
Jリーグは年間“たった20日”しか稼げない?[全56クラブ徹底分析・コロナ後の新常識]
J1は7月4日、J2・J3は6月27日から再開することが決まった。新型コロナウイルス感染拡大の影響で2月下旬から全ての公式戦を中断していたJリーグだが、ここにきてようやく前へと進み始めた。
各クラブはこの3カ月間、試合開催に伴う収入源を断たれ、経営面で非常に厳しい状況に置かれてきた。これからのスポーツ界は今までの常識がまったく通用しなくなる可能性もあり、新しい発想の下でクラブ経営をしていく必要がある。そこで今回、全56クラブの取り組みを3つの視点から調査し、Withコロナ時代のJリーグの未来を考察している。第2回のテーマは「ファンとの関係性の深め方」だ。
(文=野口学[REAL SPORTS副編集長]、写真=Getty Images)
【第1弾】新規ファンはどうやって増やせばいい?
【第3弾】社会貢献で稼ぐのは悪いコト?
リーグ戦が再開されても、今まで通りの収入を維持するのは難しい
新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、スポーツ界は大きな打撃を受けた。Jリーグも例外ではなく、全ての公式戦を中断せざるを得ない状況に追い込まれた。
各クラブにとって公式戦が開催できない状況は、経営面で非常に大きなダメージとなった。通常ホームゲーム開催時には、入場料収入の他、物販やマッチデースポンサーなどによる収入が見込まれるが、公式戦を開催できない間はこれらの収入源を断たれている。
だが公式戦を再開したとしても、しばらくは無観客あるいは観客数を制限しての開催を余儀なくされ、今まで通りの収入を期待するのは難しいだろう。スポーツ界の常識は、大きく変わってしまうかもしれない。だからこそ、これまでの取り組みの延長線上を続けるだけでなく、まったく新しいビジネスモデルを構築していくという発想が重要になる。そういった意味では、この中断期間は新しいことに取り組む好機だったともいえるだろう。
この間、各クラブはそれぞれ創意工夫を重ね、さまざまなことに取り組んできた。これらを一つずつ分類していくと、大きくは3つのパターンに分けることができる。
①子どもへのアプローチの多様化
②既存ファンとのリレーションシップ強化
③地域・スポンサーとのリレーションシップ強化
前回の「①子どもへのアプローチの多様化」(⇒詳しくはこちら)に続き、今回は「②既存ファンとのリレーションシップ強化」から、Withコロナ時代のJリーグの未来を考察したい。
クラブにとって最も重要なファンとの関係性をどう深めるか
プロスポーツクラブの経営において、ファンは決して欠かすことのできない存在だ。ファンが直接お金を払うチケットやグッズの収入はもちろん、ファンがいるからこそスポンサー収入や放映権収入も成り立つ。ファンの数が増えることはもちろん、その熱量が上がるほどクラブの利益につながることから、ファンとのリレーションシップの構築はクラブ経営において非常に重要な要素だ。
人はある対象と接する回数が増えるほど、その対象に好印象を抱くようになるといわれている。これは「単純接触効果」と呼ばれる心理学の法則だが、ファンとクラブの最大のタッチポイントはやはり公式戦といえるだろう。直接スタジアムで観戦することには代えの利かない体験価値があるのはもちろん、テレビやインターネットを通じて非常に多くの人たちが試合の結果や内容に“接触”することになる。
それだけに、新型コロナウイルスの影響は大きい。実際このコロナ禍の状況下でスポーツの報道量は大きく減っており、クラブにとっては公式戦開催による接触の機会を失っている。ファンとのリレーションシップが低下すれば将来的な利益の減少にもつながる。
そこで、各クラブはさまざまな方法を使って、ファンとのリレーションシップを図った。
多くのクラブがまず取り組んだのは、YouTubeなどでの動画の配信だ。「STAY HOME」の呼び掛けなどのメッセージ、選手同士のトーク、お家トレーニングやお家遊び、手洗い、過去の試合映像などのコンテンツを公開している。だが残念ながら、再生回数だけを見れば必ずしも成功しているとは言い難いのが実情だ。比較的ファンの多いJ1クラブですら、1万回以上再生されている動画はまれで、中には1000回にも満たないものも多く見られる。ファンが求めているものと、実際に制作されたコンテンツに乖離があると考えられる。
だがこうした動画コンテンツはクラブの資産として残り続けるものなので、決して無駄にはならないはずだ。今後公式戦が開催されるようになった後も、いかにしてファンのニーズをつかんでいくかがカギとなるだろう。
急激な広がりを見せた、オンラインのトークイベント
次に多くのクラブが取り組み始めたのが、オンラインイベントの開催だ。特に「Zoom」などのツールを活用し、選手と双方向に交流できるトークイベントは、今回のコロナ禍で急速に広がったといえるだろう。時間の長さや参加できる人数はクラブによって違ったが(時間は10~90分、人数は1~100人ぐらいの幅があった)、通常のファンサービスであればどうしても短い時間に限られてくる一方で、数十分という長い時間を閉じられた空間の中で一緒に過ごすことができるのは、オンラインならではの体験価値だといえる。
各クラブとも基本的にはファンクラブ会員やシーズンチケット保有者を対象としており、ロイヤルティーの高いファンとのリレーションシップを、公式戦を開催できない間にも深めていきたい考えが感じられる。ただその中でユニークだったのが、横浜F・マリノスだ。対象者は限定せず、定員を800人(200人×4回)として、参加チケットを2500円で販売した。チケットは即日完売し、参加者の満足度も高かったという。ホームゲーム開催に伴う収入と比較すればまだまだ少ないかもしれないが、新たな収入源の創出に向けて大きな一歩だといえる。
もちろん横浜FMでもファンクラブ会員やシーズンチケット保有者を対象としたイベントも開催していた。前者が1回につき200人参加だったのに対し、後者は1人。体験価値を明確に差別化することで、ロイヤルファンに対する付加価値を高めながら、新たな収入源を確保する。さらには前者のイベントに参加したファンがより深く選手とトークをしたいと感じれば、ファンクラブ入会やシーズンチケット購入を検討する動機にもなり得る。ファンのロイヤル化の入り口としても機能するという面で、非常に巧みな戦略だといえるだろう。
リーグで導入検討が報道された「投げ銭」。実際にテストしたクラブは?
新たな収入源の創出という意味では、Jリーグでも導入検討が報道された「投げ銭」(※ライブ配信中に視聴者から配信者へと寄付できる仕組み)がすでにいくつかのクラブで試されている。鹿島アントラーズでは、Jリーグ公式YouTubeで配信された1993シーズンの開幕戦(vs名古屋)、NHK-BS1で放送された2001シーズンのチャンピオンシップ第2戦(vs磐田)の放送時間に合わせてオンラインイベントを開催。クラブOBの小笠原満男氏、中田浩二氏、柳沢敦氏、現役選手の曽ケ端準らが試合を見ながら、スポーツエンターテインメントアプリ「Player!」上でトークを繰り広げ、試合と試合の合間には遠藤康、土居聖真らも参加した。視聴したファンからは投げ銭が行われ、中には1万円を超える投げ銭をしたファンもいたようだ。
FC今治も同じく「Player!」を用いて投げ銭サービスを実施した。YouTubeで昨シーズンJ3昇格を決めた試合(vs FCマルヤス岡崎)が配信されるタイミングでイベントを開催、現役選手の橋本英郎らが試合を振り返った。
名古屋グランパスは、NHK-BS1で放送された1999シーズンの天皇杯決勝(vs広島)の放送時間に合わせて、OBの山口素弘氏、楢﨑正剛氏らが、当時の試合を振り返りながらYouTube上でトークを展開。こちらは有料コメント機能「YouTube Super Chat」を活用した。本イベントの収益は医療従事者への支援を目的として愛知県医療従事者応援金に寄付されたが、将来的に新たな収入源を創出する実験ができたといえるだろう。
水戸ホーリーホックでは、ギフティングサービス「Engate(エンゲート)」を活用したイベントを開催している。こちらは現役選手が参加するトークイベント中にファンからギフティング(投げ銭)ができ、一定金額以上をギフティングすればオリジナルのプレゼントがもらえる仕組みになっている。例えば現役の森勇人がファンの相談に答える「勇人先生の水戸一受けたい授業」では、1万5000円相当以上のギフティングをすることで森選手からオリジナルビデオメッセージを受け取れる。内容は「頑張っている子どもへの励ましの言葉」や「友人の結婚式のサプライズ」など、相談の上で決めることができるようになっていた。
ここに挙げた以外のクラブでも投げ銭を導入していくといった報道がここ数日続いている。各クラブが独自で導入を続けていくのか、公式戦においてはリーグで一括導入していくのか、今後の動向が注目される。
ホームゲームの無い345日に、どうやってお金を稼ぐか
水戸は他にもユニークなイベントを開催している。選手がグッズをプロデュースする企画で、参加した3選手がクラブマスコット・ホーリーくんをテーマにTシャツをデザインする様子などがライブ配信された。ここまでは他のクラブでもよく見られたが、このイベントでは使用されたツール「MOALA」内に水戸のオリジナルストアを開設し、ライブ配信しながらその場でグッズの販売も行ったのだ。実際のスタジアムでも、選手が直接グッズ売り場に立てば売れ行きが伸びることを考えれば、新しいグッズの売り方として今後注目されるだろう。
これらオンラインイベントの利点は、場所や人数の制約が無いことが挙げられる。これまでホームゲーム開催日の収益はほぼスタジアム内に限定されていた。裏を返せばスタジアムに来場できなかった人からは収益を得ることができなかったのだ。鹿島や名古屋、今治では過去の試合を見ながらのトークイベントだったが、これが実際の公式戦でも可能となれば、スタジアムに来場できなかった人から収益を得ることも可能になる。さらにいえば、場所の制約が無いことから世界中から参加することが可能になるので、例えばタイ人選手がチームに所属していれば、タイからの投げ銭・ギフティングも期待できるようになる。これまで以上にアジア戦略・海外戦略が実を結ぶことになるだろう。
またホームゲーム開催日以外にどうやって収益をあげていくかという課題に対しては、横浜FMや水戸の取り組みが、そのソリューションの一つになり得る。公式戦が再開されれば、現役選手の参加にはある程度の制約が生まれることが考えられるため、いかに付加価値を生み出すかがカギとなってくるだろう。
5月27日にJリーグから発表された2019年度のクラブ別経営情報を見ると、J1・16クラブ(※2クラブは3月決算のためまだ未開示)の平均営業収益は約51.6億円。その内訳は、スポンサー収入が44.6%、入場料収入が19.0%、物販収入が8.8%と、この3つの収入だけで7割を超える。スポンサー収入はホームゲーム開催日に売り上げが立つわけではないが、とはいえホームゲームが開催されることを前提に、さらにいえばそこに観客が入ることを前提にスポンサー契約を結んでいる企業が大半だ。物販収入もホームゲーム開催日に限ったものではないが、やはりホームゲームで多くの売り上げが立つことも事実だ。そう考えると、J1ならリーグ戦で年間わずか17日、カップ戦を含めても20日程度のホームゲームで7割の収益をあげているという見方もできるだろう。
だが新型コロナウイルスの影響で、無観客または観客数を制限しての開催となれば、この7割を占める収益は確実に減少していくことになる。ホームゲームに観客が入ることを前提とした既存のビジネスモデルではなく、観客を入れることができなくてもお金を稼ぐことのできる新たなビジネスモデルを、いかにして創り出せるか。そして、ホームゲーム開催日以外の残りの345日に、いかにして収益をあげていけるか。これまでの延長線上ではない、まったく新しい発想が必要になってくるだろう。
次回「③地域・スポンサーとのリレーションシップ強化」を通じて、海外の事例も交えながら、そのヒントを探っていきたい。
<了>
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