「勝ちにこだわる」ことより大事な3つのこと ドイツ指導者が明かす「育成」の目的と心得
育成年代のサッカーの指導において、子どもたちに勝ちたいと思う気持ちを育むことは大切だ。一方で、「勝ちにこだわる」ことに指導者まで引っ張られすぎてしまっていないだろうか? 1.FCケルンでU-8からU-15までの統括部長を務めた経験を持つ指導者クラウス・パプストは、「育成年代で指導者が目標とすることは『選手の成長に焦点を当てて考える』こと」だと話す。“目の前の試合に勝つこと”に集中するあまり忘れがちな育成指導者の「目的」について、ドイツの指導者の声に耳を傾けながら改めて考えてみよう。
(文=中野吉之伴、写真=Getty Images)
指導者が心得ておくべき「育成において大事な3つの柱」
育成年代におけるスポーツ活動とは、何を目標に取り組まれるべきものなのだろうか。
「全国大会出場」「県大会ベスト8」「1回戦突破」。
そんなふうに大会結果を目標に掲げる声が多いかもしれない。もちろん選手は試合や大会があれば誰だって勝ちたいし、そこに向けて一生懸命練習していくものだろう。それが自然な感情だろうし、それが悪いわけもない。
ではそのすべてを肯定してもいいのだろうか。クラブチームにおいても、部活動においても、育成年代に関わる先生・育成指導者にはどんなことを目標として取り組むことが求められているのだろうか。
多角的に考察してみるうえでも、違う生活圏や考え方に触れることは大きな意味があるはずだ。そこで筆者の友人であり、ドイツのケルンで長年育成指導者として活躍するクラウス・パプストに話を聞いてみた。パプストはブンデスリーガクラブの1.FCケルンでU-8からU-15までの統括部長を務めたこともある実績ある指導者だ。
「育成年代で指導者が目標とすることは何か。まず大事にすべきことは『選手の成長に焦点を当てて考える』ということだ。何か決断をしなければならない時は、それぞれの選手にとって何がベストかを考えることが重要なんだ。だから、それぞれの選手を可能な限り成長へと導くことが育成における目標といえる。チームとしての成績ではなくて、子どもたち個々それぞれの成長を第一に考えるべきだ」
子どもたちの成長とは何をもって、どのように考えればいいのだろうか。パプストはサッカー指導者が心得ておくべき「育成において大事な3つの柱がある」と強調する。
「一番大切なのは『豊かな人間性』。正しい価値観を持ち、理性的な判断ができる大人になれるように関わることがとても大事だ。基本的に家庭でちゃんと行われていることだと思うけど、僕らはサッカークラブとしてできることをやっていく。
2つ目に大事な柱は『可能性を広げる教育』だ。みんな適切な教育を受け、将来的に必要となるだろうさまざまな可能性を手にするためのベースを身につけなければならない。サッカークラブとしても子どもの教育や学校での学業は最大限優先させなければならない。過度なトレーニングで疲労し、学業に差し障るようなこともあってはいけない。
そして3つ目が『サッカーへの適切なアプローチ』だ。サッカー選手として健全に成長することを望んでいる。
つまり育成指導者は選手としてどうなるかどうかだけを見ていてはダメなんだ。子どもたちにはみんなそれぞれの人生がある。プロになってもなれなくても、選手後の世界を生き抜く力を身につけていなければならないのだから。
だから育成指導者の立ち振る舞いというのは本当にとても大切だよ。でも難しいことをしろといっているのではない。きちんと挨拶をする、汚い言葉を使わない、相手へ敬意を示す、ポジティブに取り組む。
そうした一人の人間として当たり前に大切なことをわれわれ大人が普段から手本として見せる。そうした姿を日常から目の当たりにすることで、子どもたちは自然に確かな価値観を身につけることができるんだ」
文句を言うことでミスがなくなるの?
人間性が一番大事とされているが、スポーツとは人間性を身につけるために取り組むものではない。だからそれが目的になるのには違和感を感じる。でもスポーツを通してさまざまなものを身につけることはできるのは確かだ。だから、スポーツでの適切な活動を通して正しい人間性を身につけることができるように取り組むという捉え方が適切だろう。
例えば子どもたちを見ていると、選手同士で文句を言い合う時がある。誰かがミスをした。その子に他の子が文句を言う。時にはかなり汚い言葉を口にしてしまうこともある。
そうした時、指導者はどう対応すべきなのだろうか。パプストは具体例を挙げて説明してくれた。
「子どもたちを集めて、まずは落ち着いてもらって、それから質問をする。『なんで文句を言うの?』と。きっと『だってあいつがミスしたから』とか、『フリーだったのにあいつが俺にパスをしなかったから』ということを口にするだろう。すると僕はこう次の質問をする。
『なるほど。じゃあ、そんなふうにきつく言ったり、それこそ侮辱したりしたら、どうなるの? そうやって文句を言うことでミスがなくなるの?』
ミスをした選手は自分がミスをしたことはわかっている。そしてそのミスがよくなかったことを痛感している。誰だって『しまった!』って思っているよ。ミスはどうしたって起こる。プロ選手でもミスはするんだから。じゃあ、ミスをしたからと激しく文句を言われたら、その子はどうなるだろうか? 気持ちはへこむし、腹を立てたり、悲しくなったり、ちょっとしたパニックになったりもするだろう。そうなったら次にボールをもらった時どんなプレーができる? もっとよくないプレーをしても何も不思議じゃない。
『君らはサッカーでもっといいプレーがしたいんだよね。試合になったらやっぱり勝ちたいんだよね。でもミスをした味方に文句を言うということは、自分たちの味方がもっとよくないプレーをしてしまう状況に追いやっているということだよ』
サッカーの試合だ。感情的になることはある。でもだからって何を言ってもいいわけじゃないことを学ばないといけない。文句を言うのではなく、彼を助けるにはどうしたらいいだろう、次にどうしたらいいかを考えたほうが、お互いにとってよっぽど実りがあるじゃないか」
指導者からそうした考える機会をもらえたら、子どもたちはコミュニケーションの取り方、価値観の持ち方、相手への配慮ということを結果として学ぶことができる。互いに理解し合おうという、そうした関係性を築くことができたら素敵だ。
指導者からの声掛けに関しても同様のことがいえる。選手とのコミュニケーションを取ろうともせず、自分の立場を利用しての強権はそれ以上に悪質といえるかもしれない。無遠慮に無慈悲に罵声を飛ばすというのは指導放棄以外の何物でもない。
勝ちたいと思う気持ちに指導者が引っ張られる危険
ブンデスリーガクラブのSCフライブルク監督クリスティアン・シュトライヒがこんなことを言っていた。
「特に育成において大事なのは、指導者が選手を成長させようとすることよりも、選手のそばで同伴して共に歩んでいけることだ。選手は環境を整えればしっかりと自分自身で成長していくことができる。その歩みの中ではいろんな困難や問題にぶつかることがあるだろう。そんな時に彼らを支え、アドバイスを送り、そしてそばで共に歩める存在がとても大切なのだ」
僕たちは“それぞれ個々の子どもたち”と共に歩けているだろうか。上から見下ろしたり、先で待ち構えているような立ち位置に立っていないだろうか。
指導者も結果が求められる試合が多くある環境にいると、「勝った、負けた」や「トレセン選手が多くプレー」「Jリーグ選手を輩出」という派手な装飾に気持ちを持っていかれがちになってしまう。そして自分が選手を育てていると勘違いをしてしまいがちだ。
サッカーはゲームで、ゲームには勝ち負けがある。だから熱くなるし、だから面白い。勝つ気もないまま戦うのが面白いわけもない。勝ちたいと思う気持ちを育むことだってとても大切だ。でも、それに指導者まで引っ張られすぎてしまってはいけないのだ。
あくまでも「何をどのようにすることが目の前の選手にとって大切なんだろう」と“子どもたちの成長”を中心に考えることが大事なのだ。
それなのに指導者や、あるいは親の思惑が間に入ってきてしまうことがよくある。子どもの「サッカーをしたい!」という気持ちそっちのけで「勝つためには誰が、どこでプレーすべき」と決めてしまう。主力メンバーだけが試合に出るのを当たり前だと思ってしまう。
でもスポーツってそんな窮屈なものだろうか? パプストはこう説く。
「これはドイツでもあることだが、ちょっとでもうまい子がいると、上の学年の指導者と下の学年の指導者が取り合いをすることがある。あるいは他のクラブからの声がかかる。親が外からプレッシャーをかけてくることも多いよね。
でもね、両親、指導者のエゴが大事なんじゃない。こうすればもっとチームが勝てるとかそういうことじゃないんだ。どんな選択肢を用意したら、その選手にとって一番最適な成長をすることができるのか、を当事者みんなが考えなければならないんだ。
僕らのクラブでは今季スローガンにしているキーワードは『勇気』なんだ。勇気を持った選手になってほしい。勇気のあるサッカーをしてほしい。勇気のあるプレーとは自陣ゴール前なのにドリブルをするようなことじゃないよ。それは愚かなプレーだ。でも、勇気がなければ上のステージには行けない。
『勇気を持ってボールをつなごう。勇気を持って前線に縦パスを送ろう。勇気を持って自分のアイデアにチャレンジしよう』
そのためには僕たち指導者が勇気を持たなきゃいけないんだ。勇気を持って彼らのチャレンジを支える。勇気を持って全選手に十分な出場機会を与える。自分たちの取り組みを心から信じて、みんなに自分からやろうとする気持ちを持ってもられるように導くことが大切だと思う」
<了>
リフティングできないと試合に出さないは愚策? 元ドイツ代表指導者が明言する「出場機会の平等」の重要性
なぜバイエルンはU-10以下のチームを持たないのか? 子供の健全な心身を蝕む3つの問題
東大出身者で初のJリーガー・久木田紳吾 究極の「文武両道」の中で養った“聞く力”とは?
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
なぜWEリーグは年間カレンダーを大幅修正したのか? 平日開催ゼロ、中断期間短縮…“日程改革”の裏側
2025.01.23Business -
総工費3100億円アリーナの球場演出とは? 米スポーツに熱狂生み出す“ショー”支える巨額投資の現在地
2025.01.23Business -
WEリーグは新体制でどう変わった? 「超困難な課題に立ち向かう」Jリーグを知り尽くすキーマンが語る改革の現在地
2025.01.21Business -
北米4大スポーツのエンタメ最前線。MLBの日本人スタッフに聞く、五感を刺激するスタジアム演出
2025.01.21Business -
高校サッカー選手権で再確認した“プレミアリーグを戦う意義”。前橋育英、流経大柏、東福岡が見せた強さの源泉
2025.01.20Opinion -
激戦必至の卓球・全日本選手権。勢力図を覆す、次世代“ゲームチェンジャー”の存在
2025.01.20Opinion -
「SVリーグは、今度こそ変わる」ハイキューコラボが実現した新リーグ開幕前夜、クリエイティブ制作の裏側
2025.01.17Business -
なぜブンデスリーガはSDGs対策を義務づけるのか? グラスルーツにも浸透するサステナブルな未来への取り組み
2025.01.14Opinion -
フィジカルサッカーが猛威を振るう高校サッカー選手権。4強進出校に共通する今大会の“カラー”とは
2025.01.10Opinion -
藤野あおばが続ける“準備”と“分析”。「一番うまい人に聞くのが一番早い」マンチェスター・シティから夢への逆算
2025.01.09Career -
なでしこJの藤野あおばが直面した4カ月の試練。「何もかもが逆境だった」状況からの脱却
2025.01.07Career -
錦織圭と国枝慎吾が描くジュニア育成の未来図。日本テニス界のレジェンドが伝授した強さの真髄とは?
2024.12.29Training
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
高卒後2年でマンチェスター・シティへ。逆境は常に「今」。藤野あおばを支える思考力と言葉の力
2024.12.27Education -
女子サッカー育成年代の“基準”上げた20歳・藤野あおばの原点。心・技・体育んだ家族のサポート
2024.12.27Education -
「誰もが被害者にも加害者にもなる」ビジャレアル・佐伯夕利子氏に聞く、ハラスメント予防策
2024.12.20Education -
ハラスメントはなぜ起きる? 欧州で「罰ゲーム」はNG? 日本のスポーツ界が抱えるリスク要因とは
2024.12.19Education -
スポーツ界のハラスメント根絶へ! 各界の頭脳がアドバイザーに集結し、「検定」実施の真意とは
2024.12.18Education -
10代で結婚が唯一の幸せ? インド最貧州のサッカー少女ギタが、日本人指導者と出会い見る夢
2024.08.19Education -
レスリング女王・須﨑優衣「一番へのこだわり」と勝負強さの原点。家族とともに乗り越えた“最大の逆境”と五輪連覇への道
2024.08.06Education -
須﨑優衣、レスリング世界女王の強さを築いた家族との原体験。「子供達との時間を一番大事にした」父の記憶
2024.08.06Education -
サッカーを楽しむための公立中という選択肢。部活動はJ下部、街クラブに入れなかった子が行く場所なのか?
2024.07.16Education -
14歳から本場ヨーロッパを転戦。女性初のフォーミュラカーレーサー、野田Jujuの急成長を支えた家族の絆
2024.04.15Education -
モータースポーツ界の革命児、野田樹潤の才能を伸ばした子育てとは? 「教えたわけではなく“経験”させた」
2024.04.08Education -
スーパーフォーミュラに史上最年少・初の日本人女性レーサーが誕生。野田Jujuが初レースで残したインパクト
2024.04.01Education