PSGに恋した日本人・女子サポ、なぜ「公式モデル」に。SNSが引き寄せたシンデレラ物語

Career
2020.04.19

SNSで積極的に情報を発信している一般のサッカーファン……のはずの女性が、フランスリーグ1部、パリ・サン=ジェルマン(PSG)のユニホームのモデルを務め、自身の写真がファッションの都パリのトップモデルの写真がひしめくシャンゼリゼ通りに飾られたという。サッカー好きの女性「あーちゃん」に起こったシンデレラストーリーの真相、そしてPSGのグローバル戦略とは?

(文=内藤秀明)

“サン=ジェルマン”の由来

近年のスポーツ界では、SNS上での発信力が買われて、メディアに記事を寄稿する、あるいはスポーツクラブ関連の業務に携わるという事例が増えている。いちファンが憧れのクラブの仕事に携わる「SNSドリーム」を実現することは、決して不可能ではない時代になってきた。そんな中、サッカー好きの女性「あーちゃん」が、フランス・パリに本拠地を置くサッカークラブ、パリ・サン=ジェルマン(以下PSG)のファンになり、その魅力を伝えるべく日々Twitter上でクラブの情報を発信していたところ、PSGの4thユニホームのアンバサダー「ALL キャンペーン・スター」に選ばれ、モデルを務めることになった。この一連の流れはまさに「Twitterドリーム」として多くのサッカーファンに驚きを持って受け止められた。

そこで今回は、日本人のいちサッカーファンの写真が、パリ一番の大通りであるサンゼリゼ通りに飾られるまでのシンデレラストーリーをご紹介したい。

――まずは自己紹介も兼ねて、サッカーを好きになったきっかけから聞かせてください。

あーちゃん:はい。母がサッカー好きで、なかでも元日本代表の中田英寿さんのファンだったんです。だから私が小学生の時に、セリエAで大活躍している中田さんが見たいがためだけにわざわざイタリアに家族旅行に行くような家庭でした(笑)。あとは、当時通っていた日本の小学校ではクラスメートも先生も周りにサッカー好きが多くて、好きになるのは自然な流れでした。

――その後、フランスに渡ると思うのですが、いつ頃でしょうか?

あーちゃん:中学3年生になる前の春休みです。フランスの学校に転校するために引っ越しました。

――その後、PSGとはどのように出会ったのですか?

あーちゃん:私が今住んでいるところがサン=ジェルマン=アン=レーという地域で、パリの中心部から15kmほど離れた郊外なんですけど、PSGの“サン=ジェルマン”というのは、実はこの地名からきているんです。だからPSGの練習場も家から車で10分ぐらいの場所にあったり、普通に街を歩いていたら選手が乗ったバスが目の前を通っていきます。PSGがそういう身近な存在で、気づけば好きになっていました。

――最初にPSGの試合を見に行ったのはいつでしょうか?

あーちゃん:2013年でした。デビッド・ベッカムのデビューより少し前あたりですかね。私はまだ高校生でしたが、ズラタン・イブラヒモビッチが途中交代で入ると、すごい盛り上がりだったのが印象的でした。そうこうしているうちに大学生になり、気づけばPSGの試合を定期的に見に行くようになっていました。

サッカーが人々にもたらす幸福を体感

――その後、2016年に(UEFA)EURO2016のスタッフを経験されたんですよね。

あーちゃん:はい。「せっかくフランスにいるんだから」と家族になんとなく勧められたのがきっかけで応募してみました。書類審査が2回あって、3回目が面接といった流れでしたね。まさか受かるとは思っていませんでしたので、「審査に通りました」というメールがきてすごくうれしかったのを今でも覚えています。

――かなり倍率は高かったのではないですか?

あーちゃん:そうですね。スタジアムごとの応募という形だったのですが、私が応募したスタッド・ドゥ・フランスは開幕戦と決勝戦もそこで開催することが決まっていましたから、そのぶん他のスタジアムと比べるとかなり倍率は高かったと思います。

――ボランティアスタッフという形でしょうか?

あーちゃん:そうですね。ボランティアスタッフの面接をするのもボランティア……という感じで。「お金をもらって仕事をしていた方は本当にUEFA(欧州サッカー連盟)から送られてきた人ぐらいでは?」と感じるほどに、そのほとんどをボランティアで動かした大会でした。

――具体的にはどんなお仕事を?

あーちゃん:試合当日にお客さんを案内したりするのがメインの仕事です。ただ試合が始まったら見ることが認められていたので、試合も堪能していました。

――あとはフランスが優勝できていればよかったのですが……。

あーちゃん:決勝戦まで進出しましたが、ポルトガルに負けてしまいましたからね……。ただスタジアムに入る前のチケットコントロールのお仕事もしたのですが、「これからサッカーの試合を見るんだ!」といった喜びや興奮が伝わってきて、それだけでも楽しかったです。1人当たりほんの10秒程なのですが、いろんな国の方と「今日は絶対にうちの国が勝つんだ!!!」とか「遠くの国からわざわざこのために見に来たんだ!」などサッカーに対する熱意の交換ができたり、対フランスの試合日でも「負けないよ!」と対戦国のお客さんから笑顔をいただいたり。サッカーが人々にもたらす幸福というのを感じることができました。

「あなたたちの家にようこそ」

――Twitterで発信するようになったのはその後くらいからでしょうか?

あーちゃん:きっかけは今でもしっかりと覚えています。2016-17シーズンの(UEFA)チャンピオンズリーグ、アウェーでの第4節バーゼル戦。76分に引き分けに追いつかれる難しい展開だったのですが、90分にトーマス・ムニエが決めて勝ち切る本当に気持ちがたかぶる試合だったんです。ただ日本のどこかのメディアが、得点者を間違えていたんですよ(苦笑)。

その頃は、日本におけるPSGに対する興味関心が今よりもっと少なく、記事になることも少ない時代でした。だからこそ、貴重な日本語ソースの情報源で間違いがあることがすごく気になってしまって。それがきっかけで情報発信を始めました。Twitterで情報発信を続けるうちに、意外と日本でもPSGを好きな人はいるんだということがわかりました。当初はフォロワーの中にも5人ぐらいしかいなかったんですけど、その5人のフォロワーさんに、現地からのPSGの情報をもっと伝えることができればいいなと思ったことも、継続のモチベーションになりましたね。

――そうやって草の根レベルで情報発信していたところ、PSGの日本のファンクラブ立ち上げに協力することになったんですよね?

あーちゃん:去年の夏あたりにちょうど東京にPSGのオフィスができたんです。そこの担当が日本人の方だったのですが、TwitterでPSGの情報を発信する私を見つけてくださって、ファンクラブに関するご連絡をいただきました。

――なるほど。どういうことを手伝ってほしいと言われたのですか?

あーちゃん:最初は「ファンクラブを立ち上げてリーダーになってくれる人を探しています」と言われました。一度その方と電話で話をして、その後アジアの担当の方とPSGの本部の方ともお話して、私がPSGファンクラブ・ジャパンのリーダーを務めることになったという形ですね。

――そこからどのような活動が始まったのでしょうか?

あーちゃん:もちろん日本人向けのファンクラブなので、日本で何かできればよかったのですが、私がパリ在住という地理的な制約もあったため、とりあえずパリで日本人PSGファン同士の交流会「第1回PSG Fan Club Japan集会」を開催しました。場所が場所ですので、人数としては6人でしたが、なかにはわざわざ日本から来てくださった方もいて、とてもうれしかったですね。

――印象的だった出来事は?

あーちゃん:今年1月に開催された第20節のモナコ戦で交流会を開いたのですが、PSGファンクラブ・ジャパン経由でPSGの本部の方に連絡し、試合開始前に選手たちが試合前のアップをしている様子をピッチのすぐ横から見れることになりました。その時、案内いただいた方が「あなたたちの家にようこそ」と迎えてくれたことはよく覚えています。

――温かい、気の利いた出迎えですね。そうこうしているうちに、PSGの人として活動することが増えていったのだと思いますが、今回のPSGの4thユニホームのアンバサダー「ALL キャンペーン・スター」に選ばれた経緯を教えてください。

あーちゃん:面接などはなく、もともとファンクラブの関係でやりとりしていたPSGの職員の方から「新しい4thユニホームが出るのは知ってるよね? その撮影にもしよかったら出てくれない?」と電話で声をかけていただいて。正直その時はどれほどの規模なのかは知らなかったんです。まさかシャンゼリゼ通りのお店に大きく飾られるなんて思ってもいませんでした。

PSGのグローバルマーケティング

――今回他に新ユニホームのアンバサダーを務められた方々は、フランス、カナダ、ブラジル、ルワンダとかなりインターナショナルな人選でした。今回の「ALL キャンペーン・スター」は、どういうコンセプトだったんですか?

あーちゃん:胸スポンサーのホテル事業などを営むアコーホテルズが主体の企画です。ちなみに「ALL」とは、2019年にローンチしたアコーグループのライフスタイル・プログラムの名称で、2019-20シーズンより、PSGの胸スポンサーとなっています。

――なるほど。スポンサーのマーケティング戦略も絡むお話だったのですね。

あーちゃん:もちろん、クラブのグローバルマーケティング戦略という意味合いもあったと思います。

――PSGは、日本でも東京や名古屋にPSGストアやカフェをオープンさせるなど、世界的なマーケティング戦略にかなり力を入れている印象です。これはどういう文脈で起こっているのでしょうか?

あーちゃん:そもそもPSGは、2011年に「QSI(カタール・スポーツ・インベストメント)」という投資会社がクラブを買収し、この会社のチェアマン、カタール王族の友人であるナセル・アル・ケライフィ氏が会長に就任しました。カタールで最も人気のスポーツがサッカーで、2022年に(FIFA)ワールドカップを開催することがすでに決まっています。そのため全世界に「スポーツ大国」であることを示さなければいけません。そこからカタールが国を挙げてサッカーの強化に乗り出し、「アスパイア・アカデミー」と呼ばれるフランスのクレール・フォンテーヌや、FCバルセロナのカンテラなどを参考にした大型育成組織を立ち上げたことは、2019年の(AFC)アジアカップ決勝で日本がカタールに敗れたことから有名になりましたよね。

さらにQSIは、PSGというクラブを通して全世界にカタールサッカー界の地位が着実に上がりつつあることを示すため、全世界に向けた「ブランディング」を始めた、と理解しています。その一環が、全世界へのショップの展開であり、今回私が抜擢されたようなユニホームモデルのインターナショナル化だったんですよ。実際クラブの方からは私がPSGファンクラブ・ジャパンのリーダーで、かつALLメンバー(会員登録者)なので、モデルに選ばれたと聞いています。

――なるほど。PSGは「パリ」らしくファッショナブルなこともグッズ展開の売りにしていますね。

あーちゃん:全世界にマーケティングを展開するにあたり、PSGの本拠地であるパリという街はうってつけだったんだと思います。最近だと、2018年のマイケル・ジョーダンとコラボしたユニホームやシューズなどは世界中で人気が出ました。他のヨーロッパのクラブでここまでファッションに特化したマーケティングをするクラブはありません。PSGはカタールという国の成長力、そしてパリという街のブランド力を生かし、世界中のファンに唯一無二の価値を提供することに成功していると思います。

――では、最後にご自身の今後の展望をお聞かせください。

あーちゃん:私が抜擢された背景には、マーケティング的な思惑があるのは事実だとは思いますが、それでもPSGのクラブ関係者の方々は、どこで生まれたか、他にどこのクラブのファンかなど一切関係なく、少しでも「PSGのことが好き」という気持ちがあれば、「あなたは仲間だよ」と言ってくれるんです。実際PSGは知れば知るほど温かくていいチームなんです。チームとしてもそうだし、働いている方々もそうだし、街としてもそうだし……でもその魅力をまだ私は伝え切れていないと思うので、これからさらに少しでもPSGの素晴らしさを世界に発信していければなと思っています。

今は新型コロナウイルスの影響により試合がなくなってしまって、いつもよりお届けする情報は減ってしまっていますが、こんな今だからこそ、普段は触れられないようなPSGの魅力をもっともっと届けていきたいですよね。あと明言はまだできないのですが、近いうちに日本でのファンイベントを積極的に仕掛けていければとも思っています。

<了>

「金に興味無し」エンバペの新選手像  世界最高を育てた両親の「ただならぬ人間教育」 

なぜグアルディオラは常に結果を出すのか? アグエロらマンC選手が語る、知られざる姿と奇行 

[世界のチーム売上ランキング]“白い巨人”レアル・マドリードを抑えて1位になったのは? 

[アスリート収入ランキング2019]メッシがロナウド抑えて初の首位!日本人唯一のランクインは? 

“16歳の宝石”カマヴィンガに見る「育成王国」フランスの移民融合と育成力

PROFILE
あーちゃん
1993年、京都府生まれ。幼少時代より周りの影響でサッカーを観はじめ、2008年フランスに移住すると、地元チームであるパリ・サン=ジェルマンに熱を上げるようになる。現地での情報を日本語にして発信している。

この記事をシェア

KEYWORD

#INTERVIEW

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事