「涙目になっている人もいて…」なでしこ田中美南、W杯落選の挫折に「背中を押した」声

Career
2020.03.08

日テレ・東京ヴェルディベレーザからINAC神戸レオネッサへの移籍を決断した田中美南。その胸中には昨年のFIFA女子ワールドカップ・フランス大会でのメンバー落選が大きく影響しているという。もう二度と経験したくない出来事を機に、彼女は何を感じ、自身にどのような変化を起こしたのか?

(インタビュー・構成=鈴木智之、撮影=吉田孝光、写真=Getty Images)

「自分の名前がなかった時に涙目になっている人もいて……」

――2019年のFIFA女子ワールドカップ・フランス大会でのメンバー落選は、田中選手の考えにどのような影響を及ぼしましたか?

田中:メンバーから外れるまでは、自分がチームで結果を出す先に代表があり、ワールドカップのような大きな舞台があると思っていました。でも、ワールドカップのメンバーから外れたことで、自分よりも周りのほうが悔しがったり、悲しんでくれているのを見ると、自分は大舞台で活躍する義務というか、責任があるんだと思うようになったんです。その経験があってからは、「東京五輪に向けて」という気持ちが強くなっています。今まではチームで活躍したら代表にいける、大きい舞台でプレーできるという考え方だったんですけど、今は「東京五輪に向けてやる」という言い方をしています。

――ワールドカップでメンバーから落選した時、周りの人たちはどのような反応でした?

田中:メンバーの発表会見の時間が、ちょうど仕事終わりの時間だったので、同僚と一緒に見ていたんですね。メンバーが発表されて、自分の名前がなかった時に涙目になっている人もいて……。「なんで?」って悲しんでくれたり。仕事場で顔を合わせるお客さんは、おじいちゃん、おばあちゃん世代の人もいるんですけど、いつも試合を見に来てくれるんですね。その人たちの中には「おかしいよね」と、怒っている人もいました。そこで自分も一緒になって怒るわけにはいかないので、「しょうがないよ」ってなだめたりして。

――田中選手自身は怒りというより、悲しみのほうが大きかった?

田中:そうですね。怒るという感情は自分にはなくて、悲しい気持ちが大きかったです。自分の気持ちを心配してくれる人もいて「大丈夫?」と言ってくれる人もいました。周りの人がそれだけ怒ったり、悲しんだり、悔しがったりするのを目の当たりにして、その人たちに恩返しをするというか、感謝の気持ちを伝えることは、東京五輪のような大きな舞台で活躍することだなって。それをみんなが望んでいるし、期待してくれていると思うんです。だから今回の移籍の決断も、ずっと応援してくれた人たちは、私の気持ちもわかった上で後押ししてくれました。マイナスなことを言う人はいなくて、自分の思いや今までの経験をわかってくれているからこそ、背中を押してくれたんだと思います。

へこんだのはメンバー発表の当日“1日”

――話を聞いていると、ワールドカップのメンバーに選ばれなかったことが、田中選手の考えや今回の移籍に大きく影響しているんですね。

田中:あの経験はめちゃめちゃ大きかったです。メンバーに選ばれるかどうかはわからなかったですけど、チームで結果は残していたし、やるべきことはやっていたので。選ばれなかったらしょうがないやと思っていたんですけど、実際に選ばれなかったので、意外とこたえましたね。自分としては、割り切れると思っていたんです。しょうがない、やることはやったんだからという感じで、すぐ次に気持ちを切り替えられると思っていました。でも、ずーんとへこんだ自分がいて……。自分にとっても、ワールドカップのような舞台に出ることは大きいことだと思ったし、それ以上に周りの反応を見て、余計にずーんときた感じがありましたね。

――意外と長い期間引きずってしまった?

田中:あぁ、でもそれはなかったです。というのも、ベレーザのカップ戦がすぐに控えていたんです。だから、へこんだのはメンバー発表の当日ぐらいです。

――1日というのは、へこんだうちに入るんですか?(笑)

田中:たしかにそうですね(笑)。ただ、自分としては、1日もへこまないと思っていたんですよ。すぐ、しょうがないでしょという感じで、次にいけると思っていたけど、意外とずーんときて。落選は悔しかったですけど、カップ戦がありましたし、ワールドカップのメンバーから外れたからといって、腐っているように見られたら負けだと思っていました。メンバーから落ちたことを気にして、それがプレーに出てしまっていたらかっこ悪いし。だったら切り替えて、そこで結果を出して、「何でメンバーに入れなかったんだ」と、周りが思ってくれるように頑張ろうと思いました。

――ワールドカップはテレビでご覧になりました?

田中:はい。いちサッカーの試合という感じで、割り切って見ていました。みんな、頑張れという感じで。

国際試合で痛感した「変化を必要とする」課題

――なでしこジャパンの話をしたいのですが、ヨーロッパをはじめ女子サッカーのレベルが上がってきている中で、日本も取り残されないように、追いつけ追い越せでやっています。実際に海外の、特にヨーロッパの選手と試合をする中で、どう感じていますか?

田中:やっぱり、日本でやっている時よりも(ゴール前で)全然時間がないですし、足が伸びてくる範囲も、体を当てられる時の強さも違います。日本だとある程度寄せられても、相手を押さえて自分の形でシュートを打てるんですけど、相手のパワーが強いと態勢を崩しながらシュートを打たなければいけないので、いかにしてそうならない状況を作るかを考えています。

――普段、日本人選手を相手に試合をする中で、その部分を高めていくのはすごく難しいと思うんですけど、練習や試合でどんなことを意識していますか?

田中:日本人同士で試合をする時は、ギリギリの状況でも確実にシュートを決め切るところだったり、相手と駆け引きをして、余裕を持ってプレーできる状況にするために、ボールタッチの仕方やボールの置き所、スピード感などを考えながらプレーしていけば、外国人相手の時でも、工夫はできるのかなと思います。

――日本でプレーしていると、「ここにパスが来るだろう」というタイミングでパスが出てくると思うんですけど、海外のチームと対戦すると、パスの出し手もプレッシャーを普段より強く受けているので、少しのコントロールの乱れがパスの乱れになり、最後、ゴール前にボールが入る段階で、手前のズレが結果として大きなズレになりますよね。

田中:ゴール前での駆け引きもそうですし、中盤で攻撃を作る部分でうまくやってくれないと、自分の所までボールが来ないんですよね。(EAFF)E-1(サッカー選手権)の時もそうで、自分としてもやれることがあまりありませんでした。自分のところまでボールが来ないんだったら、少し下がってボールを受けて、前に運んではたいてといったプレーもできるようになりたい。その部分を高めるためには、ベレーザではないチームのほうがいいのかなと思ったんです。ベレーザの時は、自分はゴールを決めることだけを考えて、相手と駆け引きをしたり、味方にパスを要求することができていました。INACは、中盤で攻撃を作る部分でも、自分にできることが結構あるなと感じています。

岩渕真奈との新たなホットライン

――中盤との連携でいうと、岩渕(真奈)選手とのホットラインは楽しみです。

田中:ぶちさんはゴール前の一つ低い位置でのプレーがすごく上手だと思うんですけど、自分はもっと相手ゴールに近い、一番前の所が得意なので、ぶちさんと一緒にプレーするのであれば、そこの部分は生かすことができると思います。自分が少し下がって、ぶちさんに前に行ってもらったりといった、コンビネーションも見せられたらいいなと思います。

――2人のコンビネーションは、なでしこジャパンでもそうですけど INACのサポーターも期待しているんじゃないですか?

田中:自分の動き出しを見てくれると思うので、要求する部分であったり、動き出しのタイミングをもっと合わせていきたいですね。自分は少し下がって攻撃を作るところやスルーパスを出すことも好きなので、お互いを生かすようなプレーができたらと思っています。まだ、そこまで一緒に練習ができていないので、そこはこれからですね。

――ベレーザ時代に、一緒にプレーしていませんでしたっけ?

田中:一緒にやってはいたんですけど、自分は試合に少し出てたぐらいの時期だったんです。でも、その時よりは成長できていると思うので、今は一緒にプレーすることがすごく楽しみです。

――このインタビューの前も2人で食事に行っていましたが、サッカーについての会話はよくするんですか?

田中:会話はたくさんします。もっとこうしたほうがいいよねとか、こういう動き方を伝えていけたらいいよねとか、ビルドアップのこととか、中盤で攻撃を作るところとか。練習内容の事についても話します。

東京五輪のメンバー発表に向けて「後悔のないようにやりたい」

――最後に、今シーズンに向けての話を聞かせてください。INAC は3シーズン、タイトルから遠ざかっています。一方の田中選手はベレーザの中心選手として、リーグ戦5連覇、皇后杯3連覇を達成するなど、タイトルを総なめにしました。INACではタイトル獲得に貢献してほしいと期待されていると思います。そのあたりはどう受け止めていますか?

田中:チームでタイトルを取ることについては、期待されていると思っていますし、チームとしても取れる実力はあると思っています。ゲルト(・エンゲルス/INAC監督)さんからの指導をしっかり受けることで、サッカーに対してやれることは増えてくると思いますし、チームとして昨シーズンまで積み上げてきたことプラス、これからやれることが増えて、タイトルを取れるようになりたいですね。

――個人として、東京五輪のメンバー発表に向けて、どのような気持ちで過ごしていきたいですか?

田中:一番はINACで活躍することだと思うので、得点は取り続けていきたいし、内容的な部分でも、チームの中心としてプレーしていきたいです。五輪の登録メンバー18人は狭く、厳しい枠ですけど、選ばれることを信じてやるしかない。後悔のないようにやりたいです。

———-

彼女にとって、チームでできる限りの結果を残したにもかかわらず、2019年のFIFA女子ワールドカップ・フランス大会のメンバーに選ばれなかったことは、大きな出来事だった。このままではいけない。何かを変えなければいけない。それがINAC神戸への移籍だった。世界的な経営コンサルタントの大前研一氏は、人間を変えるには、次の3つを変えることが重要だと言っていた。「時間配分を変えること」「住む場所を変えること」「付き合う人を変えること」。田中選手の今回の決断は、サッカーにより集中できる環境に身を置き、新たな指導者、新たなチームメイトとともにプレーすることで、自身をさらに成長させることが目的なのだろう。2020年、田中美南の躍動から目が離せない。

<了>

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PROFILE
田中美南(たなか・みな)
1994年4月28日生まれ、タイ出身。INAC神戸レオネッサ所属。ポジションはフォワード。タイで生まれ、生後すぐに帰国して神奈川県で育つ。2007年に日テレ・メニーナに入団。2011年にトップチームである日テレ・ベレーザに2種登録され、なでしこリーグに初出場。翌2012年に日テレ・ベレーザに昇格。2015年に5年ぶり13回目の優勝に貢献して以降、リーグ5連覇(2015、2016、2017、2018、2019)を達成。他にも皇后杯4回(2014、2017、2018、2019)、なでしこリーグカップ4回(2012、2016、2018、2019)、また4年連続得点王(2016、2017、2018、2019)、2年連続MVP(2018、2019)など、数々のタイトルを獲得。2013年のアルガルべカップでなでしこジャパン初出場・初得点。2020年1月、INAC神戸レオネッサへの移籍を発表した。

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