未来図
2025.02.28Career -
ラクロス・中澤ねがいの挑戦と成長の原点。「三笘薫、遠藤航、田中碧…」サッカーW杯戦士の父から受け継いだDNA
2025.02.27Career -
アジア王者・ラクロス女子日本代表のダイナモ、中澤ねがいが語る「地上最速の格闘球技」の可能性
2025.02.26Career