
子どもに野球を「教えない」。斎藤佑樹も参加した早大「あそび場開放」が野球離れに有効な理由
子どもたちの「野球離れ」、「野球消滅」など、競技人口の減少を真剣に受け止める声が野球界からも挙がっている。危機感を持った関係者は、野球振興、育成に注力し始めているが、従来型の「野球教室」の効果は限定的だという。スポーツライターの広尾晃氏は、「野球を知らない子に知ってもらう、触れて選んでもらうべきなのに、いまだに野球を『教えてやる』という感覚の指導者も少なくない」と嘆く。そんな中、“遊びとしての野球の楽しさ”を伝える早稲田大学野球部の「あそび場開放」が注目されている。
(文・撮影=広尾晃)
減少を続ける野球人口に高野連も危機感
若年層の野球人口が減少し始めたのは2010年頃だと思われる。公益財団法人日本中学校体育連盟(中体連)の発表資料によれば、2010年には29万1015人だった中学校の男子軟式野球部員数は、2018年には16万6800人になっている。実に42.8%の減少だ。
少子化の影響で多くのスポーツの競技人口は減っているが、サッカー部の部員数の経過を見ると、2010年は22万1407人、2018年は19万6343人と、11.3%の減少にとどまっている。この間、野球は部員数でサッカー(男子のみ)に逆転されたことになる。
指導者の間でも「人が集まらない」「チームが維持できない」という声が高まり、野球界はようやく未就学児童、小学校低学年に向けた「野球教室」をするようになった。
これまで「野球教室」といえばユニホームを着てグラブを持って集まってきた子どもに、選手や指導者が野球の技術を教えるものだったが、今は「野球を知らない子に野球の楽しさを教える」ことが目的になっている。
日本のプロ野球でも巨人、千葉ロッテマリーンズ、横浜DeNAベイスターズ、埼玉西武ライオンズなどが地域でこうした教室を始めている。
こうした取り組みは少年野球チームにも広がり、2018年には日本高校野球連盟(高野連)が、高校生が小学生以下に普及活動をすることを目標に掲げる「高校野球200年構想」を発表するに至った。
野球界はこれまで、こうした取り組みを一度もしてこなかった。
それだけに現場では試行錯誤が続いている。しかし、どの「野球教室」も子どもたちの満足度はそれなりに高い。「やったらやっただけのことはある」というのがこれらを数多く取材してきた筆者の率直な印象だ。
ただし、こうした普及活動は始まって数年だけに問題点も多い。
一つはさまざまな団体、組織が行っているために、方法論がバラバラであること。サッカーの場合、10歳以下の子どもたちに関わる指導者や保護者を対象に「体を動かすことの楽しさを伝える指導者の養成」を目的としたキッズリーダーをはじめ、日本サッカー協会(JFA)公認指導者ライセンスと、その養成講習があるが、野球界にはライセンスもなく、組織、団体をまたいだ情報共有の習慣もあまりない。
もう一つの問題は、継続性がない点だ。野球教室では、指導者が手ほどきをする形がほとんどなので、その場で「面白い」と思っても、多くの子どもたちは家に帰ってからその楽しさを再現するのが難しい。教室として「教える」ことが、子どもたちが自ら野球をやり始めることを難しくしているのだ。
斎藤佑樹も笑顔で参加 早稲田大学の「あそび場」開放
そんな中で、筆者が注目しているのが早稲田大学の取り組みだ。
早稲田大学野球部が東京六大学リーグ戦の合間に、西東京市の早稲田大学安部磯雄記念野球場で行っている「安部球場『あそび場』開放」がそれだ。
このイベントがユニークなのは、あくまでも「あそび場開放」である点だ。グラウンドにはグラブとボールが置いてある。しかし主催者側は何も言わない。「グラブとボールで自由に遊んでください」ということなのだ。
最初は戸惑う参加者もいるが、キャッチボールをしたり、ボールを転がして遊んだり、思い思いにボール遊びを楽しむ。この「自由あそび」を1時間ほど体験した後に「野球あそび」となる。「ならびっこベースボール」などの簡単なベースボール型のゲームをしておしまいだ。
子どもたちは、慣れてくると自分たちで“野球あそび”に興じるようになる。何度か顔を合わせているうちに友達もできるようになる。早稲田大学野球部は、こうしたイベントを定期的に開催している。
大人たちが気を付けているのは子どもたちの安全面だ。接触事故に十分な注意を払うのはもちろん、バットを扱うときには特に安全に配慮を配る。
主催者の一人、早稲田大学野球部OBでもある東京農業大学の勝亦陽一准教授は、あそび場開放は、子どもたちの創造性を育む上でもプラスだと語る。
「今の時代、野球を始めるのはハードルが高くなっています。『時間・空間・仲間』という野球をやるために必要な3つの『間』がないからです。そういう子どもたちに『野球の楽しさ』を体験してもらうのが目的です。『勝利』ではなく『楽しくてしかたない』が子どもの主体性と創造性を育むことにもつながります」
2019年12月にはこの拡大版として「Hello! WASEDA“プレイボール プロジェクト”あそび場大開放!~現役野球選手と野球あそびで楽しもう~」を開催した。ここではさまざまな「野球あそび」が行われたが早稲田大学OBで日本ハムファイターズの斎藤佑樹も参加した。
「数あるスポーツの中から野球を選んでくれたんだから、今日は楽しみましょう」と、語りかけた斎藤も、子どもたちと一緒に野球あそびに興じていた。
このイベントでは、初心者の子どもと少し野球を知っている子どもに分かれてゲームを楽しんだが、初心者の子どもたちは目の輝きが違って見えた。これを見て、「野球」は、スポーツである以前に「遊び」として日本中に普及したことを改めて実感した。
いまだに「教えてやっている」が抜けない大人たち
一方で、いろんな普及活動を見ていると、首をかしげざるを得ない現場にもでくわす。
地域の少年野球指導者の中には、幼児を並ばせてあいさつの声が揃うまで、何度もやり直させる人がいる。練習前にグラウンドを何周も走らせることもある。
野球を体験しに来た子どもたちを一列に並ばせて、「君たちがこうして野球ができるのも、お父さんお母さんのおかげだ」と説教を垂れる指導者さえいる。
そもそも、普及活動は子どもたちに「野球を選んでもらう」ために行っているのだが、この手の大人はそのことを理解していない。相変わらず「教えてやっている」と思っている。
サッカーの指導者講習会で最初に「子どもは小さな大人ではない」という前提が示され、子どもたちを指導する上での方法論を学ぶのとは対照的に、野球の指導者の現状認識はばらばらで、教え方も指導者によって異なる。
とにかく子どもにやらせてみる前に「教えすぎる」大人が多い。大人の過干渉が子どもから「野球の楽しさ」を奪っているのではないかと危惧する。
日常から「野球」が消えつつある現状
進行しつつある「野球離れ」で、最も憂慮されるのは「競技人口の減少」ではなくて「野球好きの減少」だ。
昭和の時代、野球は「ナショナルパスタイム(国民的娯楽)」として多くの日本人が夢中になった。そうした「野球好き」の大部分は、高校や大学で本格的に野球をした人ではない。ほとんどが「空き地で野球あそびをした」程度の人たちだった。
『ドラえもん』など、昭和の漫画には放課後に空き地で野球あそびをする子どもたちが頻繁に描かれていたが、それが昭和の子どもの「日常」だった。
当時の男の子は、朝、学校に行けば、前の日に見たテレビの野球中継について友達と話をし、放課後には好きな選手のフォームのまねをしてバットを振ったり、ボールを投げたりして野球あそびに興じていたのだ。
日本人は野球を「人生の楽しみ」として生活に取り込んできた。プロ野球の視聴率が常に高かったのもそうした多くの「野球好き」がいたからだ。
筆者の自宅近くには小学校がある。毎朝犬の散歩で近くを歩くが、30年ほど前は、投球や打撃のまねをして友達とわいわい騒ぎながら登校する男の子をよく見かけた。しかし今の子どもが登校時にそうしたしぐさをすることは全くなくなった。
「野球しぐさ」が見られなくなったのは、平成以降の子どもの心身から「野球」が抜けてしまったことを意味していると思う。
巨人が行っているジャイアンツアカデミーで子どもたちを指導する元東京大学野球部助監督の石田和之コーチは「低学年の子どもの野球教室は、選手の育成ではなく、野球が好きになる子どもを増やすことを目的としている」と語る。NPB球団の取り組みは、おおむねこうした考え方に基づいているようだ。
しかしながら昭和の子どもが楽しんでいた「野球あそび」は、大人が主導して行われたわけではない。自然発生的に生まれて子どもたちが自由に遊んできたものだ。
「〇〇しなさい」という指導をするなかで「野球あそび」が芽吹くのは難しいと思う。
早稲田大学の「安部球場『あそび場』開放」はそういう意味でも有望だ。
子どもたちがいろいろな遊びをしながら、自分の意志として「野球」を選択していくのだ。これこそ「野球あそび」の原点だ。
「あそび場開放」は、専門知識も不要で、大人の負担もそれほど大きくない。今のところ、昨年、大阪で同様の野球あそびが行われ好評だったという声を聞いた程度だが、百聞は一見に如かず。全国でまねをしてほしい。
<了>
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