
少年野球の「口汚いヤジ」は日本特有。行き過ぎた勝利至上主義が誘発する“攻撃性”
無観客試合でスタートした今年のプロ野球は、試合中の選手の声やプレーの“生音”が聞こえる貴重な機会にもなった。スポーツライターの広尾晃氏は、無観客、観客数制限によって聞こえてきた「プロ野球選手の声」を「少年野球のお手本にしてほしい」と語る。広尾氏によれば、試合中、相手を攻撃するヤジが飛び交うのは日本だけ。なぜ日本の少年野球では耳を塞ぎたくなるようなヤジが横行し続けているのか?
(文=広尾晃、写真=Getty Images)
大歓声が消えて聞こえてきた選手の声
プロ野球は無観客から有観客試合へと移行した。しかし例年の大応援団はいないし、場内放送と手拍子以外は聞こえない。
テレビ局は良い音声機材を持ち込んでいるのだろう。打球音やボールがミットやグラブにおさまる音が、予想以上のリアルさで耳に飛び込んでくる。これがなかなか楽しい。局によっては、アナウンサーや解説者の実況音を消して、球場内の音だけで視聴することもできる。実況音を消して聞くと、両軍ベンチから、プレー中の選手にかける声が聞こえてくる。
「○○さん、動きいいよ」「〇〇!球走ってるよ!」
野球選手は上下関係が厳しいため同輩や後輩は呼び捨て。先輩は「さん」付けだ。ベンチのかけ声は、味方を鼓舞するものがほとんど。
「ナイスファイト!」「いい走塁だ!」
相手の選手をヤジったり、失敗を揶揄したりすることはない。
中には、審判に文句を言ったり、打者すれすれのボールに相手チームの投手に声を上げたりすることもあるが、プロ野球のベンチは意外なほどに紳士的だ。
プロ野球は年に何度も同じカードでの対戦がある。ヤジなどで球団や選手間に遺恨ができるのは避けたい。それにプロ野球選手の社会的ステータスは向上していて、その言動は日本中で注目される。競技以外のことで話題になるのは好ましくない。過激なことを言えばネットで炎上することもある。それもあって球団は選手にマナー教育を行っている。
プロでは「過去のもの」になったが、アマチュア野球では……
昔はそうではなかった。筆者は昭和の時代からプロ野球を見ているが、昔の野球場は、汚いヤジが飛び交ったものだ。特に観客が少ないパ・リーグの試合では、客席とベンチが言い争いをすることもあったし、選手間でも、ヤジの応酬は普通に見られた。ヤジで相手をへこますことも、戦法の一つだと考えられた時代もあったのだ。
ロッテオリオンズ(現在の千葉ロッテマリーンズ)で監督を務めた400勝投手、金田正一さんなどは、太平洋クラブライオンズ(現在の埼玉西武ライオンズ)監督の稲尾和久さんと「遺恨試合」(編集部注:1973年から1974年にかけて2球団間で繰り広げられた遺恨劇で、ファンのみならず連盟や警察までを巻き込んだ大騒動に発展した)を仕組んで、挑発し合ったりもした。そうでもしないと注目してもらえなかったのだ。
口汚いヤジは、プロ野球ではほぼ絶滅したが、残念ながら、アマチュア野球ではこのあしき伝統が残っている。
筆者は昨年9月、韓国・機張(キジャン)のWBSC U-18ワールドカップを観戦した。大船渡の佐々木朗希(現ロッテ)、星稜の奥川恭伸(現東京ヤクルトスワローズ)をはじめ、高校野球のトップクラスがメンバーに名前を連ねていた。
日本のベンチの選手は、外国のチームとの対戦で「この打者安パイだよ」「キャッチャー肩弱いからリードできるよ」などと声をかけていた。外国チームは言葉がわからないと思ったのだろうが、国際大会は「親善の場」でもある。相手チームへの敬意が感じられず、大変残念に思った。
日本高野連が発行する『高校野球審判の手引き』には「マナーの向上について」という項目があり「相手を中傷するような野次はやめる」と明記されている。
公式戦でそうしたヤジが飛ぶと、審判は試合を中断し、ヤジを飛ばした選手やコーチに注意をしなければならない。だから春・夏の甲子園や地方大会では、口汚いヤジが飛ぶことはほとんどない。しかし、それでもこうしたマナー違反が見受けられるのだ。
年齢が下がるごとに「口汚さ」が増す不思議
実は、日本のアマチュア野球は、ヤジがあまり聞かれない社会人から高校、中学、小学校と年齢が下がるごとに、汚いヤジが多くなる傾向にある。
本格的な野球をしたい子どもが参加する中学硬式野球には、ボーイズ、リトルシニア、ヤング、ポニーなどの団体があるが、こうしたチームの中には、残念なヤジがいまだに飛び交っている。
「ピッチャーびびってるよ」「バッター打てないよ」
エラーした野手に向けて「セカンドまたやるよ」
相手チームの選手を攻撃するヤジはベンチだけでなく、父母などが陣取る応援席からも飛ぶ。
初めて「口汚いヤジ」に接したあるお母さんは、「よそのチームはあんなひどいこと言うんだとショックでした」と話してくれた。
小学校は、さらにひどい。ベンチの子どもが全員で声出しをするチームが多いが、ベンチ要員が相手チームに声をそろえてヤジったりする。
「(チーム名)ピッチャー、へぼピッチャー」「内野はザルだよ、穴だらけ」。チームで代々そうしたヤジが引き継がれていたりする。相手野手がエラーをすると、ベンチや応援席が大声援を上げることもある。
各団体、リーグやチームはヤジを禁止するルールをつくったり、会報などで「人を傷つけるヤジはやめよう」と訴えてはいるが、そういうチームでも、試合でヤジり放題のチームと対戦することはある。
なぜ口汚いヤジはいけないのか? 指導者は具体的な説明を!
筆者は「なぜそういうヤジがいけないのか」「どういうヤジならOKなのか」を、指導者がもっと具体的に伝えるべきだと思っている。
選手も指導者も観客席も「汚いヤジがなぜいけないのか」について無自覚なことが多い。背景にあるのは、指導者の資質の問題だ。
高校野球の指導者は、教師の場合も多いし、指導者としての教育を受けていることが多い。しかし、中学以下の野球の指導者の多くはボランティアだ。中学硬式野球ではライセンス制を導入して、年に1回程度講習を行っているところもあるが、具体的な指導法については指導者任せのところが多い。
小学校では、年配の指導者が、何のアップデートもせず昭和そのままの指導をしていることも多いのだ。そうした指導者自身が「汚いヤジはなぜいけないのか」を知らない。
残念なことに、少年野球のヤジは日本独特だ。
アメリカやドミニカ共和国などの少年野球では、指導者は常にポジティブな声をかける。小さな子どもどもがバットを振って空振りしたら「ナイスファイト!」。ボテボテのゴロが転がったら「そうだ、その調子だ」。運動に自信のないわが子が思いもかけず指導者に褒められて、思わず涙ぐむ母親もいる。当然ながら、試合でも味方にポジティブな声をかけるだけだ。
アメリカやドミニカ共和国では勝利ではなく、子どもたちが「野球を好きになる」ことを主目的に指導を行っている。ネガティブな声かけはあり得ないのだ。
ある日本の指導者が、海外遠征で「お前の国はマフィアが子どもたちに野球を教えているんだろ」と言われてショックを受けたという話もある。
こうした日本独特の野球文化の背景には、日本のアマチュア野球の大会がほとんど「一戦必勝」のトーナメントで、負ければ後がないことも大きい。
中にはヤジで相手のメンタルにダメージを与えてでも勝とうという指導者もいるのだ。「行き過ぎた勝利至上主義」が、心ない罵声怒声の温床になっている。反対に言えば、指導者もそこまで追い込まれてしまうのだ。
今、低年齢層を中心に「野球離れ」が止まらない。その背景には「他のスポーツの選択肢が増えたこと」が大きいが、同時に野球の「ガラの悪さ」「マナーの悪さ」の問題もあるのではないか。父親が野球をやっていた家庭でも「野球は品がないから」と母親が反対して子どもどもに野球をさせない家庭があるのだ。
東京オリンピック開催が決まって以降、日本のスポーツ界も「スポーツマンシップ」を学ぼうという機運が高まっている。
スポーツマンには本来「良き仲間」という意味がある。そしてスポーツは、プレーヤー(相手、仲間)、ルール、審判に対するリスペクトが大前提だ。スポーツマンシップの考え方に則れば「人を傷つけるヤジ」は絶対にありえないことがわかる。
昨年4月に新潟県高野連は「球数制限」の導入を実施したが、それを決めた会合では、日本スポーツマンシップ協会の中村聡宏代表理事が、県内の高校野球指導者にスポーツマンシップについて講演した。このとき新潟県高野連の富樫信浩会長は「球数制限の導入だけでなく、スポーツマンシップの理解も促進して、高校野球を変えていきたい」と筆者に語った。
今の指導者の多くは「昔とは時代が違うから、子どもを殴ったり怒鳴ったりできないし、相手をヤジで攻撃することもできない。だから新しいやり方で指導している」と語る。
そうではないのだ。試合で相手を攻撃するヤジがダメなのは「世間の目がうるさいから」ではない。それがスポーツの根幹の考え方に反しているからなのだ。相手へのリスペクトが欠けたチーム、選手はスポーツをする資格がないのだ。
新型コロナ明けの野球は、多難な時代を迎えるだろう。競技人口を維持するためにも野球指導者は「口汚いヤジ」をただ単に禁止するだけでなく、なぜダメなのかを子どもにしっかり説明できるようになってほしい。
<了>
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